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第8話
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しばらく廊下を進んだ先の階段を降りていると、バタバタと階段を駆け下りる音がした。
「待て、着ぐるみ野郎ーーっ!!」
声が近づいてくる。
降りてきた少女たちが僕を指差す。
「あっ、メガイラさんに捕らえられてたはずの魔族が脱走してる!!」
見つかった……!
「捕まえろーー!!」
このままじゃ追いつかれる……!
もはやここまでか、と思い始めたとき。
すぐ下の踊り場にいきなり魔法の杖を持った猫の着ぐるみ……モバにゃんが現れた!
「跳べ!!」
モバにゃんが僕に向かって手を広げる。
「はい!!」
僕は思い切ってモバにゃん目がけて飛び込んだ。
モバにゃんが僕をぎゅっと抱きとめてくれた……のだが、思いのほか勢いよく激突してしまって、モバにゃんは後ろにひっくり返った。
「大丈夫ですか……?」
「ああ」
モバにゃんは僕を抱き上げて立ち上がると、また走り出した。
「なんで着ぐるみ着たままなんですか?」
「自力で脱げなかった」
僕とモバにゃんはなんとか追っ手を巻いて男子トイレに逃げ込んだ。
どっと疲れが押し寄せて、僕は床に座り込んだ。
モバにゃんは魔法で僕の手錠を破壊した。
「何があった」
僕の血塗れの足を持ち上げて、モバにゃんが尋ねる。
「珍しいな。お前がここまでやられるなんて」
「奴らは、対魔族用兵器を持ってるんです。それに手こずってしまって……」
「ひょっとして、化学兵器か?身体が濡れてるし」
「正確には、聖水の類です」
「すごい効き目だな。羽が抜け落ちてるぞ」
「それは普通に毟られました」
「首に痣が出来てる」
「首を絞められたんで」
「この、足の傷は?」
「棘に刺されました」
「おい。結局、聖水の効果は何なんだ?」
「本来は、魔族の身体を溶かすってところだと思います。僕はこうして無事でしたけど。さっきは火傷したみたいに熱かったので」
「何というか、その……随分ひどい目に遭ったんだな」
「ほんとですよ。あんたがなかなか来てくれないから」
「今、治癒魔法で治してやる」
そう言ってモバにゃんが杖を振ろうとしたとき、トイレの入口のドアが開いた。
「!!」
モバにゃんはすぐに反応して杖を振り、少女たちの攻撃魔法をバリアで防いだ。
僕は咄嗟に鎖を放って少女たちを捕らえた。
「ナイスだ、ベル」
とモバにゃんが褒めてくれたけど、あんまり嬉しくなかった。
捕らえた少女たちから、隊長がホールにいると聞き、僕たちはそこに向かった。
治癒魔法のお陰でかなり体力が回復してきた。これで僕もモバにゃんと一緒に戦える。
ホールに入ると、少女たちが待ち構えていた。
「隊長はどこだ」
モバにゃんが問いかける。
「私だが」
進み出たのは、長い髪をポニーテールにした少女。女子にしては少し背が高めで、すごくスタイルが良い。
「何なんだ、そのふざけた着ぐるみは」
ごもっともなご指摘。
「ふざけた着ぐるみだと?去年の境界ゆるキャラグランプリ準優勝のモバにゃんに向かって失礼な女だな」
そんなグランプリ出場してねーだろ。
「貴様、モバにゃんと言うのか……。そんなに有名なキャラだったとは……」
受け入れちゃうんだ!?
「ちょっとお姉ちゃん!こんな汚い着ぐるみが有名なわけないでしょ!」
隣にいたツインテールの女の子が突っ込む。
「……。たしかにティシポネの言う通りだ。有名なキャラにしては薄汚れている」
女の子はティシポネという名前らしい。隊長をお姉ちゃんと呼んでいるということは、隊長にはメガイラの他にも妹がいたようだ。
「大体、こいつ、そこにいる魔族の契約者なんでしょ!魔族は私たちの敵!敵である魔族と契約してるこいつも敵よ!」
「なんでそんなに魔族が嫌いなんだ?」
モバにゃんが聞く。
ティシポネの口調に熱が込もる。
「あんたもエデン出身ならわかるでしょ。故郷を滅ぼされた憎しみが。私は故郷を奪った魔族どもをみんなぶっ潰してやりたいのよ」
「いや、さっぱり分からん」
モバにゃんがばっさり切り捨てる。
「ベルは確かに魔族だが、エデンが滅んだとき、こいつはまだ3歳。つまり戦争とは無関係だ。恨む理由がない。
それに……、俺には故郷を愛する気持ちなんて一欠片もないしな。
……とにかく、復讐心に囚われていると、寿命が縮むぞ」
「うるさい、あんたに何が分かるって言うのよ!」
ティシポネがモバにゃんにいきなり素手で殴りかかった……と思いきや、その拳がぶわっと金色の炎に包まれた。
モバにゃんは着ぐるみにしては機敏な動きでその攻撃を避け、ティシポネの腕を掴んで勢いよく遠くへ投げ飛ばした。
ティシポネが壁に叩きつけられる前に、モバにゃんは吹っ飛ばされた彼女の方へ杖を向けた。ティシポネの身体が空中で一瞬静止して、ふわっと地面に着地した。
ティシポネに怪我をさせない為の配慮だろう。
「何よ……っ、私が女だからって、情けでもかけたつもり!?やるなら本気で戦いなさいよ!っていうか、まずそのふざけた着ぐるみを脱ぎなさいよ!!」
「お前……。男に向かって『脱げ』なんて……破廉恥だぞ」
「なんでよ!着ぐるみを脱げって言っただけでしょ!」
「着ぐるみの下が全裸かもしれないだろ」
「破廉恥なのはあんたの方じゃん!!」
「わかった、わかった。着ぐるみを脱げばいいんだろ」
モバにゃんは面倒くさそうに言って、頭をカポッと外した。
ふわっと長い黒髪が現れる。
ティシポネはポカンとしてモバにゃんの中身……ルシフを見つめていた。
中身が予想に反して美少年だったから驚いているのかもしれない。見惚れているようにも見える。
「ベル、背中のチャック下ろしてくれ……」
「はいはい」
僕がルシフの着ぐるみを脱がせてやっている間に、メガイラがホールに入って来た。
「みんなここにいたんすねー。あれ!?誰っすか、そこの綺麗なおにーさん!もしかして、魔法屋のご主人!?」
「誰だお前」
「隊長の妹、メガイラっす。さっきおにーさんの使い魔くんとやり合ったんですけど、なかなか過激っすね。手に穴開けられちゃいましたよ」
メガイラがそう言って包帯の巻かれた手をひらひらと振って見せる。
「自業自得だろ」
ルシフは素っ気なく言い放った。
「メガイラ」
隊長が呼びかける。
「お前が使い魔を捕らえておいて、店主をおびき出す算段だったはず。どうして使い魔を逃がした?」
問い詰めるように隊長が尋ねると、ティシポネが
「どうせメガイラのことだから、遊ぶのが楽しくなって、作戦なんかどうでもよくなっちゃったんでしょ」
と言う。
「そうなんすよー。男を揶揄ってるとつい楽しくなっちゃうんすよねー」
とメガイラは悪びれる様子もない。
「どうするんだ、メガイラ。店主が自分の血を飲ませたら、その魔族の力は計り知れないんだぞ」
「そうっすね。でも、せっかくなら、私は魔法屋の本気が見てみたいっすけど。私は魔法屋のファンなんで。
いずれにせよ、今、本気で戦わないと、魔法屋にこのまま私たちの方が捕まって終わりっすよ?」
「他人事みたいに言わないでよ。あんたのせいでこんなことになったんでしょ。……ま、私もやるなら本気でやりたいけど」
「全く……困った妹たちだな……。本当は上手いこと生け捕りにするつもりだったが……。仕方ない。やるか」
隊長が大きな声で命令する。
「魔法屋を殺せ!!首だけでも王妃様のもとへ持って帰るぞ!!」
その命令と同時に少女たちが僕に向けて銃を乱射する。
やっぱり魔族が嫌いだから、まずは僕を始末したいのかもしれない。
ルシフが僕の目の前に魔法陣を描くと、銃弾が全て魔法陣の中に吸収され消えていった。
そこから今度は紅い閃光が走って、少女たちを吹き飛ばす。
僕はその隙に少女たちを鎖で捕まえる。
ルシフが防御と攻撃、その間に僕が少女たちを捕縛。
防御、攻撃、捕縛、と自然と完璧な連携プレーがなされ、もはや流れ作業だ。
気づけば残る第三部隊は指で数えられるくらいの人数になっていた。
「さすが契約済って感じっすね。相性抜群じゃないっすか」
「そうか?普段はベルとは全く気が合わないんだがな」
ルシフに向けて、メガイラが棘のついた鞭を振るった。
ルシフが素早く後ろへ飛び退く。
メガイラは再び鞭を振りかざした。
一方で僕の方には隊長が走って来ていて、大きなハンマーで僕を攻撃してきた。
それを飛んで避けると、隊長のハンマーは大剣に形を変え、ぶんっと振り回された。
すぐに屈んでかわす。
ティシポネがルシフを狙って金色の弓矢を構えているのが視界にふと入った。
「ルシフ、危ない!!」
僕はルシフをドンッ、と突き飛ばした。
金の矢が、僕の身体を貫いた。
棘のついた鞭が僕の足を打ち、大剣が僕の背中を斬りつける。
「ベル!!」
ルシフが僕を抱えて少女たちから急いで離れる。
少女たちも、僕がルシフを庇ったことに少し目を丸くしていた。
「マジすか……命懸けで契約者を守るとか、萌えるんですけど……。契約済の魔族ってみんなこんな従順なんすか?」
「いかん。一瞬、私も彼と契約してみたいと思ってしまった……」
ひそひそ話してるけど、丸聞こえだ。
「ベル、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですよ……、プライドが。このままじゃ僕……完全にルシフの忠犬扱いじゃないですか……。ルシフなんか庇わなきゃ良かった」
「憎まれ口叩けるくらいには元気そうだな」
「はい、まだまだ戦えますよ……散々な目に遭わされた上に、忠犬扱いなんて……、このままじゃ終われません」
「そうか」
ルシフは僕に刺さった矢をいきなり引き抜いた。
激しい痛みと共に、傷から一気に血が噴き出す。
何してんだ、こいつ……!僕を殺す気かよ!!
僕が吐血しながらもルシフを睨みつけようとすると、ルシフは片手で僕の頭を掴んで押さえつけ、もう片方の腕を僕の口に突っ込んだ。
僕の牙に突き刺さって、ルシフの腕から血が滲む。
自分の血と、ルシフの血が、口の中で混ざって気持ち悪い。
「奴らに仕返ししたいなら、我慢しろ」
そういうことかよ……と僕は思ったけど、それにしてもやり方が乱暴すぎないか?
「闇の王よ、我が血と魂を汝に捧げ、共に闘い、共に滅びゆくことを誓わん。契約に従い、その力を解き放て……ーー」
「我が主の……仰せのままに」
やはり先生の魔力はすごい。僕の傷をあっという間に癒やしていく。
身体がぐんと重くなる。
息が苦しい。
ぐらりと建物が揺れる。
全身に電流のような痛みが駆け巡ると、僕の身体は紋章で埋め尽くされる。
「ベル、全員捕まえろ」
「わかってますよ」
僕は手から黒い光でできたナイフを大量に出現させた。
ちゃんと急所を外しつつ、ダーツのごとく敵に命中させる。
メガイラが鞭を握る手に、再びナイフを突き刺した。
ティシポネが放った矢もナイフで弾き飛ばす。
隊長が斬りかかってくるのを避け、ぐっと彼女の首を絞める。
殴りかかってくるティシポネを足を魔力で強化しつつ蹴り飛ばし、メガイラにぶつけてやった。
隊長を投げ飛ばして全員まとめて吹っ飛ばし、すぐにナイフを画鋲のようにして少女たち床に固定する。
僕が容赦なくナイフをぶん投げるので、少女たちは僕に怯えきってしまっていた。
ティシポネが起き上がろうとしているのが見えた。彼女目掛けて攻撃しようとしたのを、ルシフが止めた。
「ベル、もういい。やめろ」
それを聞いて、ティシポネはルシフを少女漫画のイケメンを見るような目で見ていた。
この子、間違いなくルシフに惚れてるな。
「……ルシフは女の子に甘いですね」
僕はルシフに従って攻撃をやめた。
「魔法屋」
後ろから声がした。
アスだ。
「退け。あとは俺がやる」
アスは大きな魔法陣を放った。
僕らはさっとそれを避ける。
その魔法陣は、少女たちの魔力を封印したのだろう。
「魔族に復讐してやるつもりだったのに……その魔族に、こんなに無様にやられるなんて……」
ティシポネが悔しそうに呟く。
「復讐なんてやめとけ。魔族にだって、いい奴はいる」
「何よ。説教じみた話なら聞かないわよ」
「説教するつもりはない。ただ……」
ルシフは静かに語り出した。
「俺は母さんを戦争で亡くした。父さんはそのせいでおかしくなって、俺を捨てて居なくなった。俺を引き取った騎士団は俺を都合のいいように利用するだけだった。そのうち、騎士団に失望したエデンの民衆が攻め込んできた。結局……、みんな死んで、俺だけが生き残った。俺は独りぼっちになった。エデンの民衆からも、魔族からも、ユートピアの魔法使いたちからも、白い目で見られて虐められた。俺は何もかもが嫌になった。特に、俺を見捨てた父さんのことが憎くて仕方がなかった」
そう話すルシフは今まで見たことのないほど寂しそうな顔をしていた。
「……でも」
とルシフは力強く言った。
「独りぼっちの俺を拾って育ててくれた先生はユートピアの魔法使いだった。今、俺の側にいてくれるベルは魔族だし、俺がベルと契約できたのは俺がエデン出身だったからだ」
不意に名前を出された僕はドキッとしてルシフを見つめた。
「つまり何が言いたいかというと……まあ、全てが悪いものだと決めつけて憎んでしまうのは、勿体ないってことだ」
……。
え、終わり!?
長々と昔話した割に随分あっさりしたまとめ方だな……と、思ったけれど、説得力は充分だったから僕は黙っていた。
ルシフはティシポネの頭をポンポンと軽く叩いた。
その時にはもう、少女たちの怪我が綺麗に治されていた。
「アス、あとは任せたぞ」
ルシフはそう言い残し、脱ぎ捨ててあった猫の着ぐるみを拾うと、そのまま颯爽と立ち去っていった。
「待て、着ぐるみ野郎ーーっ!!」
声が近づいてくる。
降りてきた少女たちが僕を指差す。
「あっ、メガイラさんに捕らえられてたはずの魔族が脱走してる!!」
見つかった……!
「捕まえろーー!!」
このままじゃ追いつかれる……!
もはやここまでか、と思い始めたとき。
すぐ下の踊り場にいきなり魔法の杖を持った猫の着ぐるみ……モバにゃんが現れた!
「跳べ!!」
モバにゃんが僕に向かって手を広げる。
「はい!!」
僕は思い切ってモバにゃん目がけて飛び込んだ。
モバにゃんが僕をぎゅっと抱きとめてくれた……のだが、思いのほか勢いよく激突してしまって、モバにゃんは後ろにひっくり返った。
「大丈夫ですか……?」
「ああ」
モバにゃんは僕を抱き上げて立ち上がると、また走り出した。
「なんで着ぐるみ着たままなんですか?」
「自力で脱げなかった」
僕とモバにゃんはなんとか追っ手を巻いて男子トイレに逃げ込んだ。
どっと疲れが押し寄せて、僕は床に座り込んだ。
モバにゃんは魔法で僕の手錠を破壊した。
「何があった」
僕の血塗れの足を持ち上げて、モバにゃんが尋ねる。
「珍しいな。お前がここまでやられるなんて」
「奴らは、対魔族用兵器を持ってるんです。それに手こずってしまって……」
「ひょっとして、化学兵器か?身体が濡れてるし」
「正確には、聖水の類です」
「すごい効き目だな。羽が抜け落ちてるぞ」
「それは普通に毟られました」
「首に痣が出来てる」
「首を絞められたんで」
「この、足の傷は?」
「棘に刺されました」
「おい。結局、聖水の効果は何なんだ?」
「本来は、魔族の身体を溶かすってところだと思います。僕はこうして無事でしたけど。さっきは火傷したみたいに熱かったので」
「何というか、その……随分ひどい目に遭ったんだな」
「ほんとですよ。あんたがなかなか来てくれないから」
「今、治癒魔法で治してやる」
そう言ってモバにゃんが杖を振ろうとしたとき、トイレの入口のドアが開いた。
「!!」
モバにゃんはすぐに反応して杖を振り、少女たちの攻撃魔法をバリアで防いだ。
僕は咄嗟に鎖を放って少女たちを捕らえた。
「ナイスだ、ベル」
とモバにゃんが褒めてくれたけど、あんまり嬉しくなかった。
捕らえた少女たちから、隊長がホールにいると聞き、僕たちはそこに向かった。
治癒魔法のお陰でかなり体力が回復してきた。これで僕もモバにゃんと一緒に戦える。
ホールに入ると、少女たちが待ち構えていた。
「隊長はどこだ」
モバにゃんが問いかける。
「私だが」
進み出たのは、長い髪をポニーテールにした少女。女子にしては少し背が高めで、すごくスタイルが良い。
「何なんだ、そのふざけた着ぐるみは」
ごもっともなご指摘。
「ふざけた着ぐるみだと?去年の境界ゆるキャラグランプリ準優勝のモバにゃんに向かって失礼な女だな」
そんなグランプリ出場してねーだろ。
「貴様、モバにゃんと言うのか……。そんなに有名なキャラだったとは……」
受け入れちゃうんだ!?
「ちょっとお姉ちゃん!こんな汚い着ぐるみが有名なわけないでしょ!」
隣にいたツインテールの女の子が突っ込む。
「……。たしかにティシポネの言う通りだ。有名なキャラにしては薄汚れている」
女の子はティシポネという名前らしい。隊長をお姉ちゃんと呼んでいるということは、隊長にはメガイラの他にも妹がいたようだ。
「大体、こいつ、そこにいる魔族の契約者なんでしょ!魔族は私たちの敵!敵である魔族と契約してるこいつも敵よ!」
「なんでそんなに魔族が嫌いなんだ?」
モバにゃんが聞く。
ティシポネの口調に熱が込もる。
「あんたもエデン出身ならわかるでしょ。故郷を滅ぼされた憎しみが。私は故郷を奪った魔族どもをみんなぶっ潰してやりたいのよ」
「いや、さっぱり分からん」
モバにゃんがばっさり切り捨てる。
「ベルは確かに魔族だが、エデンが滅んだとき、こいつはまだ3歳。つまり戦争とは無関係だ。恨む理由がない。
それに……、俺には故郷を愛する気持ちなんて一欠片もないしな。
……とにかく、復讐心に囚われていると、寿命が縮むぞ」
「うるさい、あんたに何が分かるって言うのよ!」
ティシポネがモバにゃんにいきなり素手で殴りかかった……と思いきや、その拳がぶわっと金色の炎に包まれた。
モバにゃんは着ぐるみにしては機敏な動きでその攻撃を避け、ティシポネの腕を掴んで勢いよく遠くへ投げ飛ばした。
ティシポネが壁に叩きつけられる前に、モバにゃんは吹っ飛ばされた彼女の方へ杖を向けた。ティシポネの身体が空中で一瞬静止して、ふわっと地面に着地した。
ティシポネに怪我をさせない為の配慮だろう。
「何よ……っ、私が女だからって、情けでもかけたつもり!?やるなら本気で戦いなさいよ!っていうか、まずそのふざけた着ぐるみを脱ぎなさいよ!!」
「お前……。男に向かって『脱げ』なんて……破廉恥だぞ」
「なんでよ!着ぐるみを脱げって言っただけでしょ!」
「着ぐるみの下が全裸かもしれないだろ」
「破廉恥なのはあんたの方じゃん!!」
「わかった、わかった。着ぐるみを脱げばいいんだろ」
モバにゃんは面倒くさそうに言って、頭をカポッと外した。
ふわっと長い黒髪が現れる。
ティシポネはポカンとしてモバにゃんの中身……ルシフを見つめていた。
中身が予想に反して美少年だったから驚いているのかもしれない。見惚れているようにも見える。
「ベル、背中のチャック下ろしてくれ……」
「はいはい」
僕がルシフの着ぐるみを脱がせてやっている間に、メガイラがホールに入って来た。
「みんなここにいたんすねー。あれ!?誰っすか、そこの綺麗なおにーさん!もしかして、魔法屋のご主人!?」
「誰だお前」
「隊長の妹、メガイラっす。さっきおにーさんの使い魔くんとやり合ったんですけど、なかなか過激っすね。手に穴開けられちゃいましたよ」
メガイラがそう言って包帯の巻かれた手をひらひらと振って見せる。
「自業自得だろ」
ルシフは素っ気なく言い放った。
「メガイラ」
隊長が呼びかける。
「お前が使い魔を捕らえておいて、店主をおびき出す算段だったはず。どうして使い魔を逃がした?」
問い詰めるように隊長が尋ねると、ティシポネが
「どうせメガイラのことだから、遊ぶのが楽しくなって、作戦なんかどうでもよくなっちゃったんでしょ」
と言う。
「そうなんすよー。男を揶揄ってるとつい楽しくなっちゃうんすよねー」
とメガイラは悪びれる様子もない。
「どうするんだ、メガイラ。店主が自分の血を飲ませたら、その魔族の力は計り知れないんだぞ」
「そうっすね。でも、せっかくなら、私は魔法屋の本気が見てみたいっすけど。私は魔法屋のファンなんで。
いずれにせよ、今、本気で戦わないと、魔法屋にこのまま私たちの方が捕まって終わりっすよ?」
「他人事みたいに言わないでよ。あんたのせいでこんなことになったんでしょ。……ま、私もやるなら本気でやりたいけど」
「全く……困った妹たちだな……。本当は上手いこと生け捕りにするつもりだったが……。仕方ない。やるか」
隊長が大きな声で命令する。
「魔法屋を殺せ!!首だけでも王妃様のもとへ持って帰るぞ!!」
その命令と同時に少女たちが僕に向けて銃を乱射する。
やっぱり魔族が嫌いだから、まずは僕を始末したいのかもしれない。
ルシフが僕の目の前に魔法陣を描くと、銃弾が全て魔法陣の中に吸収され消えていった。
そこから今度は紅い閃光が走って、少女たちを吹き飛ばす。
僕はその隙に少女たちを鎖で捕まえる。
ルシフが防御と攻撃、その間に僕が少女たちを捕縛。
防御、攻撃、捕縛、と自然と完璧な連携プレーがなされ、もはや流れ作業だ。
気づけば残る第三部隊は指で数えられるくらいの人数になっていた。
「さすが契約済って感じっすね。相性抜群じゃないっすか」
「そうか?普段はベルとは全く気が合わないんだがな」
ルシフに向けて、メガイラが棘のついた鞭を振るった。
ルシフが素早く後ろへ飛び退く。
メガイラは再び鞭を振りかざした。
一方で僕の方には隊長が走って来ていて、大きなハンマーで僕を攻撃してきた。
それを飛んで避けると、隊長のハンマーは大剣に形を変え、ぶんっと振り回された。
すぐに屈んでかわす。
ティシポネがルシフを狙って金色の弓矢を構えているのが視界にふと入った。
「ルシフ、危ない!!」
僕はルシフをドンッ、と突き飛ばした。
金の矢が、僕の身体を貫いた。
棘のついた鞭が僕の足を打ち、大剣が僕の背中を斬りつける。
「ベル!!」
ルシフが僕を抱えて少女たちから急いで離れる。
少女たちも、僕がルシフを庇ったことに少し目を丸くしていた。
「マジすか……命懸けで契約者を守るとか、萌えるんですけど……。契約済の魔族ってみんなこんな従順なんすか?」
「いかん。一瞬、私も彼と契約してみたいと思ってしまった……」
ひそひそ話してるけど、丸聞こえだ。
「ベル、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですよ……、プライドが。このままじゃ僕……完全にルシフの忠犬扱いじゃないですか……。ルシフなんか庇わなきゃ良かった」
「憎まれ口叩けるくらいには元気そうだな」
「はい、まだまだ戦えますよ……散々な目に遭わされた上に、忠犬扱いなんて……、このままじゃ終われません」
「そうか」
ルシフは僕に刺さった矢をいきなり引き抜いた。
激しい痛みと共に、傷から一気に血が噴き出す。
何してんだ、こいつ……!僕を殺す気かよ!!
僕が吐血しながらもルシフを睨みつけようとすると、ルシフは片手で僕の頭を掴んで押さえつけ、もう片方の腕を僕の口に突っ込んだ。
僕の牙に突き刺さって、ルシフの腕から血が滲む。
自分の血と、ルシフの血が、口の中で混ざって気持ち悪い。
「奴らに仕返ししたいなら、我慢しろ」
そういうことかよ……と僕は思ったけど、それにしてもやり方が乱暴すぎないか?
「闇の王よ、我が血と魂を汝に捧げ、共に闘い、共に滅びゆくことを誓わん。契約に従い、その力を解き放て……ーー」
「我が主の……仰せのままに」
やはり先生の魔力はすごい。僕の傷をあっという間に癒やしていく。
身体がぐんと重くなる。
息が苦しい。
ぐらりと建物が揺れる。
全身に電流のような痛みが駆け巡ると、僕の身体は紋章で埋め尽くされる。
「ベル、全員捕まえろ」
「わかってますよ」
僕は手から黒い光でできたナイフを大量に出現させた。
ちゃんと急所を外しつつ、ダーツのごとく敵に命中させる。
メガイラが鞭を握る手に、再びナイフを突き刺した。
ティシポネが放った矢もナイフで弾き飛ばす。
隊長が斬りかかってくるのを避け、ぐっと彼女の首を絞める。
殴りかかってくるティシポネを足を魔力で強化しつつ蹴り飛ばし、メガイラにぶつけてやった。
隊長を投げ飛ばして全員まとめて吹っ飛ばし、すぐにナイフを画鋲のようにして少女たち床に固定する。
僕が容赦なくナイフをぶん投げるので、少女たちは僕に怯えきってしまっていた。
ティシポネが起き上がろうとしているのが見えた。彼女目掛けて攻撃しようとしたのを、ルシフが止めた。
「ベル、もういい。やめろ」
それを聞いて、ティシポネはルシフを少女漫画のイケメンを見るような目で見ていた。
この子、間違いなくルシフに惚れてるな。
「……ルシフは女の子に甘いですね」
僕はルシフに従って攻撃をやめた。
「魔法屋」
後ろから声がした。
アスだ。
「退け。あとは俺がやる」
アスは大きな魔法陣を放った。
僕らはさっとそれを避ける。
その魔法陣は、少女たちの魔力を封印したのだろう。
「魔族に復讐してやるつもりだったのに……その魔族に、こんなに無様にやられるなんて……」
ティシポネが悔しそうに呟く。
「復讐なんてやめとけ。魔族にだって、いい奴はいる」
「何よ。説教じみた話なら聞かないわよ」
「説教するつもりはない。ただ……」
ルシフは静かに語り出した。
「俺は母さんを戦争で亡くした。父さんはそのせいでおかしくなって、俺を捨てて居なくなった。俺を引き取った騎士団は俺を都合のいいように利用するだけだった。そのうち、騎士団に失望したエデンの民衆が攻め込んできた。結局……、みんな死んで、俺だけが生き残った。俺は独りぼっちになった。エデンの民衆からも、魔族からも、ユートピアの魔法使いたちからも、白い目で見られて虐められた。俺は何もかもが嫌になった。特に、俺を見捨てた父さんのことが憎くて仕方がなかった」
そう話すルシフは今まで見たことのないほど寂しそうな顔をしていた。
「……でも」
とルシフは力強く言った。
「独りぼっちの俺を拾って育ててくれた先生はユートピアの魔法使いだった。今、俺の側にいてくれるベルは魔族だし、俺がベルと契約できたのは俺がエデン出身だったからだ」
不意に名前を出された僕はドキッとしてルシフを見つめた。
「つまり何が言いたいかというと……まあ、全てが悪いものだと決めつけて憎んでしまうのは、勿体ないってことだ」
……。
え、終わり!?
長々と昔話した割に随分あっさりしたまとめ方だな……と、思ったけれど、説得力は充分だったから僕は黙っていた。
ルシフはティシポネの頭をポンポンと軽く叩いた。
その時にはもう、少女たちの怪我が綺麗に治されていた。
「アス、あとは任せたぞ」
ルシフはそう言い残し、脱ぎ捨ててあった猫の着ぐるみを拾うと、そのまま颯爽と立ち去っていった。
応援ありがとうございます!
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