17 / 103
第一章 出会い、敗北、勝利
17.卑怯者
しおりを挟む
一人、また一人と、イヴリーチはその場にいた人間達に思いの限りをぶつけた。しかし、少女の心は晴れない。商会に携わる者は他にも大勢いるはずだ。あぶり出して滅殺しなければ、この復讐に終わりは訪れないのだ。
イヴリーチが周辺を血の海に変えている最中、ベルトリウスは彼女から存在を伝えられていた地下室を探していた。物置小屋や家の中に入り、それらしい扉がないか見て回っていると、三軒目の家のベッドの下で不自然な取っ手の影を発見した。
ベッドをずらして現れた両開きの木の扉を開けると、きしむ音と共に奥から放たれた冷気が体をすり抜けていった。
「ここにもいるの?」
「ぬおっ!?」
音もなく気配もなく、いつの間にか真横に並んで扉の奥を凝視するイヴリーチに、ベルトリウスは思わず飛び退いてしまった。たくさんの人の血を浴びた少女は胴部分は勿論のこと、口元にもべったりと鮮やかな紅を付着させていた。
「そいつ大丈夫なのか、人の首にかぶり付いてたぞ」
正気を疑うような目で訴えかけるマギソンも交え、三人は怪しげな入口を取り囲んで見下ろした。
地下に作られる部屋というのは大抵が手狭なものだ。ここは胴体の大きなイヴリーチには我慢してもらい、ベルトリウスとマギソンの二人で中を確認しにいくことにした。
二十段ほどあった階段を下ると、先には明かりのない一本道が続いていた。少し進むと通路に面して建てられた檻が何部屋も連なって現れ、地下室がどういった用途で使用されていたのかが窺えた。
それにしても、天井が近いこの空間は体格の良い二人にとっては窮屈で仕方なかった。膝を伸ばして歩くベルトリウスが脳天すれすれで通っているのだから、それよりも背の高いマギソンは腰から上を丸めて歩くしかない。
ここで敵に遭遇したとして負ける気はしないが、普段より戦うのが億劫なのは確かだ。
だが、それも杞憂に終わった。
突き当たりにある一番大きな檻の中に潜んでいたのは、イヴリーチと同じような年代の子供ばかりだった。
裏で流す商品の一つなのだろう。十代後半とおぼしき年長の少女は、自分より小さな子供達を守るように抱き寄せ、こちらに反抗的な眼差しを向けている。
「わたしたちに……何をするつもり……?」
上の狂騒が届いていたのか、年長の少女は恐る恐る尋ねてきた。
最奥のこの区域にも明かりがないため向こうには見えていないかもしれないが、ベルトリウスは得意の薄っぺらい笑顔を浮かべ、子供達が怯えないように柔らかな口調で語り掛けた。
「もう大丈夫だよ、俺は君達を助けに来たんだ。ここで怪しいことをしてる奴らがいるって情報が入ってね、調査に訪れたら急に襲われたものだから……反撃したんだ。でも、君達に危害を加えるつもりはないから安心してくれ」
「ほ……ほんとう? わたしたち、助かるのっ?」
「あぁ、今出してあげるから待っててね」
その詐欺師のような口振りにまんまと騙され、子供達は歓喜の声を上げた。
マギソンはよくやるもんだと呆れた。魂の回収を目的としている魔物が、女だから子供だからと容赦するはずがないのに。……現に一度、イヴリーチを殺している。
しかし、劣悪な環境で監禁されていた子供達にとって彼の言葉は一条の光だった。疑うことも忘れ、皆で解放の喜びを分かち合っている。
「俺は一度上に戻って檻の鍵を探してくるよ。ここに仲間を立たせておくから、一緒に待っててね」
「はいっ、ありがとうございます!」
ベルトリウスは”頼んだぞ”とマギソンの肩に軽く手を置き、来た道を引き返していった。
残されたマギソンは”どうやってここまで来たのか?”、”上の悪党達はどう対処したのか?”と矢継ぎ早に質問を放たれ、煩わしさに深い溜息を吐いた。
「あっ、ごめんなさい……ずっと閉じ込められていたから、助かると思うとついはしゃいじゃって……」
「……いや」
こんな短い返事にも少女は安心したようにホッと胸を撫で下ろす。マギソンはこの後の落差を想像してキリキリと腹を痛ませた。
ふと……暗闇の中だというのに、隣の子にもたれ掛かってこちらを見つめている端の子供と目が合った。
―― 少年だ。出会ったばかりだというのに、信頼のこもった瞳を向けてくる。子供特有の、大きな目で……。
途端、強烈な吐き気がマギソンを襲った。
慌てて手で口を塞ぎ、ギュッと強く目を閉じる。記憶に染み付いてしまったあの目を必死に忘れようとするも、目は消えるどころか、より鮮明に形を成してマギソンを追い詰める。
目……子供の大きな目……クリッとした、あの穢れのない目が当の昔に捨てた過去を思い出させる。
『お父様が言ってたよ、お兄様は――』
まだ変声期を迎えていない少年の声が頭に響く。
口に当てていた手を離し、今度は両耳を塞ぐ。震えだした体は止まらなくなっていた。呼吸が荒く苦しい。奥歯を痛いほど噛み締めても、ガチガチと小刻みに鳴る音は防げなかった。
目を閉じているのに、あの無邪気な笑みが闇の中で己を嘲笑う。耳を塞いでいるのに、女子のように高い含み笑いが後ろ指をさす。アハッ、アハハハッ!
やめろ……笑わないでくれ……笑わないでくれっ……笑わないでくれっ……!!
『卑怯者――』
「やめろっ!!!!」
マギソンは叫んだ。そして自分の発した声で我に返ると、見えたのは監禁されていた子供達の怯える表情であった。
「す、すみません……何かしてしまったのなら……」
「いや……違うんだ……お、俺は……」
居ても立っても居られず、子供達に背を向けた。あの大きな目で見つめられると駄目だ、どうにも思い出してしまう。
マギソンは懐をまさぐって喫煙道具を取り出し、立ちながら器用に紙を巻いて火をつけた。
ラトミス……これだけが頼りだ。誰が何と言おうと、このまやかしなしでは生きていけない。肺いっぱいに甘い煙を吸い込めば、どれだけ嫌な記憶だろうと霞をかけてごまかしてくれる。
もう思い出したくないんだ……見せないでくれ、そんなもの……おかしくなってもいいから……。
「あっ! てめぇ、またやってんのか!」
ほうけた頭に最近聞き慣れてきた声が反復する。いつの間にか戻ってきたベルトリウスが気に食わなさそうな顔をして正面に立っていた。
マギソンは揺れる瞳でベルトリウスを捉えながら、もう一度肺を煙で満たした。そう……ラトミスに縋ればいつもの”マギソン”になれる。これさえあれば大丈夫だ。幻影だって消してくれる。これさえ……これさえあれば……。
……目を据わらせたマギソンは何も言わずベルトリウスの横を通り抜けると、一人で地下室から出ていった。
「おいこらっ、後で話し合いだかんな! ったく! ……さぁ、お待たせ。連れてきたよ」
ベルトリウスは小さくなる背中に向かって叱咤した後、何事もなかったかのように子供達に微笑みかけた。
だが子供達は、鍵を取りに行くと言って消えたはずの男が何者かを連れてきたことに訝しさを覚えていた。
「あの……連れてきたって、誰を?」
年長の少女が檻の中で眉をひそめながら尋ねた。近くでシュルシュルと地に縄がこすれるような耳障りな音が聞こえ、少女は発見した時と同じように他の子供達を抱き寄せて身構えた。
その様子を受けて、謎の人物は戸惑いの言葉を口にした。
「お兄ちゃん、どうして私をここに……?」
動揺する声はイヴリーチのものだった。
声でしか判断できない地下の子供達は他にも捕まっていた被害者がいたのかと勘違いした。ただ何故、その子をこの場に連れてきたのかが分からなかった。
ベルトリウスはイヴリーチにもっと檻のそばに寄るよう促して己は後退し、萎縮する小さな肩に手を乗せて優しく囁いた。
「イヴリーチ、君が殺すんだ」
「えっ……」
「ちょっ、何を言っているのっ!? 助けてくれるんじゃないのっ!? ねぇっ!?」
イヴリーチの控えめな反応は、檻の中の少女の叫びにかき消された。喜びから一転……予想だにしない絶望へと突き落とされた子供達はそれぞれ悲痛な嘆きを放った。
「やめて!! やめてよ!! じゃあ何でさっき助けるって嘘ついたのよっ!?」
「やだ……こわいよぅ……っ」
「お願いします!! そんなバカなマネはよして!!」
「ゔぇぇぇーーーーんっ!! おがぁち”ゃーーーーんっ!!」
まだ舌足らずな子供さえ死の恐怖に泣き叫んでいる。密閉された空間で反響する悲鳴の波に飲まれ、イヴリーチは次第に浅い呼吸の律動を早めていった。ベルトリウスは手のひらから伝わる焦りや混乱の感触に恍惚の表情を浮かべ、小さな背中からもたらされる言葉を待った。
「お、お兄ちゃんなんで……? この子たち悪いことしてないのに……できないよ……」
「ああ、確かにこの子達は君と同じ被害者だ。悪いことは何もしていない。イヴリーチが殺さないって言うんなら、全員無事に解放してやるよ」
「う、うん……じゃあ、解放してあげ――」
「いいよなぁ、この子達は。何の犠牲も払わずに五体満足で幸せな家庭に戻れるんだ」
ベルトリウスの言葉に、イヴリーチの思考は停止した。
妹を失い、復讐のために自身の命をなげうって異形の力を得た。それなのに、この子供達は何も失うことなく、運良く助けが来たから無事に帰れる? 温かな家族の元や、愛する故郷へ?
……そんなのは許せない。何の代償も払わずに、のうのうと笑って暮らせるなんて……そんなのは……。
「卑怯よ!!!!!!!!」
イヴリーチは長い胴をしならせ、尾を極太の鞭のように振って子供達に叩き付けた。両者を隔てていた檻の鉄格子は木の枝のように容易く曲げ折られ、子供達が背中を預けていた石の壁も崩壊してしまうほどの衝撃が真横一列に与えられた。
全員一撃で即死したのが、せめてもの救いだろう。それでも尚、イヴリーチは繰り返し尾を叩き付けた。
「許さない許さない許さないっ、誰も幸せにさせないわ!!!! 私が愛する者以外死んでしまえばいいのよっ!!!! お前らも死ねっ、死ねっ!!!! 誰が助けてなんてやるもんか!!!! 死ねっ!!!! 死ねっ!!!! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
髪を振り乱し、錯乱状態で聞くに堪えない罵りの言葉を吐き散らすイヴリーチ……その姿はまさしく狂気の権化であった。彼女の荒れ狂う様のどこが面白いのか、ベルトリウスは肉塊でいっぱいになった檻の前で腹を抱えて笑っていた。
一足先に陽のあたる場所に出ていたマギソンは穴蔵から流れくる悲喜の協奏を閉じ込めるかのように、扉を閉めて上にベッドの脚を乗せて蓋をして、また一本新しい煙草を巻いて火をつけた。
イヴリーチが周辺を血の海に変えている最中、ベルトリウスは彼女から存在を伝えられていた地下室を探していた。物置小屋や家の中に入り、それらしい扉がないか見て回っていると、三軒目の家のベッドの下で不自然な取っ手の影を発見した。
ベッドをずらして現れた両開きの木の扉を開けると、きしむ音と共に奥から放たれた冷気が体をすり抜けていった。
「ここにもいるの?」
「ぬおっ!?」
音もなく気配もなく、いつの間にか真横に並んで扉の奥を凝視するイヴリーチに、ベルトリウスは思わず飛び退いてしまった。たくさんの人の血を浴びた少女は胴部分は勿論のこと、口元にもべったりと鮮やかな紅を付着させていた。
「そいつ大丈夫なのか、人の首にかぶり付いてたぞ」
正気を疑うような目で訴えかけるマギソンも交え、三人は怪しげな入口を取り囲んで見下ろした。
地下に作られる部屋というのは大抵が手狭なものだ。ここは胴体の大きなイヴリーチには我慢してもらい、ベルトリウスとマギソンの二人で中を確認しにいくことにした。
二十段ほどあった階段を下ると、先には明かりのない一本道が続いていた。少し進むと通路に面して建てられた檻が何部屋も連なって現れ、地下室がどういった用途で使用されていたのかが窺えた。
それにしても、天井が近いこの空間は体格の良い二人にとっては窮屈で仕方なかった。膝を伸ばして歩くベルトリウスが脳天すれすれで通っているのだから、それよりも背の高いマギソンは腰から上を丸めて歩くしかない。
ここで敵に遭遇したとして負ける気はしないが、普段より戦うのが億劫なのは確かだ。
だが、それも杞憂に終わった。
突き当たりにある一番大きな檻の中に潜んでいたのは、イヴリーチと同じような年代の子供ばかりだった。
裏で流す商品の一つなのだろう。十代後半とおぼしき年長の少女は、自分より小さな子供達を守るように抱き寄せ、こちらに反抗的な眼差しを向けている。
「わたしたちに……何をするつもり……?」
上の狂騒が届いていたのか、年長の少女は恐る恐る尋ねてきた。
最奥のこの区域にも明かりがないため向こうには見えていないかもしれないが、ベルトリウスは得意の薄っぺらい笑顔を浮かべ、子供達が怯えないように柔らかな口調で語り掛けた。
「もう大丈夫だよ、俺は君達を助けに来たんだ。ここで怪しいことをしてる奴らがいるって情報が入ってね、調査に訪れたら急に襲われたものだから……反撃したんだ。でも、君達に危害を加えるつもりはないから安心してくれ」
「ほ……ほんとう? わたしたち、助かるのっ?」
「あぁ、今出してあげるから待っててね」
その詐欺師のような口振りにまんまと騙され、子供達は歓喜の声を上げた。
マギソンはよくやるもんだと呆れた。魂の回収を目的としている魔物が、女だから子供だからと容赦するはずがないのに。……現に一度、イヴリーチを殺している。
しかし、劣悪な環境で監禁されていた子供達にとって彼の言葉は一条の光だった。疑うことも忘れ、皆で解放の喜びを分かち合っている。
「俺は一度上に戻って檻の鍵を探してくるよ。ここに仲間を立たせておくから、一緒に待っててね」
「はいっ、ありがとうございます!」
ベルトリウスは”頼んだぞ”とマギソンの肩に軽く手を置き、来た道を引き返していった。
残されたマギソンは”どうやってここまで来たのか?”、”上の悪党達はどう対処したのか?”と矢継ぎ早に質問を放たれ、煩わしさに深い溜息を吐いた。
「あっ、ごめんなさい……ずっと閉じ込められていたから、助かると思うとついはしゃいじゃって……」
「……いや」
こんな短い返事にも少女は安心したようにホッと胸を撫で下ろす。マギソンはこの後の落差を想像してキリキリと腹を痛ませた。
ふと……暗闇の中だというのに、隣の子にもたれ掛かってこちらを見つめている端の子供と目が合った。
―― 少年だ。出会ったばかりだというのに、信頼のこもった瞳を向けてくる。子供特有の、大きな目で……。
途端、強烈な吐き気がマギソンを襲った。
慌てて手で口を塞ぎ、ギュッと強く目を閉じる。記憶に染み付いてしまったあの目を必死に忘れようとするも、目は消えるどころか、より鮮明に形を成してマギソンを追い詰める。
目……子供の大きな目……クリッとした、あの穢れのない目が当の昔に捨てた過去を思い出させる。
『お父様が言ってたよ、お兄様は――』
まだ変声期を迎えていない少年の声が頭に響く。
口に当てていた手を離し、今度は両耳を塞ぐ。震えだした体は止まらなくなっていた。呼吸が荒く苦しい。奥歯を痛いほど噛み締めても、ガチガチと小刻みに鳴る音は防げなかった。
目を閉じているのに、あの無邪気な笑みが闇の中で己を嘲笑う。耳を塞いでいるのに、女子のように高い含み笑いが後ろ指をさす。アハッ、アハハハッ!
やめろ……笑わないでくれ……笑わないでくれっ……笑わないでくれっ……!!
『卑怯者――』
「やめろっ!!!!」
マギソンは叫んだ。そして自分の発した声で我に返ると、見えたのは監禁されていた子供達の怯える表情であった。
「す、すみません……何かしてしまったのなら……」
「いや……違うんだ……お、俺は……」
居ても立っても居られず、子供達に背を向けた。あの大きな目で見つめられると駄目だ、どうにも思い出してしまう。
マギソンは懐をまさぐって喫煙道具を取り出し、立ちながら器用に紙を巻いて火をつけた。
ラトミス……これだけが頼りだ。誰が何と言おうと、このまやかしなしでは生きていけない。肺いっぱいに甘い煙を吸い込めば、どれだけ嫌な記憶だろうと霞をかけてごまかしてくれる。
もう思い出したくないんだ……見せないでくれ、そんなもの……おかしくなってもいいから……。
「あっ! てめぇ、またやってんのか!」
ほうけた頭に最近聞き慣れてきた声が反復する。いつの間にか戻ってきたベルトリウスが気に食わなさそうな顔をして正面に立っていた。
マギソンは揺れる瞳でベルトリウスを捉えながら、もう一度肺を煙で満たした。そう……ラトミスに縋ればいつもの”マギソン”になれる。これさえあれば大丈夫だ。幻影だって消してくれる。これさえ……これさえあれば……。
……目を据わらせたマギソンは何も言わずベルトリウスの横を通り抜けると、一人で地下室から出ていった。
「おいこらっ、後で話し合いだかんな! ったく! ……さぁ、お待たせ。連れてきたよ」
ベルトリウスは小さくなる背中に向かって叱咤した後、何事もなかったかのように子供達に微笑みかけた。
だが子供達は、鍵を取りに行くと言って消えたはずの男が何者かを連れてきたことに訝しさを覚えていた。
「あの……連れてきたって、誰を?」
年長の少女が檻の中で眉をひそめながら尋ねた。近くでシュルシュルと地に縄がこすれるような耳障りな音が聞こえ、少女は発見した時と同じように他の子供達を抱き寄せて身構えた。
その様子を受けて、謎の人物は戸惑いの言葉を口にした。
「お兄ちゃん、どうして私をここに……?」
動揺する声はイヴリーチのものだった。
声でしか判断できない地下の子供達は他にも捕まっていた被害者がいたのかと勘違いした。ただ何故、その子をこの場に連れてきたのかが分からなかった。
ベルトリウスはイヴリーチにもっと檻のそばに寄るよう促して己は後退し、萎縮する小さな肩に手を乗せて優しく囁いた。
「イヴリーチ、君が殺すんだ」
「えっ……」
「ちょっ、何を言っているのっ!? 助けてくれるんじゃないのっ!? ねぇっ!?」
イヴリーチの控えめな反応は、檻の中の少女の叫びにかき消された。喜びから一転……予想だにしない絶望へと突き落とされた子供達はそれぞれ悲痛な嘆きを放った。
「やめて!! やめてよ!! じゃあ何でさっき助けるって嘘ついたのよっ!?」
「やだ……こわいよぅ……っ」
「お願いします!! そんなバカなマネはよして!!」
「ゔぇぇぇーーーーんっ!! おがぁち”ゃーーーーんっ!!」
まだ舌足らずな子供さえ死の恐怖に泣き叫んでいる。密閉された空間で反響する悲鳴の波に飲まれ、イヴリーチは次第に浅い呼吸の律動を早めていった。ベルトリウスは手のひらから伝わる焦りや混乱の感触に恍惚の表情を浮かべ、小さな背中からもたらされる言葉を待った。
「お、お兄ちゃんなんで……? この子たち悪いことしてないのに……できないよ……」
「ああ、確かにこの子達は君と同じ被害者だ。悪いことは何もしていない。イヴリーチが殺さないって言うんなら、全員無事に解放してやるよ」
「う、うん……じゃあ、解放してあげ――」
「いいよなぁ、この子達は。何の犠牲も払わずに五体満足で幸せな家庭に戻れるんだ」
ベルトリウスの言葉に、イヴリーチの思考は停止した。
妹を失い、復讐のために自身の命をなげうって異形の力を得た。それなのに、この子供達は何も失うことなく、運良く助けが来たから無事に帰れる? 温かな家族の元や、愛する故郷へ?
……そんなのは許せない。何の代償も払わずに、のうのうと笑って暮らせるなんて……そんなのは……。
「卑怯よ!!!!!!!!」
イヴリーチは長い胴をしならせ、尾を極太の鞭のように振って子供達に叩き付けた。両者を隔てていた檻の鉄格子は木の枝のように容易く曲げ折られ、子供達が背中を預けていた石の壁も崩壊してしまうほどの衝撃が真横一列に与えられた。
全員一撃で即死したのが、せめてもの救いだろう。それでも尚、イヴリーチは繰り返し尾を叩き付けた。
「許さない許さない許さないっ、誰も幸せにさせないわ!!!! 私が愛する者以外死んでしまえばいいのよっ!!!! お前らも死ねっ、死ねっ!!!! 誰が助けてなんてやるもんか!!!! 死ねっ!!!! 死ねっ!!!! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
髪を振り乱し、錯乱状態で聞くに堪えない罵りの言葉を吐き散らすイヴリーチ……その姿はまさしく狂気の権化であった。彼女の荒れ狂う様のどこが面白いのか、ベルトリウスは肉塊でいっぱいになった檻の前で腹を抱えて笑っていた。
一足先に陽のあたる場所に出ていたマギソンは穴蔵から流れくる悲喜の協奏を閉じ込めるかのように、扉を閉めて上にベッドの脚を乗せて蓋をして、また一本新しい煙草を巻いて火をつけた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる