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13.薔薇の魔術師
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「急いでいる。乗せてくれるか」
俺が言うと、馬車を引く御者はあからさまに困った顔をした。俺が魔術師を連れているからだというのは、明らかだった。
「魔術師なら、空を飛べるのでは……?」
「俺は魔法を使えない。この杖は護身用だ」
マーリンがなぜか堂々とした様子で言うのを見て、御者はますます戸惑いの表情を浮かべた。
「乗せろ」
マーリンは有無を言わせず勝手に馬車の中に乗り込んだ。御者は諦めたように俺に尋ねた。
「どちらまで?」
「魔王の支配地域との境……雪の森の近くの街で下ろしてくれ」
「かしこまりました」
俺はマーリンの向かいに腰を下ろした。馬車がゆっくりと動き出し、徐々にスピードを上げていく。
俺が窓から流れていく外の景色をぼんやりと眺めていると、ふとマーリンの視線を感じた。
「何見てんだよ」
俺はマーリンを睨みつけた。
マーリンは俺の隣に移って、俺をじっと見つめた。そして、俺の唇に軽くキスをした。
「やめろよ……!」
俺は咄嗟にマーリンを突き飛ばした。
「誰かに見られてたら、どうするんだよ!」
「そうだな。カーテンを閉めるか」
マーリンは俺の肩を抱いて、そのまま馬車の窓にかかったカーテンを閉めた。
「カーテンを閉めりゃいいってことじゃねえよ!!」
「何が不服なんだ」
マーリンは険しい顔つきになって、乱暴に俺の上にのしかかった。俺は迫ってくるマーリンを必死に押し戻した。
「こんなの、許されるはずがねえんだ。俺は勇者に仕えていた騎士、お前は元魔王軍の魔術師。こんな関係がバレたら……」
「スリルのある関係ほど燃えるだろう。それに、許されるはずがない関係だからこそ、俺は今のうちに、お前を愛し尽くしたい」
マーリンの真っ直ぐな言葉に、俺は口籠もって顔を赤らめた。少しマーリンを押し戻す力が緩んだ隙にマーリンはすかさず俺の唇を奪った。なかなか離してもらえず、俺は虚しく足をばたつかせた。
「や……やめろって言ってんだろ……っ」
「その割には物欲しそうな顔をしているな」
「うるせえ……お前にキスされると、気が変になりそうで嫌なんだよ……!」
「それは褒め言葉と受け取っても良いのか?」
マーリンは満足そうに微笑んだ。クソッ、いつも俺ばっかりマーリンの思いのままにされている気がする。
「とにかく俺は昼間からお前とベタベタする気はねえから!」
「夜なら良いのか……」
俺はぷいっとそっぽを向いた。相変わらずマーリンの視線を感じるが、ここで反応したら負けな気がして、俺は黙っていた。
しばらく無言のまま馬車に揺られていると、突然ガタンッと馬車が大きく揺れた。
バランスを崩して、俺はマーリンに倒れかかった。マーリンが俺を優しく受け止める。
「大丈夫か、ランスロット」
「ああ……」
馬車は動きを止めていた。
「何かあったのか?」
俺がカーテンを開けてみると、窓の外には異様な光景が広がっていた。いばらの蔓のようなものが窓一面に張りついているのだ。
「な、なんだこれ……」
俺が窓に触れようとした瞬間、馬車の屋根がガコンと凹んだ。
マーリンが馬車のドアを強く蹴り飛ばした。ドアは破壊されて、外に飛んでいった。マーリンは俺を脇に抱えて馬車を飛び降りた。それと同時に、馬車がグシャリと潰された。馬車の方を振り返ると、馬車はいばらの蔓に覆い尽くされていた。
「ひいいいいいっ!!」
御者と馬がいばらの蔓に襲われて、身体を巻き取られている。俺はすぐに剣で蔓を斬り落とした。
「早く逃げろ!!」
俺が叫ぶと、御者は馬を連れて逃げていった。馬車を覆っていた蔓がシュルシュルと引いていく。
蔓の先を目で辿っていくと、そこには杖を持った中性的な青年が立っていた。薔薇の飾りがついたとんがり帽子を被り、ローブを着ている。……魔術師だ。
「もしかして、こいつも……」
「ああ。魔王軍の魔術師だ」
青年は俺を見ると、チッと舌打ちした。
「仕留め損ないましたか……。魔王様を誑かす、けしからん男め」
青年はじとっとした目で俺を睨んでいる。その目は、俺への純粋な敵対心というよりも、嫉妬心が籠もっていそうなものだった。
「何言ってんだ、お前。俺がいつ魔王を誑かしたんだよ。人違いじゃねえか?」
「人違いではありません。伝説の騎士ランスロット……私は貴方を殺しに来ました」
「なるほど。それなら、確かに人違いじゃねえな」
「私は魔王様に全てを捧げてきました。強くなるために努力もしたし、魔王様の命令はどんなに過酷であろうと全て遂行してきた……。それなのに、魔王様は私をちっとも見てくれない。それはお気に入りのマーリンがいるせいだと思っていました。だけど、それだけではなかった。魔王様の心には、貴方がいる。魔王様は異様に貴方に執着している。今回だって、魔王様はランスロットを生かして自分の元に連れて来いと仰る。私はそれが許せない……」
青年が杖を振るった。いばらの蔓が放たれて、こっちに向かってくる。
「私はこんなにも! こんなにも、こんなにも魔王様のことを想っているのに!!」
蔓は勢いを増して、俺の方に迫ってくる。
こいつ、魔王への想いを相当拗らせてやがる。
「貴方を殺して、私の方が優れた人間だと証明してみせる」
俺は後ろに飛び退いて蔓をかわした。
「魔王が俺に執着してるなんて、お前の思い込みじゃねえのか?」
「思い込みなんかではありません。魔王様が貴方のことを話すとき、魂が鮮やかな色に変わるんです。まるで恋焦がれているかのように……」
蔓は地面に突き刺さって地中に潜っていき、俺の足元の地面から再び現れた。棘の生えた蔓が俺の肩を掠める。
「あり得ねえ。俺には魔王に好かれるような覚えはねえ」
俺が蔓を斬ると、蔓は勢いを失って引っ込んでいった。青年はマーリンに眼差しを向けた。
「『宵闇の魔術師』マーリン。貴方には分かるでしょう?」
「何のことだ」
「……魔王様を差し置いて彼を自分のものにして、さぞかし良い気分でしょうね」
「なぜそれを……」
「魂の色を見れば分かりますよ。彼の憎悪にまみれた黒い魂に、柔らかな光が灯っている。マーリン……貴方が灯した光でしょう? ああ……気に入らない。魔王様への忠誠心の欠片もないような野郎どもばかりが魔王様の心を奪っている……」
青年は杖を振るい、いばらの棘を大量に放ってきた。マーリンは蝿を払うように自分の杖でそれを叩き落とした。
青年がさらに杖を振る。
「ランスロット、危ない!」
蔓が鞭のようにしなって飛んできた。
俺の前に立ったマーリンの身体に蔓が絡みつく。蔓はマーリンの身体を締めつけ、棘が食い込んでいく。
「マーリン……!」
俺が蔓を斬り落とそうとすると、マーリンは蔓を力任せにブチブチッと引きちぎった。
「え」
身体に棘が刺さっているがお構いなしだ。
「ふん」
マーリンが身体にぐっと力を込めると、刺さっていた棘が抜けて一斉に空中に飛んでいった。
「は……? ギャグだろ、それは……」
青年が呆然と呟く。……俺も同感だ。
「お前の魔法はそんなものか? 俺にかかれば、大したことないな」
青年はマーリンの挑発を聞いて、カッとなったように杖を乱暴に振るった。今までよりも巨大な蔓がマーリンに襲いかかる。しなった蔓が地面にひびを入れるほど、勢いが強い。しかし、マーリンは跳躍し、その蔓の上を駆け抜けた。青年の元まで駆けていくと、マーリンは杖で青年を殴り飛ばした。青年は町の建物の壁に叩きつけられそうになったが、壁に薔薇の花びらがぶわっと現れて、それがクッションとなった。
それとほぼ同時に俺の足元から棘の生えた蔓が生えてきて、足に絡みついた。蔓は勢いよく俺の身体を巻き取った。棘が手足に容赦なく刺さる。俺は逃れようとしたが、むしろ蔓が食い込むだけだった。蔓は上に伸びてきて、俺の首にも絡みつこうとする。馬車を潰すほどの力を持つ蔓だ。首を絞められたら間違いなく死ぬ。
「ランスロット!」
マーリンが俺の元に駆け寄ってきて、蔓をブチッと引きちぎった。
「いや、なんでお前、この蔓引きちぎれるの?」
「筋肉と気合いさえあれば、なんでもできる」
「お前、クールな割に体育会系だよな……」
青年は懲りずに杖を振る。マーリンは引きちぎった蔓を手に青年の元に走っていった。飛んでくる棘をかわしながら走って、青年の首に飛びかかり、蔓を巻きつけた。
「ぐ……っ、うっ……」
青年は苦しそうにしながら、マーリンの握る蔓を魔法で消滅させた。
その隙にマーリンは青年の腹を殴りつけ、さらに蹴りを入れた。倒れた青年を杖で叩きのめす。
俺はマーリンと青年の元に駆け寄った。
痣だらけになった青年は、もう動けないようだった。
「ランスロット。トドメを刺してくれ」
「え……」
「お前の剣なら、苦しませず一瞬であの世に送ってやれるだろう。かつての仲間として……せめてもの慈悲だ」
青年は諦めと自嘲の籠もった瞳で俺を見上げた。
「伝説の騎士、ランスロット。貴方が羨ましい……多くの人の愛と祝福を受けられて。私も、一度で良いから、誰かに愛されたかった……」
「……悪いな。その願いを叶えてやれなくて」
俺がそう言うと、青年は力無く微笑んだ。
俺は静かに剣を振り下ろした。
動かなくなった青年を俺は黙って見つめた。
……俺は多くの人の愛と祝福を受けている。考えたこともなかったが、傍から見るとそう見えるのか。
「マーリン」
「なんだ」
「お前って……俺のどこが好きなの?」
俺が尋ねると、マーリンは少し目を丸くしたが、
「そうだな……」
と真剣な顔で考え始めた。
「……常に一途に、懸命に生きているところだろうか」
「ふーん……」
俺はあまりピンと来なくて、適当に頷いた。
「ありがとう。……俺を愛してくれて」
俺が小さな声で言うと、マーリンは眉を顰めた。
「なんで嫌そうな顔するんだよ」
「いや、理性を保とうとしていた」
「お前……割とすぐ欲情するよな」
「……さて、馬車が壊れてしまったが、これからどうする」
「とりあえず近くの宿屋を探そうぜ。今日はもう疲れた」
俺の言葉にマーリンはコクリと頷いた。俺を見るその目は、獲物を掴んで離さない獣のようだった。ああ……今夜も静かに眠らせてくれそうにないな。俺は諦めてマーリンとともに宿屋を探して歩き出した。
俺が言うと、馬車を引く御者はあからさまに困った顔をした。俺が魔術師を連れているからだというのは、明らかだった。
「魔術師なら、空を飛べるのでは……?」
「俺は魔法を使えない。この杖は護身用だ」
マーリンがなぜか堂々とした様子で言うのを見て、御者はますます戸惑いの表情を浮かべた。
「乗せろ」
マーリンは有無を言わせず勝手に馬車の中に乗り込んだ。御者は諦めたように俺に尋ねた。
「どちらまで?」
「魔王の支配地域との境……雪の森の近くの街で下ろしてくれ」
「かしこまりました」
俺はマーリンの向かいに腰を下ろした。馬車がゆっくりと動き出し、徐々にスピードを上げていく。
俺が窓から流れていく外の景色をぼんやりと眺めていると、ふとマーリンの視線を感じた。
「何見てんだよ」
俺はマーリンを睨みつけた。
マーリンは俺の隣に移って、俺をじっと見つめた。そして、俺の唇に軽くキスをした。
「やめろよ……!」
俺は咄嗟にマーリンを突き飛ばした。
「誰かに見られてたら、どうするんだよ!」
「そうだな。カーテンを閉めるか」
マーリンは俺の肩を抱いて、そのまま馬車の窓にかかったカーテンを閉めた。
「カーテンを閉めりゃいいってことじゃねえよ!!」
「何が不服なんだ」
マーリンは険しい顔つきになって、乱暴に俺の上にのしかかった。俺は迫ってくるマーリンを必死に押し戻した。
「こんなの、許されるはずがねえんだ。俺は勇者に仕えていた騎士、お前は元魔王軍の魔術師。こんな関係がバレたら……」
「スリルのある関係ほど燃えるだろう。それに、許されるはずがない関係だからこそ、俺は今のうちに、お前を愛し尽くしたい」
マーリンの真っ直ぐな言葉に、俺は口籠もって顔を赤らめた。少しマーリンを押し戻す力が緩んだ隙にマーリンはすかさず俺の唇を奪った。なかなか離してもらえず、俺は虚しく足をばたつかせた。
「や……やめろって言ってんだろ……っ」
「その割には物欲しそうな顔をしているな」
「うるせえ……お前にキスされると、気が変になりそうで嫌なんだよ……!」
「それは褒め言葉と受け取っても良いのか?」
マーリンは満足そうに微笑んだ。クソッ、いつも俺ばっかりマーリンの思いのままにされている気がする。
「とにかく俺は昼間からお前とベタベタする気はねえから!」
「夜なら良いのか……」
俺はぷいっとそっぽを向いた。相変わらずマーリンの視線を感じるが、ここで反応したら負けな気がして、俺は黙っていた。
しばらく無言のまま馬車に揺られていると、突然ガタンッと馬車が大きく揺れた。
バランスを崩して、俺はマーリンに倒れかかった。マーリンが俺を優しく受け止める。
「大丈夫か、ランスロット」
「ああ……」
馬車は動きを止めていた。
「何かあったのか?」
俺がカーテンを開けてみると、窓の外には異様な光景が広がっていた。いばらの蔓のようなものが窓一面に張りついているのだ。
「な、なんだこれ……」
俺が窓に触れようとした瞬間、馬車の屋根がガコンと凹んだ。
マーリンが馬車のドアを強く蹴り飛ばした。ドアは破壊されて、外に飛んでいった。マーリンは俺を脇に抱えて馬車を飛び降りた。それと同時に、馬車がグシャリと潰された。馬車の方を振り返ると、馬車はいばらの蔓に覆い尽くされていた。
「ひいいいいいっ!!」
御者と馬がいばらの蔓に襲われて、身体を巻き取られている。俺はすぐに剣で蔓を斬り落とした。
「早く逃げろ!!」
俺が叫ぶと、御者は馬を連れて逃げていった。馬車を覆っていた蔓がシュルシュルと引いていく。
蔓の先を目で辿っていくと、そこには杖を持った中性的な青年が立っていた。薔薇の飾りがついたとんがり帽子を被り、ローブを着ている。……魔術師だ。
「もしかして、こいつも……」
「ああ。魔王軍の魔術師だ」
青年は俺を見ると、チッと舌打ちした。
「仕留め損ないましたか……。魔王様を誑かす、けしからん男め」
青年はじとっとした目で俺を睨んでいる。その目は、俺への純粋な敵対心というよりも、嫉妬心が籠もっていそうなものだった。
「何言ってんだ、お前。俺がいつ魔王を誑かしたんだよ。人違いじゃねえか?」
「人違いではありません。伝説の騎士ランスロット……私は貴方を殺しに来ました」
「なるほど。それなら、確かに人違いじゃねえな」
「私は魔王様に全てを捧げてきました。強くなるために努力もしたし、魔王様の命令はどんなに過酷であろうと全て遂行してきた……。それなのに、魔王様は私をちっとも見てくれない。それはお気に入りのマーリンがいるせいだと思っていました。だけど、それだけではなかった。魔王様の心には、貴方がいる。魔王様は異様に貴方に執着している。今回だって、魔王様はランスロットを生かして自分の元に連れて来いと仰る。私はそれが許せない……」
青年が杖を振るった。いばらの蔓が放たれて、こっちに向かってくる。
「私はこんなにも! こんなにも、こんなにも魔王様のことを想っているのに!!」
蔓は勢いを増して、俺の方に迫ってくる。
こいつ、魔王への想いを相当拗らせてやがる。
「貴方を殺して、私の方が優れた人間だと証明してみせる」
俺は後ろに飛び退いて蔓をかわした。
「魔王が俺に執着してるなんて、お前の思い込みじゃねえのか?」
「思い込みなんかではありません。魔王様が貴方のことを話すとき、魂が鮮やかな色に変わるんです。まるで恋焦がれているかのように……」
蔓は地面に突き刺さって地中に潜っていき、俺の足元の地面から再び現れた。棘の生えた蔓が俺の肩を掠める。
「あり得ねえ。俺には魔王に好かれるような覚えはねえ」
俺が蔓を斬ると、蔓は勢いを失って引っ込んでいった。青年はマーリンに眼差しを向けた。
「『宵闇の魔術師』マーリン。貴方には分かるでしょう?」
「何のことだ」
「……魔王様を差し置いて彼を自分のものにして、さぞかし良い気分でしょうね」
「なぜそれを……」
「魂の色を見れば分かりますよ。彼の憎悪にまみれた黒い魂に、柔らかな光が灯っている。マーリン……貴方が灯した光でしょう? ああ……気に入らない。魔王様への忠誠心の欠片もないような野郎どもばかりが魔王様の心を奪っている……」
青年は杖を振るい、いばらの棘を大量に放ってきた。マーリンは蝿を払うように自分の杖でそれを叩き落とした。
青年がさらに杖を振る。
「ランスロット、危ない!」
蔓が鞭のようにしなって飛んできた。
俺の前に立ったマーリンの身体に蔓が絡みつく。蔓はマーリンの身体を締めつけ、棘が食い込んでいく。
「マーリン……!」
俺が蔓を斬り落とそうとすると、マーリンは蔓を力任せにブチブチッと引きちぎった。
「え」
身体に棘が刺さっているがお構いなしだ。
「ふん」
マーリンが身体にぐっと力を込めると、刺さっていた棘が抜けて一斉に空中に飛んでいった。
「は……? ギャグだろ、それは……」
青年が呆然と呟く。……俺も同感だ。
「お前の魔法はそんなものか? 俺にかかれば、大したことないな」
青年はマーリンの挑発を聞いて、カッとなったように杖を乱暴に振るった。今までよりも巨大な蔓がマーリンに襲いかかる。しなった蔓が地面にひびを入れるほど、勢いが強い。しかし、マーリンは跳躍し、その蔓の上を駆け抜けた。青年の元まで駆けていくと、マーリンは杖で青年を殴り飛ばした。青年は町の建物の壁に叩きつけられそうになったが、壁に薔薇の花びらがぶわっと現れて、それがクッションとなった。
それとほぼ同時に俺の足元から棘の生えた蔓が生えてきて、足に絡みついた。蔓は勢いよく俺の身体を巻き取った。棘が手足に容赦なく刺さる。俺は逃れようとしたが、むしろ蔓が食い込むだけだった。蔓は上に伸びてきて、俺の首にも絡みつこうとする。馬車を潰すほどの力を持つ蔓だ。首を絞められたら間違いなく死ぬ。
「ランスロット!」
マーリンが俺の元に駆け寄ってきて、蔓をブチッと引きちぎった。
「いや、なんでお前、この蔓引きちぎれるの?」
「筋肉と気合いさえあれば、なんでもできる」
「お前、クールな割に体育会系だよな……」
青年は懲りずに杖を振る。マーリンは引きちぎった蔓を手に青年の元に走っていった。飛んでくる棘をかわしながら走って、青年の首に飛びかかり、蔓を巻きつけた。
「ぐ……っ、うっ……」
青年は苦しそうにしながら、マーリンの握る蔓を魔法で消滅させた。
その隙にマーリンは青年の腹を殴りつけ、さらに蹴りを入れた。倒れた青年を杖で叩きのめす。
俺はマーリンと青年の元に駆け寄った。
痣だらけになった青年は、もう動けないようだった。
「ランスロット。トドメを刺してくれ」
「え……」
「お前の剣なら、苦しませず一瞬であの世に送ってやれるだろう。かつての仲間として……せめてもの慈悲だ」
青年は諦めと自嘲の籠もった瞳で俺を見上げた。
「伝説の騎士、ランスロット。貴方が羨ましい……多くの人の愛と祝福を受けられて。私も、一度で良いから、誰かに愛されたかった……」
「……悪いな。その願いを叶えてやれなくて」
俺がそう言うと、青年は力無く微笑んだ。
俺は静かに剣を振り下ろした。
動かなくなった青年を俺は黙って見つめた。
……俺は多くの人の愛と祝福を受けている。考えたこともなかったが、傍から見るとそう見えるのか。
「マーリン」
「なんだ」
「お前って……俺のどこが好きなの?」
俺が尋ねると、マーリンは少し目を丸くしたが、
「そうだな……」
と真剣な顔で考え始めた。
「……常に一途に、懸命に生きているところだろうか」
「ふーん……」
俺はあまりピンと来なくて、適当に頷いた。
「ありがとう。……俺を愛してくれて」
俺が小さな声で言うと、マーリンは眉を顰めた。
「なんで嫌そうな顔するんだよ」
「いや、理性を保とうとしていた」
「お前……割とすぐ欲情するよな」
「……さて、馬車が壊れてしまったが、これからどうする」
「とりあえず近くの宿屋を探そうぜ。今日はもう疲れた」
俺の言葉にマーリンはコクリと頷いた。俺を見るその目は、獲物を掴んで離さない獣のようだった。ああ……今夜も静かに眠らせてくれそうにないな。俺は諦めてマーリンとともに宿屋を探して歩き出した。
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