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オルクス公爵領ダンジョン調査
73.元社畜一行は出立する
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早朝はまだ寒いなあ。
薄明りの中、部屋の空気を入れ替えながら、私ははぁと白い吐息を零した。
風も徐々に暖かさを帯びてきて、陽ののぼりも早くなり、気候もだいぶのどかになってきた。北国故、雪の名残はあれど、春の訪れをそろそろ感じさせる頃。
私たちは、朝からオルクス領への出立最終確認をしていた。
昨日から魔女の屋敷に泊っているヒースさんも、せっせと荷造りを手伝ってくれる。
ディランさんから迎えにいくよーと連絡がきたのは、つい2週間ほど前。
おいコラ待て。アポをちゃんと取ってくれるようになったのはいいものの、それでも遅い。事前に準備しておいて、正解だった。
「カナメ、これで荷物は全部か?」
「はい。ありがとうございます。ギリギリ間に合った~!」
「だいぶ量が多かったが、収納鞄様々だな」
この度、諸々を鑑み、収納鞄を4つほど増やしました。背に腹は代えられぬ。
さすがにダンジョンに持ち込むのに時魔石を使うわけにはいかなかったので、必要な機能を分割する形で、鞄を持つことにしたんだよね。
少々かさばるけど、その分ダンジョン生活はかなり快適になると思う、多分。ユエルさんにも相談に乗ってもらったし。
というわけで、以前購入した風のフードの下にチュニック丈の温かい服を着こみ、更にコートを重ね着、動きやすいパンツとブーツ、リュックにショルダーバック2つを下げて、ウェストポーチで私は準備万端だ。あ、もちろんマフラーと手袋もしっかりね。
鞄は流石に自力で作るにも限度があったので、クラリッサの縫製屋さんに頼みました。おかげで、しっかりした鞄ができてホクホクだよ。
かなり冒険者らしくなったんじゃないか?ちょっとウキウキしちゃうね。
収納鞄に仕込んだ天魔石に≪重量軽減≫の魔法をかけてあるので、ごちゃついた見た目でも、実際の負担はほぼない。
と、タイミングよくカランカランと店舗のベルが鳴った。
「やっほー。迎えに来たよ」
「お久しぶりです、ディランさん、シラギさん」
「オルクス公爵家私設騎士団団長と副団長が、わざわざ迎えにきていいのか……」
「……ディランダル様の奔放を、誰も止められず。あと、連絡しておいたポーションの引き取りもありましたので」
手を振りながら満面の笑みで入店してくるディランさんとは対照的に、朝にもかかわらず、シラギさんはげっそりと疲れた顔をしている。苦労性なところは、相も変わらずな模様。
普通、遠方にお迎えにやってくるのって、下っ端とかだよねえ。トップ二人がしゃしゃり出てきてどうするんだという……。昨日の閉門間際にクラリッサに駆け込み、朝からここにやってきたのだからご苦労なことである。
「カナメが鞄お化けになってる」
「これには海よりも深い事情があってですね……」
「それで、天魔石解禁したんだ?」
「伝達怠るくせに、ディランさんの情報収集能力恐い!」
「ひっどぉ! 天魔石は、カナメと初めて会った時に、机の上に置いてあったのを見たから知っていたんだよ。キミ、迂闊すぎだからね」
「おうふ、めざとすぎでは……」
ディランさんと軽口を叩き合いながら、連絡とともに頼まれていた大量のポーションを、リオナさんとせっせとシラギさんの持ってきた収納鞄に詰めていく。
冬の間も討伐任務があるので、以前お渡ししたポーション類も、そろそろ底を尽きるらしい。特に、ダンジョン内の魔物の間引きも加わって、想定よりも減りが早かったようだ。
「カナメ、ちゃんと彼らの言うことを聞くのよ。勝手をしたら、本気で命取りになるんだからね?」
「はい!」
「ディランダル・オルクス、任せたわよ」
「任されましたよ、魔女サン」
「ヒース、カナメを守ってね」
「もちろん」
しばらく私もヒースさんも、魔女の屋敷を離れる。連絡手段はあるとはいえ、リオナさんとはしばしのお別れだ。
真剣な眼差しで、リオナさんが皆に声をかけてくれる。私というド素人が一緒に行くのだ。どれだけ準備を万端にしたとて、心配をかけるだろう。
「それから、たまにでいいから、帰ってきてご飯つくってね~」
「気が抜けるなあ……」
餞別とばかりにリオナさんから渡されたのは、何枚かの転移の魔法陣だった……。そんなことで、貴重な魔法陣を使っていいんかい!と思わずツッコみそうになった。
割と真剣に、しばらくリオナさんと会えなくて寂しくなるなとしんみりしていたのに、拍子抜けしちゃう。
ちなみにこの場合のご飯は、イコール酒のつまみの意である。冷蔵箱や冷凍箱に、これでもかってほど、常備菜備蓄してあるのに!
そんな締まらない感じでお見送りしてくれるリオナさんに「いってきまーす」と元気に手を振って、私たちは外に出た。
うう、暦の上では春になったというのに、北国の春は寒いなあ。
「ところで、移動は馬車ですか?」
「いんや、馬」
「馬かあ……」
「ところどころぬかるんでいる場所も多いので、今時期は馬の方が早いんですよ」
シラギさんが、丁寧に説明してくれる。
車輪が雪解け水を含んだ大地でスタックして、立ち往生してしまうかもしれないのね。
確かに、周辺を見回しても馬車のばの字も見当たらないから、おかしいなあと思っていたんだよ。馬3頭だけだもん。
「カナメは馬に乗れる?」
「無理です」
「やっぱり。じゃあ、僕たちが交代で乗せていくか……」
「ああ、その辺はご心配なく」
ディランさんからの提案をお断りして、私は背負っていたリュック型収納鞄から、お馴染みエアスケーターを取り出した。
「!! 何これ! 何これー!!」
あ。ディランさんのテンションがあがってしまった。凄いはしゃぎっぷりで、エアスケーターの周りをぐるぐる回っている。
シラギさんも、目を丸くしている。
まあ確かに、見慣れない人からすると、不思議な形状をしているよね。
親方に追加で作ってもらったヘルメットを被りながら、私はエアスケーターにまたがり、起動させる。ふわりと機体が浮かぶと、ディランさんの興奮は最高潮になった。
「これが、馬代わりの私の移動手段です」
「風の魔法で推進力を……魔力の消費が凄そうですが、考えましたね」
「はい! はい! 僕も乗りたい!」
ディランさんが子供みたいに目を輝かせながら、手を挙げて主張してくる。シラギさんも観察しながらどこかそわっとしていて、ヒースさんはうんうんと頷いている。男子って、どこの世界でもこういうの好きだよね……。
とはいえ、ここでディランさんに貸してしまったら、私の移動手段がなくなってしまうので、さすがにお断りさせてもらった。
ディランさん、すっごい凹んでいる。馬に額を付けて、体重預けて凹んでいる。馬も困惑しているぞ。リアクションがオーバーだ。
でも、オルクス領都内やダンジョンに行くまでの道のりであれば、こっそり貸してあげられるよという話をしたら、瞬時に復活していた。
「すぐ行こう、さっさと行こう、今すぐ行こう」
ディランさんが、俄然やる気になってしまった。そんなに乗りたいか。
みんなして苦笑しつつ、各自馬に飛び乗り、走らせる。風の魔法を使えるのが2人もいるので、補助もあって馬たちもかなり楽そうだ。
そうだ。せっかくだし、更にディランさんを驚かせてあげよう。
私は、エアスケーターに搭載した迷彩を展開する。
「あれっ、カナメが消えた!?」
ディランさんが、素っ頓狂な声を上げて、きょろきょろと周辺を見回しながら驚く。普段あれこれびっくりさせられているから、意趣返し出来て楽しい。
とりあえず迷彩を展開していても、私が見えるように2人を設定して、と。
「あっ、見えるようになった!」
「お2人にもわかるように登録しました」
ふふん、光魔法を駆使した迷彩、≪幻惑≫である。
リオナさんから課題を出された後、あれこれ吟味して、魔法を組み合わせるのが結構大変だったんだよね!
よくSFとかで聞く光学迷彩っぽく透明にしたかったんだけれども、光の屈折とかを利用すると、こっち側からも外が見えなくなっちゃうんだわ。危ない。
それなので、エアスケーターを視界に捉えた人に対して作用するよう、近場の風景を機体の周囲に≪幻惑≫で見せかけているのだ。カメレオンの擬態のほうが、雰囲気が近いかもしれない。
さすがに全員に見えなくなると、馬と並走している際にぶつかってしまうので、魔力の登録で魔法の対象から外れるよう設定できる。とはいえ、街道を走るときは注意が必要だ。
「だけどねえ、万が一にもこの迷彩を悪用されたらコトだなあ。カナメが悪さするとは思わないけど、暗殺し放題だもんね」
「ひっ、魔力の消費が重すぎて効率悪いですし、複数魔法の同時展開が必要だからかなり難易度高いですし、エアスケーターの魔石は盗まれないようセキュリティロックをかけています!」
「うん。ならよし」
ま、また暗殺的な話が上がったー!
口調は変わらないものの、ディランさんの目が笑っていない。真顔、恐い。
私が慌てて弁解すると、ディランさんはにいっと瞳を細めた。
「やっぱりカナメは面白いなあ」
そんなこんなで、私たちのオルクス領への珍道中もとい移動が始まったのである。
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