異世界のダンジョン・マスター

優樹

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ダンジョン・マスター第二部

23.交渉

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「提案があります」
「……唐突ですね、ですが、私が聞く必要はないと思います」
 牢屋から捕虜を連れ出して、個別に尋問を行なっていたメリルに、イレーヌはそう切り出した。
「そう言わないで、貴方達にも悪くない話だと思うわ」
 一度断られたことを気にせず、イレーヌは食い下がる。
「どういうことでしょうか」
 そこでやや興味を惹かれたのか、メリルは問い返す。
「私達を、雇う気はない?」
 そしてイレーヌが告げた内容は、驚くべきことだった。
「……正気ですか?」
「正気よ。冗談でこんなこと、言ったりしないわ」
「我々がそれをすんなり受け入れる訳がないでしょう。天界兵を、魔王の管理するダンジョンに? 馬鹿も休み休み言ってください」
 心底呆れたとばかりにメリルが告げる。
「……私はこのダンジョンを観察して気づいたことがあるわ。今、このダンジョンは使える戦力がほとんど無いでしょう」
「そんなことはありませんね」
「それは嘘よ。あの人間、なんて名前だったかしら。まあいいわ、その人間に捕縛されてこの牢屋まで連れてこられた時、気づいたの。このダンジョンは四階層までしかなくて、私達が辿り着いた三階層が最終防衛ラインだったのだと」
「……」
 これは図星だったのか、メリルは黙りこむ。
「あの人間にはそこまで意識を回す余裕はなかったのでしょうけど、お陰でどの程度の戦力が残っているのか推測することが出来たわ。今、このダンジョンの魔物は、精々アンデッドが数十体いるだけで、他に使える魔物はほぼ皆無。それにあの人間も無理がたたってしばらくの療養が必要……普通、ただの人間が手傷を負っているとはいえ、カインとまともに撃ちあう事なんて出来るはずないものね。相応の犠牲を払ったのでしょう。そうなれば、他の戦力となるものは魔王と貴女くらいしか居ないわよね?」
 事前にエレーナから訊いていた情報では、弱小のダンジョンであるということだった。もしかしたら隠し玉の一つや二つはあるかも知れないが、それならもっと早くにそのカードを切っていたはずだ。
「それがなんだと言うのです。我々がいれば戦力の不足など問題ではありません」
「……本当にそうかしら?」
「どういう意味ですか」
「カインの伝えた情報の中に、天界からの追手という情報があったでしょう。でもそれが、どの程度の規模だか貴方達は知っているのかしら」
「通常であれば天界から脱走した兵士の四人程度であれば、その二倍も居ればいい方でしょう。あなた方の中で腕が立つのはカインとあなたくらいでしょうからね、他二名は大したことありません」
「ええ、通常ならそうでしょう。でもそれが、通常ではないとしたら?」
「私には、あなた方程度に大規模な部隊を派遣するとは思えませんね」
「実はね、カインは言わなかったけど、彼はいいところの坊ちゃんなのよ。私やマイルなんかは見てもらえば分かる通り、忌み子とハーフブラッドよ、はっきり言って天界では爪弾き者、身よりもなければ天界がわざわざ取り戻したいと思うほどの能力もないわ。でもカインは違う。カインは素行が悪く敵さえ多いものの、その家柄は確かよ。だとすれば、エレーナの思惑を超えて親族が大規模な部隊を奪還作戦として投入してくる可能性がある」
「家柄が確かならエレーナがカインを派遣することもないでしょう。全く論理的ではありませんね」
「そう、そこがこの件の肝になるのよ。今回の派遣だけれど、私達三人は天界を本当に裏切っても不思議ではないメンバーとして集められたわ、完全に捨て駒としてね。でもカインは違う。カインは自らの力を高めるために、大きな争いのない天界を抜けだして、人間界のダンジョンに行くということを自分で選んだのよ。カインは望み、エレーナは叶えた。しかし親族は望んでいなかったという構図ね」
「……あなたが本当のことを言っているかどうかは、カインに訊けばすぐに判明することですよ」
「でも彼は答えないわ。自らの血筋を嫌っているもの。自分の力を血筋で判断されるのが、何より嫌いだと考えているはずよ」
「何故そんな情報を、初対面のあなたが知っているのです? それこそ普通に考えたらおかしいでしょう」
 訝しげな顔をしてメリルは訊く。
「……実は以前から彼のことは知っていたの。もちろん一方的にだけど。貴族の癖にそこらにいる不良と変わらない素行。そして自らの血筋を嫌って、実力主義を通したがる性格。顔に刺青を入れているという目立つ外見もあって、軍の中ではちょっとした有名人よ」
「そんな人物であれば我々も情報を持っているはずですけどね」
「彼は式典などには参加することはなかったもの、魔族の間では知られていないと思うわ」
「……まぁ真実についてはいいでしょう。それで、あなたが仲間になることで、そのカインを探しに来たという天界の部隊にどう対処するというのですか? いくらカインを無事に返したからといって、彼らが魔界の管理するダンジョンに来て、何もしないで引き返すとでも?」
「カインは返さないわ」
「……どういうことですか」
「カインに追手を撃退させるわ」
「は?」
 この答えには虚を突かれたのか、メリルが僅かに表情を変化させる。
「カインは天界に戻りたがらない。彼は常に闘争の場に自らを置きたいと思うタイプよ。ひたすらに戦い続けてとにかく自分の力を高めたいと思っているの。そう考えた場合、ここは実にいい場所じゃない? 身近には魔王が居て、侵入者も度々訪れる、戦う機会には事欠かないわ」
「言っておきますが、どんな不意打ちを仕掛けたところで、魔王様を討ち取ることなど不可能ですよ」
「別に寝首を掻いてやろうと思っている訳じゃないわ、それに、出来るとも思ってない。ただ私達の意思を伝えているの。だから、天界兵の部隊は私達が倒すわ。もちろん、援護してくれるならその方がいいけれど」
「ふう……説得力が足りませんね。それにカインの血筋云々ははっきり言って怪しいものです。いくら本人が本当のことを喋らなくても、少々調べればわかることです。命乞いしたいという気持ちはわかりますが、あなた方の未来は決まっています、無駄な悪あがきはやめることですね」
 時間を無駄にしたとばかりにメリルはイレーヌの手錠に繋がった鎖を握って歩き出す。そこにはもう話を聞くという雰囲気は微塵もない。
「待って! 闇属性魔法には制約の魔法があったはずよね。貴女が提示したそれを、私は全て受け入れるわ!」
「……本気で言っているのですか?」
 制約魔法、それは制約を指定する側と、誓わされる側、両者の合意があって初めて成立する魔法。
 制約内容についてはかなり自由度の高い設定が出来るが、その内容は単純であるほど効果が高い。
 これは主に奴隷契約等、完全に上下関係がはっきりしている者の間で行われる。万が一にも反逆されることがないようにだ。
 メリルが今現在もセレナに制約を課しているものについてもそうだ。
 過去にメリルがセレナと制約した内容は「<<我々の不利益になる行動をしない>><<一ヶ月以内に必ず戻ってくる>><<破った場合は死ぬ>>」というものだったが、そのうち<<一ヶ月以内に必ず戻ってくる>>というものについては無事に達成したため、今は効力がなくなっている。しかし<<我々の不利益になる行動をしない>><<破った場合は死ぬ>>という制約については、今でも効力を発揮している。
 この「不利益になる行動をしない」というのはやや曖昧ではあるが、基本的にセレナが意識的にダンジョン及びそこに所属するものについての不利益になる行動をしない限りは、特に問題はない。
 つまり、無意識的にやってしまったことについては見逃される可能性が高いのだ。
 しかし、セレナがこのダンジョンを裏切ろうと思って何かしらの行動を起こした時、すぐさま制約に従いセレナは命を落とすことになる。
 それほど強力な制約を、イレーヌは自ら受け入れるというのだ。
「本気よ。でも、代わりに仲間達に同様の制約を強いることはやめて欲しいの」
「馬鹿なことを。それではカイン達が裏切る可能性が残るではないですか」
 イレーヌを抜きにした三人が反逆するという可能性は十分に有り得る。
「……説得するわ。それに加えて、仲間達がもし裏切った場合も、私の命を奪うように制約してくれて構わない」
「全ての責任を自分が被ろうと言うのですか」
「ええ、約束を違えたら命を持って償いましょう」
「……あなたの覚悟はわかりました。ですがこれに関しては私の一存では決められません。魔王様に判断していただきます。その結果許可が下りれば、あなたの提案を受けれてあげましょう」
「……わかったわ」
「……あなた方は初対面のはずでしょう。何故そこまで出来るのです?」
 イレーヌの献身ぶりに疑問を感じたのか、メリルが問う。
「彼らは、悪い人たちではないわ。カインは不器用だけど仲間思いだし、マイルは少々ひねくれはいるものの、嫌味な性格はしていない。そしてロナは、自らの境遇からするととても素直に育った娘……これまで忌み子として差別と迫害だけを受けてきた私に、彼らは眩しく映ったわ。そんな彼らの命を、ここで散らせたくなかったの」
「……なるほど」
 何を考えているのか、メリルの表情は動かない。
 だが、放つ気配は少し和らいだようにも感じられる。
「まぁ、腹芸をするには少々素直すぎる性格のようでしたからね。あなたの命がかかっているとなれば、うかつな行動はしないかもしれません」
 ですが、とメリルは続ける
「全ては魔王様の判断次第です」
 彼は、どのような決断を下すのか。
 それはメリルにもわからない。
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