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調律
50.元社畜と転生魔法師の取引・2
しおりを挟む頬に手を当てて、ユエルさんは憂鬱げに、はあとため息をつく。
「タイ米でよければ、もう少し分けてあげられるのだけど、なかなか美味しく炊けないのよね……」
「あれ、もしかして日本米と同じ要領で炊いてます? タイ米は、日本米とは違った方法で炊いた方がいいんですよ」
「そうなの!?」
ユエルさんが、知らなかったとびっくりしている。
インディカ米はジャポニカ米に比べて粘り気が少ないから、湯取り法というたっぷりのお湯で茹でるように炊くのがコツだ。ジャポニカ米のように、事前に研いだり浸水させたりしない。
茹で汁を捨てるから、独特の匂いが和らいで、食べやすくなるんだよね。
大学時代、お金がなくて米が買えなかったことがあって、安いインディカ米を美味しく食べるために、ネットで調べたんだよね。
ユエルさんに炊き方を教えてあげると、収納空間からさらにインディカ米をどどんとくれた。大放出である。
わーい、チャーハンとかピラフに使えるよー!
ミクラジョーゾーで米が手に入れられなかったのは、レイン侯爵家との契約もあったのだけど、単純に美味しくインディカ米を炊けなかったかららしい。
ユエルさんが納得いく味にできなかったので、アイオン王国に広められずにいたのだとか。
「本当に『界渡人』は米で喜ぶんだな」
「『界渡人』というよりも、日本人限定ですけどね」
感心したように呟くシリウスさんに、はしゃぎまくりの我々は苦笑するほかない。
私は腰を再び下ろして、ユエルさんに向き直った。
「このお礼は、カレーで返します! お米があれば、カレーライスもできますものね」
「ええ、楽しみにしているわ!」
「じゃあ、必要なスパイスについては、後でお伝えするとして……。そうだ、リオナさん、前に話していたアレを、ユエルさんにお伝えしてもいいでしょうか?」
「ああ、アレね。構わないわよ。むしろ、パイプラインとして、レイン侯爵家のユエルは最適だわ」
「というわけで、ユエルさん、シリウスさん、私からも一つお願いをしてもいいですか?」
「一体何かしら?」
一旦離席の断りを入れてから、私は一度自室に戻ると、必要なものを手に取って返す。
中央からの人員が派遣されてくる際に交渉して良いか、リオナさんに相談をしてオッケーを貰っていたのだが、まさかノーアポで突撃されるとは思わなかったから焦ったよ。冒険者ギルドへの納品前で助かった。
「これなんですけど……」
私がテーブルの上に広げたのは、アクアマリンみたいな水色の魔石だ。
シリウスさんとユエルさんは、息を呑んで目を瞠った。
「これは……≪冷却≫の魔法が閉じ込められた魔石? って、うわ、何この魔法構築、魔法の重ねがけしてるじゃない。破綻しないんだ!?」
破綻はしないが、破裂はするんだなあ、これが。
「はい。これは、私が無属性の魔石に付与をして作った水の魔石です」
「冒険者ギルド名義で出てきたけど、お察しよね~。魔法塔でも少しずつ話題になっていたわ、魔石の≪増幅≫と、魔力の注入」
「闇魔法の使い手たちが、一同に色めき立っていましたね。かくいう私も、付与にこんな使い方があるとは思いませんでしたから、すっかり驚かされましたよ」
「まだ私のところまで現物が来てなかったのよ! わー、本物見られて嬉しい」
ユエルさんが魔石を持ち上げて、右に左に上に下に、様々な角度から覗き込んでいる。
シリウスさんも、そわそわしながら魔石に視線が釘付けだ。
そうでしょう、そうでしょう。魔法が好きなら、気になりますよね。
「で、この魔石で何をするつもり?」
「流通の拡大を図りたいのです」
「ほう?」
「などと、盛大に言っていますが、要するに海産物の冷凍加工による運輸ですね」
「ああ!」
「この辺りは内陸で海が近くないから、海産物と縁がありません。かといって、運ぶにも諸々問題があります。それを、この魔石である程度解決できるんじゃないかなと」
クラリッサの街で、干物を取り扱っている店とかも見つけたんだけどね。海産物は北側では貴重で、ごくわずかな取り扱いしかない。
ユノ子爵領に海産物が致命的なまでに入ってこないのには、いくつか要因がある。
まず、海沿いから北まで道中が長すぎて、加工がなければ腐ってしまう。『マリステラ』全土は、概ね気候が温暖だ。
次に、海産物を冷凍したとして、長い道のりの間も、常に冷凍状態を維持する必要がある。
しかし、運搬の人員として、必ずしも氷魔法を使えるような高レベルの魔法師を動員できないのだ。
氷魔法は水魔法の上位互換で、水魔法に比べると使える人が限られてくる。護衛の冒険者に、いたらラッキーというレベル。
最後に、氷魔法を使える魔法師の代替として、魔法陣を刻んだ水の魔石を使うとしても、長期間魔力を維持できるような大きさの水の魔石はお高い。魔法陣を刻むにもそこそこコストがかかるし、用意するにも時間がかかる。
つまり、陸送するには、全体的にコスパが悪いのである。
「そっか。この人工魔石なら、元のコストが低いから複数使いやすいし、発動するにも水属性が使えればいいわけか! 商人が雇う護衛の冒険者に、水魔法を使える人員が一人でもいれば、発動もクリアってことね」
「なるほど。水の魔石に魔法陣を刻む手法だと、維持費が高くつくので、海沿いの近隣輸送のみに限定利用されていましたが……遠方へも運べると」
「これなら、シリウス兄様でも作れるし、冷凍保存も容易くなるわ」
「王都にも無理なく運べそうですね」
さすが、転生者を擁する領地。もうすでに、魚の冷凍出荷は行われていたようだ。
頭の中に、ヒースさんに教えてもらった地図を思い浮かべる。
アイオン王国の南東に位置する魔法大家のレイン侯爵領は、港や海軍を持つと共に、辺境に対する結界を維持しているらしい。ギア辺境伯領のお隣ってところからも、王都から結構離れているのがわかる。
「川魚は、泥くさくて苦手って人もいますし。多少、海沿いに比べれば運搬費用で単価は上がるにしても、それでも手に入るなら食べたいって人は絶対にいると思います」
私みたいにね。私は川魚も好きだけど!
「生なんて贅沢はいいません。でも、せめて美味しい海産物が食べたいんです!」
「カナメの気持ち、わかるわ!」
「ユエルさん!」
魚をこよなく愛す日本人、魂の叫びである。
ユエルさんと私は、がっと力強く握手をした。
「『界渡人』が食に並々ならぬ執念を燃やすというのは、本当ですね」
「さっきから、カナメたちの熱量がハンパない……」
「『界渡人』というよりも、日本人限定ですけどね」
「日本人って……」
方々から生ぬるい視線を寄せられている。引かないで引かないで。
とはいえ、本当に日本人って何って感じだよね?珍獣か?
そんなわけで、どさくさに紛れつつも、領地に海を持つレイン侯爵領による海産物の取引について、素案がまとまったのである。
わーい、商業ギルドのフラガリアさんから、笑顔で親指を立てられちゃいそうだ。
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