そして、腐蝕は地獄に――

ヰ島シマ

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第一章 出会い、敗北、勝利

16.蛇の道は蛇

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 一行はわだちの跡を辿って昨晩の男が語っていた村を探していた。この馬車は悪事を隠すためか荷台部分がほろと呼ばれる防水布で覆い隠されており、外から覗かれる心配がない分、逆もまたしかりだった。
 よって景色を楽しむこともできない魔物の二人は、仲良くお喋りにきょうじていた。

「イヴリーチはどんな能力なんだ?」
「う~ん……まず力が強いのと、体が大きいわりに早く走れるのと、巻き付いて相手を締め付けれるのと……あと誰かが物かげに隠れていたとしても、どこにいるのか見つけられるの!」
「つまり蛇の強化版ってとこかな? いいね、とっても使えそうだ」
「本当? よかった……私お荷物にならないように、がんばるから!」
「ああ、期待してるよ」

 案外相性が良かった二人は会話を弾ませた。
 爽やかな笑顔の応酬おうしゅうとは裏腹に、車内はベルトリウスが発する腐臭が充満して酷い香りとなっていた。幌が邪魔になって上手く空気が循環じゅんかんしないのだ。幸い……と言っていいのかは分からないが、魔物化したことによりイヴリーチも悪臭にうとくなっていたため、この件で不快感を覚えるのは人間であるマギソンだけであった。
 そんな運転手の苦労も露知らず、魔物の馴れ合いは続く。

「お兄ちゃんはどんな力を……って、そういえば二人の名前を聞いてなかったね」
「そうだっけ? 俺はベルトリウスで、前にいるおじさんがマギソンだよ」
「ベルトリウスお兄ちゃんにマギソンおじさんね……うん、覚えた!」
「いい返事だね。あー……俺の能力は毒だよ。こうやって色んな所から毒を出せるんだ」
「へぇー……」

 指先に出された少量の毒を考えなしに突こうとするイヴリーチに、ベルトリウスは慌てて自分の指を胸の近くまで下げた。

「おいおいっ、毒なんだからそんな不用意に触るもんじゃない!」
「あ、そっか。そうだね、えへへ……」

 昨晩は大人びて見えたが、所詮しょせんは子供か……と、ベルトリウスは目の前の少女に一抹いちまつの不安を覚えた。
 手の内を明かし合っていると、いつの間にか馬車の揺れは緩やかになっていった。”ブルルッ”と、馬のひと鳴きが聞こえると馬車は止まり、御者席と荷台を隔てていた幕をずらしてマギソンが顔を覗かせた。

「おい、見えてきたぞ」

 そう言って幕をずらしたまま荷台から外の様子が見えるようにしてくれる。ベルトリウスとイヴリーチはそれぞれの位置から背を伸ばし、隙間から様子を窺った。

 先にあったのは一見普通の村だった。木の塀が連なっていて中がどうなっているのかは全く分からないが、入口付近に見張りが二人立っており、馬の足音などで気付かれたのかこちらを注視している。

「イヴリーチ、中にどれくらい人がいるか分かるか?」
「うん、待っててねぇ……」

 早速魔物となって得た力を披露できる場面が訪れ、半蛇の少女は意気揚々と前のめりになった。

 ―― イヴリーチの頬部分の鱗と鱗の間には、いくつかの微細なくぼみがあった。それは熱を感知する能力を有し、彼女が神経を研ぎ澄ますとヒクヒクとせわしなく躍動やくどうを始める。現在のイヴリーチの視界には動くモヤが点々と映っており、これら全てが生物の所在を示していた。

「……ざっと三十人はいるかな。でも、あそこ地下室があるみたい。階段を下りていく人は見えたんだけど、その先に何人いるかまでは分からなかった……ごめんなさい……」
「いや、充分だよ。ありがとう」

 ベルトリウスの何気ない感謝の言葉に、イヴリーチはホッとしたように口元を緩ませた。
 舞台の把握が済めば、次は作戦だ。三十人……さらに地下室に十人以上敵がいると想定して、一人たりと逃すことなく始末しなければならない。地下室には多数を瞬殺できるマギソンを送り込み、地上の三十人は己とイヴリーチでどうにかしのぐかと漠然ばくぜんと考えていたところで、ベルトリウスはとびっきり冴えた作戦をひらめいた。

「イヴリーチ、俺を持ち上げることはできるか?」
「お兄ちゃんを? ん~……」

 いくら下半身に強健きょうけんな胴が組み合わさっているとはいえ、上体を担っているのが華奢きゃしゃな少女なのだから体型的に無理な話だろうと思えたが……イヴリーチはそっとベルトリウスの脇に手を差し込むと、荷台の天井に届きそうな高さまで軽々と持ち上げてしまった。

「あっ、いけた!」
「すげぇ絵面だな……」
「よし、これで突破できるぞ! 二人共、耳を貸せ!」

 実現してしまった光景に若干引いているマギソンにも手招きをして、ベルトリウスは己に振って降りた作戦の中身を話した。ただそれはあまりにも酷い内容で、イヴリーチは苦笑いし、マギソンは呆れた顔で率直な感想を述べた。

「馬鹿すぎる。ガキの遊びじゃねぇんだぞ」
「なんだとぉ? じゃあ他に案があるかよ? 馬鹿だろうが上手くいきゃあいいんだよ!」
「……」
「おしっ、そうと決まれば行くぞ!」

 はつらつな号令にマギソンは癖になってきた溜息を漏らし、馬にむちを打って車を動かした。



◇◇◇



「止まれ! ここに何の用だ!」

 不自然に村の離れで止まっていた馬車が歩みを再開させたので、入口に立っていた見張り番は言うまでもなく停車を求めた。
 馬車自体は身内がよく使用している型なので、この村に戻ってくるのは別段おかしなことではない。見張り番が異変を感じたのは、御者席にいたのが見知らぬ顔の男であったからだ。
 その運転手は御者席から降りると、考えの読めない表情で門へ向かってきた。見張り番の二人は手に持っていた槍を構え、距離を詰めてくる男に警告した。

「そこで止まれっ! 腰の剣を捨てて両手を上げるんだ!」
「待て、あいつ何か喋ってるぞ……」
「……、……」
「なんだ……? ……おいっ、言いたいことがあるんなら大声で話せ! そんなんじゃ聞こえな―― !!」

 主に制止を促していた方の見張り番が怒鳴るも、その言葉は発している最中で途切れてしまった。首が肉体から切り離されたからだ。
 もう片方の見張り番も同じく首を落とされ、その一瞬の出来事を門の内側から覗いていた村人達は叫んで逃げ惑うでもなく、どこからか持ち出した武器を構えて襲撃者に備えた。
 しかし、次の手は意外な所から放たれる。村の前で停車していた馬車から勢いよく何かが飛び出したと思えば、その何かは閉まり切っていた門に体当たりをして打ち抜き、破壊してしまったのだ。

 村人達は目を見張った。それは見たこともない大蛇……それも体の半分が人間の、半人半蛇だったからだ。

 半蛇の化け物はすさまじい速さで蛇行だこうしながら村に侵入すると、人々が呆気に取られている間にそれぞれの横を通過して回った。
 すれ違った人々は皆、通り抜けた順にその場で足から崩れ落ちた。顔を押さえる者、胸を押さえる者、ともかく地表にいた全員が一斉に叫び声を上げた。

「あああああっ!! 顔がっ!! 顔がぁっ!!」
「ギャァァーーーーッ、ただれるっ!! だれか助けてくれぇっ!!」
「だぁーーっははははは!! 最高だなぁ、これぇ!!」

 阿鼻叫喚の中、一人だけ嬉々とした声を垂れ流す者がいた。ベルトリウスである。
 彼の作戦はこうだ。まずマギソンが魔術で見張りを不意打ちし、後は自分を抱えたイヴリーチを高速で走らせ、すれ違いざまに村人に毒を塗り付けて回る……至極単純なものだった。
 頭を使った作戦とは言いがたいが、逃げ出す余裕も与えず全員を打ち負かしたのだから成功には変わりない。
 あっという間に三十人余りに重傷を負わせたベルトリウスは上機嫌のままイヴリーチに降ろしてもらうと、遅れて門をくぐってきたマギソンに自慢げに話した。

「どうだよ俺の完璧な作戦勝ちはよぉ!」
「そのガキ一人で暴れさせりゃ良かったんじゃねぇのか」
「んだとぉ!?」
「まぁまぁ……三人で協力したから上手くいったんだよ」
「イヴリーチはいい子だなぁ……どうにかして揚げ足を取ろうとする大人とは大違いだよ」
「……」

 あまりにもくだらぬ争いを繰り広げる大人達にイヴリーチは苦笑いするしかなかった。
 ベルトリウスはマギソンと無言のいがみ合いを続けながら手近に倒れていた男の元でかがむと、頭部を掴み上げて質問した。

「なぁ、ここってジョイ商会ってとこの拠点の一つなんだろ? 何する所なんだ?」
「グッ……て、めっ……商売がたきかっ……!? テールのところかっ、それともモンヅかぁッ!?」
「俺の話ちゃんと聞いてる? 質問に答えられねぇならあんたはいいや」

 突然の奇襲を受けて頭に血が上っているのか、男は知らない商売屋の名を挙げて怒鳴り散らし、話にならないと思ったベルトリウスは手のひらから毒を溢れさせて男に食らわせた。目や口に入ってしまった男はゴボボッと血混じりの赤い泡を吐き出して、ジタバタと暴れた末に死んでしまった。
 毒でれた手を放すと、すぐ隣にいた男が身をよじって逃げようとするので捕獲する。後でこうして尋問できるように比較的威力の弱い毒を使用したので、全員命に別条はないのだ。彼の場合は瞳に触れたようで、視界が潰れてしまっているが。

 男の首襟に手を掛けて無理矢理に体を引っ張り起こすと、”ヒッ!”と引きつった声が漏れる。

「た、助けてくださいっお願いしますっ! じじっ、自分は借金のカタに手伝わされてただけなんですっ!」
「そんな話はどうでもいい。こっちの質問に素直に答えてくれれば苦しまずに済むから……で? ここは何をする場所なんだ?」
「うっ……し、知ってて襲ったんじゃないんですか……? ここはその……地方から集めた女子供を世話する所、です……」

 予想は付いていたが、ジョイ商会なる組織は表では真っ当な仕事を、裏では人身売買などの黒い商売を行っているらしかった。イヴリーチの妹がそうだったように、売り飛ばす前に自分達でもしていたに違いない。
 ついさっきまで朗らかな表情を見せていたイヴリーチは、昨晩の誘拐犯の仲間である目前の男を今にも飛び掛からんばかりに睨み付けていた。ベルトリウスは彼女が我慢の限界を迎える前に終わらせようと質問を続けた。

「商会の拠点は何個だ?」
「が、ガガラにある店とっ、ここと……トッ、トッゴスって場所に一つです!」
「じゃあ商会に所属している人間は何人いる?」
「えっ、いや何人ってまでは……でも、商会を仕切ってるジョウイさんが、ガガラの領主様とよく話してますんで……か、かなりでは?」
「出たよ、ガガラ領主。んー……思ってたより大きい組織なのな。こりゃ面ど……骨が折れる」

 思わず”面倒”と言いかけたベルトリウスだったが、被害者である少女の前ですんでところで自重した。

「お兄ちゃん……もういいかな」

 イヴリーチは怒気を帯びた声で言うと、怯える男を長い胴で取り囲み、冷たく見下ろした。ベルトリウスは返事代わりに微笑み、男を掴んでいた手を離して後退した。
 目が見えていない男はこの静まりがどういう意味を表しているのか理解できなかった。解放されたことに若干安堵の表情を見せながら、張り詰めた空気に確認を入れてみる。

「あ、あのっ……話したから助けてもらえるんですっ……よね……?」
「そんなわけないでしょ」

 瞬間―― イヴリーチは男の体に素早く巻き付き、胴でギュウッと締め上げた。ゴキンッ、バキッ! ゴキンッ、バキッ!と、骨が一本一本丁寧に外されてから折られてゆく音が聞こえる。
 男は気絶することも許されなかった。喉はぎりぎり息ができる強さで圧迫されているので酸欠状態とまではいかないし、仮に気絶してもすぐに新しい激痛が追ってきて意識を呼び戻された。

「オ”ッ”……ゲェ”ッ”……!! ダッ”、ダじゅ……げッ”……!!」
「絶対に許さない。あの子と私が味わった恐怖を倍にして返してやるから。そこのあんた達も楽しみに順番待ちしてて」

 イヴリーチは成長の止まった厚みのない体をゆらりと回転させ、毒を受けて伏せる村人達に射抜かんばかりの鋭い視線をやった。


 祈る者、泣き叫ぶ者、来たる自分の番までしばし意識を失う者……最早、処刑場と化したこの村を救う者は現れなかった。
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