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悪魔祓いと女学院
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「まあマリア、そう落ち込まずに。今回の子は昨日の子よりまだ軽症だったし」
当該女生徒の処置を終えたところで悪魔探しに成果なし、という現実にうなだれるマリアを椅子に座らせ、ロアはマグカップに注いだホットココアを手渡した。
「……貴女はいつもそうやって悠長に構える。しかも何すっかり部屋に馴染んでるんですか」
マリアが半眼でロアを睨む。ロアはへらりと笑った。
「いや案外この狭い部屋が性に合っちゃってさー」
ここはロアが仮初の宿としている用務員室だ。
狭隘なスペースだが、簡単な調理場、ベッド、シャワー室も備え付けられている。
しかし何がロアにしっくり馴染んでいるかというと、部屋だけではない。
何気なく結った髪、いつもより少しゆったりした白いシャツ、作業に耐える厚手のサスペンダーパンツに身を包む彼女の風貌は、うっかり彼女が領主である前に貴族令嬢であるということを忘れてしまいそうになるほど、用務員然としていた。
あえてマリアは口に出さなかったが、とてつもなく似合っている。というより、何を着せても大抵様になるのだ、このロア・ロジェ・クロワという人は。
「ところでマリア、生徒はお風呂ってどうしてるの? 寮の個室にシャワーはないんでしょう?」
マリアは一瞬むせそうになりながら、マグカップから口を離した。
「なんですか藪から棒に。そうですよ、地下に共有のシャワールームがあって、グループごとに利用時間が決められているんです」
「じゃあ一緒に入るのは難しいか」
「何の話をしてるんですか!?」
マリアが顔を真っ赤にする一方で、ロアは至極真面目な顔で呟いた。
「さっき気づいたんだけどね、被害に遭った生徒の身体、共通してちょっとした痣があったんだよね」
「え?」
マリアは気づかなかったと思わず口に手を添える。
「マリアは施術に専念してたから仕方ないよ。昨日の子は太腿に、今日の子は背中だった。脱衣しないと見えないところばかりだから、チェックするなら入浴時しかないのかなって」
「しかし、痣といっても小さなものなのでしょう? 入浴時でも確認できるかどうか」
「確かに現実的ではないんだよねえ。……まあ、生徒間同士の秘め事も多々あるみたいだし、悪魔がつけた印って保証もないんだけどね」
ロアの言葉に、マリアは眉をひそめる。
「ロア。1日でよくそんな、生徒間のことまで知っていますね?」
「え? いやだって、皆訪ねてくるから……」
「訪ねてって、ここに?」
マリアは思わずマグカップをテーブルに置いた。
用務員室は学舎の本当に片隅に存在する。ここをわざわざ訪れる生徒たちがいるということにマリアは驚いた。
「廊下の電球が切れてて、とか。お昼ご飯一緒にどうですか、とか」
「前者はまだ分かりますが後者は就任1日目の用務員さんに掛ける言葉ではないような気がしますけど」
今度はロアが渋い顔をした。
「マリアだって楽しそうに中庭でランチしてたじゃない」
「見てたんですか?」
マリアの声がさらにワントーン低くなったのを感じてロアは慌てて反論した。
「食堂に向かってる途中にたまたま目に入ったの!」
ロアが大勢の女生徒に囲まれて食堂に向かった姿がマリアの目に浮かぶ。
色々と余計なことを言いそうになるのをぐっとこらえ、マリアは再びココアを手に取り、それを飲み干す。
「貴女はいるだけで目立つんですから、あまり派手な動きはとらないようにしてください。ココア、ご馳走様でした」
マリアはそう言って席を立ち、扉のほうへと歩いていく。
「暗いから寮まで送るよ」
「結構です。一緒に歩いているところを見られたらそれはそれで厄介でしょう」
ロアの申し出を跳ね除けて、マリアは暗い廊下へと消えていった。
「……」
追いかけようとつま先を動かして、少し躊躇った後、ロアは再度廊下へと踏み出す。
すると
「ミス・クロワ」
「!」
急に声を掛けられて、ロアは足を止めた。
声のしたほうを振り返ると、ちょうど階段から降りてきたらしいふたりの教員の姿があった。
一方は、上下とも隙の無い黒色のスーツに身を固めた凛々しい女性。髪色もダークブラウンなので、眼鏡の縁の赤色がより引き立つ。
もう一方は、着古したパンツに、絵の具でところどころ汚れたカーキ色のスモックを着た女性。長いライトブラウンの髪も自然な感じに下ろしていて、ふたりが並ぶと余計に対照的だった。
両人とも、今朝職員室でざっと紹介を受けた中にいた人物だ。伝統校であるためか老齢の教員が多い中、このふたりだけが年若い教員だったのでロアもよく覚えている。
先刻ロアに声をかけたのは、黒いスーツに赤縁眼鏡のノエラ・アルバ。
マクレガン学院長の遠い親戚だというが、ひっつめにした髪型といい、威圧感すら感じさせる厳しい顔つきといい、親子では? と疑うぐらいにそっくりだった。
「ミス・アルバ。この時間までお仕事ですか? ご苦労様です」
「今朝一度お会いしただけなのに、名前まで覚えていただいて光栄です、ミス・クロワ。さっき生徒が用務員室から出ていったように見えましたけど……」
「ええ、ちょっと話を聞いていて」
ノエラはほんの少し目を伏せて、ロアに忠告する。
「生徒間で貴女が人気なのは存じています。けれどこんな時間に生徒を部屋に入れるのはあまり体裁がよろしくありませんよ」
「申し訳ない、軽率でした。以後気をつけましょう」
ロアが素直に謝罪すると、彼女は軽く会釈し、学舎の玄関のほうへと踵を返した。
一方で、彼女と共に階段を降りて来ていたであろうもう一方の教員――美術教員だったと記憶している――ミカエラ・ラモーはそのままにこにこと笑って、ロアに近づいた。
「いやいや、アルバ先生は堅苦しくて悪いね。あまり気を悪くしないでね」
人懐こい笑みを浮かべながら、ミカエラは軽くロアの腕を叩いた。
「いえ、もっともなご意見でした」
「ふふっ、そう堅くならないでよ、用務員さん。あんたとはなんとなく親近感を覚えるんだよね、そっちは不本意だろうけど」
それは服装がルーズなところだろうか、などとロアが逡巡していると、ミカエラはさらに一歩、ロアに近づいた。
「ね、さっきこの部屋から出ていったの、今日入った転校生ちゃんでしょ? 綺麗な目をしてるから覚えちゃった」
ロアの表情が少しかたくなる。それを見てミカエラはさらに笑みを深くした。
「ま、最近古株で堅物の先生方がどうもピリピリしてるから、気をつけてねん」
再び彼女はロアの肩を叩き、ノエラの後を追うように姿を消した。
「……」
ロアとマリアが教会からやってきた悪魔祓いであることを知っているのは、現状、学院長とその秘書だけにとどまっている。
教員が件の悪魔に憑かれているという可能性もあるからだ。
学院の塀に囲われている生徒より、自由に外出できる教員のほうが、むしろ悪魔に憑かれるリスクは高い。
(……悪魔の匂いに疎くなったのは悪魔化の弊害かな)
以前の、悪魔憑きであった頃のロアなら、悪魔の気配をもう少し敏感に感じることが出来ただろう。しかし今は、ほとんど感じなくなってしまった。
マリアも悪魔の匂いには疎いほうなので、この手の捜査には正直不向きだ。
ならば逆に、目立ったほうが良い。
向こうが仕掛けてくるのを待つ。
それがロアの出した結論だった。
** *
潜入2日目。マリアはさらに、自身の非力さを思い知ることになった。
「リタ? リタ! どうしたの!? お腹痛いの!?」
午前の教室移動の際、共に行動していたマルガリータが突然倒れたのだ。
アンナには適当に言い繕い、午後の授業はどれもキャンセルして、マリアはマルガリータの治療にあたった。
そうこうしていると立て続けに3人の生徒が、同様の症状で医務室に運ばれてきて、挙句にはマクレガン学院長までもが心労で倒れる始末だった。
「……一体何人被害者がいるんでしょう」
すっかり日も暮れた夜。
1日で4人の処置をすることになったマリアは、疲労困憊という文字を背負っているかのようにうつ伏せで、用務員室のベッドに転がっていた。
マリアがロアの前で寝転がる、ということ自体が珍しいので、ロアは少し浮つく気持ちを覚えつつ、お疲れ様、とマリアの頭を軽く撫でた。
相当疲れているのだろう、マリアは身じろぎもせずなされるがまま突っ伏していた。
「学院長は倒れちゃったけど、被害者の数が増えたのはマリアのせいじゃないし、今日は部屋に戻って休んだらどう?」
「……昨日も言いましたけど、どうして貴女はそんなに悠長なんです? というか、今日は1日どこにいたんですか?」
マリアが恨みのこもった眼でロアを見上げる。
マリアが生徒たちの治療に当たっていた時、補助してくれるはずのロアは姿を消していたのだ。
「マリアの代わりに聞き込みを少し。今日倒れた女の子たちの共通点も洗い出してみたよ」
「!? 共通点があったんですか!?」
マリアが勢いよく跳ね起きたので、ロアは少し残念そうに、頭を撫でていた手を引っ込めた。
「今日倒れた生徒はね、皆新聞部に所属している子ばかりだった」
「それ、本当ですか!? ということは、新聞部に所属する生徒が怪しいと……!?」
「うんうん、でもね、この学校の新聞部の部員、意外と多いみたいでね、今日中には絞れそうにないから、今日はとりあえず休んだらどうかな」
「何人いても絞ります! 今からひとりずつ会いに、」
そう言い切る前に、マリアの視界ががくんと揺れる。
何が起こったか分からないまま、マリアはロアに抱きとめられていた。
「ほら言わんこっちゃない。疲れてるんだから、休まないと」
ロアがマリアの頭を再度撫でる。
どうやら先刻の揺れは眩暈だったらしい。
「……不甲斐ないです」
マリアはロアの胸でくぐもった声を上げる。
「そんなことないよ。寮の部屋も相部屋だから、ゆっくり休めないんでしょう? 良かったらここで少し休んでいって」
そう言って、ロアはマリアの身体をベッドに横たわらせる。
仰向けにすると、マリアの結った髪が邪魔そうにしていたので、「髪、ほどく?」と訊くとマリアは微かに頷いた。
髪留めを外し、マリアの指通りの良い栗色の髪を手でひと梳きした後、ロアはにっこりと微笑みながら彼女にブランケットをかぶせた。
「何なら一晩寝ていってもらって全然かまわないんだけどね」
もちろん私の隣で、とロアが笑うと、マリアは少しばかり呆れたような微笑を湛えた。
「……狭いですし、私が戻らないとルームメイトが不審に思います」
「マリアはそう言うと思った」
そう言いながら、ロアはベッドの縁から腰を上げた。
「どこへ?」
「被害者と、学院長の様子を少し見てくるよ。すぐ戻るから、おとなしく待っててね。あとで部屋まで送るから」
まるで子猫にでも言うような台詞を残して、ロアは用務員室を出ていった。
当該女生徒の処置を終えたところで悪魔探しに成果なし、という現実にうなだれるマリアを椅子に座らせ、ロアはマグカップに注いだホットココアを手渡した。
「……貴女はいつもそうやって悠長に構える。しかも何すっかり部屋に馴染んでるんですか」
マリアが半眼でロアを睨む。ロアはへらりと笑った。
「いや案外この狭い部屋が性に合っちゃってさー」
ここはロアが仮初の宿としている用務員室だ。
狭隘なスペースだが、簡単な調理場、ベッド、シャワー室も備え付けられている。
しかし何がロアにしっくり馴染んでいるかというと、部屋だけではない。
何気なく結った髪、いつもより少しゆったりした白いシャツ、作業に耐える厚手のサスペンダーパンツに身を包む彼女の風貌は、うっかり彼女が領主である前に貴族令嬢であるということを忘れてしまいそうになるほど、用務員然としていた。
あえてマリアは口に出さなかったが、とてつもなく似合っている。というより、何を着せても大抵様になるのだ、このロア・ロジェ・クロワという人は。
「ところでマリア、生徒はお風呂ってどうしてるの? 寮の個室にシャワーはないんでしょう?」
マリアは一瞬むせそうになりながら、マグカップから口を離した。
「なんですか藪から棒に。そうですよ、地下に共有のシャワールームがあって、グループごとに利用時間が決められているんです」
「じゃあ一緒に入るのは難しいか」
「何の話をしてるんですか!?」
マリアが顔を真っ赤にする一方で、ロアは至極真面目な顔で呟いた。
「さっき気づいたんだけどね、被害に遭った生徒の身体、共通してちょっとした痣があったんだよね」
「え?」
マリアは気づかなかったと思わず口に手を添える。
「マリアは施術に専念してたから仕方ないよ。昨日の子は太腿に、今日の子は背中だった。脱衣しないと見えないところばかりだから、チェックするなら入浴時しかないのかなって」
「しかし、痣といっても小さなものなのでしょう? 入浴時でも確認できるかどうか」
「確かに現実的ではないんだよねえ。……まあ、生徒間同士の秘め事も多々あるみたいだし、悪魔がつけた印って保証もないんだけどね」
ロアの言葉に、マリアは眉をひそめる。
「ロア。1日でよくそんな、生徒間のことまで知っていますね?」
「え? いやだって、皆訪ねてくるから……」
「訪ねてって、ここに?」
マリアは思わずマグカップをテーブルに置いた。
用務員室は学舎の本当に片隅に存在する。ここをわざわざ訪れる生徒たちがいるということにマリアは驚いた。
「廊下の電球が切れてて、とか。お昼ご飯一緒にどうですか、とか」
「前者はまだ分かりますが後者は就任1日目の用務員さんに掛ける言葉ではないような気がしますけど」
今度はロアが渋い顔をした。
「マリアだって楽しそうに中庭でランチしてたじゃない」
「見てたんですか?」
マリアの声がさらにワントーン低くなったのを感じてロアは慌てて反論した。
「食堂に向かってる途中にたまたま目に入ったの!」
ロアが大勢の女生徒に囲まれて食堂に向かった姿がマリアの目に浮かぶ。
色々と余計なことを言いそうになるのをぐっとこらえ、マリアは再びココアを手に取り、それを飲み干す。
「貴女はいるだけで目立つんですから、あまり派手な動きはとらないようにしてください。ココア、ご馳走様でした」
マリアはそう言って席を立ち、扉のほうへと歩いていく。
「暗いから寮まで送るよ」
「結構です。一緒に歩いているところを見られたらそれはそれで厄介でしょう」
ロアの申し出を跳ね除けて、マリアは暗い廊下へと消えていった。
「……」
追いかけようとつま先を動かして、少し躊躇った後、ロアは再度廊下へと踏み出す。
すると
「ミス・クロワ」
「!」
急に声を掛けられて、ロアは足を止めた。
声のしたほうを振り返ると、ちょうど階段から降りてきたらしいふたりの教員の姿があった。
一方は、上下とも隙の無い黒色のスーツに身を固めた凛々しい女性。髪色もダークブラウンなので、眼鏡の縁の赤色がより引き立つ。
もう一方は、着古したパンツに、絵の具でところどころ汚れたカーキ色のスモックを着た女性。長いライトブラウンの髪も自然な感じに下ろしていて、ふたりが並ぶと余計に対照的だった。
両人とも、今朝職員室でざっと紹介を受けた中にいた人物だ。伝統校であるためか老齢の教員が多い中、このふたりだけが年若い教員だったのでロアもよく覚えている。
先刻ロアに声をかけたのは、黒いスーツに赤縁眼鏡のノエラ・アルバ。
マクレガン学院長の遠い親戚だというが、ひっつめにした髪型といい、威圧感すら感じさせる厳しい顔つきといい、親子では? と疑うぐらいにそっくりだった。
「ミス・アルバ。この時間までお仕事ですか? ご苦労様です」
「今朝一度お会いしただけなのに、名前まで覚えていただいて光栄です、ミス・クロワ。さっき生徒が用務員室から出ていったように見えましたけど……」
「ええ、ちょっと話を聞いていて」
ノエラはほんの少し目を伏せて、ロアに忠告する。
「生徒間で貴女が人気なのは存じています。けれどこんな時間に生徒を部屋に入れるのはあまり体裁がよろしくありませんよ」
「申し訳ない、軽率でした。以後気をつけましょう」
ロアが素直に謝罪すると、彼女は軽く会釈し、学舎の玄関のほうへと踵を返した。
一方で、彼女と共に階段を降りて来ていたであろうもう一方の教員――美術教員だったと記憶している――ミカエラ・ラモーはそのままにこにこと笑って、ロアに近づいた。
「いやいや、アルバ先生は堅苦しくて悪いね。あまり気を悪くしないでね」
人懐こい笑みを浮かべながら、ミカエラは軽くロアの腕を叩いた。
「いえ、もっともなご意見でした」
「ふふっ、そう堅くならないでよ、用務員さん。あんたとはなんとなく親近感を覚えるんだよね、そっちは不本意だろうけど」
それは服装がルーズなところだろうか、などとロアが逡巡していると、ミカエラはさらに一歩、ロアに近づいた。
「ね、さっきこの部屋から出ていったの、今日入った転校生ちゃんでしょ? 綺麗な目をしてるから覚えちゃった」
ロアの表情が少しかたくなる。それを見てミカエラはさらに笑みを深くした。
「ま、最近古株で堅物の先生方がどうもピリピリしてるから、気をつけてねん」
再び彼女はロアの肩を叩き、ノエラの後を追うように姿を消した。
「……」
ロアとマリアが教会からやってきた悪魔祓いであることを知っているのは、現状、学院長とその秘書だけにとどまっている。
教員が件の悪魔に憑かれているという可能性もあるからだ。
学院の塀に囲われている生徒より、自由に外出できる教員のほうが、むしろ悪魔に憑かれるリスクは高い。
(……悪魔の匂いに疎くなったのは悪魔化の弊害かな)
以前の、悪魔憑きであった頃のロアなら、悪魔の気配をもう少し敏感に感じることが出来ただろう。しかし今は、ほとんど感じなくなってしまった。
マリアも悪魔の匂いには疎いほうなので、この手の捜査には正直不向きだ。
ならば逆に、目立ったほうが良い。
向こうが仕掛けてくるのを待つ。
それがロアの出した結論だった。
** *
潜入2日目。マリアはさらに、自身の非力さを思い知ることになった。
「リタ? リタ! どうしたの!? お腹痛いの!?」
午前の教室移動の際、共に行動していたマルガリータが突然倒れたのだ。
アンナには適当に言い繕い、午後の授業はどれもキャンセルして、マリアはマルガリータの治療にあたった。
そうこうしていると立て続けに3人の生徒が、同様の症状で医務室に運ばれてきて、挙句にはマクレガン学院長までもが心労で倒れる始末だった。
「……一体何人被害者がいるんでしょう」
すっかり日も暮れた夜。
1日で4人の処置をすることになったマリアは、疲労困憊という文字を背負っているかのようにうつ伏せで、用務員室のベッドに転がっていた。
マリアがロアの前で寝転がる、ということ自体が珍しいので、ロアは少し浮つく気持ちを覚えつつ、お疲れ様、とマリアの頭を軽く撫でた。
相当疲れているのだろう、マリアは身じろぎもせずなされるがまま突っ伏していた。
「学院長は倒れちゃったけど、被害者の数が増えたのはマリアのせいじゃないし、今日は部屋に戻って休んだらどう?」
「……昨日も言いましたけど、どうして貴女はそんなに悠長なんです? というか、今日は1日どこにいたんですか?」
マリアが恨みのこもった眼でロアを見上げる。
マリアが生徒たちの治療に当たっていた時、補助してくれるはずのロアは姿を消していたのだ。
「マリアの代わりに聞き込みを少し。今日倒れた女の子たちの共通点も洗い出してみたよ」
「!? 共通点があったんですか!?」
マリアが勢いよく跳ね起きたので、ロアは少し残念そうに、頭を撫でていた手を引っ込めた。
「今日倒れた生徒はね、皆新聞部に所属している子ばかりだった」
「それ、本当ですか!? ということは、新聞部に所属する生徒が怪しいと……!?」
「うんうん、でもね、この学校の新聞部の部員、意外と多いみたいでね、今日中には絞れそうにないから、今日はとりあえず休んだらどうかな」
「何人いても絞ります! 今からひとりずつ会いに、」
そう言い切る前に、マリアの視界ががくんと揺れる。
何が起こったか分からないまま、マリアはロアに抱きとめられていた。
「ほら言わんこっちゃない。疲れてるんだから、休まないと」
ロアがマリアの頭を再度撫でる。
どうやら先刻の揺れは眩暈だったらしい。
「……不甲斐ないです」
マリアはロアの胸でくぐもった声を上げる。
「そんなことないよ。寮の部屋も相部屋だから、ゆっくり休めないんでしょう? 良かったらここで少し休んでいって」
そう言って、ロアはマリアの身体をベッドに横たわらせる。
仰向けにすると、マリアの結った髪が邪魔そうにしていたので、「髪、ほどく?」と訊くとマリアは微かに頷いた。
髪留めを外し、マリアの指通りの良い栗色の髪を手でひと梳きした後、ロアはにっこりと微笑みながら彼女にブランケットをかぶせた。
「何なら一晩寝ていってもらって全然かまわないんだけどね」
もちろん私の隣で、とロアが笑うと、マリアは少しばかり呆れたような微笑を湛えた。
「……狭いですし、私が戻らないとルームメイトが不審に思います」
「マリアはそう言うと思った」
そう言いながら、ロアはベッドの縁から腰を上げた。
「どこへ?」
「被害者と、学院長の様子を少し見てくるよ。すぐ戻るから、おとなしく待っててね。あとで部屋まで送るから」
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