【完結】元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい

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元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい

114.元社畜と落とし卵のお味噌汁

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「夜会……ですか」
「そう、カナメのデビュタントに当たるわね~」
「今更この年でデビュタントとか嫌すぎる……」

 調薬室で、お向かいに座るユエルさんからの言葉に、ビーカーの中身をかき混ぜながら私は目を瞬かせた。

 リオナさんとヒースさんがいなくなってから、かれこれ1年ほどが経過した。
 あれから、ヒースさんからの音沙汰はまだない。

 魔女の家は、ユノ子爵と交渉して、一旦シュヴァリエ侯爵家預かりということになった。
 元々、ユノ子爵も、マグノリアさんが亡くなって、行き場のなかったヴェルガー男爵領を、そのまま持て余してきたみたい。税金もとれる場所じゃないので、所有がどこになろうとそこまで気にしていないらしい。『魔女』が住んでいるので、扱いに恐々としていただろうしね。
 お礼代わりに、時折ポーションをリオナさんが差し入れしていたので、それを続けるつもりだ。

 結局のところ、魔女の家が一番機材が揃っていて調薬プレパレがしやすいので、ユエルさんと一緒に設置型の転移魔法陣スクロールを作成し、私も一瞬でこっちに来られるようになった。うーん、便利。
 調薬以外にも、クラリッサに納品に行ったり、屋敷の周りを囲む結界魔道具に魔力を注いだり、畑の面倒をみたり、墓参りにきたりと、なんだかんだ頻繁に遊びにきている。

 そんなわけで、私は週の半分くらい魔女の屋敷を拠点にしているのだけれども、やっほーとやってきたユエルさんが、調薬室で「夜会」なんて話を振ってきたわけだ。
 思わず、顔をしかめちゃったよね。貴族的なアレそれって、あからさまに面倒臭いから。
 そりゃね、一応侯爵家の養女になるってことで、最低限マナーとか、貴族的言葉遣いとか、ダンスとか、お勉強とか、あれこれ学びましたよ。猫を何重にも被れるよ。
 でもね、よもや本当に夜会に行かねばならぬ日が来るとは、露とも思っていなかったわけで。

「……とりあえず、お昼ご飯作りますね」

 ちょっとだけ頭がテンパった私は、料理に安寧を求めた。
 作業のキリがよかったのもある。




* * *




 シュヴァリエ侯爵家には、きちんとした料理人が複数いるので、素人の私の出番はあんまりない。
 たまにユエルさんから、カレーだの日本食だのを求められるけど、アドバイスを求められたりする時以外は、基本的に仕事の邪魔をしないようにしている。侯爵家の料理も美味しいしね。何せ、転生型界渡人わたりびとのユエルさんがいるのだ。

 その分、魔女の家で作業するときは、やりたい放題だ。
 私は、ウキウキとバントリーから食材をとってくる。
 リオナさんが還った後も、バントリーにある魔法陣経由でやりとりをして、変わらずユイさんは荷物を届けてくれる。ありがたや。

 ちょっと前に研いでおいたユエルさん提供のジャポニカ米を、火にかけ炊く。この間、クラリッサで土鍋を作ってもらったので、ますますお米を炊くのが楽しい。
 その間に、ユエルさんの実家、レイン侯爵家から送られてきたサーモンの切り身に塩を振り、放置した後ドリップをしっかりとふき取る。
 切った野菜とキノコ、ハーブとオリーブオイルとチーズ、そして塩コショウをかけてオーブンへ。

 玉ねぎ、にんじん、キャベツと一口大に切った鶏肉をごま油で炒めてから、水を投入して火を入れ、あくを取りつつ具材に火が通るまで茹でる。
 別の鍋に沸騰するまで湯を沸かし、お玉でくるくるくるっと水流を作った中に、割った卵をインして落とし卵を作る。コンロがフル稼働だ。
 白身がまとまってくるので、火を弱めてゆっくりと加熱。
 時々卵を動かして面倒をみつつ、煮えた頃合いの鶏肉側の鍋に出汁と味噌を投入。
うーん!日本人の心をくすぐる良い匂いが、ふんわりとキッチンに広がる。
 煮立ったら火を止めて、程よい硬さになった落とし卵をお味噌汁側に移動させたら出来上がりだ。少し味噌に味をなじませたいので、私はここで卵をお味噌汁の中に入れて、余熱で火を通すんだよね。
 具材的に親子丼風な味噌汁だ。

 箸休め的な一品も欲しいなと思って、キュウリとセロリとハムのサラダも作る。切って和えるだけでささっと作れるからいいよね。

 お椀がないからスープカップに味噌汁をいれているけど、そこまで見栄えは悪くない。小ネギとごま油を少しだけ散らせば、彩りも綺麗。
 サーモングリルもご飯もできたので、それぞれお皿によそってダイニングテーブルへと運ぶ。

「わー、今日も美味しそう~!」

 ユエルさんが、両手を合わせて喜んでくれる。
 最近、一人で食事をとることも多かったから、この屋敷で誰かと一緒にご飯が食べられるのは嬉しい。
 さすがに、時間の経過で私も心の整理がしっかりついて、しんみりと感傷的な気持ちにはならないけどね。

 ダイニングには元日本人2人だけなので、気にせず箸を出すと、ユエルさんはにやりと笑った。
 お互いにいただきますと唱和してから、箸を手にした。

「うふ、ここに来るの久しぶりだけど、やっぱりご飯にはお箸よね。さすがにフォークもナイフも使いこなせるけど、お箸が一番手に馴染むわ」
「器の外観的には洋食ちっくなのが、ちょっと残念ですけどね~」
「そこは、まあ仕方ないよね。はぁ……お米が立ってる、つやっつや。土鍋で炊くと、より一層美味しく感じられるわ」
「お焦げもパリパリで最高ですよ。うん、上手に炊けた」
「カナメってば天才」
「大げさな」

 颯爽とほかほかの白米を一口食べて、ユエルさんの表情が嬉しげに緩む。
 そのままお味噌汁を啜ると、ほわーと幸せそうなため息をついた。

「はー沁みるぅ。日本人の心ぉ。かき卵は馴染み深いけど、卵が丸ごと入ったお味噌汁って、私初めて食べるかも。鶏肉もお味噌汁に合うのねえ」
「えっ、これうちの定番の具ですよ」
「丁寧に暮らしていたのねえ、カナメ。うん、卵の食べ応えがたまらないわ」

 私は目をそらしながら、ごまかし気味にあははと笑った。
 丁寧な生活というよりも、時短だよね。社畜、おかずをまともに作る元気がなくて、ご飯とお味噌汁でしのいでた時期があるので……。主にデスマに巻き込まれた時。
 コンビニ弁当があるって?何度も続くと、飽きるんですよ。
 野菜もたんぱく質も取れるから、お味噌汁にはいろいろ具をぶち込むのが正義。もちろん、シンプルにわかめと豆腐とかも大好きだけど、あいにく豆腐がなかなか見つからず……!
 このお味噌汁、豚汁と同じくらいにリオナさんもヒースさんも好きだったなあ。

 サーモンのグリルも、身がホクホクに柔らかく、よくできた。かかっているチーズが濃厚で、塩気と相まってたまらないんだよね。
 しばらく2人で和気あいあいとご飯を堪能しつつ、ユエルさんが改めて口火を切った。

「今回の夜会は、王国主催でね。年に1度、この時期、国からの褒章と陞爵の授与式があるんだけど、その後に開かれる受勲者を労うための会なの。だから、王国主催といっても、そこまで堅苦しい夜会ではないわ」
「へー! それは凄いですね。確か、日本でも功労者を表彰していましたよね」
「そうそう。そんな感じ。ただ、国主催だから、一応8家の者はよほどの理由がない限りは参加必須ってことで、シュヴァリエ侯爵令嬢であるカナメも、参加しなくちゃいけないのよ」
「ええー……他の会合は行かなくても済んでいたのに……」

 私は、口の端を引き攣らせた。
 お茶会とかは、ユエルさんの介護あってごくごくたまーに参加させてもらっていたけど、夜会ともなるとパスしていたんだよね。

「あはは。あからさまにテンションが下がった。ま、正直面倒よね」
「じゃあ、ユリウスお義兄にい様も、領地からお越しになるんですか?」
「残念。領地から離れられないユリウスは、よほど側なので来ないわ」

 あーん。うらやましい。
 シリウスお義兄様の弟、ユリウスお義兄様は、忙しい宰相職の2人の代わりに、縁の下の力持ち的にシュヴァリエの領地を管理している。まだ幼いお子さんもいるから、さすがにほいほいと王都に遊びにも来られないかあ。夜会ともなると、泊りがけ必至だろうし。比較的、王都と領地は近いのだけど、そもそも義父ちち義兄あに夫婦がいれば、社交としても鉄壁の布陣よね。
 たまにしか顔を合わせないんだけれども、「下がいなかったから、妹ができるの、嬉しいな」と喜んで、可愛がってくれている優しい義兄だ。

「というわけで、ドレスを作らなくちゃだから、早速明日、採寸とデザイン合わせをするわよ」
「ひいぃ。また侍女さんたちのおもちゃにされるぅぅ」
「あは。着飾るぞーって、すっごく張り切っていたわよ~」

 有無を言わさぬユエルさんの、美貌の微笑みが恐い。
 いや、それなりにお着替えは楽しくはあるんだけど、びっくりするくらい何回も試着させられるから、めっちゃくちゃ疲れるんだよね。
 あと物理的にドレス重いし、金額的にも重いし……。平均的な年収より、ちょっと稼いでいた程度のサラリーマン庶民だったから、目の飛び出るほどの値段のする宝石とか、質の良いゴージャスドレスとか、縁がなさすぎて未だに貧乏性発揮してビクビクしちゃう。

 私の切実な嘆きに、ユエルさんが「慣れよ、慣れ」と高らかに笑った。





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