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第2夜 ギムレットと遠い思い出
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「こんばんは」
私は『Rencontre』の扉をゆっくりと開いた。
「小西さん。いらっしゃいませ。」
いつもの、無愛想で優しいマスターが出迎えてくれた。
「随分長い間来ていなかったわ。」
「えぇ。2年ぶりくらいでしょうか。」
「そんなに?…仕事をしていると時間が経つのが早すぎるから、また明日と思っているうちにどんどん過ぎていってしまうのよね。」
「幼少期と比較すると、どうしても1日の価値が変わってきますから。」
「そうね。……昔のようには戻らないわよね。」
談笑しながら、私はいつもの席へと腰をかけた。私がいつもここに座ることを知っているマスターは、先に席の前でおしぼりの用意を始めている。
覚えてもらえている心地良さに浸りながら、カクテルを頼んだ。
「ギムレットをお願い。」
「珍しいですね。」
「たまにはね。違うものを飲みたい気分もあるじゃない?」
「分かります。」
カクテルが用意されている間に、私はマスターの仕事風景を眺めながら話し始めた。
「今日は聞いてもらいたい話があるの。ずっと…長い間誰にも言ってなかったこと。」
「何でもどうぞ。」
「私ね、学生の頃に仲良くしていた友達がいたのよ。ほとんど毎日一緒にいた子でね。でも、今では全く会っていないし、今後会うことも無いと思う。」
「……距離が離れましたか。」
マスターはそう言いながら、私の前にギムレットを差し出した。
私は1口飲んでから、続けた。
「そう。心の距離が離れたんだよね。私とあの子と、お互いに求めることが違ってたんだ。………ねぇ。私って、重かったのかな。」
「何故そう思うのですか?」
「私はね、私とだから仲良くしたい。私とだからここに行きたいって思ってくれる人と一緒に居たかったんだ。友達…だけど、愛情を感じたかったし、相談し合える関係になりたかった。でも、あの子は多分違ったの。その時楽しく過ごせたらそれでいい。そんな子だった。子供のように明るくて、ノリが良くて、素直で。でも、人の気持ちが分からないし、相談事を分かってもらえないし、人に対しての愛着が感じられないし…。今思えば、その時楽しく過ごせる相手としか絡まない子だったなって。」
私は、あの時感じていたことを思い出すままに語った。マスターは、何も言わずに聞いていてくれている。
「最初は良かったんだ。ただ楽しく遊んでいられたから。でも、愛情を返して欲しいと思い始めたんだよね。無理なことくらい私が1番分かっていたのに。でもダメで…。随分面倒くさいことも言ったし、私が傷ついたこともあったし。もう無理だと思ってから会わなくなっちゃった。結局お互いに謝りもしないままで。」
「……また会いたいと思いますか。」
マスターのその言葉に、私は首を横に振った。
「もう、二度と会わないと思う。でもそれでいいと思っているの。今は辛いと思わないし、楽しく遊んでいた頃の記憶を、ごく稀に思い出す程度だから。」
「きっと、貴女が大人になったのですよ。」
マスターは静かにそう言った。
その言葉に、ずっと心の奥底に留めていた涙が、私の心の中でだけ流れていた。
「大人か……。色んな意味で自分を守れるようになったんだろうね。」
「自分が無駄に傷つかないように立ち回るものですから。」
私は、空になったグラスを置いた。
「……大人になるって、いい事なのかな。」
無駄に傷ついて、もがいていた頃の私の気持ちは、どこに行ってしまったのだろうか。
今となっては分からなくなってしまった当時の思いが、ただ懐かしい。
それが懐かしいだけだから、今あの子に会った所でもう気持ちは動かないのだろう。
「でも、傷ついた時に一時だけでも忘れさせる術を使えるのは、大人の特権よね。」
そう言って、私はマスターにおかわりを頼んだ。
私は『Rencontre』の扉をゆっくりと開いた。
「小西さん。いらっしゃいませ。」
いつもの、無愛想で優しいマスターが出迎えてくれた。
「随分長い間来ていなかったわ。」
「えぇ。2年ぶりくらいでしょうか。」
「そんなに?…仕事をしていると時間が経つのが早すぎるから、また明日と思っているうちにどんどん過ぎていってしまうのよね。」
「幼少期と比較すると、どうしても1日の価値が変わってきますから。」
「そうね。……昔のようには戻らないわよね。」
談笑しながら、私はいつもの席へと腰をかけた。私がいつもここに座ることを知っているマスターは、先に席の前でおしぼりの用意を始めている。
覚えてもらえている心地良さに浸りながら、カクテルを頼んだ。
「ギムレットをお願い。」
「珍しいですね。」
「たまにはね。違うものを飲みたい気分もあるじゃない?」
「分かります。」
カクテルが用意されている間に、私はマスターの仕事風景を眺めながら話し始めた。
「今日は聞いてもらいたい話があるの。ずっと…長い間誰にも言ってなかったこと。」
「何でもどうぞ。」
「私ね、学生の頃に仲良くしていた友達がいたのよ。ほとんど毎日一緒にいた子でね。でも、今では全く会っていないし、今後会うことも無いと思う。」
「……距離が離れましたか。」
マスターはそう言いながら、私の前にギムレットを差し出した。
私は1口飲んでから、続けた。
「そう。心の距離が離れたんだよね。私とあの子と、お互いに求めることが違ってたんだ。………ねぇ。私って、重かったのかな。」
「何故そう思うのですか?」
「私はね、私とだから仲良くしたい。私とだからここに行きたいって思ってくれる人と一緒に居たかったんだ。友達…だけど、愛情を感じたかったし、相談し合える関係になりたかった。でも、あの子は多分違ったの。その時楽しく過ごせたらそれでいい。そんな子だった。子供のように明るくて、ノリが良くて、素直で。でも、人の気持ちが分からないし、相談事を分かってもらえないし、人に対しての愛着が感じられないし…。今思えば、その時楽しく過ごせる相手としか絡まない子だったなって。」
私は、あの時感じていたことを思い出すままに語った。マスターは、何も言わずに聞いていてくれている。
「最初は良かったんだ。ただ楽しく遊んでいられたから。でも、愛情を返して欲しいと思い始めたんだよね。無理なことくらい私が1番分かっていたのに。でもダメで…。随分面倒くさいことも言ったし、私が傷ついたこともあったし。もう無理だと思ってから会わなくなっちゃった。結局お互いに謝りもしないままで。」
「……また会いたいと思いますか。」
マスターのその言葉に、私は首を横に振った。
「もう、二度と会わないと思う。でもそれでいいと思っているの。今は辛いと思わないし、楽しく遊んでいた頃の記憶を、ごく稀に思い出す程度だから。」
「きっと、貴女が大人になったのですよ。」
マスターは静かにそう言った。
その言葉に、ずっと心の奥底に留めていた涙が、私の心の中でだけ流れていた。
「大人か……。色んな意味で自分を守れるようになったんだろうね。」
「自分が無駄に傷つかないように立ち回るものですから。」
私は、空になったグラスを置いた。
「……大人になるって、いい事なのかな。」
無駄に傷ついて、もがいていた頃の私の気持ちは、どこに行ってしまったのだろうか。
今となっては分からなくなってしまった当時の思いが、ただ懐かしい。
それが懐かしいだけだから、今あの子に会った所でもう気持ちは動かないのだろう。
「でも、傷ついた時に一時だけでも忘れさせる術を使えるのは、大人の特権よね。」
そう言って、私はマスターにおかわりを頼んだ。
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