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12.深海の魔術師
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「ランスロット、起きろ」
マーリンに肩を揺さぶられて、俺は目を覚ました。
「ん……?」
俺はベッドの上に座って、自分の身体をぼんやり見つめた。
「……あれ? なんで俺、裸なんだっけ……」
……?
「あ」
俺の脳裏に昨晩のことが蘇ってきた。
「あああああ!!」
俺は顔を真っ赤にしてマーリンの治癒したての腹を蹴り飛ばした。
「あり得ねえ!! この俺の純潔が、マーリンごときに奪われたなんて……!!」
「『ごとき』って、酷いな……。お前だって乗り気だったじゃないか」
「切腹するしかない……」
「待て待て早まるな。一旦落ち着け。とりあえず朝飯にしよう」
「もうお婿に行けない……」
マーリンは涙目になっている俺とは対照的に機嫌が良さそうだ。そりゃ、そうだ。昨日、俺をあんなめちゃくちゃにしたんだからな!!
俺がマーリンを睨むと、マーリンは俺の涙を拭って満足そうに微笑んだ。
「安心しろ。俺が娶ってやる」
「うるせえ、斬り殺すぞ」
マーリンはベッドに腰掛けると、俺を抱き寄せて髪に口づけをし、俺の耳元で囁いた。
「昨日のお前は可愛かったな」
俺は反射的にマーリンの腹をグーで殴りつけた。マーリンは「うっ」と呻き声を上げた。
「すまない。調子に乗りすぎた……」
俺はマーリンを無視して、いそいそと服を着た。ダイニングテーブルには、既にパンとスープが用意されていた。
「なあ、お前、なんで当然のように飯作ってんの?」
これじゃまるで、本当に夫婦みたいじゃねえか。
「まずはランスロットの胃袋から掴もうと思ってな」
「そんなことしなくたって、俺は……」
「ん?」
「なんでもねえよ」
俺が席に着こうとすると、玄関の扉がトントンとノックされた。
「誰だ?」
俺は自分の家を訪ねてくる人物が思い当たらず、首を傾げた。すると、今度は扉が少し激しめにドンドンとノックされた。
「あー、分かった、分かった。今出るから」
俺はのろのろと玄関まで行き、ガチャリと扉を開けた。そこには、ローブを着た男が立っていた。男は群青色の髪が生えた頭に貝殻と魚を模した飾りのついたとんがり帽子を深く被っていて、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「魔術師……?」
俺は嫌な予感に駆られ、男を突き飛ばし、扉を閉めようとした。しかし、男は足で扉を押さえ、無理やり家の中にズカズカと上がり込んできた。
「よお、『宵闇の魔術師』」
男がダイニングに現れると、のんびり茶を啜っていたマーリンの様子が一変した。
「お前は……」
「久しぶりだな」
男は懐から杖を出し、突然マーリンに向けた。男の杖から勢いよく水が発射され、マーリンの身体を吹き飛ばした。
「人ん家でいきなり何してんだお前!!」
俺が男の首根っこを掴もうとすると、男は振り向きざまに杖を振るった。
水の柱が鳥籠のような形になって、俺を囲った。俺が水の柱に触れると、手がピシッと弾かれた。
「水の牢獄……!?」
「悪いなあ、ランスロット。お前にはしばらく大人しくしててもらうぜ」
男はニヤニヤしながら言って、マーリンの方に振り返った。
「何をしに来た」
マーリンが男を睨んで尋ねた。
「魔王様からのお達しでな。『マーリンを殺し、ランスロットを連れて来い』だと」
こいつ、魔王軍の人間か……!? もしかして、魔王を復活させた6人の魔術師のひとりだろうか……?
「俺としては、勇者の護衛騎士だったランスロットは殺すべきだと思うんだが、どうしてか魔王様はランスロットを生かして魔王城に連れて来いと仰る。まあ、何かランスロットに会って話したいことがあるんだろう。とにかく、マーリン、お前は邪魔だから殺せとのことだ」
男は杖をくいっと振り上げた。床を突き破って水が噴射され、マーリンを天井に叩きつけた。
「マーリン……!」
俺が思わず叫ぶと、男はちらりと俺を見て、マーリンの方に視線を戻した。
「なんだ、お前ら、マジでデキてんのか? お前がランスロットに惚れて魔王軍を追放されることになったって話、俺はてっきり嘘だと思ってたぜ。お前は魔王軍1の実力者で、魔王様のお気に入りだった……だから、呪いをかけられたと聞いたときも驚いたが……こりゃ、怒るのも無理はないな」
マーリンは立ち上がって自分の杖を握りしめた。男は嘲るように笑う。
「魔王軍にいた頃は、確かにお前がナンバーワンの実力を誇っていた。それは認める。……だが、魔王様に呪われ、魔力を封印された今、この俺……『深海の魔術師』とやり合って勝てるとでも?」
「黙れ。ランスロットは、お前には……魔王にも、渡さない」
マーリンは男に向かって、真っ直ぐに走っていく。男が杖を振るうと、水が溢れ、部屋はあっという間に洪水を起こした。マーリンは水に浮かぶテーブルに飛び乗り、男を杖で殴りつけた。男がバシャンと水の中に沈む。男は水の中で杖を振った。すると、水の中から弾丸のようになった水の塊が次々と発射された。マーリンは杖でその弾丸を打ち返した。しかし、すぐに洪水を起こしていた水が壁となって男を守った。マーリンはバターナイフを水の壁に向かって投げつけた。ナイフは水の壁を突き破り、男の肩に刺さった。水の壁が崩れ、再び部屋が水に浸される。
男は舌打ちし、ナイフを引き抜いて放り投げた。そして、杖を振るい、マーリンに向けて、水の柱をぶつけようとした。マーリンはそれを華麗にかわし、男の顔をガッと掴むと、男を水の中に沈めた。マーリンは男を押さえつけ、溺れさせようとする。男が杖を掲げると、水が杖の中に吸収されていった。
同時に、俺を閉じ込めていた水の牢獄もパシャリと音を立てて消えた。
男はマーリンを蹴り飛ばし、後ずさって距離をとった。息を切らしながら、男はマーリンを睨みつけ、杖から水の槍を放った。マーリンはテーブルを踏み台にして跳んで槍を避けた。そのまま男を杖で殴り飛ばす。マーリンは男を再び殴りつけようと杖を振り上げた。そのとき、男がさっき投げ捨てられたナイフを手に取って、マーリンの首に突き刺そうとした。
「マーリン、避けろ……!!」
俺はダイニングに置きっ放しにしてあった剣を握り、男の背中を斬りつけた。
「……っ!」
男はナイフを落とし、床に崩れ落ちた。
俺は男に再び剣を刺した。男は倒れたまま、虚ろな目をして呟いた。
「この俺が、魔法の使えないヤツらなんかに、殺されるなんて……プライドが許さねえ……」
男はふらりと起き上がり、自分の腹に杖を突き刺した。すると、男の背中から血が水のように溢れ出し、部屋を一気に満たした。俺とマーリンは血の海に溺れ、ゴボゴボと泡を上げた。このままじゃ死ぬと思いかけたが、あまりの血の量に耐えられなくなったらしく、家の壁にドゴンと穴が開いた。そこから血は漏れ出て、俺たちは水面に出て息ができるようになった。やがて、血は透明な水になって引いていき、部屋には男の死体が残った。
「はあ……はあ……」
俺は剣を拾い上げ、鞘に収めた。
「大丈夫か、ランスロット」
「ああ……。今のは……」
「最期の魔力を使い果たして血の洪水を起こしたんだろう……」
マーリンは悲しげな顔をして、男を見下ろした。仲が良かった訳ではないのかもしれないが、かつての仲間だったのだから、死を悼む気持ちはあるのだろう。俺も黙って男を見つめていると、マーリンはそっと俺の頭を撫でた。
「すまないな……。ランスロット、お前の家が壊れてしまった」
「お前は悪くねえよ」
「彼は魔王からの通達で俺を殺しに来たと言った。つまり、他の魔術師たちも俺を狙っているのだろう。油断ならない状況ということだ」
「少し予定外の形にはなったが……魔王を殺すための旅に出るときが来たみたいだな」
俺たちは剣と杖を手に、崩れかけた家を出て、いよいよ魔王の城に向けて出発した。
マーリンに肩を揺さぶられて、俺は目を覚ました。
「ん……?」
俺はベッドの上に座って、自分の身体をぼんやり見つめた。
「……あれ? なんで俺、裸なんだっけ……」
……?
「あ」
俺の脳裏に昨晩のことが蘇ってきた。
「あああああ!!」
俺は顔を真っ赤にしてマーリンの治癒したての腹を蹴り飛ばした。
「あり得ねえ!! この俺の純潔が、マーリンごときに奪われたなんて……!!」
「『ごとき』って、酷いな……。お前だって乗り気だったじゃないか」
「切腹するしかない……」
「待て待て早まるな。一旦落ち着け。とりあえず朝飯にしよう」
「もうお婿に行けない……」
マーリンは涙目になっている俺とは対照的に機嫌が良さそうだ。そりゃ、そうだ。昨日、俺をあんなめちゃくちゃにしたんだからな!!
俺がマーリンを睨むと、マーリンは俺の涙を拭って満足そうに微笑んだ。
「安心しろ。俺が娶ってやる」
「うるせえ、斬り殺すぞ」
マーリンはベッドに腰掛けると、俺を抱き寄せて髪に口づけをし、俺の耳元で囁いた。
「昨日のお前は可愛かったな」
俺は反射的にマーリンの腹をグーで殴りつけた。マーリンは「うっ」と呻き声を上げた。
「すまない。調子に乗りすぎた……」
俺はマーリンを無視して、いそいそと服を着た。ダイニングテーブルには、既にパンとスープが用意されていた。
「なあ、お前、なんで当然のように飯作ってんの?」
これじゃまるで、本当に夫婦みたいじゃねえか。
「まずはランスロットの胃袋から掴もうと思ってな」
「そんなことしなくたって、俺は……」
「ん?」
「なんでもねえよ」
俺が席に着こうとすると、玄関の扉がトントンとノックされた。
「誰だ?」
俺は自分の家を訪ねてくる人物が思い当たらず、首を傾げた。すると、今度は扉が少し激しめにドンドンとノックされた。
「あー、分かった、分かった。今出るから」
俺はのろのろと玄関まで行き、ガチャリと扉を開けた。そこには、ローブを着た男が立っていた。男は群青色の髪が生えた頭に貝殻と魚を模した飾りのついたとんがり帽子を深く被っていて、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「魔術師……?」
俺は嫌な予感に駆られ、男を突き飛ばし、扉を閉めようとした。しかし、男は足で扉を押さえ、無理やり家の中にズカズカと上がり込んできた。
「よお、『宵闇の魔術師』」
男がダイニングに現れると、のんびり茶を啜っていたマーリンの様子が一変した。
「お前は……」
「久しぶりだな」
男は懐から杖を出し、突然マーリンに向けた。男の杖から勢いよく水が発射され、マーリンの身体を吹き飛ばした。
「人ん家でいきなり何してんだお前!!」
俺が男の首根っこを掴もうとすると、男は振り向きざまに杖を振るった。
水の柱が鳥籠のような形になって、俺を囲った。俺が水の柱に触れると、手がピシッと弾かれた。
「水の牢獄……!?」
「悪いなあ、ランスロット。お前にはしばらく大人しくしててもらうぜ」
男はニヤニヤしながら言って、マーリンの方に振り返った。
「何をしに来た」
マーリンが男を睨んで尋ねた。
「魔王様からのお達しでな。『マーリンを殺し、ランスロットを連れて来い』だと」
こいつ、魔王軍の人間か……!? もしかして、魔王を復活させた6人の魔術師のひとりだろうか……?
「俺としては、勇者の護衛騎士だったランスロットは殺すべきだと思うんだが、どうしてか魔王様はランスロットを生かして魔王城に連れて来いと仰る。まあ、何かランスロットに会って話したいことがあるんだろう。とにかく、マーリン、お前は邪魔だから殺せとのことだ」
男は杖をくいっと振り上げた。床を突き破って水が噴射され、マーリンを天井に叩きつけた。
「マーリン……!」
俺が思わず叫ぶと、男はちらりと俺を見て、マーリンの方に視線を戻した。
「なんだ、お前ら、マジでデキてんのか? お前がランスロットに惚れて魔王軍を追放されることになったって話、俺はてっきり嘘だと思ってたぜ。お前は魔王軍1の実力者で、魔王様のお気に入りだった……だから、呪いをかけられたと聞いたときも驚いたが……こりゃ、怒るのも無理はないな」
マーリンは立ち上がって自分の杖を握りしめた。男は嘲るように笑う。
「魔王軍にいた頃は、確かにお前がナンバーワンの実力を誇っていた。それは認める。……だが、魔王様に呪われ、魔力を封印された今、この俺……『深海の魔術師』とやり合って勝てるとでも?」
「黙れ。ランスロットは、お前には……魔王にも、渡さない」
マーリンは男に向かって、真っ直ぐに走っていく。男が杖を振るうと、水が溢れ、部屋はあっという間に洪水を起こした。マーリンは水に浮かぶテーブルに飛び乗り、男を杖で殴りつけた。男がバシャンと水の中に沈む。男は水の中で杖を振った。すると、水の中から弾丸のようになった水の塊が次々と発射された。マーリンは杖でその弾丸を打ち返した。しかし、すぐに洪水を起こしていた水が壁となって男を守った。マーリンはバターナイフを水の壁に向かって投げつけた。ナイフは水の壁を突き破り、男の肩に刺さった。水の壁が崩れ、再び部屋が水に浸される。
男は舌打ちし、ナイフを引き抜いて放り投げた。そして、杖を振るい、マーリンに向けて、水の柱をぶつけようとした。マーリンはそれを華麗にかわし、男の顔をガッと掴むと、男を水の中に沈めた。マーリンは男を押さえつけ、溺れさせようとする。男が杖を掲げると、水が杖の中に吸収されていった。
同時に、俺を閉じ込めていた水の牢獄もパシャリと音を立てて消えた。
男はマーリンを蹴り飛ばし、後ずさって距離をとった。息を切らしながら、男はマーリンを睨みつけ、杖から水の槍を放った。マーリンはテーブルを踏み台にして跳んで槍を避けた。そのまま男を杖で殴り飛ばす。マーリンは男を再び殴りつけようと杖を振り上げた。そのとき、男がさっき投げ捨てられたナイフを手に取って、マーリンの首に突き刺そうとした。
「マーリン、避けろ……!!」
俺はダイニングに置きっ放しにしてあった剣を握り、男の背中を斬りつけた。
「……っ!」
男はナイフを落とし、床に崩れ落ちた。
俺は男に再び剣を刺した。男は倒れたまま、虚ろな目をして呟いた。
「この俺が、魔法の使えないヤツらなんかに、殺されるなんて……プライドが許さねえ……」
男はふらりと起き上がり、自分の腹に杖を突き刺した。すると、男の背中から血が水のように溢れ出し、部屋を一気に満たした。俺とマーリンは血の海に溺れ、ゴボゴボと泡を上げた。このままじゃ死ぬと思いかけたが、あまりの血の量に耐えられなくなったらしく、家の壁にドゴンと穴が開いた。そこから血は漏れ出て、俺たちは水面に出て息ができるようになった。やがて、血は透明な水になって引いていき、部屋には男の死体が残った。
「はあ……はあ……」
俺は剣を拾い上げ、鞘に収めた。
「大丈夫か、ランスロット」
「ああ……。今のは……」
「最期の魔力を使い果たして血の洪水を起こしたんだろう……」
マーリンは悲しげな顔をして、男を見下ろした。仲が良かった訳ではないのかもしれないが、かつての仲間だったのだから、死を悼む気持ちはあるのだろう。俺も黙って男を見つめていると、マーリンはそっと俺の頭を撫でた。
「すまないな……。ランスロット、お前の家が壊れてしまった」
「お前は悪くねえよ」
「彼は魔王からの通達で俺を殺しに来たと言った。つまり、他の魔術師たちも俺を狙っているのだろう。油断ならない状況ということだ」
「少し予定外の形にはなったが……魔王を殺すための旅に出るときが来たみたいだな」
俺たちは剣と杖を手に、崩れかけた家を出て、いよいよ魔王の城に向けて出発した。
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