31 / 47
死神と運命の女
10
しおりを挟む
「――で。雁首揃えて戻って来たわけですね。まあ、私もまさか獄中のカルロス・ケニーが殺害されるなんて想定はしていませんでしたが」
教会ロンディヌス支部の副支部長室。かつてカーマンが座っていた席に、相変わらず黒一色のガトーは着座していた。
入室して早速、エレンが一歩、彼の机に詰め寄った。
「ガトー副支部長。貴方が教えてくれた死神の内容はあまりにも抽象的に過ぎます。カルロスを殺したあの女が言ったことが真実であるなら、死神という悪魔は特異能力者に接触してその能力の使い方を間違った方向に導いている。そんな奴が一体どうして、この世界の悪魔の一掃に役立つと言うんですか?」
詰め寄られたガトーは、わざとらしく肩を竦めた。
「……これは教会本部のトップシークレットだったんですが。まあ、組織がごたついている今ですし、貴女方に言っても問題はないでしょう」
そう言って彼は引き出しから古びたファイルを取り出す。ファイルには、過去に特異能力者が起こした重大事件の新聞記事がいくつもスクラップされていた。
「本部は死神が、特異能力者の能力を開花させていることを随分以前から把握していました。特異能力者が起こした事件の裏には大抵彼の影があることも知っていて、都度隠ぺいした」
短気なエレンは即座に噛みついた。
「どうしてそこまで知っておきながら教会はそんな危険な悪魔を野放しにしていたんですか! 国が能力者を利用しようとしていたことと関係があるんですか!?」
声を上げこそしなかったものの、マリアも同様に、ガトーを厳しい視線で睨む。しかしガトーは動じなかった。
「それもあります。ですが教会の意図はそれだけではなかった。あれは人間を多く殺すのと同様に、悪魔も多く殺すのです」
だから、生かす価値があったのだとガトーは言った。
「君たちも知っての通り、この地上にいる悪魔は爆発的に数を増やすことは絶対にない。母体となりうる悪魔はごく少数だからです。だから我々修道士の先達は悪魔をこの地上から一匹残らず排除できると信じて疑わなかった。けれど現実どうでしょう。今の今に至るまで悪魔はなぜか絶滅せず、しぶとく生きながらえています。それはなぜか? 調べれば簡単なことだった。
この地上にいる悪魔には、二種類いるのです。ひとつは原初、魔界からこの地上にやって来た本来の悪魔。そしてもうひとつは、この地上に漂う怨念の類が魔となって変化した悪魔。後者はこの地上から怨念がなくならない限り、際限なく生まれ続けるのです。だから近年、悪魔の数は増加している」
ガトーの言葉を受け、エレンは面食らい、同時に身体から力が抜けた。それでは悪魔の掃討など、夢のまた夢ではないかと。
ガトーは言った。
「先達も君と同じように絶望したでしょう。しかし、そこで彼らが知ったのが死神という存在です。教会がその存在を知ったのは百年ほど前、ちょうどテリオワ大戦が終結した直後だったと聞いています。戦争で空になった村に墓荒らしをする子鬼が溢れかえっているという通報を受けて教会が師団を組んで現地に向かったところ、彼らが到着した頃には子鬼は全て滅せられていた。目撃者がひとりだけいましてね、空き巣を働いていた不埒者の老人ですが、赤毛の男が子鬼を一瞬で殺した、さながらその姿は『死神』だった、と。
大戦の影響で若い修道士の数が激減していたこともあり、教会はその死神を利用できないかずっと考えていたわけです。しかし彼は神出鬼没で、つかみどころのない存在。探索にも苦慮しているわけですが」
エレンは首を振り、ガトーに食って掛かる。
「ミスター・ガトー、そのお話を聞いても私は納得いきません。教会は悪魔を滅するための組織、そのような危険な悪魔は一刻も早く、総力を挙げて抹殺すべきです!」
しかし。
「あれを殺すのは絶対に不可能です。死神とはそういう存在です」
これまでずっと淡々としていたガトーの言葉に、妙に力が入った瞬間だった。
まるで経験をしたかのようなその言いぶりに、その場にいる誰もが疑問を覚えたほどに。
「……さて、私が持っている情報は以上です。ミス・テンダー、貴女があれをどうしても滅したいと言うなら私は止めません。しかしそれこそ犬死になってしまうでしょうね」
エレンの顔が屈辱でかっと赤くなる。血が出そうになるほど唇を噛みしめて、エレンはぐっと堪えた。傍らにいたマリアが一歩前に出てガトーに問う。
「では、そんな悪魔を教会はどうやって利用しようとお考えだったのですか? 勿論考えがあったのでしょう?」
ふふ、とガトーは笑った。
「ミス・テンダーには伝えていたのですが、この件、本来なら君の師に負わせる命だったんです。これでお分かりですか?」
マグナス神父なら、人並み外れた『誘引力』によって上級悪魔も手懐けることができる。彼が離反した今、それを代行できるのは弟子のマリアだけだ。
「後ろの使い魔、あまり怖い顔をしないでほしいですね。本来なら彼女は罪人の一味と疑われ断罪されるところ、こうして修道女として世のためになる使命を与えられているのですから」
「……回りくどい真似を。最初からマリアを利用するつもりだったんじゃないか」
ロアの言葉の通りなのだろうと、マリアも理解した。それでも。
「ミスター、先ほど貴方はミス・テンダーに言いましたね。『どうしても滅したいなら止めない』と。
私は、死神と相まみえたなら、それを滅します。それでもよろしいですか」
ほう、とガトーは口の端を上げる。この時ばかりは彼の虚ろな黒い瞳も笑っているように見えた。
「では死神探索任務は続投ということで。ミス・テンダー、君は彼女を補佐しなさい。件のアリシアという特異能力者も、利用できるなら利用するといい。殺人犯といえどかなりの逸材です。あるいは死神の足元を掬えるかもしれません」
教会ロンディヌス支部の副支部長室。かつてカーマンが座っていた席に、相変わらず黒一色のガトーは着座していた。
入室して早速、エレンが一歩、彼の机に詰め寄った。
「ガトー副支部長。貴方が教えてくれた死神の内容はあまりにも抽象的に過ぎます。カルロスを殺したあの女が言ったことが真実であるなら、死神という悪魔は特異能力者に接触してその能力の使い方を間違った方向に導いている。そんな奴が一体どうして、この世界の悪魔の一掃に役立つと言うんですか?」
詰め寄られたガトーは、わざとらしく肩を竦めた。
「……これは教会本部のトップシークレットだったんですが。まあ、組織がごたついている今ですし、貴女方に言っても問題はないでしょう」
そう言って彼は引き出しから古びたファイルを取り出す。ファイルには、過去に特異能力者が起こした重大事件の新聞記事がいくつもスクラップされていた。
「本部は死神が、特異能力者の能力を開花させていることを随分以前から把握していました。特異能力者が起こした事件の裏には大抵彼の影があることも知っていて、都度隠ぺいした」
短気なエレンは即座に噛みついた。
「どうしてそこまで知っておきながら教会はそんな危険な悪魔を野放しにしていたんですか! 国が能力者を利用しようとしていたことと関係があるんですか!?」
声を上げこそしなかったものの、マリアも同様に、ガトーを厳しい視線で睨む。しかしガトーは動じなかった。
「それもあります。ですが教会の意図はそれだけではなかった。あれは人間を多く殺すのと同様に、悪魔も多く殺すのです」
だから、生かす価値があったのだとガトーは言った。
「君たちも知っての通り、この地上にいる悪魔は爆発的に数を増やすことは絶対にない。母体となりうる悪魔はごく少数だからです。だから我々修道士の先達は悪魔をこの地上から一匹残らず排除できると信じて疑わなかった。けれど現実どうでしょう。今の今に至るまで悪魔はなぜか絶滅せず、しぶとく生きながらえています。それはなぜか? 調べれば簡単なことだった。
この地上にいる悪魔には、二種類いるのです。ひとつは原初、魔界からこの地上にやって来た本来の悪魔。そしてもうひとつは、この地上に漂う怨念の類が魔となって変化した悪魔。後者はこの地上から怨念がなくならない限り、際限なく生まれ続けるのです。だから近年、悪魔の数は増加している」
ガトーの言葉を受け、エレンは面食らい、同時に身体から力が抜けた。それでは悪魔の掃討など、夢のまた夢ではないかと。
ガトーは言った。
「先達も君と同じように絶望したでしょう。しかし、そこで彼らが知ったのが死神という存在です。教会がその存在を知ったのは百年ほど前、ちょうどテリオワ大戦が終結した直後だったと聞いています。戦争で空になった村に墓荒らしをする子鬼が溢れかえっているという通報を受けて教会が師団を組んで現地に向かったところ、彼らが到着した頃には子鬼は全て滅せられていた。目撃者がひとりだけいましてね、空き巣を働いていた不埒者の老人ですが、赤毛の男が子鬼を一瞬で殺した、さながらその姿は『死神』だった、と。
大戦の影響で若い修道士の数が激減していたこともあり、教会はその死神を利用できないかずっと考えていたわけです。しかし彼は神出鬼没で、つかみどころのない存在。探索にも苦慮しているわけですが」
エレンは首を振り、ガトーに食って掛かる。
「ミスター・ガトー、そのお話を聞いても私は納得いきません。教会は悪魔を滅するための組織、そのような危険な悪魔は一刻も早く、総力を挙げて抹殺すべきです!」
しかし。
「あれを殺すのは絶対に不可能です。死神とはそういう存在です」
これまでずっと淡々としていたガトーの言葉に、妙に力が入った瞬間だった。
まるで経験をしたかのようなその言いぶりに、その場にいる誰もが疑問を覚えたほどに。
「……さて、私が持っている情報は以上です。ミス・テンダー、貴女があれをどうしても滅したいと言うなら私は止めません。しかしそれこそ犬死になってしまうでしょうね」
エレンの顔が屈辱でかっと赤くなる。血が出そうになるほど唇を噛みしめて、エレンはぐっと堪えた。傍らにいたマリアが一歩前に出てガトーに問う。
「では、そんな悪魔を教会はどうやって利用しようとお考えだったのですか? 勿論考えがあったのでしょう?」
ふふ、とガトーは笑った。
「ミス・テンダーには伝えていたのですが、この件、本来なら君の師に負わせる命だったんです。これでお分かりですか?」
マグナス神父なら、人並み外れた『誘引力』によって上級悪魔も手懐けることができる。彼が離反した今、それを代行できるのは弟子のマリアだけだ。
「後ろの使い魔、あまり怖い顔をしないでほしいですね。本来なら彼女は罪人の一味と疑われ断罪されるところ、こうして修道女として世のためになる使命を与えられているのですから」
「……回りくどい真似を。最初からマリアを利用するつもりだったんじゃないか」
ロアの言葉の通りなのだろうと、マリアも理解した。それでも。
「ミスター、先ほど貴方はミス・テンダーに言いましたね。『どうしても滅したいなら止めない』と。
私は、死神と相まみえたなら、それを滅します。それでもよろしいですか」
ほう、とガトーは口の端を上げる。この時ばかりは彼の虚ろな黒い瞳も笑っているように見えた。
「では死神探索任務は続投ということで。ミス・テンダー、君は彼女を補佐しなさい。件のアリシアという特異能力者も、利用できるなら利用するといい。殺人犯といえどかなりの逸材です。あるいは死神の足元を掬えるかもしれません」
0
あなたにおすすめの小説
商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~
葉月奈津・男
恋愛
「あなたとの婚約、破棄させていただきます!」
王立学院の舞踏会。
全校生徒が見守る中、商家の三男カロスタークは、貴族令嬢セザールから一方的に婚約破棄を突きつけられる。
努力も誠意も、すべて「退屈だった」の一言で切り捨てられ、彼女は王子様気取りの子爵家の三男と新たな婚約を宣言する。
だが、カロスタークは折れなかった。
「商人の子せがれにだって、意地はあるんだ!」
怒りと屈辱を胸に、彼は商人としての才覚を武器に、静かなる反撃を開始する。
舞踏会の翌日、元婚約者の実家に突如として訪れる債権者たち。
差し押さえ、債権買収、そして“後ろ盾”の意味を思い知らせる逆襲劇が幕を開ける!
これは、貴族社会の常識を覆す、ひとりの青年の成り上がりの物語。
誇りを踏みにじられた男が、金と知恵で世界を変える――!
曖昧な距離で愛している
山田森湖
恋愛
結婚4年目のアラサー夫婦、拓海と美咲。仲は悪くないが、ときめきは薄れ、日常は「作業」になっていた。夫には可愛い後輩が現れ、妻は昔の恋人と再会する。揺れる心、すれ違う想い。「恋人に戻りたい」――そう願った二人が辿り着いた答えは、意外なものだった。曖昧で、程よい距離。それが、私たちの愛の形。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜
ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。
イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。
8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。
※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。
恋い焦がれて
さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。
最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。
必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。
だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。
そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。
さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。
※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です
※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません)
※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。
https://twitter.com/SATORYO_HOME
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる