花筏

ミミック

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春暁

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春暁しゅんぎょう

 髪の長い、すすけた着物の少女。
味噌汁をすする間も、少女の正体が気に掛かった。女中頭の話は、肝心なところでお開きになったまま、食事の時間となってしまった。
 父上が店の金を花街通いのために使い込み、そのだらしなさに母上が激怒した。その決定的な場面に、十ばかりの少女がいたとなると、やはり。例の月子という遊女と父上との間の…。
(隠し子だろうか)
となると…。
(腹違いの、俺の妹になるのか)
 ふむ、と漬物をつまみ、たいして気が悪くないのに驚いた。
 母上からすれば妾腹の血の繋がりの無い泥棒猫の子供となり、水をぶちまけ突き返したくも成ろう。
しかし、修治からすれば妹である。どんな娘なのか気になった。
 風邪をひいていないだろうかと、すっかり兄らしい心待ちで心配さえし始めてしまった。

「おかみ様」
 と、食卓の席にふすまを開けて、正座したまま女中が母上を呼んだ。
「お食事中申し訳ありませんが…」
 礼儀に厳しい母上が何です、と厳しい顔で箸を置くと、女中が何やら耳打ちした。
修治は味噌汁を飲むふりをして耳を傾けた。
「突き返しなさい。話など聞きたくも無い」
聞くなり、母上は鬼の形相で鋭く言った。その迫力に女中がおののき、首をすくめた。
(父上だろうか)
修治が釣られて箸を置くと、気にせずお食べなさいと注意された。
「しかしおかみ様…」
話は終わったと、食事を再開する母上に、狼狽えたように女中が声を絞り出す。
「旦那様はお部屋に上がって居られます」
箸を止めた母上に恐縮しながら「あれも、一緒です」と告げた。

「案内なさい」
 母上が怒りで机をひっくり返すのでは無いかとハラハラしたが、無言で立ち上がると先に立った女中についてふすまを超えていった。
 修治も箸を置き、後を付ける。
 止められるかと思ったため、廊下からそっと伺った。
 盗み聞きなど、我ながら卑しいことだと感じたが、聞いておく必要があると思った。

「どう言うつもりですの」
 厳しい声で言うと、父上がまずは話を聞いて欲しいと言った。
「認知でもするというのですか?寿和家に?」
しかし母上は静に怒りを広げており、その場にいなくとも背筋も凍る思いだった。
「それは…」
 父上は曖昧に濁し、母上の様子を窺っているようだった。
(やはり隠し子なのか)
 察すると、妹の顔をもう一度見てみたいという気持ちが広がった。
「…そうしておきたい。無理ならばせめて家に置きたい」
たのむ、と頭を下げる気配がした。
「お断りします。第一寿和家になんの得がある言うんですか」
こんな娼婦の子を、と吐き捨てるように母上が言い放つ。
「あなたが店の売り上げを使い込むせいで、食い扶持を増やすほどの余裕もありませんよ」
 話は終わりですか、とため息交じりに言った母上に、「待て」と父上が頼み込む。
「うまくいけば得になる。5年間で良い、女中としてでも我が家に置きたいのだ」
そして、「訳を話したい。その前にこの子を一度別の部屋に置いて行ってくれ、風邪をひいているらしくお前にうつると良くない」
 申し訳程度の猫なで声で言った。

 物をくすねられては困ると拒否した母上だったが、女中の一人に見張らせる事で渋々承諾したようだった。
 ふすまが開いて、2つの足音が暗い廊下に続く。
修治の隠れた部屋を通り抜け、狭い角部屋へと連れて行かれたようだった。
(父上達の話も気になるが…)
妹の事も気になった。
 風邪気味であると聞き、女中は何かかけるものを与えてやっただろうかと気をもんだ。
 迷ったあげく、自室によって半纏はんてんを引っ張り出し、醤油煎餅を1つ持って角部屋へ向かった。

「修治坊ちゃん、いけません!」
そっとふすまを開けると女中が仰天したが、ここは俺が見ると言って押し切ると、戸惑いを隠せないまま女中は追い出されるように出て行った。
 6畳程度の小部屋の隅に、妹はぶるぶる震えて縮こまっていた。
 こちらに背を向けており、長い髪が腰までこぼれている。
 なんとなく目をひいてしまうのは、その髪が癖のあるせいで波打っているからだった。
「大丈夫か、熱があるのか?」
 直に畳に座る背に半纏を掛けてやると、その背がさらに震え上がった。
どうやら俺が恐いらしいと気づき、安心させようと少し離れた。
「大丈夫だ、俺はお前の兄だ。恐いことはしない」
こっちを向いてくれないだろうかと思いながら、優しくしゃべりかける。
 兄弟というものに少し憧れがあったためか、小さな妹と打ち解けてみたかった。
「俺は修治という名前だ。それと、煎餅を持ってきた、嫌いじゃないといいが」
煎餅を渡すタイミングが分からず、何も言わない妹に困惑する。
 半纏を掛けたのは間違いだったかと、うずくまってすっぽり覆い隠された妹を見て思った。
 挙動が何一つ分からなかった。



    
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