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11.月夜
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俺が帰った頃には、すっかり外は暗くなっていた。
「おかえり、ランスロット」
マーリンはなぜか半裸でキッチンに立ち、料理をしていた。
「おかえり」って、お前の家じゃねえだろ。とか、なんで服着てねえんだよ。とか、言いたいことはいろいろあるが……。
「えっと……お前、怪我はもう平気なのか……?」
俺の問いに、マーリンは
「お陰様でだいぶ良くなった」
と言った。
「ああ、そう……」
「勝手にキッチンを借りてすまないな。腹が減っただろう。もうすぐ夕飯ができる」
こいつ、なんで当然のように夕飯を作ってるんだ?
「……もしかして、俺たちって夫婦だったか?」
俺が冗談のつもりで言うと、マーリンは真面目な口調で
「夫婦なのかもしれないな」
と言い出した。勘弁してくれ。
「さあ、夕飯ができたぞ。今日はポトフだ」
「やっぱりお前、料理が上手いな……」
俺は席に着き、「いただきます」と手を合わせた。マーリンは自分の分の食事を用意せず、ただ座って俺のことをじっと見ていた。
「お前は食わねえのか?」
「俺はさっき味見したからいい」
マーリンはそう言って、食べている俺をまじまじと眺めた。
「あんまり見るなよ。食いづらいだろ」
「食っているところも可愛いな」
「可愛いってなんだよ」
俺はマーリンから目を逸らして、スープを啜った。そして、ふと白く丸い月のことを思い出した。
「マーリン。今日はいよいよ満月だ。魔王が復活する」
「そうだな。……魔王を殺しに行く覚悟はできているか?」
「当たり前だろ」
「これからは、命懸けの戦いになる」
「ああ、分かってる」
「それと……しばらくこんな良い酒も飲めなくなるぞ」
そう言って、マーリンは俺のグラスに酒を注いだ。それは、俺が棚の奥に仕舞っておいたちょっぴり高級な酒だった。
「おい、それ、俺が取っておいてた酒じゃねえか! 勝手に開けんな!!」
マーリンは俺を無視して、自分のグラスに注いだ酒を飲んだ。飲まれてしまったのだから、これ以上怒っても無駄だ。
俺は諦めて、グラスに注がれた酒をくいっと飲んだ。
「こうして晩酌をするのも最後になるかもしれない。それでも……俺と共に、来てくれるか」
「今更引き返せるかよ。それに、俺は一度立てた誓いは破らねえ。俺はお前の騎士だ。どっちかが死ぬまでな」
俺はポトフを食べ終えて、「ご馳走様」と手を合わせた。マーリンが食器を洗ってくれたので、俺は着替えて寝る支度を済ませた。
俺は寝室の窓から見える月を見上げた。
大きく白い満月。
これから、俺たちはどうなるのだろうか。
俺がぼんやりと考えていると、寝室にマーリンがやってきた。相変わらず半裸だ。マーリンはポニーテールに結っていた長い髪を解いた。
マーリンは黙って俺を見つめた。
「マーリン……?」
マーリンは月明かりの射し込むベッドに、突然、俺を押し倒した。
「な、なんだよ……!」
俺はマーリンの手を払おうとしたが、圧倒的な力の差に屈した。
マーリンは真っ直ぐな瞳で俺を見下ろした。彼の長い髪が帷のように俺を覆って逃げ場を奪う。
「お前、もしかして酔ってる?」
「……そうかもな」
「俺を襲ったら斬り殺すって、言ったよな?」
「お前になら、斬り殺されてもいい」
「勘弁してくれよ。俺ひとりで魔王を殺しに行くのか?」
「ランスロット」
「なんだよ」
「好きだ」
「前も聞いたよ」
「すまない……これから魔王を殺すための戦いが始まると思うと、どうも感傷的になってしまって」
「お前は感傷的になると欲情するのか? どういう感覚してんだよ」
「ランスロットと離れたくないんだ。万が一のことを考えると、不安になってしまう」
そんな弱音じみたことをマーリンが言うなんて、俺は少し意外に感じつつ、ぶっきらぼうに言った。
「安心しろよ。俺はどこにも行かねえから」
「頼もしいな」
「俺は騎士だからな」
マーリンは長い髪を耳にかけて、愛おしげに俺を見つめた。
俺は覚悟を決めて、軽く息を吐いた。
「来いよ。お前の愛とやらを、受け止めてやる」
「……少し手荒になるかもしれない」
「望むところだ。あいつのことも忘れるくらいに、愛してくれるんだろ?」
マーリンは黙って俺の唇にキスをした。嫌な感じはしなかった。
こんなの、あいつに対する裏切りだ。そう思い、心の中で自嘲した。敵だったはずの魔術師にこんなことを許して、俺はあいつの騎士失格だ。地獄に堕ちるだろう。それでも、そんなことどうでも良くなってしまうほどに、マーリンのキスは甘く蕩けるようだった。
こんなにマーリンに惹かれてしまうのも、きっと、満月のせいだ。俺はそんなことを考えながら、マーリンに身体を委ねた。
「おかえり、ランスロット」
マーリンはなぜか半裸でキッチンに立ち、料理をしていた。
「おかえり」って、お前の家じゃねえだろ。とか、なんで服着てねえんだよ。とか、言いたいことはいろいろあるが……。
「えっと……お前、怪我はもう平気なのか……?」
俺の問いに、マーリンは
「お陰様でだいぶ良くなった」
と言った。
「ああ、そう……」
「勝手にキッチンを借りてすまないな。腹が減っただろう。もうすぐ夕飯ができる」
こいつ、なんで当然のように夕飯を作ってるんだ?
「……もしかして、俺たちって夫婦だったか?」
俺が冗談のつもりで言うと、マーリンは真面目な口調で
「夫婦なのかもしれないな」
と言い出した。勘弁してくれ。
「さあ、夕飯ができたぞ。今日はポトフだ」
「やっぱりお前、料理が上手いな……」
俺は席に着き、「いただきます」と手を合わせた。マーリンは自分の分の食事を用意せず、ただ座って俺のことをじっと見ていた。
「お前は食わねえのか?」
「俺はさっき味見したからいい」
マーリンはそう言って、食べている俺をまじまじと眺めた。
「あんまり見るなよ。食いづらいだろ」
「食っているところも可愛いな」
「可愛いってなんだよ」
俺はマーリンから目を逸らして、スープを啜った。そして、ふと白く丸い月のことを思い出した。
「マーリン。今日はいよいよ満月だ。魔王が復活する」
「そうだな。……魔王を殺しに行く覚悟はできているか?」
「当たり前だろ」
「これからは、命懸けの戦いになる」
「ああ、分かってる」
「それと……しばらくこんな良い酒も飲めなくなるぞ」
そう言って、マーリンは俺のグラスに酒を注いだ。それは、俺が棚の奥に仕舞っておいたちょっぴり高級な酒だった。
「おい、それ、俺が取っておいてた酒じゃねえか! 勝手に開けんな!!」
マーリンは俺を無視して、自分のグラスに注いだ酒を飲んだ。飲まれてしまったのだから、これ以上怒っても無駄だ。
俺は諦めて、グラスに注がれた酒をくいっと飲んだ。
「こうして晩酌をするのも最後になるかもしれない。それでも……俺と共に、来てくれるか」
「今更引き返せるかよ。それに、俺は一度立てた誓いは破らねえ。俺はお前の騎士だ。どっちかが死ぬまでな」
俺はポトフを食べ終えて、「ご馳走様」と手を合わせた。マーリンが食器を洗ってくれたので、俺は着替えて寝る支度を済ませた。
俺は寝室の窓から見える月を見上げた。
大きく白い満月。
これから、俺たちはどうなるのだろうか。
俺がぼんやりと考えていると、寝室にマーリンがやってきた。相変わらず半裸だ。マーリンはポニーテールに結っていた長い髪を解いた。
マーリンは黙って俺を見つめた。
「マーリン……?」
マーリンは月明かりの射し込むベッドに、突然、俺を押し倒した。
「な、なんだよ……!」
俺はマーリンの手を払おうとしたが、圧倒的な力の差に屈した。
マーリンは真っ直ぐな瞳で俺を見下ろした。彼の長い髪が帷のように俺を覆って逃げ場を奪う。
「お前、もしかして酔ってる?」
「……そうかもな」
「俺を襲ったら斬り殺すって、言ったよな?」
「お前になら、斬り殺されてもいい」
「勘弁してくれよ。俺ひとりで魔王を殺しに行くのか?」
「ランスロット」
「なんだよ」
「好きだ」
「前も聞いたよ」
「すまない……これから魔王を殺すための戦いが始まると思うと、どうも感傷的になってしまって」
「お前は感傷的になると欲情するのか? どういう感覚してんだよ」
「ランスロットと離れたくないんだ。万が一のことを考えると、不安になってしまう」
そんな弱音じみたことをマーリンが言うなんて、俺は少し意外に感じつつ、ぶっきらぼうに言った。
「安心しろよ。俺はどこにも行かねえから」
「頼もしいな」
「俺は騎士だからな」
マーリンは長い髪を耳にかけて、愛おしげに俺を見つめた。
俺は覚悟を決めて、軽く息を吐いた。
「来いよ。お前の愛とやらを、受け止めてやる」
「……少し手荒になるかもしれない」
「望むところだ。あいつのことも忘れるくらいに、愛してくれるんだろ?」
マーリンは黙って俺の唇にキスをした。嫌な感じはしなかった。
こんなの、あいつに対する裏切りだ。そう思い、心の中で自嘲した。敵だったはずの魔術師にこんなことを許して、俺はあいつの騎士失格だ。地獄に堕ちるだろう。それでも、そんなことどうでも良くなってしまうほどに、マーリンのキスは甘く蕩けるようだった。
こんなにマーリンに惹かれてしまうのも、きっと、満月のせいだ。俺はそんなことを考えながら、マーリンに身体を委ねた。
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