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調律
60.酒の肴になる冒険者
「ところで、クリフはカナメ殿の恋人なのか?」
「ごほっ……!」
ラインハルト殿下から唐突に発せられた一言に、俺は飲んでいた葡萄酒で思い切りむせた。赤じゃなくてよかった。
カナメが王太子宮にとどまることになれば、護衛名目の俺も一緒に宿泊になるわけで。晩餐を終え、俺はラインハルト殿下とシリウス様に、「久しぶりなんだ、付き合え」なんて言われ、笑顔で応接室に連れ込まれ現状に至る。
カナメもニコニコと手を振って、送り出してくれた。王太子宮の警備は万全とはいえ、一応護衛なんだが……。
唐突にぶっこんできたラインハルト殿下を、俺は恨みがましげに見るものの、殿下はにやにやしながらしれっとかわす。相変わらずだ。温和な笑顔でゴリ押すスタイル。この人、押しの強さを顔の良さと穏やかな雰囲気でうやむやにしているのだから、性質が悪い。
だけど、懐かしさもあって、俺は唇を尖らせる。
よもや学生時代のように、こうしてラインハルト殿下と、シリウス様と再び旧交を温め、酒を酌み交わせるとは、出奔した時には思いもよらなかった。あの時は、すべてを捨てたつもりでいたから。
「再会を祝して」と殿下がワイングラスを上げてくれたときには、本気で泣くかと思った。
あれこれ苦言はいただいたし、俺の立場も結構あやふやであるのに、学生時代と変わらぬ近しさで接してくれるお二人へ、密かに感謝の気持ちを抱いていたのだけれども。
「いや、殿下がそう思うのも仕方がないだろう。カナメ嬢に独占欲マシマシの自分色の装飾品を贈っておきながら。位置把握の魔石のオーダーとか、正直目を疑ったぞ……」
「シ、シリウス様!」
「ああ、あれ、やっぱりクリフだったのか。いいセンスしてるねえ。でも、既婚者の私たちにまで牽制しなくたってね。やー、学生時代のクリフは、剣が恋人ですと言わんばかりに令嬢からの秋波をやりすごしていたのに、この変わりよう!」
「雰囲気も甘いし、視線も熱いし、相当惚れこんでいると見ましたね」
「着飾った彼女が、そんなにも見たかったのかい? クリーム色のドレスが似合っていて、野に咲く花のように可愛かったよね、カナメ殿」
「ぐぬぬ……」
「ここにリヒトがいたら、もっと面白かっただろうに勿体ない」
いや、これ単に酒の肴にされているだけだ。
にやにやと笑みを浮かべて、お二人は俺の弱点を的確に弄ってくる。色々見透かされて、恥ずかしいことこの上ない。意地が悪い。どう考えても意趣返しだろう。
ちなみに、リヒト様とは、本日お見えになっていないが、ラインハルト殿下の側近の一人。魔法省副長官、レイン侯爵家嫡男であり、ユエル様の兄上だ。
肩身の狭い思いをしながら、俺は葡萄酒をあおった。
「カナメは、恋人ではありません。まだ……」
「まだ」
「へー、ふーん、ほー」
「なんですか……俺の片想いですよ、悪いですか」
「悪くはないが、諸々話を聞く限りで、カナメ嬢は恋愛に鈍そうというか、仕事に邁進しそうな感じがするからな」
「そうそう。付与調律師周りの懸案を話していた時、活き活きしていたものなあ。性質似過ぎてて、シリウスの生き別れの妹かと思うよね。確か、社畜だっけ? 言い得て妙な言葉だよね」
「失礼な。社畜はともかく、俺はきちんとユエルを口説いてプロポーズしたので、鈍くはないですよ」
「よっ、ムッツリ眼鏡」
「ほう。殿下はよほど書類仕事がしたいと見える」
ワイングラスを優雅に転がしながら、交わす会話じゃない。2人とも、ほどほどに酔っている気がする。
何というか、ノーブルな方々でも、そこらへんの飲み屋で管を巻いている下々の男どもと、さほど変わらない感じがする。行儀は凄く良いけれども。
それだけ、気安い場なのかもしれない。
「カナメ殿、王宮に欲しいなあ……。普通に文官としてもやっていけるでしょ」
「存分に。俺につけてもらいたいくらいですね」
「あげません。シリウス様につけたら、確実にカナメのナニカが減りますから」
「クリフのケチ」
「保護者からアウトが出ましたね。まあ、彼女は手ごわそうだ」
「クリフの熱視線に、カナメ殿気づいていなさそうだしね。攻勢かけないのかい? 君の父上は、相当熱烈だったそうじゃないか」
「やめてください……」
微妙な気分になるから、親の恋愛話など聞きたくない……。ただでさえ絶縁状態なのに。わかってて仰ってくるからこの人は。
実際カナメに関しては、攻めあぐねているというのが本音だ。ちょっと手を繋いだだけで真っ赤になって、いっぱいいっぱいになっているのだ。普段あんなにしっかりしているのに、初心か。可愛い。あの男慣れしていない反応ときたら。本当、無防備なのをどうにかしてほしい、ハラハラする。
そんな彼女の頭の中を、俺一色に染めてみたい気持ちはもちろんある。
ただ、とても楽し気に笑って仕事や料理をしながら、ようやく羽を休めることを覚えたカナメに、俺の強い想いを押し付けたくもなかった。マリステラに墜ちてきた時の、憔悴した様子を知っているから、余計に。
だから、まだ時期尚早という気持ちなのだけれども。
「もちろん、今すぐにでもカナメを囲いたいですし、甘やかしたいですし、甘やかされたいですし、他の男になんて見せたくないですよ。何するかわからなくて危なっかしくて放っておけなくて、でもそれがカナメらしくて可愛くて、俺の全力をもってして守りたい。だけど、それじゃあカナメの可能性を奪いかねなくて、ギリギリ我慢しています。カナメには笑っていて欲しいんです。俺の理性を褒めてください……」
「おっと、ヒースクリフもそこそこ酔ってるな?」
「どさくさに紛れてのろけるな、愛情が重い。監禁はやめておけよ? あと襲うなよ!?」
「襲いません! 多分!」
「お前、思考回路がやっぱりミスティオの家系だな……」
「それが嫌なのもあって、家を出たんです……!」
呆れ混じりのシリウス様からの指摘に、俺はずううんと肩を落とした。
飲もう。飲まなきゃやってられん。俺は手酌で葡萄酒を注ぎ、一気に嚥下する。荒い飲み方をするには、勿体無いほどの良い酒だ。
王家3公5侯内ではすっかり有名な話だが、ミスティオの家系はヤバめに愛が重いと知られている。
それこそ、妻を溺愛して離さない俺の父のように。歴代の騎士団長の恋物語は、アイオン王国で脚色され語り継がれているくらいだ。
蓋を開けると、そんなにロマンチックなものでもないんだがな……。
愛情だって、度が過ぎれば害悪になる。妻を籠の鳥(軟禁監禁の柔らかい言い方だ)にするなんて、我が家系では普通も普通。人の婚約者を決闘で奪い取ったとか、割と後世に禍根を残しそうな話も、なくはないし。
カナメへの恋心を自覚したと同時に、嫌悪していた血の性質を、自分でもはっきりと理解してしまい、ちょっと落ち込んだ。無自覚じゃないだけマシだと思いたい。
カナメの自由を奪いたいわけじゃないのに、ずっと傍にいて欲しいと願ってしまう、身勝手な欲。
そんな俺を見て、ラインハルト殿下が喉を鳴らす。
「私としては、クリフがカナメ殿と恋仲になってくれれば万々歳だけどね。『界渡人』であり優秀な付与調律師を、国に囲っておけるという下心もあるけれども、何より女性を苦手としていたお前が、自然体でいられているのがね、微笑ましくてね」
「殿下……」
「まあ、監禁は勘弁してもらいたいけれども。今までの反動が、変に出なければいいが」
「しませんから……」
「彼女、色々と知らなそうだし、体力もなさそうだから、ちゃんと優しく労わってあげるんだよ? お前、3日3晩とか平気で暴走しそうだからな」
「何がですか!?」
いや、まだ恋人になってすらいないのに、何を下世話なことを言っているんだ殿下は。
俺の最初の感動を返して欲しい。
「殿下の冗談はともかく」
「えー、冗談じゃなかったんだけどな」
「こほん。それで? カナメ嬢は、これからますます耳目を集めることだろう。お前は、そんな彼女を守り切れるのか?」
「それは……」
徐々に焦りが出てきた部分を、的確にシリウス様は指摘してくる。さすが、宰相補佐様だ。俺の懸念を見抜いている。
カナメは、『界渡人』として、本来国に大事に扱われる存在だ。魔石を初め、調律や調薬などで、既に多くの利を国にもたらしている。彼女の存在価値は、非常に高いのだ。
本人があの魔女の森にいたいという願いがあるからこそ、無理を強いていないし、俺が保護者という立場に甘んじていられるけれども、いつその均衡が崩れないとも限らない。
その時、ただの一冒険者でしかない今の俺が、彼女に見合うのか、釣り合うのかといわれると、疑問を覚えてしまう。
甘やかで穏やかなぬるま湯のような今が、ずっと続けばいいと願うが、それが現実的ではないこともわかっている。
もちろん、物理的に彼女の身を守ることならできると自負している。ただ、シリウス様が言っているのは、そういう意味での「守る」ではない。
俺は、ぎゅと拳を握りしめた。
「横からかっさらわれないように気を付けるんだね、クリフ」
ラインハルト殿下、カナメ曰く、そういうのを"フラグ"と呼ぶらしいですよ。やめてください。
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次回は月曜日に更新予定です。
次回で3章は終わりです。
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