花筏

ミミック

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花冷え

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花冷はなび

「髪に赤は、いい加減くどくなりますか?」
 するりと伸びた艶やかな黒髪に、櫛を刺す世話係が、母上と何やら話し合っている。
 髪結いが終わらないまま呼びつけられた修治と付き人は、なぜ中途半端な状態で呼ばれたのだろうかと、不思議そうな顔で互いを見た。
「白の蜻蛉玉とんぼだまはどうでしょう」
「いえ、夜では無いのでもっと華やかに…」
 広げた縮緬ちりめんの上に、色取り取りの簪が並んでいる。しかしどれも、緋色の着物にはいささか不釣り合いだ。
 昼の日差しを浴びて、乳白色の蜻蛉玉飾りの表面が、魚のうろこのように光を反射する。
その光を追ってか、鏡面に向かう千歳嬢と、日の差し込む渡り廊下に佇む修治の視線が自然と交差した。
 下ろした素髪に恥じらいを感じてか、千歳嬢は修治と目が合うと、口元をほころばせて目を伏せた。
「これは、よくお似合いで」
 修治の隣に立つ付き人が、顎をなで彼女を感嘆したように眺め、呟く。
 緋色の着物を纏う彼女は、もともとその姿で産まれてきたかのようだった。
髪や瞳、その素肌の色さえ一層深く、そして淡い色合いを見せる姿は、存在自体がひとつの工芸品のように見えた。
そこに足された飾り紐の鶸色が、彼女の若さを瑞々しく伝えている。
 何をとっても上出来だと、修治も満足げに彼女を見つめた。
 あとは簪を決めるだけだ。

「まぁ、着物がこれだけ素晴らしいのなら…どんな簪でも…」
 世話係が千歳嬢の髪を簡単に結い上げる。
 差し込まれた鼈甲べっこうの櫛は確かに、鮮烈な着物にはいささか地味だが、似合わないわけでは無い。
 他に何かないのかと、試しに鏡台の前に並べられた簪を見ても、母上の食指が伸びないだけあり、やはりしっくりくるものは無い。

 と、母上がくるりとこちらを振り返った。
着物は申し分ないのだが、結い上げ姿が気に入らないらしく、鋭い目つきをしている。
 その鷹のような目で、修治を一睨みすると一息に言い切った。
 差し込む昼下がりの光が、瞳の中に灯っている。
「修治、常盤木様への簪を選んで来なさい」
 その言葉に驚愕したが、辛うじて尋ね返すことは免れた。
 それは簪屋の仕事では無いのかと、口をついて出そうになる言葉をぐっと押さえる。
 呉服屋が小物の世話までするなど、きいたことが無い。
「鶸色の飾り紐は申し分の無い色合わせでした。諏訪家の跡取りとして、此度の着物の仕立てを最後までやり遂げて御覧なさい」
これからは着物を納めて終わり、だけではいけませんよ、と修治の表情を見てか、母上がたしなめるように告げる。
「着物だけ繕うのなら、下町の古着屋と同じことです」
「はい…承知いたしました」
 常盤木家が、我が家の上客であるために普通の客とは異なった手厚い仕事が求められた訳ではないのだ。
 着物だけ仕立てて帰すだけでは確かに、着物の質が上物なだけで、やっていることは古着屋と同じになってしまう。
そんなことでは、そのうち他のたなに足元をすくわれてしまう。
 簪合わせなどやったことが無いが、この先は全てを完璧の状態にして送り出す接客が求められるのだろう。
「しっかりと、選んで参ります」
 返事をして、改めて着物の色を見ようと千歳嬢を見れば、それを遮るように、世話係が歩み寄って口を開いた。
「では、修治さん。是非、観桜の宴にいらしてください」
そこで、簪を受け取らせていただきます、と言うと、その背後で千歳嬢が修治同様驚いたように身じろぎするのが見えた。
「良い機会なのです。諏訪家のしつらえ物は、旅篭屋うちの訪問客の皆様にも評判で、機会があれば諏訪家を紹介して欲しいと言われていたところでしたから」
 それは行幸ぎょうこうですこと、と母上が端から他人事のように笑みを漏らす。
「観桜の宴は、七日後に控えています。よろしくお願いいたしますね」
「はい、確かに」
 頭を下げながら、これは大変なことになったなと、修治は心の中で思った。
 跡取りとしての1番の大仕事だった。
その余裕ぶりから、最初から母上と世話係は観桜の宴への参加を示し合わせていたようだった。
簪が緋色の着物に不釣り合いなことも、きっと見越していたのだろう。
(それにしたって…)
 急じゃないかと、すぐに頭の中で簪を扱う店を思い浮かべ、緋色の着物に似合う物がそう簡単に手に入るのだろうかと、思案気に千歳嬢を見た。
 千歳嬢も何も知らなかったようで、目を丸くしたまま修治の事を見つめ返していたが、知り合いが参加することで安堵でもしたのか、お願いいたしますねと、笑顔を浮かべた。

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