女領主とその女中~Femme fatale~

あべかわきなこ

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悪魔祓いと魔女

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「……ッ!!」

 ロアは慌てて窓から身を乗り出して辺りを見渡すが、女の姿は見えない。
 そのまま窓枠に脚をかけて飛び出そうとすると

「待って! あれの行き先なら分かるから、落ち着いて」

 アンジェラがロアを制止した。

「落ち着いてなんていられるわけがっ」

 叫びながらも、ロアは苦痛に顔を歪め壁に手をついた。

「背中の火傷、せめて応急処置をするわ。大丈夫、鬼は聖女様を殺しはしない。傷を癒してから行くべきよ」
「……、」

 それでも渋い顔をするロアに、アンジェラは座ってと促し、鬼の炎で焼かれたロアの背中にそっと手を当てる。

「補正《コレクト》」

 アンジェラが呟くと温かな光が灯り、爛れていた皮膚からの出血が止まった。
 背中に感じていた激痛が幾分か軽くなり、ロアは小さく息を吐いた。

「完全に傷を癒すことは出来ないのだけど」
「十分だよミズ・シーラー。あの悪魔の行き先を教えて欲しい。君の予知能力で分かるんだろう?」

 立ち上がるロアに、アンジェラは申し訳なさそうに目を伏せた。

「ごめんなさい、私、嘘をつきました。私には予知能力はない。予知能力があったのは、妹のほうなの」

 アンジェラの告白に、ロアは一瞬驚いたが、すぐに首を振った。

「……いや、そのことは今はいい。行き先の見当がついているということかな」
「ええ。本来なら明後日、貴女達に同行してもらおうと思っていた場所。妹の……ステラのアトリエが、この屋敷のさらに西にあるの。案内するから、私も連れて行って頂戴」
「しかし、それは」

 ロアは少し躊躇した。
 先刻は構う暇がなかったが、アンジェラの妹の形をした悪魔を殺しにいくのだ。それを彼女の前で行うのはあまり気が進まなかった。
 しかしアンジェラは黒い瞳を真っ直ぐにロアに向ける。

「予定が狂ってしまったけど、はなからそのつもりでしたの。さっきは取り乱してしまったけど、私はあれを、もう妹とは重ねない。予知能力はないけれど、私には僅かばかり貴女を助力できる力がある。だから、どうか」

 ロアは頷いて、愛用の黒いコートを羽織る。
 そして、車椅子からアンジェラを抱え上げた。

「車椅子を押すより抱えて走ったほうが早い。いいかな」

 今度はアンジェラが頷いた。



 * * *
 一瞬の強烈な眩暈の後、マリアは皮張りのソファーに転がされた。
 激しい耳鳴りが頭に響く中、慌てて周囲を見渡す。
 白い壁、大きな窓。開放的な構造の、見知らぬ部屋だ。

「頑丈だな。気を失ってもおかしくはないだろうに」

 ソファーの前のテーブルに、一本角の悪魔が腰かけた。
 マリアは脚に隠していたナイフを女に振りかざす。が

「効かぬと言っただろう」
「……ッ」

 女はそのナイフを胸に受けてなお平然と笑い、マリアの腕を掴んでそのままソファーに押し倒した。

「貴様、その能力を持ちながら、どうして悪魔祓いなんぞやっている? あまつさえあんな中途半端な悪魔を使い魔にして、貴様になんの得がある」
「損得ではありません。私は今、あの人を救うために生きているのです」

 マリアの返答に、悪魔はアンジェラによく似た黒い瞳を愉快げに細めた。

「一度悪魔に身を堕とした者がそうも容易く人間に回帰できるものか。あれは確かに、今は見苦しいほどに半端者だが、徐々に私のようなスピリチュアリテに近づくぞ。悪魔の侵食に例外はない」

 嘘、と言えないまま、マリアは言葉に詰まる。
 それは、マリア自身があれ以来ずっと感じていた不安でもあるからだ。

 女は無邪気な顔で笑った。
 恐らく生前の彼女がそうやって笑ったであろうその顔で。

「……良いなその顔。多少なりとも誘引力が働いているのか、私はお前が欲しくなった。この女の身体はな、この人間界でも新たな悪魔を創りだせる稀有なものだ。私単体でもそれは可能だが、より強力な悪魔を創りだすには他の悪魔の血肉が必要になる。お前の存在はまさに誘蛾の灯、これ以上ない能力の使い方だと思わないか?」

 ――私のものになれ、と。
 女は甘い声でマリアの耳元に囁く。

「馬鹿なことを」
「何が馬鹿なことか。あの女を人間に戻すより、貴様が身を堕とすほうが遥かに簡単なことだ」

 悪魔は畳みかけるようにマリアに言う。

「そんなにあれが大事なら、お前が魔に近づけばいいだけの話だろう? お前が私の誘いに頷くのなら、あれに手出しはせず、お前の傍に置いておくと約束しよう」

 虚言だ、と切り捨てるには、その悪魔の眼はあまりに真摯過ぎた。
 先刻の悪魔の言を借りるならば、マリアを得られればロアを放っておいたとて、この悪魔にとって損はない。

 しかし。
 マリアはそのまま脚を蹴り上げた。

「足癖の悪い聖女様だ。頭も思ったより固いようだな」

 テーブルの向こう側まで退いた悪魔に、マリアはいつも通りの、冷めた鉄のごとき視線を投げて立ち上がった。

「なんとでも。
 私が約束を交わす相手はただひとり、あの人だけですから」
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