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第一章 ローズちゃん0歳。
蒼い三日月。それは何よりも誇らしい魔法。前編
しおりを挟む◇◇◇◇◇
リュークは薄暗い闇の中に居た。
風一つない無風状態で、まるで宇宙空間のような世界だ。
頭上には見事な満月が、暗闇を照らす月光を降り注いでいる。
「ハッハッハッハ!」
その満月と重なるようにして、一人の大男が宙に浮いていた。
黒いローブ姿でフードを深く被り、額には一本の捻れた悪魔のツノが聳り立つ。
イカつく腕を組み、ザ・悪魔という邪悪な顔面で、リュークを見下ろしている。
――デカいな。アレが悪魔か。圧倒的な魔力を感じる。正に化け物といったところか。
身の丈は三メートルを越えるくらいか。
短めの袖から覗かせる筋肉質な太い腕。
その腕に装備されたゴツい籠手が物々しさを強調している。
周囲には闇の魔力をゆっくりと漂わせており、その姿がなんとも禍々しく、三年前に対峙した魔王以上の脅威度を肌で感じ取る。
「よお、人族の魔法使い」
野太い声で、太々しい態度。
その眼光が弱者を見下す色を見せる。
「お前が魔王なのか?」
「あー?違うな。
まぁいい。
俺は星を司る悪魔グリュエルドだ」
「……。」
なんだと。これで魔王ではなく、コイツ以上に強いのがまだいるというのか?
「ここは通称悪魔の世界という、まぁ簡単に言えば俺の結界の中だ。
ここから出たければ俺を倒してみろ、人間」
「なるほど。それは単純明快だな」
やるべき事は一つだけ。
ふぅと息を吐いて、まずは気を落ち着かせる。
間違いなく強敵だ。
冷静になれ、まだ魔王がいるのだ。
ここで死ぬ訳にはいかない。
「やるしかないか」
リュークは覚悟を決めると、魔導士の杖を構えて、魔力を練り始めた。
「ハッハッハッハ!」
グリュエルドが獰猛に歯を剥いて告げる。
「さぁ、やり合おうぜ!」
ガキンと左右の拳を叩きつけて、いざ開戦と相成る。
初手はリューク。
グリュエルドは腕を組み、ニヤニヤと待ちの姿勢を見せる。
リュークは頭の中で、四つの魔法を思い浮かべると、目の前に、四つの魔法陣が構築された。
パチパチと、蒼い雷閃が小さくスパークする。
「遠慮なくいくぞ」
杖を勢いよく振るって告げる。
「【雷槍】!」
四本の雷の槍が魔法陣からミサイルの如く発射される。
バリバリと、空気を切り裂きながらグリュエルドを強襲する、が。
「ふんっ!」
なんとも雑に、腕を振るうだけで。
最もあっさりと、まとめて撃墜されてしまった。
「ハッハッハ。弱いなぁ」
邪悪に歯を剥いて笑うグリュエルド。
「じゃあ次は、こっちの番だなぁ」
そう告げるやいなや。
お返しにと。
既に。
四本の黒い槍が発射されていた。
余りの発動の早さに、リュークがギョッと目を剥いた。
「っ!」
――早い、発動が早すぎるだろ。
通常、魔法とは、頭の中で魔法式を組み上げて魔法陣を構築し、そこに練り上げた魔力を注ぎ、そして発動するという、三手の工程を必要とする。
しかし、今のグリュエルドは一手。
こっちの番だと言った瞬間には既に発射されていた。
発現する時に発生する、魔法陣特有の魔力の揺らぎすらも感知させずに、まるで息を吐くようにして魔法を使ってみせたのだ。
コレが種族の違いなのか。とりあえずは防御を。
「【土壁】!」
間一髪。
防御する事に成功する。
大きな土壁が構築されて、黒槍をまとめて防いでみせた。
リュークは魔法を放った直後には、この防御壁の準備を進めていた。
通例として、魔法使いは身体能力がそれほど高くはない。
その為、回避するよりも防御障壁を張って防ぐのが基本的な戦術となる。
リュークも魔力には優れていたが例に漏れず身体能力は並である。
「はっはっはっはっはー。
なんだ、その顔は。
まだ始まったばかりだぜ。
どんどん来いよ。
目の前の絶望に抗ってみせろや。
はっはっはっはっはー」
「ち」
なんて性格の悪い奴だと、リュークは舌を打ち鳴らした。
◆◆◆◆◆
兄であるリュウキがサムライの弟子となり、修行の旅に出る直前の出来事。
兄弟二人きりの最後の夜。
弟リュークは、兄リュウキに呼びかけた。
「兄さん」
どうしても聞きたい事がある。
何故、急に強くなりたいなんて言い出したのか。
穏やかで、喧嘩などしない、あんなにも平和主義者だったのに。
え?
まさか。
そんな。
嘘だろ。
兄さんも僕と一緒だというのか?
「どうした?難しい顔をして」
「兄さんは、アニエスが好きなの?」
「好きだよ」
「そ、そう、なんだ」
微塵も迷いなく言い切った言葉に、この上なく動揺する。
しかし誰よりも優しい兄なら、それも仕方がないと、思い切ってストレートに聞いてみる。
「じゃあ結婚するの?」
ドキドキと顔を強張らせるリュークを見て、リュウキはフッと苦笑を溢し。
「何を言うんだ。しないよ。する訳がない」
はにかみながら、ゆるゆると首を振る兄にホッとする。
「アニエスは大好きだけど、それは家族としてだよ。
異性として見れる訳がないだろう?」
「そ、そう」
「血は繋がらなくとも、姉と弟の関係は揺るがないよ。
それは、アニエスも同じ思いのはずだ。
結婚なんて、とてもじゃないけど考えられないよ」
「う、うん」
「ただ、そうだな」
「うん?」
「恩を返したいんだ」
「恩返し?」
「そう、恩返しだ。
今までは守ってもらうばかりだったから。
力を手に出来るとわかった以上、弟として危なっかしい姉を守ってあげたい、そう思っただけだよ」
「そうなんだ」
ならば僕の率直な気持ちを聞いてくれ。
「じゃあ、僕がアニエスをお嫁さんにしても祝福してくれる?」
リュウキはニッと笑い。
「もちろんだ。
アニエスが望んだのなら、喜んで祝福するよ」
「わかった。約束ね」
「ああ、応援するよ」
「ありがとう。僕、頑張ってアニエスを守る事の出来るほどの魔法使いになるよ」
「じゃあ、俺は姉を守護する剣聖でも目指すかな」
後押しされた言葉に無敵になれた気がして、厳しい修行も全然辛くなかった。
更には修行に加えて、魔法研究にも没頭し、メキメキと実力を伸ばしていく。
そして、時が経つ。
大人となり、勇者パーティに初めて姉兄弟が揃った夜の出来事だ。
姉兄弟水入らずと気を使われて、三人だけの夕食となる。
せっかくの記念日だからと有名店の個室を取り、いざ前菜が運ばれてくるの待っていると。
「食べる前に聞いて、弟たちよ」
開口一番、アニエスは立ち上がり、頬を染めて言った。
「お姉ちゃんは恋をしたみたいなのよ」
「え?」
「は?」
兄弟の目が点になった。
その後、詳しく。
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アニエス大好きな二人は、何の疑うこともなく、ジークもアニエスが好きなんだろうなぁ、そして、このまま結ばれるだろう、そんな予感がしていた。
しかし真面目なジークは魔王討伐を第一としていた為、誰にも自分の気持ちを告げる事は無かったが。
しかして、二人の予感は的中する。
魔王討伐を果たした後の帰り道。
「アニエス、どうか、私と結婚してくれ」
「はい」
勇者ジークがアニエスに告白して結婚する事が決まったところで、リュークの初恋は終わりを告げた。
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