魔王の弟が勇者をぶちのめす話。

さうす

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第3話 キアヌと速度の勇者

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***


「おはようございます。魔王様」

 そこには、パジャマを脱ぎかけた魔王様の後ろ姿があった。
 露わになった背中には、紋章がびっしりと刻まれている。この紋章が複雑で、面積が広いほど、魔力の強い魔法使いの証なのだ。そのため、魔王様の複雑で美しい紋章は、我々魔法使いの憧れの的だ。
 私がぼんやりと見惚れている間に、魔王様はお着替えを済ませていた。
 そして、不思議そうに私の方をじっと見つめていた。
 私はハッとして、持ってきたティーセットを魔王様に差し出した。

「申し訳ありません……!アップルティーでございます」
「すまないな」

 魔王様はティーカップを手に取って一口啜った。

「ヒュー。髪を結ってくれるか」
「はい……失礼します」

 私は魔王様のベッドの上にそっと腰掛けると、魔王様の長い黒髪を手に取った。
 シャンプーの香りがほのかに漂う。
 髪も艶があって滑らかで美しい。

「……キアヌの様子は」
「はい。先日、土の勇者ジャラドを撃退した模様です」
「そうか……」

 魔王様は枕元に置いてあったキアヌ様の古びた写真を手に取った。
 私は魔王様の柔らかな髪を梳かしながら一つに結い上げていく。
 魔王様は、動かずに私が髪を結い終わるのを待っていた。
 私が魔王様の髪から手を離すと、魔王様はベッドから立ち上がって私の方を振り返った。
 
 そして、魔王様はふと私にこう告げた。

「ヒュー。お前に、頼みたいことがある」


***


「キアヌ。キアヌ。起きろ」
「んー……兄さま……?」

 俺の呼びかけに、金髪の少年は布団からもぞもぞと這い出て目を開けた。

「なんだ、ウィルか……」
「『なんだ』ってなんだ。早く起きろ。今日中には、ダンジョンに着きたいって言ってただろ」
「えー……そうだけど……あと5分だけ……」
「起きろ!」

 俺が布団を引っぺがすと、キアヌは仕方なく起き上がって着替え始めた。
 すると。

「キアヌ!」

 そう呼ぶ声がして、キアヌの魔法の杖からジェミニが現れた。
 ジェミニは半裸のキアヌを見て、少し顔を赤らめた。
 男勝りな女神だと思っていたが、乙女らしい一面もあるようだ。

「悪い……着替え中だったか」
「別に気にしないよ、僕。何の用?」

「ああ……。現在、お前以外にも2人の勇者が私のダンジョンを目指して向かってきている。特に、女神キャンサーに守護されし勇者メリーは、お前のすぐ近くにいるようだ。今日にもお前と鉢合わせる可能性が高い。気をつけろ」

「そっかぁ。やれやれですね」

「それと、だ。現在、お前の近くに来ている者がもう一人いる」

「え……、誰?」

「ヒュー・オーロベルディだ」

「誰それ?」

「りんご帝国の魔法使いで、アーノルドの側近だ」

「兄さまの……?」

「ヤツが、アーノルドの元を離れて、リュンヌ地区に一人きりでやって来ている。何の目的かは分からないが、注意した方がいい」

「そっかぁ。でも、兄さまの知り合いなら、会ってみたいなぁ。仲良くなれるかも」

「相変わらず呑気だな、お前は。まあ、そこがお前の長所なんだが。とにかく、気をつけろよ」

 ジェミニはそう言い残して姿を消した。

「さて、出発しますか。ウィル、荷物持って」
「はいはい」


 俺たちは宿屋を出て、軽く食事をしてから、ダンジョンを目指して出発した。

 ジェミニのダンジョンはもう、かなり近くまで迫ってきていた。

「あの、でっかい建物が、ダンジョン……?」

 丘の上に、遺跡のような建物が聳えているのが見える。
 ただ、それはガラスのように外側が透明で、その中は雪のように純白になっている。
 平凡な原っぱと丘の上にある建物としては、異質極まりない。

「不思議な建物だな……」

 俺がそう呟いたとき。
 俺の真横から声がした。

「貴方もダンジョンを目指しているんですね」

 俺はビクッとして横を見た。
 そこには、ピンク色のセミロングの髪をした人物が立っていた。服はブカブカのワンピースのようにも見える造りだが、身長がかなり高いところを見ると、恐らく男だろう。

「僕もです」

「……えっと、どちら様ですか?」

 キアヌが戸惑ったように尋ねる。

「僕は、メリー。女神キャンサーに守護されし勇者です」

「ああ……ジェミニが言ってた人ですね」

「ダンジョンを攻略するのはこの僕です。キアヌさんはここでお引き取りください」

「えっ……。それは困るなぁ。僕も、ジェミニにダンジョンを攻略してくるように言われてるし。とりあえず一緒に攻略しに行くっていうのはダメですか」

「……。魔眼の持ち主の割に、随分と頭がお花畑な方なんですね」

「え、僕、お花畑なの……?」

「いいですか。魔王の討伐を成し遂げた勇者は、生涯英雄として讃えられるんです。貴方のように、魔眼を持つ者でも、この国で生きていく権利が与えられるんですよ。勇者同士で協力するなんて、生ぬるいことを言っていてどうするんです?」

「でも……。僕は別に、名誉のために勇者になったわけじゃないし。それに、僕は、英雄になんてならなくても、この国で生きていく権利はあると思ってるよ」

「そうですか。それなら、いいんです。力ずくで、足止めしてやるだけですから」

 そう言うと、メリーは鮮やかなピンク色の石がついた杖を振るった。
 そして、メリーは突然ダンジョンの方角に向かって走り出した。

「おい、キアヌ!なんだか分からねーが、とにかくあいつを追った方が良いんじゃねーか!?」

「わ、分かってる……だけど、動けないんだ」

「は!?」

「多分、彼の魔法だ。僕、今、すごくゆっくりしか動けない」

「な、何なんだ、あいつの魔法は……」

「ウィル、お願い、彼を追いかけて」

「ああ!」

 俺は猛スピードでメリーを追いかけ始めた。
 しかし。
 ぐいっと後ろから首輪を引っ張られたような衝撃が走り、俺は後ろにひっくり返った。

「ダメだ!もう『遠すぎる』……!」

 俺は、キアヌに視認され、キアヌに逆らえない状態になってから、キアヌから一定の距離までしか離れられなくなってしまった。
 それを超えると、今のように制限をかけられるのだ。

「じゃあ、僕が何とかするよ。僕が今からあいつを処す」

 キアヌが杖を握る手にぐっと力を込めた。
氷が勢いよくピキピキと走っていく。
 遠くを走るメリーがハッと振り返った。
 すると、メリーはその場からヒュンッと消えたように見えた。
 同時に、キアヌが解放されたように大きく杖を振るった。

「動ける……」

 キアヌは原っぱを凍らせ、スケートのように滑り抜けた。
 ものすごい速さでダンジョンの方へと向かっていく。
 そのとき、キアヌの背後に、メリーが突然現れた。
 キアヌの頭に蹴りを入れようとするメリーを、キアヌは反射的に屈んでかわした。
 キアヌが杖を振ろうとすると、メリーはまたふっと姿を消した。
 今度は、キアヌの横からメリーが現れた。
 メリーに蹴飛ばされ、キアヌはズサッと後ろに飛ばされた。
 その瞬間、キアヌの動きがまたピクリと止まった。
 メリーが再びダンジョンに向かって走り出した。
 そうか。そういうことか。

「キアヌ、俺、わかったぜ!」
「何が?」

「あいつの魔法の正体だよ。あいつは、速度を操ることができるんだ!さっき、瞬間移動みたいに見えたのは有り得ない素早さで動いてたからだ!でも、自分の速度を速めたままキアヌの速度を遅めることができないところを見ると、一度に操れる対象は一つだけみたいだな」

「へぇ、ウィル、賢いね。じゃあ、それを利用すればいいわけだ」

 キアヌはほとんど動けないながらも杖を握りしめた。杖が光って、氷柱が何本もメリーに向けて飛ばされた。
 メリーが自分の動きを速めてそれをかわす。
 その隙に、動けるようになったキアヌは氷の上を滑ってメリーを追いかけながら、再び杖を振るった。
 メリーを取り囲むように前後左右、氷柱が覆い尽くした。

「これなら、いくら素早く動けても、氷柱が刺さるでしょ」

「……やりますね。頭がお花畑の割には」

 キアヌが杖を振るうと、メリーの足元を氷が固定していった。

「ねぇ、君、どうしてそんなに一人で魔王を倒すことに拘るの?」

 キアヌが問いかけると、メリーはふぅ……と息を吐いた。

「今は亡き、僕の母は……魔法使いだったんです。魔法使いの息子である僕は、周りから後ろ指を指されて生きてきました。それでも、魔王を倒して、英雄になれば、周りからきっと認めてもらえると思ったんです」

 メリーの言葉を聞いて、キアヌは静かに俯いた。
 キアヌが杖を下ろすと、メリーを取り囲んでいた氷柱が地面に落ちた。

「……悪魔が見える僕には、君の気持ちも少しは分かる。だけど……僕は、自分一人が英雄として讃えられるよりも、誰もが生きていることを同じように認められて生きられる方が良いな。兄さまもきっと、同じように思ってるだろうし」

「兄さま……?」

「そう。僕の自慢の兄さまなんだ」

 キアヌはそう言って優しい笑顔を見せた。

 キアヌがメリーに背を向けると、メリーの足元の氷が徐々に溶け始めた。

「それじゃあ、僕は先に行くね」


 そして、俺たちは丘を上り、いよいよジェミニのダンジョンの前にたどり着いた。
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