女領主とその女中~Femme fatale~

あべかわきなこ

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悪魔祓いと魔女

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「……マリアの作ったメンチカツはジューシーでとっても美味しかったけど……私はやっぱり不服です……」

 相変わらず客間で待機させられているロアは、ソファーに腰かけ、首を垂れたまま死にそうな声でマリアに訴えた。
 一方のマリアは涼しげな顔で食後の紅茶を啜っている。

「もう、お昼間からずっとそうやってうじうじと。眉間にしわばかり寄せていると人相が悪くなりますよ?」
「きいいいいいい」
「なんて声出してるんですか。それよりロア、昼間も言いましたけど、明後日は」
「分かってるよ! 悪魔退治に行くんでしょ! この悲しみをバネにボコボコにするから見ててよ!」

 すると、車椅子のアンジェラが部屋に入って来た。

「まあ、使い魔さんたら、頼もしいですわ。私も安心して任せられます」

 彼女の登場に、ロアはあからさまにむ、と警戒心をあらわにした。

「そう警戒なさらないで。バスタブに湯が張れましたから、ごゆっくりどうぞと伝えに来ただけですわ。ふもとの村では満足に休息できなかったでしょう?」
「……それはどうも」

 ふてぶてしく返すロアに、アンジェラはにこにこと柔和に笑う。

「なんでしたらおふたりで入られます? とっても仲が良さそうだから、きっと普段からご一緒されてるんじゃないかしら、なんて」

 ぶしゃっと、マリアが紅茶を吹いた。
 慌ててハンカチで口元を拭い、マリアが赤面して訴える。

「アンジェラさん、からかうのはよしてください」
「あら、お顔が真っ赤で可愛らしい」
「ミズ・シーラー、マリアが可愛いのは分かるけどそういう発言は控えてくれるかな?」

 ずい、とロアがマリアの前に出たその時だった。

「!」

 急に、部屋のガス灯が消えた。
 かと思えば、カタカタと小刻みに、ティーカップをはじめとして部屋中の家具や置物が揺れ始める。

「ポルターガイスト現象!」

 マリアが咄嗟にアンジェラの傍に寄る。
 アンジェラの顔が青ざめる。その表情から常にあった余裕が消え、呆然と目を見開き、わなわなと唇を震わせていた。

「どうして、まだ、」

 彼女がそう呟くや否や、三人の前にそれは現れた。

「――見つけたぞ、忌まわしき術士め」

 美しい、女の姿をした悪魔だった。
 黒い瞳、長く黒い髪。額から突き出した一本の角さえなければ、人間の造詣そのものだった。

「ロア!」

 マリアの命を聞き届けるより先に、ロアが女に飛びかかる。
 しかし

「!」

 女はふっと姿を消すと、ロアの背後に現れた。
 ロアが振り返るより先に、女の手から青白い炎の球がボウと爆ぜる。

「かはッ!?」

 ロアの身体が吹き飛ばされ、床に転がる。
 彼女の背中には未だ青い炎が残っており、ロアの口から苦悶の声がこぼれた。

「ロア!」
「ふふっ、半端者には出来ん芸当だろう? 貴様は人間の身を捨てきれていない」

 女は得意げに、薄い唇の端を上げた。

「凍結《フローズン》!」

 アンジェラが手を掲げそう叫ぶと、ロアの背中に残っていた炎が消えた。
 それを見て、一本角の女は忌々しげに舌打ちをする。

「術士……やはり貴様は殺さねばならぬな!」

 ゆらりと女が振り返り、アンジェラに鋭利な爪を向ける。
 その爪を、マリアの隠し武器――十手が受け止めた。

「っ!」

 マリアの瞳が女の動きを止める。
 これはマリアの特異能力、魔を魅了する力――誘引力の応用だ。
 悪魔相手なら拘束時間の差異はあれど、十分な効果を示すことは師の使い魔である上級悪魔達をもって実験済みだった。
 しかし

「ははっ!」
「!」

 一本角の女は高笑いを上げ、容易く硬直状態を破って爪を振り上げた。
 十手が宙に飛んで、重い音を立てて床に落ちる。

「面白い能力だ。良い逸材を見つけた」

 女はひび割れた爪をぺろりと舐めて、マリアを見る。
 マリアはただ、驚愕のまなざしでそれを見上げた。

「どうして効きが悪いのかという顔をしているな悪魔祓い。答えは簡単だ。この身がついこの間まで『人間だった』からだ」
「やめて!」

 女の言葉に、アンジェラが悲痛な声で叫んだ。
 その声に、女はにたりと、嫌な笑みを浮かべた。

「変な生き物だな、人間というのは。お前はこれの死を理解しているのに、まだ私の姿に固執するのか。鬼に成れはてたこの顔を見るのが恐ろしいか? 
 ――ねえ、『お姉ちゃん』?」

 アンジェラが耳を両手で覆い、やめてと泣き叫んだ。
 その刹那、女の身体が横に薙いだ。

「!」

 派手な音を立てて、女が棚に激突する。
 女の油断の隙をついて、ロアが横から蹴り飛ばしたのだ。

「ロア、大丈夫ですか」
「……平気。マリアは下がっていて」

 そうは言うものの、ロアの背中は先刻の炎で無残に焼かれていて、焦げて破れたブラウスから火傷で爛れた肌が露出していた。
 マリアは唇を噛み、胸の痛みに耐える。

 一本角の女が、通常の人間ではありえない奇怪な動きをしながら、ゆらりと立ち上がる。

「……やってくれたな、半端者。焼き尽くして殺してやろう」

 女は手に青白い炎を宿す。が、瞬く間にロアは女の懐へと踏み入り、その首をぐんと掴んで押し倒した。
 鋭い眼光を灯す紅い眼で、苦痛に歪んだ女の顔を見下ろす。

「――その角、昨日の鬼と同じだ。殖やしたのは貴様か」

 首を絞められながらも、女はロアのその言葉に反応した。
 邪悪な目を見開き、わなわなと震え、女は怨嗟のまなざしでロアを見た。

「き、さま、私の、子を、殺したな……!!」
「!」

 爆発的に、女の身体が青白く燃え上がる。
 ロアは堪らず手を離し、退いた。
 女の長い髪は炎風を纏い逆立って、その形相はまさに鬼と化していた。

「許さぬ……! 私があれを創るのにどれほどの労を費やしたと思っている……! この身体、この女にしか起こせぬ奇跡だったというのに……!!」

 炎を纏ったまま、女はロアに飛びかかる。
 そこに、マリアのくないが投擲された。

「ッ!」

 くないは女の肩と腕に深々と刺さり、女は動きを止める。が

「聖水で研いだ刃など、三下にしか効かぬぞ悪魔祓い」

 それも束の間で、女は刺さったくないを乱暴に引き抜き、床に放り投げた。

「――だったら銀の弾丸はどうだ」

 ロアが女の背後に立ち、その後頭部に銃を突きつける。
 女はぴたりと、動くのをやめた。
 しかし

「……はははッ!」

 鬼は嘲りの声で高らかに笑うと姿をくらまし、

「!」

 瞬時に移動して、マリアを腕に抱えた。

「マ、」
「撃つなら脅す暇など与えるべきではなかったな愚か者。この女には利用価値がある。もらっていくぞ」

 女はそう言って、マリアごと消えた。
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