トゥルヴァイユ ― 静かな光に包まれて

夜桜 栞

文字の大きさ
3 / 3

第3夜 サイドカーとカクテル言葉

しおりを挟む
 「こんばんはマスター。二人でも大丈夫?」
 私は親友の鈴木絵理と共に、『Rencontre』の扉を開いた。

「おや、真知さん。いらっしゃいませ。お二人でお越しとは珍しいですね。」
 「今日は初めて親友を連れて来たの。」
 「いらっしゃいませ。お名前をお伺いしても?」
 マスターは穏やかな笑顔を浮べて、座る席を促しながら絵理に問いかけた。
  「鈴木絵理です。初めてなのでよく分かってないのですが…。」
  「もちろん構いませんよ。飲みたいものを仰っていただければ。」
  絵理はどこか緊張しているようだ。私は絵理が席に着くのを見届けてからマスターに話しかけた。
  「今日は結婚祝いのディナー帰りなの。だから、今日は全部私持ち。」
  「そうでしたか。この度はおめでとうございます。」
  マスターが恭しく頭を下げると、絵理は照れくさそうに笑った。
  「ありがとうございます。ディナーだけでも十分嬉しかったのに、BARも行こうって誘ってもらったんです。」
  「真知さんは昔から通ってくださっていますが、ご友人を連れてこられたのは初めてです、どうぞごゆっくりなさってください。」
  「ありがとうございます。」

  私は、不慣れな絵理に代わってカクテルを注文することにした。
  「マスター。サイドカーを2つお願い。」
  「かしこまりました。」
  「サイドカーって?」
  絵理は不思議そうに、私に耳打ちをして尋ねた。
  「柑橘系のさっぱりしたカクテルだよ。ミカンとか好きでしょ?」
  「うん。好き。ありがとう。」
  「いえいえ。」
  私はお礼を言われた嬉しさを隠しきれず、少し間をおいてから返事をした。

  マスターは何も言わずに、手馴れた様子でカクテルを作っていく。

  待っている間、私と絵理は他愛のない昔話をして盛り上がっていた。
  学生の頃からの付き合いだから、会話のテンポがお互いに分かっていて心地良い。

  「どうぞ。サイドカーです。」
  「ありがとうございます。………美味しい!」
  1口飲んだ絵理は、嬉しそうに顔をほころばせた。
  昔から、素直な言葉を口にする絵理が好きだった。何年も経ってお互い大人になったが、変わらない所があることが嬉しい。


  しばらくすると、絵理がお手洗いに行くと言って立ち上がった。私は慌てて、絵理にお手洗いの場所を指を指しながら教えた。
  絵理が席を外すと、マスターが呟くように言った。
  「……真知さんは、カクテル言葉を知るのがお好きでしたよね。」
  「うん。」
  「サイドカーのカクテル言葉もご存知で?」
  「もちろん。」
  私が苦笑いをして頷くと、マスターもどこか悲しげだった。
  「これまで真知さんの相談を色々と受けてきましたが、お相手は絵理さんでしたか。」
  「………そうだね。」
  「結婚されたとお聞きしましたが、良かったのですか。長い間悩まれていたのに。」
  「うん。もういいんだ。今更壊れるのも嫌だし、何より絵理は子供を欲しがっているから。だから、何も言わない。」
  「……そうですか。」
  
  私は大きな深呼吸をしてから、笑顔を作った。
  「だから、遠回しのサイドカーね。これくらいなら許されるでしょ。」
   「………」
  マスターは、それ以上何も言わなかった。

  絵理が戻ってきてからは、先程の会話など無かったかのようにのんびりと過ごした。

  「そういえば、長い間通っているのにマスターの名前知らないんだよね。」
  私がそう言うと、絵理はとても驚いていた。
  「そうなの?てっきり知っているんだと思ってた。」
  マスターは、小さく笑っている。
  「何方にも名前を公開しておりませんので。」
  「えー。どうして?」
  私が尋ねると、マスターは少し間をおいてから答えてくれた。
  「これくらいの距離感だからこそ、話せることもあるでしょうから。」
  私は「確かに。」と頷いた。

  私のあの話は、マスターにしか出来なかったから。
  自分に近ければ近い存在である程、話せなかった。


  サイドカーのカクテル言葉は、『いつも二人で』。

  絶対に叶うことはないけど、今こうして“友達”としてなら傍にいられる。

  だから、私はこれでいい。

  結婚おめでとう。絵理。

  不幸せになんか、ならないでよね。そんな事になったら、また私が悩んじゃうから。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

『紅茶の香りが消えた午後に』

柴田はつみ
恋愛
穏やかで控えめな公爵令嬢リディアの唯一の楽しみは、幼なじみの公爵アーヴィンと過ごす午後の茶会だった。 けれど、近隣に越してきた伯爵令嬢ミレーユが明るく距離を詰めてくるたび、二人の時間は少しずつ失われていく。 誤解と沈黙、そして抑えた想いの裏で、すれ違う恋の行方は——。

見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。

有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。 選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。 涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。 彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。 やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

処理中です...