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クラリッサの街の冒険者ギルド
22.元社畜と冒険者ギルド・2
しおりを挟む「――さて、他に質問はありますか?」
あれやらこれやら、ギルドや冒険者に対する基礎的なレクチャーを一通り受け、最後にゼルさんに促された私は、はいと手を挙げた。
「あ、あの、こんな感じで異世界から渡ってきたばかりで、手持ちのお金がありません。さしあたり売りたい品があるのですが、ギルドで引き取ってもらうことは可能でしょうか」
「ヒースみたいな金持ってる保護者がいるってぇのに、お前さんは真面目だね」
「お金のやりとりは、信用ですから。借りばかりあっては、対等でいられません」
「いい心意気だな。んで、売りたいものっていうのは?」
「魔石です」
「おお、魔石は今需要が上がっているから助かるぜ」
ゼルさんの横から口を挟んできたグランツさんが、にっこにこの笑顔を見せる。
私は、小袋を取り出した。これは、リオナさんがヒースさんに託した鞄の中に紛れていたものだ。
入っていたのは、私が日々の練習で各種属性を付けた魔石だった。
わざわざこんなものを荷物に混ぜてきたリオナさんの真意が、私にはさっばり読めなかった。
むしろ、これを売ってどこへなりとでも行けという餞別がわりでは!?と顔色をなくしたものだが、ヒースさんは「まったく、魔女殿も素直じゃない」と呟いて苦笑していたので、悪い意味ではないと思いたい。
衣食住を保護してもらっているとはいえ、一文無しのニートはさすがに避けたい。お金支払ってもらってばっかりなの、凄くいたたまれないから、先立つものがどうしても欲しかった。
それと、自分の加工した魔石がどのくらいの価値になるのかは、知りたかった。知っておいた方がいいと思った。
「ええと、私が無属性の魔石に魔力を付与して作った魔石なんですが」
小袋から、小さな魔石をいくつか机の上に転がす。
さすがに時と天の魔石は存在がまずいので忍ばせなかったようだが、他の魔石ならば普通に流通している。売っても問題ないだろうと、ヒースさんからも許可をもらっている。
「は? 無属性の魔石から作っただぁ?」
グランツさんが、怪訝げな声を上げる。
え、そんなに驚くことかと思って、ゼルさんに視線をやれば、彼もまた唖然と目を瞬かせていた。
隣のヒースさんも、何やら額を押さえている。あれっ。
正直、この反応は想定外だったんですけど……。
「無属性の魔石に……付与……? それは……なるほど、言われてみると確かに盲点かもしれません」
はっと我に返ったゼルさんが、口元に拳を当て真剣に考え込む仕草を見せて呟いた。
「えっ、しないんですか?」
「我々の常識ですと、魔石は魔物や魔獣を倒して獲れるものという認識ですから……。付与して作るものじゃありませんねえ。っていうか、付与できるんですね……」
「じゃ、じゃあ、魔力が空っぽになった魔石に、魔力を補充するとか……」
かつて抱いた、充電池がわりになるんじゃない?の疑問に対する検証は、既に済んでいる。
半永久的に使えるわけではないが、数回程度であれば、魔石に魔力を注ぎ直して使い回せる。その後、限界がきたら当然の如くパーンしたけどね!
そんな結果を、恐る恐る告げれば、しーんと会議室に沈黙が落ちた。
い、いたたまれない……!
「え、ええと、魔石は魔力が尽きたらそれまでの使い捨てで、魔力を充填するとか、考えてもみませんでしたね……。補充もできるんですね……」
「リ、リオナさん~!!」
「おうおう、魔女殿の入れ知恵か」
そういう大切なことは!ちゃんと伝えておいてください!リオナさん!
私は、内心で悲鳴を上げた。
えええええ。みんなも頭を抱えているけど、私だって同じだ。
私は必死で過去の魔法講義を思い出して……思い当たった。
そういえば、要の好きにしていいとかなんとか、意味深なこと言ってた時があった気がする!!
もしかして、あれは魔石を実験に使ったり売ったり好きにしていいって意味じゃなく、この技術を……ってコト!?
一般的に流布してないお宝知識を、自分だと使えないからって伝授して、あっさり手放すとかありえる!?しかも本人に知らせないで。ドッキリにも程があるよ。
魔女の考えること、マジでわかんない!
まさかこんなおおごとになろうとは思いもよらず、私はダラダラ冷や汗をかく。
いや、でもリオナさんのことだ。私が買い取りに出すのも見越しての発言だろうなあ……。時と天属性を外に流すなとは言われていたけど、他に制限はかけられていなかったもん。
リオナさん、お人好しすぎなのでは……。
それだけ私に目をかけてくれていたのだとしたら、あんな風に怒らせてしまって、本当に胸が痛い。
「とにかく、だ。ものをよく見せてもらおう」
「そうですね。至極興味あります」
妙な空気になった場は、気を取り直したグランツさんの通りのいい明るい声で持ち直した。
そうだ。リオナさんへの謝罪は、きちんと後でするって決めたんだ。今はくよくよせず、背筋を伸ばすだけだ。
グランツさんは、魔石の一つを手に取り何度も角度を変え、品定めするように目を眇めた。
「……ほう。随分と綺麗に付与できているな。小粒だが、輝きが天然物と遜色ないどころか、それ以上まである。本当にこれの元が無属性のクズ石なのか、疑いたくなるな。曇りもなく色も濃くて、随分と質がいい。さすが付与調律師といったところか」
「えへへ、ありがとうございます。ほら、無属性魔法って、属性が割り当てられてないっていう話の割に、≪伝熱≫とか≪精製水≫とか、各属性の欠片をもっているじゃないですか。無属性の魔石は、きっと可能性の塊なんですよね」
「ほほう、可能性の塊か……上手いこと言いやがるな」
私は、胸を撫で下ろした。
グランツさんの反応を見るに、普通に属性を付与しただけの魔石の手ごたえは、悪くない。よしよし。
自分たちがこうだと思い込んでいる常識にとらわれていると、柔軟な発想に至らなかったりなんて、割とよくある話だ。
私の頭が柔らかいとは全く思わないけれども、異邦人であるからこそ、この世界の常識に対する認識の違いが大きいのだと思う。
ちょっとどころか、めちゃくちゃ焦ったものの、得る手法は異なれど、属性魔石には変わりないわけだし。褒められたら、素直に頬が緩むのも仕方ない。
「それ、魔石の容量を、3倍まで拡張してあるんですよ。で、これが冷却の魔法をつぎ込んだ水の魔石なんですが……」
私はいそいそと、先日練習がてら作った水の魔石も取り出した。
こちらは魔法が込められた特別性だから、もっと高く買ってもらえるのではないかと踏んでいる。リオナさんに怒られた曰く付きの魔石だ。
流石に作りすぎたので、己の戒め用と、すぐに使う分以外は、放出することにした。また何度でも作れるしね。
冷却専用だから、もはや冷却の魔石と呼んでもいいよなー。なんて思いながら、気軽に見せたところ――。
「いやいやいやいやまてまてまてまて!?」
「カナメ、魔石を売りたいとは聞いていたが、さっきから俺の知らない情報が多すぎるんだが!?」
「魔石の容量の拡張ってどういうことですか!?」
「ひえっ!?」
三者三様、勢いよく距離を詰め寄られた。
圧が、圧が凄いですから!いくら男前が揃っていたとしても、流石に恐いよ!
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