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No.3 17本のマーガレット
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今宵も、13番目の夜。
聖廟の天井から滴り落ちる記号たちが、棺の中へと静かに吸い込まれていく。極上の甘い香りが奏でる音で作られた不協和音が舞い、闇の中に飛び立つ七色のコウモリ。
その名はアメリーヌ。
名前なのか。
記号なのか。
不思議な響きが刻まれた棺の持ち主は、誰も知らない。
男なのか。
女なのか。
アメリーヌは、答えた。
「ソレに意味があるなら、教えるわ。」
だから、アメリーヌはソレとしか言い表せない。
漆黒の闇の中に七色の光の鱗粉をまき散らす。
人間の心の底に潜む“瓶”の匂いを探して、ふわりと宙を舞った。
ソレが探し当てた味は、二十歳くらいの亜麻色の髪を持つ女性の身体から染み出ていた。
美しい寝顔を、ソレは醜悪な蜘蛛になって覗き込む。
“これはこれは。綺麗な顔をして、えげつない味を漂わせて。”
ソレの食事の時間が始まる。
天井から垂らした糸から、メインディッシュができるまでを、静かに眺めている。
巨大なフォークが、女性を串刺し、フォークが切り裂いていく。
肉が削がれ、やがてひとつの瓶になると、ソレは姿を表す。
絹糸のような柔らかい髪に、何も知らない無垢な笑顔の男の子。
ただ異質なのは、モルフォブルーの瞳と、唇が暗がりに輝いていること。
アメリーヌは躊躇いもなく瓶を掴み取る。メインディッシュを目の前にして、躊躇う者は少ないだろう。
ソレは瓶の蓋を小さな手で開けると、蓋に染み込んでいる香りを、恍惚の表情で楽しむ。
──瓶は開けた時が一番美味しい匂いがする。
そのまま、ソレは青い舌を出して、瓶の口にこびりついた液体を、涎と共に舐め回した。
そこはどこかの部屋の一室。
鍵盤の上を流れる旋律。奏でるのは、老いたが背筋の伸びた、名高きピアニスト。傍らには、その弟子──マーガレットがいた。
亜麻色の髪を丁寧に束ね、目を伏せがちに微笑むその様は、あまりにも純粋な乙女の体をなしていた。
けれど、アメリーヌにはわかっていた。
彼女の心の奥にある、瓶の味を。
「先生、ここの和音、もう少し…こう…強くて切ない音がいいような気がして…。」
マーガレットは先生と呼ぶ人物を、下から上に見上げる。それも彼女の計算のうち。
「強くて、切なく?…君は相変わらず不思議な感性だね。いいだろう、やってみよう。」
男は笑い、彼女の代わりに演奏してみる。
それは、あくまでも指導の一環。どこにでもあるやりとり。
だがマーガレットは、その一瞬に微かに目を細め、頬を染める。
その反応に、アメリーヌの舌は自身の上唇を味わっていた。
──純粋さの中にまだ臭さがあるね。
「…では、また来週、同じ時間に伺います。」
どうやらここはマーガレットの家の一室のようだ。部屋の中央にグランドピアノが置いてある。そこかしこにスパイスとしての金の匂いがする
先生が帰った後、彼の香水の残り香が微かに香る椅子に、そっと指を這わせる。
背もたれの角に足を挟み、誰にも言えない背徳の愉悦を貪り尽くす。
あの繊細な音を奏でる手で掴まれたい。
あの香りを全身で楽しみたい。
“ふぅん、いい趣味しているね。”
少年の姿のアメリーヌは乾いた眼差しで、マーガレットの行為を眺めていた。
恍惚の表情で果てたマーガレットに、拍手をしながら、ソレはジワジワと近づく。
“なかなか外側と内側が違って、君…面白いね。…それ、気持ちよかった?”
少年の姿でありながら、口角を上げ、本能的に不快感を与える様は、異質としか思えない。
“性的欲求…。それ自体は悪くないよ。でも、君…もっとえげつないモノ持っているよね?”
アメリーヌの爪が伸び、マーガレットの喉を突き刺す。
『先生に抱かれたい。でも、あの人が本当に笑いかけてくれるのは、あの平凡な女。』
『音楽の芸術性のひとかけらも分かっていない、ただ先生の伴侶としての座に胡座をかいている粗末な存在。』
『いっそ──、消えてしまえばいいのに。』
マーガレットの瓶の奥底に潜む味にたどり着いたアメリーヌは満足したように、ニヤリと嫌らしい笑顔をたたえる。
「ねぇ、先生がアナタを選ばないコト、考えたことある?」
マーガレットの切り裂いた喉元をさらに深く抉る。
「やっと、本当の味出したじゃない。」
少年の姿のアメリーヌは天使にも似た完璧な笑顔を歪ませると、指を瓶に入れて奥に潜んでいるものを探し出す。
「聞こえていないと思うけど…。」
アメリーヌは指に絡みついた赤紫の粘りのある液体を、指の1本ずつ堪能しながら舐め回していた。
「…知っている?マーガレットの花言葉」
「心に秘めた愛…。」
ソレは青い爪の先に入り込んだ液体でさえも、舌先で味わいつくす。
「でも、本数で意味は変わる。…でも、16本は“不安な愛”。17本は、“絶望の愛”…。」
マーガレットから取り出した瓶から、アメリーヌは愛おしそうに眺めながら小瓶に赤紫の液体を移していく。
「何本の花を潜ませているか、僕に教えてよ。これはワインになり損ねた酸っぱい味がして、舌に絡みつく。舐め始めは上品なのに、ドロっとして…通好みの後味の悪さ。…キライじゃないんだけど、もっと熟して腐るのを待てばよかったかな?」
アメリーヌは反省しない。
ソレは曖昧で、小瓶を集めるだけのモノ。
瓶の蓋が閉められると、元の静かな寝室に戻る。
マーガレットは寝汗の冷たさに目を覚ますと、心の中にざらりとしたものを感じていた。
その瞬間、アメリーヌが奪った分だけ、風景が色褪せ、虚無感に襲われた。
アメリーヌは癒さない。
寄り添わない。
傷口をさらに開いてほくそ笑むだけ。
No.3 独りよがりの毒花
味わいは酸味が強い。
飲み始めはいいが、後味の悪さは最高ランク
粘りが強く、赤紫のドロリとした液体。
寝かされると、猛毒に変わる危険性あり。
ラベルにそう記すと、アメリーヌは瓶を棚に静かに置いた。
ふと視線に気付き、頭だけ振り返る。
「君も物好きだね。」
毒々しい色が掬われたスプーンを笑いながら差し出してくる。
「食べる?」
──それでは、また13番目の夜にお会いしましょう。
聖廟の天井から滴り落ちる記号たちが、棺の中へと静かに吸い込まれていく。極上の甘い香りが奏でる音で作られた不協和音が舞い、闇の中に飛び立つ七色のコウモリ。
その名はアメリーヌ。
名前なのか。
記号なのか。
不思議な響きが刻まれた棺の持ち主は、誰も知らない。
男なのか。
女なのか。
アメリーヌは、答えた。
「ソレに意味があるなら、教えるわ。」
だから、アメリーヌはソレとしか言い表せない。
漆黒の闇の中に七色の光の鱗粉をまき散らす。
人間の心の底に潜む“瓶”の匂いを探して、ふわりと宙を舞った。
ソレが探し当てた味は、二十歳くらいの亜麻色の髪を持つ女性の身体から染み出ていた。
美しい寝顔を、ソレは醜悪な蜘蛛になって覗き込む。
“これはこれは。綺麗な顔をして、えげつない味を漂わせて。”
ソレの食事の時間が始まる。
天井から垂らした糸から、メインディッシュができるまでを、静かに眺めている。
巨大なフォークが、女性を串刺し、フォークが切り裂いていく。
肉が削がれ、やがてひとつの瓶になると、ソレは姿を表す。
絹糸のような柔らかい髪に、何も知らない無垢な笑顔の男の子。
ただ異質なのは、モルフォブルーの瞳と、唇が暗がりに輝いていること。
アメリーヌは躊躇いもなく瓶を掴み取る。メインディッシュを目の前にして、躊躇う者は少ないだろう。
ソレは瓶の蓋を小さな手で開けると、蓋に染み込んでいる香りを、恍惚の表情で楽しむ。
──瓶は開けた時が一番美味しい匂いがする。
そのまま、ソレは青い舌を出して、瓶の口にこびりついた液体を、涎と共に舐め回した。
そこはどこかの部屋の一室。
鍵盤の上を流れる旋律。奏でるのは、老いたが背筋の伸びた、名高きピアニスト。傍らには、その弟子──マーガレットがいた。
亜麻色の髪を丁寧に束ね、目を伏せがちに微笑むその様は、あまりにも純粋な乙女の体をなしていた。
けれど、アメリーヌにはわかっていた。
彼女の心の奥にある、瓶の味を。
「先生、ここの和音、もう少し…こう…強くて切ない音がいいような気がして…。」
マーガレットは先生と呼ぶ人物を、下から上に見上げる。それも彼女の計算のうち。
「強くて、切なく?…君は相変わらず不思議な感性だね。いいだろう、やってみよう。」
男は笑い、彼女の代わりに演奏してみる。
それは、あくまでも指導の一環。どこにでもあるやりとり。
だがマーガレットは、その一瞬に微かに目を細め、頬を染める。
その反応に、アメリーヌの舌は自身の上唇を味わっていた。
──純粋さの中にまだ臭さがあるね。
「…では、また来週、同じ時間に伺います。」
どうやらここはマーガレットの家の一室のようだ。部屋の中央にグランドピアノが置いてある。そこかしこにスパイスとしての金の匂いがする
先生が帰った後、彼の香水の残り香が微かに香る椅子に、そっと指を這わせる。
背もたれの角に足を挟み、誰にも言えない背徳の愉悦を貪り尽くす。
あの繊細な音を奏でる手で掴まれたい。
あの香りを全身で楽しみたい。
“ふぅん、いい趣味しているね。”
少年の姿のアメリーヌは乾いた眼差しで、マーガレットの行為を眺めていた。
恍惚の表情で果てたマーガレットに、拍手をしながら、ソレはジワジワと近づく。
“なかなか外側と内側が違って、君…面白いね。…それ、気持ちよかった?”
少年の姿でありながら、口角を上げ、本能的に不快感を与える様は、異質としか思えない。
“性的欲求…。それ自体は悪くないよ。でも、君…もっとえげつないモノ持っているよね?”
アメリーヌの爪が伸び、マーガレットの喉を突き刺す。
『先生に抱かれたい。でも、あの人が本当に笑いかけてくれるのは、あの平凡な女。』
『音楽の芸術性のひとかけらも分かっていない、ただ先生の伴侶としての座に胡座をかいている粗末な存在。』
『いっそ──、消えてしまえばいいのに。』
マーガレットの瓶の奥底に潜む味にたどり着いたアメリーヌは満足したように、ニヤリと嫌らしい笑顔をたたえる。
「ねぇ、先生がアナタを選ばないコト、考えたことある?」
マーガレットの切り裂いた喉元をさらに深く抉る。
「やっと、本当の味出したじゃない。」
少年の姿のアメリーヌは天使にも似た完璧な笑顔を歪ませると、指を瓶に入れて奥に潜んでいるものを探し出す。
「聞こえていないと思うけど…。」
アメリーヌは指に絡みついた赤紫の粘りのある液体を、指の1本ずつ堪能しながら舐め回していた。
「…知っている?マーガレットの花言葉」
「心に秘めた愛…。」
ソレは青い爪の先に入り込んだ液体でさえも、舌先で味わいつくす。
「でも、本数で意味は変わる。…でも、16本は“不安な愛”。17本は、“絶望の愛”…。」
マーガレットから取り出した瓶から、アメリーヌは愛おしそうに眺めながら小瓶に赤紫の液体を移していく。
「何本の花を潜ませているか、僕に教えてよ。これはワインになり損ねた酸っぱい味がして、舌に絡みつく。舐め始めは上品なのに、ドロっとして…通好みの後味の悪さ。…キライじゃないんだけど、もっと熟して腐るのを待てばよかったかな?」
アメリーヌは反省しない。
ソレは曖昧で、小瓶を集めるだけのモノ。
瓶の蓋が閉められると、元の静かな寝室に戻る。
マーガレットは寝汗の冷たさに目を覚ますと、心の中にざらりとしたものを感じていた。
その瞬間、アメリーヌが奪った分だけ、風景が色褪せ、虚無感に襲われた。
アメリーヌは癒さない。
寄り添わない。
傷口をさらに開いてほくそ笑むだけ。
No.3 独りよがりの毒花
味わいは酸味が強い。
飲み始めはいいが、後味の悪さは最高ランク
粘りが強く、赤紫のドロリとした液体。
寝かされると、猛毒に変わる危険性あり。
ラベルにそう記すと、アメリーヌは瓶を棚に静かに置いた。
ふと視線に気付き、頭だけ振り返る。
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