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弥生
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弥生
父上の花街通いは、母上との婚約が整う以前からの愚癖だという。
そもそも寿和家に婿養子として迎えられた父上は、商売の才能がなかった。
今は亡き祖父に叱咤されるたび、逃げるように女と酒に溺れた痴れ者だったという。
馴染みの花街で妾を見繕っては囲ったりと、散財していたのだとか。
修治が産まれたのも、跡継ぎ問題で寿和家を追い出されぬようにとようやく寝屋を共にして授かったのだという。
(なんとも…)
両親の不仲には気付いていたが、二人とも平等に修治へ接してくれていた。
裏にそんな過去があるのだとは、初耳だった。
「しかし、妾を囲うのにこんなに必要だとは」
修治は仕舞われた隠し帳簿に目を向けて、あぐらをかいた。
真面目な話だろうと、正座をして聞く内容ではない。肩肘もついてしまいたかった。
「いえ、初期の出納は女に貢いだ分で、ほんの雀の涙です。ここからが本題ですよ」
貢いだだと、と目を剥いて女中頭を見ると、手ぬぐいでくるんだ隠し帳簿をぱしりと叩いて噺家のように語り出す。
父上の通う花街で、いつも気にはなっていたが、先に客に買われる女がいたという。
月子という遊女で、たいした額でないことと、色気のある仕草をすることでなのか、客足の途絶えない女だったそうだ。
父上も指を折る程度しか、その女を抱いていなかったらしい。
お気に入りだが、他に客がいる。会いたいときには誰かと寝ている、という事実に、父上は他の女を囲うのをやめて、使い込む金を、月子の身受け代にと貯め始めた。
「そんなに高いのか」
花街は修治でも興味ある場所だが、人目や懐具合からいつもよれずにいた。
小遣いを多くもらえない理由は、父の二の舞を防ぐためなのかも知れなかった。
一度限りの夜伽さえ高いのに、花街から遊女を買い取り自分の物にする身受け代など、修治には想像もつかなかった。
「えぇ、分割はあり得ませんからね」
深く頷く女中頭は行燈の油をつぎ足した。
そしてふすまをちらと見、正座をし直した。
「月子の夜伽の値段は低かったのですが、客が多くいたんです。稼ぎが多くある遊女でしたから…」
身受けの値段は莫大だった。
父上は母上に待ったを掛けられるギリギリの値段をかすめ取り、ちゃくちゃくと時間を掛けて貯金していた。
そして2年後、ようやく身受けの金を持って遊女の元に行くと、既に月子は別の誰かに見受けられた後だった。
「貯めた金は…」
どうしたんだ、と問うと人を雇って月子を探すために費やしたようですと、調べたのかすらすらと言う。
「おかみ様は旦那様の行うことに目を光らせておりましたから、旦那様の行動は読めておりました」
では止めさせろと言いたいところだが、亭主の女問題が客の間に知れれば信用は下がることが目に見えていた。
寿和家は大店を名乗っているが、その座を狙う2番手は多くいるのだ。
どんなありもしない噂を並び立てられるか分かった物ではない。
先祖からの店だ。母上は黙っているほかなかったのだろう。
暫くして月子を囲った相手を見つけたらしいが、話し合いの余地もないほど身分の高い役人の隠居に囲われたらしく、引き下がることになったらしい。
そこで寿和家を追い出されることを恐れ、修治を授かったという。
そこから父上の色ボケはなりをおさめたが、相変わらず使い込みはあったらしい。
父上は月子を諦めておらず、隠居が揃えるように妾宅の準備金としてため込んでいたという。
跡取り息子が産まれたことで、耐えていた母上がようやく鎌首をもたげ、口論になる日も多くなったという。
「なら、あの娘は…」
何なのだ、と問うと、女中頭はさっと障子の方へ顔を向け、隠し帳簿を懐にしまい込んだ。
何事かと思えば、誰かが近くまで来て夕飯の時間ですと告げた。
父上の花街通いは、母上との婚約が整う以前からの愚癖だという。
そもそも寿和家に婿養子として迎えられた父上は、商売の才能がなかった。
今は亡き祖父に叱咤されるたび、逃げるように女と酒に溺れた痴れ者だったという。
馴染みの花街で妾を見繕っては囲ったりと、散財していたのだとか。
修治が産まれたのも、跡継ぎ問題で寿和家を追い出されぬようにとようやく寝屋を共にして授かったのだという。
(なんとも…)
両親の不仲には気付いていたが、二人とも平等に修治へ接してくれていた。
裏にそんな過去があるのだとは、初耳だった。
「しかし、妾を囲うのにこんなに必要だとは」
修治は仕舞われた隠し帳簿に目を向けて、あぐらをかいた。
真面目な話だろうと、正座をして聞く内容ではない。肩肘もついてしまいたかった。
「いえ、初期の出納は女に貢いだ分で、ほんの雀の涙です。ここからが本題ですよ」
貢いだだと、と目を剥いて女中頭を見ると、手ぬぐいでくるんだ隠し帳簿をぱしりと叩いて噺家のように語り出す。
父上の通う花街で、いつも気にはなっていたが、先に客に買われる女がいたという。
月子という遊女で、たいした額でないことと、色気のある仕草をすることでなのか、客足の途絶えない女だったそうだ。
父上も指を折る程度しか、その女を抱いていなかったらしい。
お気に入りだが、他に客がいる。会いたいときには誰かと寝ている、という事実に、父上は他の女を囲うのをやめて、使い込む金を、月子の身受け代にと貯め始めた。
「そんなに高いのか」
花街は修治でも興味ある場所だが、人目や懐具合からいつもよれずにいた。
小遣いを多くもらえない理由は、父の二の舞を防ぐためなのかも知れなかった。
一度限りの夜伽さえ高いのに、花街から遊女を買い取り自分の物にする身受け代など、修治には想像もつかなかった。
「えぇ、分割はあり得ませんからね」
深く頷く女中頭は行燈の油をつぎ足した。
そしてふすまをちらと見、正座をし直した。
「月子の夜伽の値段は低かったのですが、客が多くいたんです。稼ぎが多くある遊女でしたから…」
身受けの値段は莫大だった。
父上は母上に待ったを掛けられるギリギリの値段をかすめ取り、ちゃくちゃくと時間を掛けて貯金していた。
そして2年後、ようやく身受けの金を持って遊女の元に行くと、既に月子は別の誰かに見受けられた後だった。
「貯めた金は…」
どうしたんだ、と問うと人を雇って月子を探すために費やしたようですと、調べたのかすらすらと言う。
「おかみ様は旦那様の行うことに目を光らせておりましたから、旦那様の行動は読めておりました」
では止めさせろと言いたいところだが、亭主の女問題が客の間に知れれば信用は下がることが目に見えていた。
寿和家は大店を名乗っているが、その座を狙う2番手は多くいるのだ。
どんなありもしない噂を並び立てられるか分かった物ではない。
先祖からの店だ。母上は黙っているほかなかったのだろう。
暫くして月子を囲った相手を見つけたらしいが、話し合いの余地もないほど身分の高い役人の隠居に囲われたらしく、引き下がることになったらしい。
そこで寿和家を追い出されることを恐れ、修治を授かったという。
そこから父上の色ボケはなりをおさめたが、相変わらず使い込みはあったらしい。
父上は月子を諦めておらず、隠居が揃えるように妾宅の準備金としてため込んでいたという。
跡取り息子が産まれたことで、耐えていた母上がようやく鎌首をもたげ、口論になる日も多くなったという。
「なら、あの娘は…」
何なのだ、と問うと、女中頭はさっと障子の方へ顔を向け、隠し帳簿を懐にしまい込んだ。
何事かと思えば、誰かが近くまで来て夕飯の時間ですと告げた。
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