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長閑
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長閑
常磐木様の一行は、その日、昼下がりから寿和家にやって来た。
駕籠をつけ、寿和家の裏手にある正式の門を開き、そこから招かれた彼等は、寿和家の仕立ての間で賑やかに談笑していた。
「本当に、寿和家の内庭は素敵ですね。着物の模様を描くだけあって、色も配置も調和がとれていて見とれてしまいます」
優美に切り取られた内庭へ目を向ける少女の、形の良いうなじに目が行くのをそらしながら、修治はお待たせしましたと桐箱を抱えて彼女に歩み寄った。
振り返る少女と、彼女の付き人、世話役、そして、母上の目が自身に集約されるのを感じながら、そっと跪く。
桐の箱を開き、和紙をほどいて着物の柄が艶やかに零れると、まぁと少女が嬉しそうな声を上げる。
「これで観桜の宴に安心して望めますね、千歳様」
頬を染めて修治が広げた着物に手を沿わせる少女の横で、品の良い彼女の世話係が満足そうに頷いた。
常磐木家は、身分の高い客層を持つ、老舗の旅館を経営する一族である。その前当主が寿和家の着物を気に入り、客の浴衣や使用人の着物まで揃え、長く寵愛を受けることになった。一昨年から常磐木家の末娘の着物を担当することにもなり、季節の変わり目には必ず仕立ての申し込みがあった。
今季の仕立ては、常盤木家の上客ばかりを集めた観桜の宴、端的に言えば桜の見物を兼ねた茶会の席で纏うものを希望していたようだった。
「着付けてみましょうか」
母上が問いかけると、千歳嬢ははにかむように頷いた。
着付けの部屋から追い出された修治と、常盤木家の付き人だけが別の間に移され、慣れたように修治がお茶を勧める。
盆を下げた女中が部屋を出て行くと、正座をした付き人が、親しみを込めるように話しかけた。
「修治さんは、もうじきに16ですか」
はい、と頷くと感慨深げに付き人も頷く。
だいぶ年上だろうと思うが、見た目は若く、垢抜けた男性だ。
お茶を片手で飲む姿も、粗野なところが全くない。
常盤木家の付き人として、護衛の腕がなかなかに強いと聞くが、なるほど頷けるような切れ長の目に、隙のない光が宿っている。
「そろそろ本格的に跡取りの修行が始まる頃ですね」
「はい。今は帳簿や仕入れが出来るよう算盤が多いですが、時々色合わせも行っています」
言ってから、あ、と罠に掛かったような気がした。女中頭にからかわれたときのような前触れを感じ、しまった、と口を閉じる。
対面する付き人は、切れ長の目に、油断ならない笑みを貯めて修治を眺めていた。
しかし、すぐには切り込まずに、茶を一飲みして襖に描かれた紋様を眺めてから、それを口にした。
「例の鶸色の帯と飾り紐、千歳様は大変喜んでおられましたよ」
「ありがとうございます」
なにが気まずいのか自分でも分からないが、このまま話を続けられてはいけない気がした。
しかし、話を戻しようがない。
「観桜の宴は大勢の目上の方がいらっしゃいまして、今年から初めて参加する千歳様は、たいそう不安がっていらしたんです」
たかが花見ではないか、と思うのだが、見栄の張り合いさえ無い程の身分の高い上客達の中で、普段着で佇むつらさを想像できないわけでは無かった。
何度か会話する中で、彼女が明朗な人柄であることは分かっていたが、流石の彼女でも怖じ気付くほどの宴なのだろうか。
現に、修治は今普段着ではなく、紋付き袴を纏って常盤木家の仕立てに挑んでいる。
それと同じ事なのだと思い直した。
「お気に入りの着物を召せば勇気がわく。そんなところはまだ、年相応の幼さを残した方です」
付き人は、難しい顔をした修治に微笑んでからお茶をすすった。
常磐木様の一行は、その日、昼下がりから寿和家にやって来た。
駕籠をつけ、寿和家の裏手にある正式の門を開き、そこから招かれた彼等は、寿和家の仕立ての間で賑やかに談笑していた。
「本当に、寿和家の内庭は素敵ですね。着物の模様を描くだけあって、色も配置も調和がとれていて見とれてしまいます」
優美に切り取られた内庭へ目を向ける少女の、形の良いうなじに目が行くのをそらしながら、修治はお待たせしましたと桐箱を抱えて彼女に歩み寄った。
振り返る少女と、彼女の付き人、世話役、そして、母上の目が自身に集約されるのを感じながら、そっと跪く。
桐の箱を開き、和紙をほどいて着物の柄が艶やかに零れると、まぁと少女が嬉しそうな声を上げる。
「これで観桜の宴に安心して望めますね、千歳様」
頬を染めて修治が広げた着物に手を沿わせる少女の横で、品の良い彼女の世話係が満足そうに頷いた。
常磐木家は、身分の高い客層を持つ、老舗の旅館を経営する一族である。その前当主が寿和家の着物を気に入り、客の浴衣や使用人の着物まで揃え、長く寵愛を受けることになった。一昨年から常磐木家の末娘の着物を担当することにもなり、季節の変わり目には必ず仕立ての申し込みがあった。
今季の仕立ては、常盤木家の上客ばかりを集めた観桜の宴、端的に言えば桜の見物を兼ねた茶会の席で纏うものを希望していたようだった。
「着付けてみましょうか」
母上が問いかけると、千歳嬢ははにかむように頷いた。
着付けの部屋から追い出された修治と、常盤木家の付き人だけが別の間に移され、慣れたように修治がお茶を勧める。
盆を下げた女中が部屋を出て行くと、正座をした付き人が、親しみを込めるように話しかけた。
「修治さんは、もうじきに16ですか」
はい、と頷くと感慨深げに付き人も頷く。
だいぶ年上だろうと思うが、見た目は若く、垢抜けた男性だ。
お茶を片手で飲む姿も、粗野なところが全くない。
常盤木家の付き人として、護衛の腕がなかなかに強いと聞くが、なるほど頷けるような切れ長の目に、隙のない光が宿っている。
「そろそろ本格的に跡取りの修行が始まる頃ですね」
「はい。今は帳簿や仕入れが出来るよう算盤が多いですが、時々色合わせも行っています」
言ってから、あ、と罠に掛かったような気がした。女中頭にからかわれたときのような前触れを感じ、しまった、と口を閉じる。
対面する付き人は、切れ長の目に、油断ならない笑みを貯めて修治を眺めていた。
しかし、すぐには切り込まずに、茶を一飲みして襖に描かれた紋様を眺めてから、それを口にした。
「例の鶸色の帯と飾り紐、千歳様は大変喜んでおられましたよ」
「ありがとうございます」
なにが気まずいのか自分でも分からないが、このまま話を続けられてはいけない気がした。
しかし、話を戻しようがない。
「観桜の宴は大勢の目上の方がいらっしゃいまして、今年から初めて参加する千歳様は、たいそう不安がっていらしたんです」
たかが花見ではないか、と思うのだが、見栄の張り合いさえ無い程の身分の高い上客達の中で、普段着で佇むつらさを想像できないわけでは無かった。
何度か会話する中で、彼女が明朗な人柄であることは分かっていたが、流石の彼女でも怖じ気付くほどの宴なのだろうか。
現に、修治は今普段着ではなく、紋付き袴を纏って常盤木家の仕立てに挑んでいる。
それと同じ事なのだと思い直した。
「お気に入りの着物を召せば勇気がわく。そんなところはまだ、年相応の幼さを残した方です」
付き人は、難しい顔をした修治に微笑んでからお茶をすすった。
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