女領主とその女中~Femme fatale~

あべかわきなこ

文字の大きさ
16 / 47
悪魔祓いと女学院

4

しおりを挟む
「まあマリア、そう落ち込まずに。今回の子は昨日の子よりまだ軽症だったし」

 当該女生徒の処置を終えたところで悪魔探しに成果なし、という現実にうなだれるマリアを椅子に座らせ、ロアはマグカップに注いだホットココアを手渡した。

「……貴女はいつもそうやって悠長に構える。しかも何すっかり部屋に馴染んでるんですか」

 マリアが半眼でロアを睨む。ロアはへらりと笑った。

「いや案外この狭い部屋が性に合っちゃってさー」

 ここはロアが仮初の宿としている用務員室だ。
 狭隘なスペースだが、簡単な調理場、ベッド、シャワー室も備え付けられている。
 しかし何がロアにしっくり馴染んでいるかというと、部屋だけではない。
 何気なく結った髪、いつもより少しゆったりした白いシャツ、作業に耐える厚手のサスペンダーパンツに身を包む彼女の風貌は、うっかり彼女が領主である前に貴族令嬢であるということを忘れてしまいそうになるほど、用務員然としていた。
 あえてマリアは口に出さなかったが、とてつもなく似合っている。というより、何を着せても大抵様になるのだ、このロア・ロジェ・クロワという人は。

「ところでマリア、生徒はお風呂ってどうしてるの? 寮の個室にシャワーはないんでしょう?」

 マリアは一瞬むせそうになりながら、マグカップから口を離した。

「なんですか藪から棒に。そうですよ、地下に共有のシャワールームがあって、グループごとに利用時間が決められているんです」
「じゃあ一緒に入るのは難しいか」
「何の話をしてるんですか!?」

 マリアが顔を真っ赤にする一方で、ロアは至極真面目な顔で呟いた。

「さっき気づいたんだけどね、被害に遭った生徒の身体、共通してちょっとした痣があったんだよね」
「え?」

 マリアは気づかなかったと思わず口に手を添える。

「マリアは施術に専念してたから仕方ないよ。昨日の子は太腿に、今日の子は背中だった。脱衣しないと見えないところばかりだから、チェックするなら入浴時しかないのかなって」
「しかし、痣といっても小さなものなのでしょう? 入浴時でも確認できるかどうか」
「確かに現実的ではないんだよねえ。……まあ、生徒間同士の秘め事も多々あるみたいだし、悪魔がつけた印って保証もないんだけどね」

 ロアの言葉に、マリアは眉をひそめる。

「ロア。1日でよくそんな、生徒間のことまで知っていますね?」
「え? いやだって、皆訪ねてくるから……」
「訪ねてって、ここに?」

 マリアは思わずマグカップをテーブルに置いた。
 用務員室は学舎の本当に片隅に存在する。ここをわざわざ訪れる生徒たちがいるということにマリアは驚いた。

「廊下の電球が切れてて、とか。お昼ご飯一緒にどうですか、とか」
「前者はまだ分かりますが後者は就任1日目の用務員さんに掛ける言葉ではないような気がしますけど」

 今度はロアが渋い顔をした。

「マリアだって楽しそうに中庭でランチしてたじゃない」
「見てたんですか?」

 マリアの声がさらにワントーン低くなったのを感じてロアは慌てて反論した。

「食堂に向かってる途中にたまたま目に入ったの!」

 ロアが大勢の女生徒に囲まれて食堂に向かった姿がマリアの目に浮かぶ。
 色々と余計なことを言いそうになるのをぐっとこらえ、マリアは再びココアを手に取り、それを飲み干す。

「貴女はいるだけで目立つんですから、あまり派手な動きはとらないようにしてください。ココア、ご馳走様でした」

 マリアはそう言って席を立ち、扉のほうへと歩いていく。

「暗いから寮まで送るよ」
「結構です。一緒に歩いているところを見られたらそれはそれで厄介でしょう」

 ロアの申し出を跳ね除けて、マリアは暗い廊下へと消えていった。

「……」

 追いかけようとつま先を動かして、少し躊躇った後、ロアは再度廊下へと踏み出す。
 すると

「ミス・クロワ」
「!」

 急に声を掛けられて、ロアは足を止めた。
 声のしたほうを振り返ると、ちょうど階段から降りてきたらしいふたりの教員の姿があった。
 一方は、上下とも隙の無い黒色のスーツに身を固めた凛々しい女性。髪色もダークブラウンなので、眼鏡の縁の赤色がより引き立つ。
 もう一方は、着古したパンツに、絵の具でところどころ汚れたカーキ色のスモックを着た女性。長いライトブラウンの髪も自然な感じに下ろしていて、ふたりが並ぶと余計に対照的だった。
 両人とも、今朝職員室でざっと紹介を受けた中にいた人物だ。伝統校であるためか老齢の教員が多い中、このふたりだけが年若い教員だったのでロアもよく覚えている。
 先刻ロアに声をかけたのは、黒いスーツに赤縁眼鏡のノエラ・アルバ。
 マクレガン学院長の遠い親戚だというが、ひっつめにした髪型といい、威圧感すら感じさせる厳しい顔つきといい、親子では? と疑うぐらいにそっくりだった。

「ミス・アルバ。この時間までお仕事ですか? ご苦労様です」
「今朝一度お会いしただけなのに、名前まで覚えていただいて光栄です、ミス・クロワ。さっき生徒が用務員室から出ていったように見えましたけど……」
「ええ、ちょっと話を聞いていて」

 ノエラはほんの少し目を伏せて、ロアに忠告する。

「生徒間で貴女が人気なのは存じています。けれどこんな時間に生徒を部屋に入れるのはあまり体裁がよろしくありませんよ」
「申し訳ない、軽率でした。以後気をつけましょう」

 ロアが素直に謝罪すると、彼女は軽く会釈し、学舎の玄関のほうへと踵を返した。
 一方で、彼女と共に階段を降りて来ていたであろうもう一方の教員――美術教員だったと記憶している――ミカエラ・ラモーはそのままにこにこと笑って、ロアに近づいた。

「いやいや、アルバ先生は堅苦しくて悪いね。あまり気を悪くしないでね」

 人懐こい笑みを浮かべながら、ミカエラは軽くロアの腕を叩いた。

「いえ、もっともなご意見でした」
「ふふっ、そう堅くならないでよ、用務員さん。あんたとはなんとなく親近感を覚えるんだよね、そっちは不本意だろうけど」

 それは服装がルーズなところだろうか、などとロアが逡巡していると、ミカエラはさらに一歩、ロアに近づいた。

「ね、さっきこの部屋から出ていったの、今日入った転校生ちゃんでしょ? 綺麗な目をしてるから覚えちゃった」

 ロアの表情が少しかたくなる。それを見てミカエラはさらに笑みを深くした。

「ま、最近古株で堅物の先生方がどうもピリピリしてるから、気をつけてねん」

 再び彼女はロアの肩を叩き、ノエラの後を追うように姿を消した。

「……」

 ロアとマリアが教会からやってきた悪魔祓いであることを知っているのは、現状、学院長とその秘書だけにとどまっている。
 教員が件の悪魔に憑かれているという可能性もあるからだ。
 学院の塀に囲われている生徒より、自由に外出できる教員のほうが、むしろ悪魔に憑かれるリスクは高い。

(……悪魔の匂いに疎くなったのは悪魔化の弊害かな)

 以前の、悪魔憑きであった頃のロアなら、悪魔の気配をもう少し敏感に感じることが出来ただろう。しかし今は、ほとんど感じなくなってしまった。
 マリアも悪魔の匂いには疎いほうなので、この手の捜査には正直不向きだ。
 ならば逆に、目立ったほうが良い。
 向こうが仕掛けてくるのを待つ。
 それがロアの出した結論だった。



 ** *
 潜入2日目。マリアはさらに、自身の非力さを思い知ることになった。

「リタ? リタ! どうしたの!? お腹痛いの!?」

 午前の教室移動の際、共に行動していたマルガリータが突然倒れたのだ。
 アンナには適当に言い繕い、午後の授業はどれもキャンセルして、マリアはマルガリータの治療にあたった。
 そうこうしていると立て続けに3人の生徒が、同様の症状で医務室に運ばれてきて、挙句にはマクレガン学院長までもが心労で倒れる始末だった。

「……一体何人被害者がいるんでしょう」

 すっかり日も暮れた夜。
 1日で4人の処置をすることになったマリアは、疲労困憊という文字を背負っているかのようにうつ伏せで、用務員室のベッドに転がっていた。
 マリアがロアの前で寝転がる、ということ自体が珍しいので、ロアは少し浮つく気持ちを覚えつつ、お疲れ様、とマリアの頭を軽く撫でた。
 相当疲れているのだろう、マリアは身じろぎもせずなされるがまま突っ伏していた。

「学院長は倒れちゃったけど、被害者の数が増えたのはマリアのせいじゃないし、今日は部屋に戻って休んだらどう?」
「……昨日も言いましたけど、どうして貴女はそんなに悠長なんです? というか、今日は1日どこにいたんですか?」

 マリアが恨みのこもった眼でロアを見上げる。
 マリアが生徒たちの治療に当たっていた時、補助してくれるはずのロアは姿を消していたのだ。

「マリアの代わりに聞き込みを少し。今日倒れた女の子たちの共通点も洗い出してみたよ」
「!? 共通点があったんですか!?」

 マリアが勢いよく跳ね起きたので、ロアは少し残念そうに、頭を撫でていた手を引っ込めた。

「今日倒れた生徒はね、皆新聞部に所属している子ばかりだった」
「それ、本当ですか!? ということは、新聞部に所属する生徒が怪しいと……!?」
「うんうん、でもね、この学校の新聞部の部員、意外と多いみたいでね、今日中には絞れそうにないから、今日はとりあえず休んだらどうかな」
「何人いても絞ります! 今からひとりずつ会いに、」

 そう言い切る前に、マリアの視界ががくんと揺れる。
 何が起こったか分からないまま、マリアはロアに抱きとめられていた。

「ほら言わんこっちゃない。疲れてるんだから、休まないと」

 ロアがマリアの頭を再度撫でる。
 どうやら先刻の揺れは眩暈だったらしい。

「……不甲斐ないです」

 マリアはロアの胸でくぐもった声を上げる。

「そんなことないよ。寮の部屋も相部屋だから、ゆっくり休めないんでしょう? 良かったらここで少し休んでいって」

 そう言って、ロアはマリアの身体をベッドに横たわらせる。
 仰向けにすると、マリアの結った髪が邪魔そうにしていたので、「髪、ほどく?」と訊くとマリアは微かに頷いた。
 髪留めを外し、マリアの指通りの良い栗色の髪を手でひと梳きした後、ロアはにっこりと微笑みながら彼女にブランケットをかぶせた。

「何なら一晩寝ていってもらって全然かまわないんだけどね」

 もちろん私の隣で、とロアが笑うと、マリアは少しばかり呆れたような微笑を湛えた。

「……狭いですし、私が戻らないとルームメイトが不審に思います」
「マリアはそう言うと思った」

 そう言いながら、ロアはベッドの縁から腰を上げた。

「どこへ?」
「被害者と、学院長の様子を少し見てくるよ。すぐ戻るから、おとなしく待っててね。あとで部屋まで送るから」

 まるで子猫にでも言うような台詞を残して、ロアは用務員室を出ていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男
恋愛
「あなたとの婚約、破棄させていただきます!」 王立学院の舞踏会。 全校生徒が見守る中、商家の三男カロスタークは、貴族令嬢セザールから一方的に婚約破棄を突きつけられる。 努力も誠意も、すべて「退屈だった」の一言で切り捨てられ、彼女は王子様気取りの子爵家の三男と新たな婚約を宣言する。 だが、カロスタークは折れなかった。 「商人の子せがれにだって、意地はあるんだ!」 怒りと屈辱を胸に、彼は商人としての才覚を武器に、静かなる反撃を開始する。 舞踏会の翌日、元婚約者の実家に突如として訪れる債権者たち。 差し押さえ、債権買収、そして“後ろ盾”の意味を思い知らせる逆襲劇が幕を開ける! これは、貴族社会の常識を覆す、ひとりの青年の成り上がりの物語。 誇りを踏みにじられた男が、金と知恵で世界を変える――!

曖昧な距離で愛している

山田森湖
恋愛
結婚4年目のアラサー夫婦、拓海と美咲。仲は悪くないが、ときめきは薄れ、日常は「作業」になっていた。夫には可愛い後輩が現れ、妻は昔の恋人と再会する。揺れる心、すれ違う想い。「恋人に戻りたい」――そう願った二人が辿り着いた答えは、意外なものだった。曖昧で、程よい距離。それが、私たちの愛の形。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜

ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。 イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。 8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。 ※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。

恋い焦がれて

さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。 最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。 必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。 だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。 そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。 さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。 ※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です ※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません) ※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。 https://twitter.com/SATORYO_HOME

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...