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死神と運命の女
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「そういうのって無茶ぶりっていうかパワハラって言うんじゃネ? 教会ってブラックなんだネ」
深夜。最終列車に乗って疲れた顔で森の隠れ家に戻って来たふたりを、ライアは子犬を抱えながら出迎えた。
「先生だったらあの男、出会い頭に顔面殴ってるかも。はなからマリアを利用しようだなんて本当にムカつく」
ロアが大きな溜息と共にそう呟きながらソファーにどかりと座る。
「昔ならともかく今の私はそんな血気盛んじゃねエよ」
はっはっはと笑いながら、腕に抱えている子犬の頭をわしゃわしゃとかき乱すライア。子犬は微動だにせずなされるがままにされている。マリアがその様子を見て首を傾げた。
「その子、あんなに騒がしかったのに随分大人しいですね?」
「こいつ、街中で女の子のスカートの中覗こうとしたからちょっと躾けてやったの。やんちゃなワンちゃんの躾けは得意だからネ~」
「……コノヒトコワイノマリアシャンタスケテ」
「もう少し反省していてください、」
呼びかけようとして、マリアはその獣の呼び名を知らないことに思い至る。
「あなたには名前はないのですか?」
「え、名前デスか? あったようななかったようなって感じデス」
「何それ?」
ソファーにもたれるロアが怪訝な声を上げた。
「アマゾネスで目覚める前のことを覚えてないんデスよ。記憶喪失みたいなもんデス。ワタシは過酷な運命に翻弄されるいたいけな乙女なんデス」
「「自分で言うな」」
ロアとライアに突っ込まれて、ぶうとふくれっ面をする獣に、マリアは優しく微笑んだ。
「では便宜上、あなたのことは助兵衛と」
「いやいやいやワタシ女の子って言いましたデスよね!? 男の子でもスケベエは流石に嫌デスけど!?」
「冗談です」
冗談なのかどうなのかわかりにくかったなあという空気が場に流れたが、マリアは気に留めることなく改めた。
「ではあなたのことはカメリアと」
「?? 急に美しい響きのお名前になったのは何故なんデス? もしやスケベエの隠語?」
「違います。あなたのその黒毛を見ていると、私に日本の武器の使い方を教えてくれた方の美しい黒髪を思い出すのです。その方はツバキ先生、とおっしゃるのですが」
「ああ、だから椿か。ん~スケベエには勿体ない名前だけど、良い名前なんじゃナイ?」
カメリアと名付けられた獣の頭を再びぐりぐりとライアが撫でると、カメリアはバッと両手を突き上げて反抗した。
「スケベエをデフォルトにしないでくれます!? ワタシの名前は今からカメリア! デス! ……むふ。響きからして優雅な名前」
「気に入っていただけましたか? 綺麗な花の名前ですよ」
「えっそうなんデスか! えへへっこの黒毛も捨てたもんじゃないデスね~えへへ~」
カメリアがデレていると、背後のソファーでクッションの端を噛みながらロアが呟く。
「……羨ましい……というか妬ましい……マリアから名前もらえるなんて……母体に還るしか……」
「母体に還る意味がわからんのデスけど御胸は大きい癖に心狭すぎないデスかあの人」
「うるさいわカメ助!」
「お名前もらって早々に変なあだ名つけられたんデスけどぅ!?」
「ロア! 貴女にはお父様がくださった名前とおばあ様の名前があるでしょう」
マリアに叱られて、ロアはぐぬと唇を噛んだ。
「まーまー、夜も遅いことだしふたりとも休んだら? 明後日は王城でパーティーだろ?」
「「パーティー?」」
ライアの言葉にロアとマリアが首を傾げる。そのふたりの様子にライアも「ん?」と首を傾げた。
「半年ぐらい前に屋敷に案内状来てたじゃん? 年末の国王陛下主催の招宴。五年に一回くらい諸侯に輪番でまわってくるやつだよ。今年ボルドウも当たってるだろ?」
* * *
「どうして貴女という人は! そういう大事なお手紙を書類の山の下にやってしまうんですかね!」
コルセットを締め上げながら、マリアが苛立ちの声を上げる。一方、腰を締め上げられて壁に手をつくロアは苦悶の声を上げながら泣き言を零す。
「っ、あれってそんなに大事なものだなんて思ってなかったし! 今からでもなんなら仮病で休みたい気分なんだけど駄目かなあ!?」
「駄目です! 合理的なミス・ロビンソンですら『あれは行ったほうがいい』って仰ったんですから、欠席したら悪目立ちします!」
昨夜、夏の忙しさにかまけロアが無視していた招待状の重要さをライアに説かれ、急いでボルドウの屋敷に戻ったふたりは件の宴へ出かける準備に大わらわだった。
「わかっていたらもっと華やかなものを用意したのに」
マリアは不服そうに、ロアが所有するドレスの中で最も新しいものを選び、彼女に袖を通させる。近年、ロアがドレスを着ることは滅多にないので今の彼女に似合うものは限られている。今回袖を通したのは、春にロンディヌスに向かった際に着用した黒のドレスだ。マリアの言う通り、流行りの形とはいえ、昼間の宴に着て行くには少し色味が地味ではある。しかしロアは首を振った。
「これで十分だよ。それにしても憂鬱すぎる。マリアと一緒に行けないなんて」
「従者は一名だけという決まりですし、今回は私より適任の方がいらっしゃるんですから当然です」
折よく寝室のドアがノックされ、その人物が入室した。
「おっロア、馬子にも衣装ダネー」
上機嫌に笑いながら入って来たのは、整髪剤で髪をかっちりと固め、モーニングを纏うライアだった。彼女はロア以上に中性的な顔立ちと体格なので、男装をしてしまうと本当に性別の区別がつかない。普段ラフな格好をしているせいか、正装をしている彼女はとても凛々しく見えた。
「ミス・ロビンソン、とてもお似合いです」
「いやーありがとうありがとう。礼服なんて久しぶりに着たけど案外しっくりくるネ~」
「……先生がパーティーに行きたいだけなんじゃないの」
「ロア! なんてこと言うんですか!」
マリアに叱咤されふてくされるロアを、ライアはまあまあとなだめにかかった。
「ここ最近立て込んでたんだから、マリアちゃんにも休息をあげないと。な?」
ライアにそう耳打ちされて、ロアは何も言えなくなる。
「さあほら、列車の時間まであんまり余裕ないからサ、急いで化粧しちまいなヨ。馬車ももう待ってるヨ」
「ロア急いで」
「わかった、わかったから!」
慌ただしく準備をして、ライアとロアは転がり込むように馬車に乗った。
「じゃあマリア、戸締りはしっかりね」
「女中業もほどほどに、ゆっくりしてるといいよ。カメ助の躾けはよろしくね」
マリアはこくりと頷く。
「道中気をつけて。ミス・ロビンソン、ロアをよろしくお願いします」
「はいはーい、ばっちり従者してくるので安心して待っててネ」
ひらひらと手を振るライアの隣でロアは若干不機嫌そうに口をとがらせている。
そんなロアに向けて、マリアは馬車の小窓越しに、声は発さず唇の動きだけでこう告げる。
『はやくかえってきてくださいね』
ほんの少し、普段は見せない寂しげな顔を見せたマリアに、ロアは驚き、即座に反応ができなかった。
「……ぇ、あ、うん! すぐ戻ってくるから!」
慌ててロアが返事したころには馬車は元気よく走り出し、その馬車が丘に隠れて見えなくなるまで、マリアはそれを見送った。
「ったくお前は相変わらずわかりやすい奴だナー。まーたマリアちゃんに甘えやがって」
機嫌を一瞬で直し、にやけているロアを見て、ライアは冷やかすように言う。
「うるさいなあ。どうせ私は先生みたく心が広くありませんよ。カメ助にも言われたのは癪ですけど」
「おや、珍しく素直だネ。いい進歩じゃん、自分の弱みに向き合えるってのは良いコトだよ」
「先生には弱みなんてないんでしょうね」
ロアが何気なく言うと、ライアは珍しく黙り込んだ。
少しだけ間を置いて、宙を向いて言葉を吐き出す。
「んなこたぁねーヨ。私がいかに優秀でクレバーでも、弱みっていうか、後悔っていうか。長生きしてるとそーいうのは色々あるわ」
楽しい思いも沢山したのに、胸に残るのはそういう苦いのばっかりってなんでなんだろうな、と彼女は苦笑する。そしてころりと笑った。
「まあそんなこたーどうでもイイ。お前とロンディヌスに行くのも久しぶりだナぁ、あのちびっ子お嬢様が立派な領主様になっちまってちょっとばかし感慨深いわ」
「別の家の随伴でこの招宴に行ったことがあるって言うから先生を連れてきましたけど、羽目外さないでくださいね」
「場はわきまえるってー。良い酒が出るんだろーなー♪」
十数年前と同じ顔で、にししと楽しそうに笑う彼女を見て、ロアは呆れ顔で肩を竦めた。
深夜。最終列車に乗って疲れた顔で森の隠れ家に戻って来たふたりを、ライアは子犬を抱えながら出迎えた。
「先生だったらあの男、出会い頭に顔面殴ってるかも。はなからマリアを利用しようだなんて本当にムカつく」
ロアが大きな溜息と共にそう呟きながらソファーにどかりと座る。
「昔ならともかく今の私はそんな血気盛んじゃねエよ」
はっはっはと笑いながら、腕に抱えている子犬の頭をわしゃわしゃとかき乱すライア。子犬は微動だにせずなされるがままにされている。マリアがその様子を見て首を傾げた。
「その子、あんなに騒がしかったのに随分大人しいですね?」
「こいつ、街中で女の子のスカートの中覗こうとしたからちょっと躾けてやったの。やんちゃなワンちゃんの躾けは得意だからネ~」
「……コノヒトコワイノマリアシャンタスケテ」
「もう少し反省していてください、」
呼びかけようとして、マリアはその獣の呼び名を知らないことに思い至る。
「あなたには名前はないのですか?」
「え、名前デスか? あったようななかったようなって感じデス」
「何それ?」
ソファーにもたれるロアが怪訝な声を上げた。
「アマゾネスで目覚める前のことを覚えてないんデスよ。記憶喪失みたいなもんデス。ワタシは過酷な運命に翻弄されるいたいけな乙女なんデス」
「「自分で言うな」」
ロアとライアに突っ込まれて、ぶうとふくれっ面をする獣に、マリアは優しく微笑んだ。
「では便宜上、あなたのことは助兵衛と」
「いやいやいやワタシ女の子って言いましたデスよね!? 男の子でもスケベエは流石に嫌デスけど!?」
「冗談です」
冗談なのかどうなのかわかりにくかったなあという空気が場に流れたが、マリアは気に留めることなく改めた。
「ではあなたのことはカメリアと」
「?? 急に美しい響きのお名前になったのは何故なんデス? もしやスケベエの隠語?」
「違います。あなたのその黒毛を見ていると、私に日本の武器の使い方を教えてくれた方の美しい黒髪を思い出すのです。その方はツバキ先生、とおっしゃるのですが」
「ああ、だから椿か。ん~スケベエには勿体ない名前だけど、良い名前なんじゃナイ?」
カメリアと名付けられた獣の頭を再びぐりぐりとライアが撫でると、カメリアはバッと両手を突き上げて反抗した。
「スケベエをデフォルトにしないでくれます!? ワタシの名前は今からカメリア! デス! ……むふ。響きからして優雅な名前」
「気に入っていただけましたか? 綺麗な花の名前ですよ」
「えっそうなんデスか! えへへっこの黒毛も捨てたもんじゃないデスね~えへへ~」
カメリアがデレていると、背後のソファーでクッションの端を噛みながらロアが呟く。
「……羨ましい……というか妬ましい……マリアから名前もらえるなんて……母体に還るしか……」
「母体に還る意味がわからんのデスけど御胸は大きい癖に心狭すぎないデスかあの人」
「うるさいわカメ助!」
「お名前もらって早々に変なあだ名つけられたんデスけどぅ!?」
「ロア! 貴女にはお父様がくださった名前とおばあ様の名前があるでしょう」
マリアに叱られて、ロアはぐぬと唇を噛んだ。
「まーまー、夜も遅いことだしふたりとも休んだら? 明後日は王城でパーティーだろ?」
「「パーティー?」」
ライアの言葉にロアとマリアが首を傾げる。そのふたりの様子にライアも「ん?」と首を傾げた。
「半年ぐらい前に屋敷に案内状来てたじゃん? 年末の国王陛下主催の招宴。五年に一回くらい諸侯に輪番でまわってくるやつだよ。今年ボルドウも当たってるだろ?」
* * *
「どうして貴女という人は! そういう大事なお手紙を書類の山の下にやってしまうんですかね!」
コルセットを締め上げながら、マリアが苛立ちの声を上げる。一方、腰を締め上げられて壁に手をつくロアは苦悶の声を上げながら泣き言を零す。
「っ、あれってそんなに大事なものだなんて思ってなかったし! 今からでもなんなら仮病で休みたい気分なんだけど駄目かなあ!?」
「駄目です! 合理的なミス・ロビンソンですら『あれは行ったほうがいい』って仰ったんですから、欠席したら悪目立ちします!」
昨夜、夏の忙しさにかまけロアが無視していた招待状の重要さをライアに説かれ、急いでボルドウの屋敷に戻ったふたりは件の宴へ出かける準備に大わらわだった。
「わかっていたらもっと華やかなものを用意したのに」
マリアは不服そうに、ロアが所有するドレスの中で最も新しいものを選び、彼女に袖を通させる。近年、ロアがドレスを着ることは滅多にないので今の彼女に似合うものは限られている。今回袖を通したのは、春にロンディヌスに向かった際に着用した黒のドレスだ。マリアの言う通り、流行りの形とはいえ、昼間の宴に着て行くには少し色味が地味ではある。しかしロアは首を振った。
「これで十分だよ。それにしても憂鬱すぎる。マリアと一緒に行けないなんて」
「従者は一名だけという決まりですし、今回は私より適任の方がいらっしゃるんですから当然です」
折よく寝室のドアがノックされ、その人物が入室した。
「おっロア、馬子にも衣装ダネー」
上機嫌に笑いながら入って来たのは、整髪剤で髪をかっちりと固め、モーニングを纏うライアだった。彼女はロア以上に中性的な顔立ちと体格なので、男装をしてしまうと本当に性別の区別がつかない。普段ラフな格好をしているせいか、正装をしている彼女はとても凛々しく見えた。
「ミス・ロビンソン、とてもお似合いです」
「いやーありがとうありがとう。礼服なんて久しぶりに着たけど案外しっくりくるネ~」
「……先生がパーティーに行きたいだけなんじゃないの」
「ロア! なんてこと言うんですか!」
マリアに叱咤されふてくされるロアを、ライアはまあまあとなだめにかかった。
「ここ最近立て込んでたんだから、マリアちゃんにも休息をあげないと。な?」
ライアにそう耳打ちされて、ロアは何も言えなくなる。
「さあほら、列車の時間まであんまり余裕ないからサ、急いで化粧しちまいなヨ。馬車ももう待ってるヨ」
「ロア急いで」
「わかった、わかったから!」
慌ただしく準備をして、ライアとロアは転がり込むように馬車に乗った。
「じゃあマリア、戸締りはしっかりね」
「女中業もほどほどに、ゆっくりしてるといいよ。カメ助の躾けはよろしくね」
マリアはこくりと頷く。
「道中気をつけて。ミス・ロビンソン、ロアをよろしくお願いします」
「はいはーい、ばっちり従者してくるので安心して待っててネ」
ひらひらと手を振るライアの隣でロアは若干不機嫌そうに口をとがらせている。
そんなロアに向けて、マリアは馬車の小窓越しに、声は発さず唇の動きだけでこう告げる。
『はやくかえってきてくださいね』
ほんの少し、普段は見せない寂しげな顔を見せたマリアに、ロアは驚き、即座に反応ができなかった。
「……ぇ、あ、うん! すぐ戻ってくるから!」
慌ててロアが返事したころには馬車は元気よく走り出し、その馬車が丘に隠れて見えなくなるまで、マリアはそれを見送った。
「ったくお前は相変わらずわかりやすい奴だナー。まーたマリアちゃんに甘えやがって」
機嫌を一瞬で直し、にやけているロアを見て、ライアは冷やかすように言う。
「うるさいなあ。どうせ私は先生みたく心が広くありませんよ。カメ助にも言われたのは癪ですけど」
「おや、珍しく素直だネ。いい進歩じゃん、自分の弱みに向き合えるってのは良いコトだよ」
「先生には弱みなんてないんでしょうね」
ロアが何気なく言うと、ライアは珍しく黙り込んだ。
少しだけ間を置いて、宙を向いて言葉を吐き出す。
「んなこたぁねーヨ。私がいかに優秀でクレバーでも、弱みっていうか、後悔っていうか。長生きしてるとそーいうのは色々あるわ」
楽しい思いも沢山したのに、胸に残るのはそういう苦いのばっかりってなんでなんだろうな、と彼女は苦笑する。そしてころりと笑った。
「まあそんなこたーどうでもイイ。お前とロンディヌスに行くのも久しぶりだナぁ、あのちびっ子お嬢様が立派な領主様になっちまってちょっとばかし感慨深いわ」
「別の家の随伴でこの招宴に行ったことがあるって言うから先生を連れてきましたけど、羽目外さないでくださいね」
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