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第5話 キアヌと花の勇者
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「キアヌ様。キアヌ様。朝ですよ」
「んー……兄さま……?」
青年の呼びかけに、金髪の少年は布団からもぞもぞと這い出て目を開けた。
「間違えた、ヒューだった。おはよう」
「おはようございます」
「ちょーーーっと待て!!」
「何、ウィル、朝からうるさいんだけど」
「キアヌを!起こすのは!俺の役割だ!!」
俺がどんなに大声で叫んでも、ヒューには届かない。
「ウィル様、どうかされたんですか?」
「うーん、なんか、僕を起こしたかったみたい」
「そうなんですか……それは失礼しました」
ヒューは、寝ぼけた顔のキアヌとは違い、既に身だしなみをきちんと整えていた。
まるでキアヌの執事かのような佇まいだ。
「ったく、隙のない野郎だな……」
俺が何かヒューの粗を探してやろうとじーっと眺めていると、
「キアヌ!」
と声がして、キアヌの魔法の杖が水色の光を放ち、ジェミニが現れた。
「ジェミニ、どうしたの?」
「『どうしたの?』じゃない。こんなところでモタモタしてないで、さっさとライブラのダンジョンに行け」
「分かってるよ、今日には着く予定」
「ライブラはアリアンロッド王国の女神の中でも一番気の合わない女神でな。あの女、いつも私のことを馬鹿にしてきやがるんだ。気に食わない。だが、私の勇者キアヌがダンジョンを攻略してやれば、一泡吹かせてやれるだろう」
「完全にジェミニの私情だね……」
「うるさい、さっさとライブラのダンジョンに行け!」
「分かったよ。用はそれだけ?」
「いや。……現在、お前の近くに女神ヴァルゴに守護されし勇者、リンデールが来ている。それに、この辺りは盗賊の多い地域だ。気をつけろ」
そう言い残してジェミニは姿を消した。
現在俺たちは、リュンヌ地区とシエル地区の境の辺りにいる。
ライブラのダンジョンはシエル地区の北西辺りだ。
「キアヌ、早く準備して出発しようぜ」
「その前に、何か食べたいな」
「では、私が何かお作りしましょうか」
「なっ……お前、料理できんのかよ!」
「ヒュー、料理できるの?」
「少しですが……」
そう言って、ヒューはエプロンをつけてキッチンに立った。
卵と牛乳と砂糖を手際良く混ぜ、パンを浸し、熱したフライパンにバターを溶かし、パンをフライパンで焼き上げていく。
美味しそうな、甘い香りがする。
パンがこんがりと焼き上がると、ヒューはその上にとろりとした蜂蜜をかけた。
「フレンチトーストでございます」
俺はその素早く丁寧な料理の手つきを呆然と眺めていた。
こいつ、なかなか手慣れてやがる。それに、俺より洒落ている。
「いただきます」
キアヌと俺はパクリとパンを齧った。
「美味しい」
「美味い」
「良かったです」
ヒューは嬉しそうに微笑んだ。
俺はフレンチトーストにかぶりつきながら、悶々としていた。
悔しい!そんな簡単にキアヌの胃袋まで掴むなんて……ヒューに弱点はないのか!?
俺がいつか、こいつの弱点を見つけてやる!
支度を整えた俺たちは、ライブラのダンジョンに向けて出発した。
林のような、なだらかな山道を登っていく。
王都があるエトワール地区に比べ、田舎であるリュンヌ地区とシエル地区の境には、こういう山道が多い。
「なんか出そうだね、熊とか……」
キアヌがそう言うのと同時に、大きな影が木の後ろで揺らめいた。
「うおっ、キアヌ、ほんとに何かいるぜ!」
木の陰から現れたのは、熊ではなく、毛皮の上着を着た屈強な男たちだった。
その顔や身体には、紋章が刻まれている。魔法使いだ。
男たちはあっという間に俺たちを取り囲んだ。
「おい、チビ。金を出せ」
男たちの一人がいきなりキアヌの胸ぐらを掴んだ。身体の小さなキアヌは足が地面から浮いて宙ぶらりんの状態になった。
「離してください」
キアヌが足をジタバタさせながら言う。
「指図するんじゃねえ。さっさと金を出せ」
こいつら、おそらく盗賊だ。
「お金なんて持ってません」
「嘘をつくな。大人しく金を差し出せ。そうじゃなきゃ、俺が魔法で痛めつけてやるぜ」
「嫌です。僕、お金なんて持ってません」
「生意気なガキめ。これでも食らえ!」
盗賊が魔法を発動させようとしたそのとき。銀色の糸が盗賊たちの手足や首にグルグルッと巻きついて、グッと絞め上げた。
「キアヌ様から手を離せ」
ヒューが指を動かすと、盗賊たちの首がさらにギュッと締めつけられた。
ヒューは蔑むような目で盗賊たちを見ると、チッと舌打ちした。
「調子に乗りやがって。このゴミムシが」
「そ、その魔法……っ、こいつ、まさか……りんご帝国のヒュー・オーロベルディか……っ」
「あ?黙れ雑魚め。ぶち殺されたくなかったら、二度とキアヌ様に近寄るんじゃねえ。さっさと消え失せろクソども」
ヒューが糸をするりと解くと、盗賊たちは慌てて逃げて行った。
俺たちはポカンとしてヒューを見つめた。
「大丈夫ですか、キアヌ様」
豹変したヒューに、キアヌは少し戸惑いつつ頷いた。
「うん。ありがとう、ヒュー」
「いえ……」
ヒューはさっきまでの殺気立った様子とは真逆の照れ臭そうな顔をした。
キアヌが一つの疑問を口にする。
「ヒューってさ……もしかして、元ヤン?」
それを聞いて、ヒューの顔がぶわっと赤らんだ。
「ヒューって本当は口が悪いんだね」
「申し訳ありません……」
「いや、大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけ」
「私は昔、家を追い出されてから、自暴自棄になって荒れていた時期がありまして……喧嘩ばかりして過ごしていました。その名残が時々こうして出てしまうんです……」
紳士っぽいふわふわしたヤツだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
やはり、魔王の側近というだけあって、ちょっと怖いヤツみたいだ。
「まあ、ウィルもチンピラみたいなもんだし、僕、ヒューが元ヤンでも全然気にしないよ」
「キアヌ様……」
「誰がチンピラだ!」
俺がキアヌにツッコミを入れたそのとき。
俺の頭にコンッと何かがぶつかった。
「いてっ。なんだ?」
俺が手に取ってみると、それは天使のような羽の生えた封筒だった。
「なんだこれ?」
宛名はキアヌ・オブシディアンになっている。
俺たちは3人でその手紙を覗き込んだ。
「おいおいおい、これ、もしかして、ラブレターじゃねーか!?」
俺はニヤニヤしながらキアヌの肩をバシバシ叩いた。
「キアヌ様に、果たし状だと……?どこのどいつだ、この野郎……」
ヒューは殺気を漂わせながら手紙に眼を飛ばし出した。
「やめてよ、2人とも。絶対違うから」
キアヌが封筒を開いてみると中には一枚の便箋が入っていた。
手紙は『親愛なる弟へ。』という書き出しから始まっていた。
「兄さまからの手紙だ」
キアヌが嬉しそうに言う。
『親愛なる弟へ。
お前のことが恋しくて手紙を書いてしまった。
俺は、今、りんご帝国という国を治めている。りんご帝国は宝石のように赤いりんごがよく育つ。そのりんごを使ったアップルパイはとても上質だ。サクサクのパイ生地に、甘いりんご。とろけるような食感のりんご。ジューシーなりんご。ゴロッとした大きいりんご。素朴で優しい味のりんご。アップルティーやジャムも美味しい。今度お前にも食べさせてやりたい。
追伸。お前のことが心配なので、ヒューを同行させることにした。仲良くしてくれ。
アーノルド・オブシディアン』
「いや、何の手紙だよ、これ!ほぼりんごのことしか書いてねえじゃねーか!」
「何、ウィル、兄さまの手紙に文句あるの」
「素晴らしいお手紙でしたね……!」
「そうか?」
「さすが魔王様……とても美しい文字です」
「着眼点そこかよ」
キアヌもヒューも、アーノルドをちょっと贔屓しすぎじゃねーか?
俺が呆れながらキアヌとヒューを見ていると。
「貴方たち、魔王と繋がりがあるのですか?いけませんね」
俺たちの頭上から声がした。
木から飛び降りてきた青年は、黄緑色の石がついた杖を持っていた。
クリーム色のロングヘアに、異国情緒のある褐色の肌、頭には花輪をつけている。中性的なルックスだ。
「えっと……誰ですか?」
キアヌが尋ねると、青年はふっと微笑を浮かべた。
「私ですか?私はリンデール。女神ヴァルゴに守護されし勇者です」
「そうなんですか。僕はキアヌって言います」
「知っていますよ、キアヌさん。魔眼を持つ男の子がジェミニに選ばれたというのは、勇者たちの間では有名な話ですから」
「えー、僕、有名人なの?困るなぁ」
「勇者の使命は、魔王の討伐です。魔王と繋がりのある貴方を、放っておくわけにはいきません」
リンデールはそう言って、杖を振るった。
いばらの蔓のようなものが杖から放たれる。
キアヌは素早くその蔓をかわした。
「なるほど……なかなか素早い。面白いですね」
リンデールは不気味な微笑をたたえたまま、再び杖を振るう。
すると、ピンク色の花吹雪が勢いよく吹きつけた。
視界が遮られる。
その間に、またいばらの蔓がシュルシュルと花吹雪の隙間を縫って伸びてきた。
キアヌがいばらに手足をとられた。
いばらがキアヌの身体にぐるりと巻きつき、締めつける。
ビリッ。
と、音がした。
「あ」
キアヌが手に持っていた、アーノルドの手紙が、破れていた。
「兄さまの手紙が……破れてる……」
キアヌは殺気のこもった目でリンデールを睨みつけた。
「許さない。僕は今から貴様を処す」
リンデールは表情を変えることなく杖をキアヌに向けた。
「望むところです」
キアヌはいばらの棘が刺さるのもお構いなしで蔓を引きちぎり、杖を振り下ろした。
氷柱が地面から次々と飛び出す。
リンデールは植物の蔓を伸ばすと、それを林の木に引っ掛け、ターザンのようにふわっと舞い上がり、氷柱を避けた。
リンデールが杖を振ると、色とりどりの花々がキアヌの頭上にばさっと降ってきた。
花の強い香りが辺りを包み込んだ。
香りが強すぎて、なんだかクラクラする。
さらにリンデールは続けて杖を振った。
キアヌは咄嗟に氷のバリアを張って防御した。
すると、その氷の上に、緑色の苔がぶわっと広がっていく。
キアヌはもう一度杖を振った。
氷が地面に走っていく。
だが、リンデールは木の上だ。
すると。
氷は木の根元から蝕むように上に向かって一気に広がっていった。
リンデールが植物の蔓を使って別の木に飛び移るが、その木にもキアヌの氷が走っていく。辺り一帯の木が凍り、冷気が充満していく。
キアヌの周りの美しい花々が、寒さに負けたように萎れていく。
リンデールはハッとして呟いた。
「私の花魔法が……使えなくなってきている……」
そうか。
リンデールは花を操る魔法使い。
しかし、冬に花は咲かない。
キアヌの氷魔法は、使い方次第で、リンデールに魔法を使えなくさせることができるのだ。
リンデールのいる木の枝に氷が伝わっていった。
彼は次の木に飛び移ろうとするが、もう植物の蔓が出せなくなっていた。
氷がリンデールの足を捕らえた。
「捕まえた」
キアヌが杖を振るうと、氷柱が発射され、リンデールのいる木の枝にグサッと突き刺さった。
バキッと木の枝が折れて、リンデールは木から転落した。リンデールがすぐに杖を振ると、さっきの花吹雪がリンデールの下に集まって、ファサッと彼を受け止めた。
キアヌはリンデールに杖を突きつけた。
リンデールは「ふふっ」と笑った。
「私の負けです」
「僕の手紙、破れちゃったんですけど」
キアヌがジトッとした目でリンデールを見つめる。リンデールは少し目を丸くしてキアヌを見つめ、ふと俯いた。
「……すみません」
「いいですよ」
許すの早っ。
「キアヌさんは……魔王とどういう関係なんですか?」
「双子の兄弟です」
「兄弟……」
「僕は、兄さまを勇者から守るために勇者になったんです。それで、魔法を使う人たちが差別されない国を作りたいっていう兄さまの理想を、この国を滅ぼさずに実現させたいんです」
「そんなの……そう簡単に上手くはいきませんよ」
「そうかもしれないけど……僕は諦めたくないんだ」
「そうですか……。まあ、少し安心しました。貴方が魔王と協力してこの国を滅ぼそうとしているわけじゃなくて」
「信じてくれるの?」
「はい。貴方、嘘が下手そうですから」
「そ、そうかな……」
「この道を通っているということは、ひょっとして、ライブラのダンジョンに向かっているのですか?」
「そうだけど……」
「気をつけてください。この先には、ライブラに守護されし勇者、エーデンがいます。彼はかなり難儀な男です」
「そうなんだ。でも、兄さまを倒すつもりなら、僕がぶちのめすよ」
「ふふっ。見かけによらず、気が強い子ですね。これ、お詫びの印として、貴方にあげます」
リンデールはキアヌに薬草を手渡した。
「これは、魔法使いが作っているもので、よく効くんです。さっきいばらの棘で少し怪我をしたでしょう?」
「うん……ありがとう」
「お気をつけて」
リンデールに見送られ、俺たちは再びライブラのダンジョンに向けて出発した。
「んー……兄さま……?」
青年の呼びかけに、金髪の少年は布団からもぞもぞと這い出て目を開けた。
「間違えた、ヒューだった。おはよう」
「おはようございます」
「ちょーーーっと待て!!」
「何、ウィル、朝からうるさいんだけど」
「キアヌを!起こすのは!俺の役割だ!!」
俺がどんなに大声で叫んでも、ヒューには届かない。
「ウィル様、どうかされたんですか?」
「うーん、なんか、僕を起こしたかったみたい」
「そうなんですか……それは失礼しました」
ヒューは、寝ぼけた顔のキアヌとは違い、既に身だしなみをきちんと整えていた。
まるでキアヌの執事かのような佇まいだ。
「ったく、隙のない野郎だな……」
俺が何かヒューの粗を探してやろうとじーっと眺めていると、
「キアヌ!」
と声がして、キアヌの魔法の杖が水色の光を放ち、ジェミニが現れた。
「ジェミニ、どうしたの?」
「『どうしたの?』じゃない。こんなところでモタモタしてないで、さっさとライブラのダンジョンに行け」
「分かってるよ、今日には着く予定」
「ライブラはアリアンロッド王国の女神の中でも一番気の合わない女神でな。あの女、いつも私のことを馬鹿にしてきやがるんだ。気に食わない。だが、私の勇者キアヌがダンジョンを攻略してやれば、一泡吹かせてやれるだろう」
「完全にジェミニの私情だね……」
「うるさい、さっさとライブラのダンジョンに行け!」
「分かったよ。用はそれだけ?」
「いや。……現在、お前の近くに女神ヴァルゴに守護されし勇者、リンデールが来ている。それに、この辺りは盗賊の多い地域だ。気をつけろ」
そう言い残してジェミニは姿を消した。
現在俺たちは、リュンヌ地区とシエル地区の境の辺りにいる。
ライブラのダンジョンはシエル地区の北西辺りだ。
「キアヌ、早く準備して出発しようぜ」
「その前に、何か食べたいな」
「では、私が何かお作りしましょうか」
「なっ……お前、料理できんのかよ!」
「ヒュー、料理できるの?」
「少しですが……」
そう言って、ヒューはエプロンをつけてキッチンに立った。
卵と牛乳と砂糖を手際良く混ぜ、パンを浸し、熱したフライパンにバターを溶かし、パンをフライパンで焼き上げていく。
美味しそうな、甘い香りがする。
パンがこんがりと焼き上がると、ヒューはその上にとろりとした蜂蜜をかけた。
「フレンチトーストでございます」
俺はその素早く丁寧な料理の手つきを呆然と眺めていた。
こいつ、なかなか手慣れてやがる。それに、俺より洒落ている。
「いただきます」
キアヌと俺はパクリとパンを齧った。
「美味しい」
「美味い」
「良かったです」
ヒューは嬉しそうに微笑んだ。
俺はフレンチトーストにかぶりつきながら、悶々としていた。
悔しい!そんな簡単にキアヌの胃袋まで掴むなんて……ヒューに弱点はないのか!?
俺がいつか、こいつの弱点を見つけてやる!
支度を整えた俺たちは、ライブラのダンジョンに向けて出発した。
林のような、なだらかな山道を登っていく。
王都があるエトワール地区に比べ、田舎であるリュンヌ地区とシエル地区の境には、こういう山道が多い。
「なんか出そうだね、熊とか……」
キアヌがそう言うのと同時に、大きな影が木の後ろで揺らめいた。
「うおっ、キアヌ、ほんとに何かいるぜ!」
木の陰から現れたのは、熊ではなく、毛皮の上着を着た屈強な男たちだった。
その顔や身体には、紋章が刻まれている。魔法使いだ。
男たちはあっという間に俺たちを取り囲んだ。
「おい、チビ。金を出せ」
男たちの一人がいきなりキアヌの胸ぐらを掴んだ。身体の小さなキアヌは足が地面から浮いて宙ぶらりんの状態になった。
「離してください」
キアヌが足をジタバタさせながら言う。
「指図するんじゃねえ。さっさと金を出せ」
こいつら、おそらく盗賊だ。
「お金なんて持ってません」
「嘘をつくな。大人しく金を差し出せ。そうじゃなきゃ、俺が魔法で痛めつけてやるぜ」
「嫌です。僕、お金なんて持ってません」
「生意気なガキめ。これでも食らえ!」
盗賊が魔法を発動させようとしたそのとき。銀色の糸が盗賊たちの手足や首にグルグルッと巻きついて、グッと絞め上げた。
「キアヌ様から手を離せ」
ヒューが指を動かすと、盗賊たちの首がさらにギュッと締めつけられた。
ヒューは蔑むような目で盗賊たちを見ると、チッと舌打ちした。
「調子に乗りやがって。このゴミムシが」
「そ、その魔法……っ、こいつ、まさか……りんご帝国のヒュー・オーロベルディか……っ」
「あ?黙れ雑魚め。ぶち殺されたくなかったら、二度とキアヌ様に近寄るんじゃねえ。さっさと消え失せろクソども」
ヒューが糸をするりと解くと、盗賊たちは慌てて逃げて行った。
俺たちはポカンとしてヒューを見つめた。
「大丈夫ですか、キアヌ様」
豹変したヒューに、キアヌは少し戸惑いつつ頷いた。
「うん。ありがとう、ヒュー」
「いえ……」
ヒューはさっきまでの殺気立った様子とは真逆の照れ臭そうな顔をした。
キアヌが一つの疑問を口にする。
「ヒューってさ……もしかして、元ヤン?」
それを聞いて、ヒューの顔がぶわっと赤らんだ。
「ヒューって本当は口が悪いんだね」
「申し訳ありません……」
「いや、大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけ」
「私は昔、家を追い出されてから、自暴自棄になって荒れていた時期がありまして……喧嘩ばかりして過ごしていました。その名残が時々こうして出てしまうんです……」
紳士っぽいふわふわしたヤツだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
やはり、魔王の側近というだけあって、ちょっと怖いヤツみたいだ。
「まあ、ウィルもチンピラみたいなもんだし、僕、ヒューが元ヤンでも全然気にしないよ」
「キアヌ様……」
「誰がチンピラだ!」
俺がキアヌにツッコミを入れたそのとき。
俺の頭にコンッと何かがぶつかった。
「いてっ。なんだ?」
俺が手に取ってみると、それは天使のような羽の生えた封筒だった。
「なんだこれ?」
宛名はキアヌ・オブシディアンになっている。
俺たちは3人でその手紙を覗き込んだ。
「おいおいおい、これ、もしかして、ラブレターじゃねーか!?」
俺はニヤニヤしながらキアヌの肩をバシバシ叩いた。
「キアヌ様に、果たし状だと……?どこのどいつだ、この野郎……」
ヒューは殺気を漂わせながら手紙に眼を飛ばし出した。
「やめてよ、2人とも。絶対違うから」
キアヌが封筒を開いてみると中には一枚の便箋が入っていた。
手紙は『親愛なる弟へ。』という書き出しから始まっていた。
「兄さまからの手紙だ」
キアヌが嬉しそうに言う。
『親愛なる弟へ。
お前のことが恋しくて手紙を書いてしまった。
俺は、今、りんご帝国という国を治めている。りんご帝国は宝石のように赤いりんごがよく育つ。そのりんごを使ったアップルパイはとても上質だ。サクサクのパイ生地に、甘いりんご。とろけるような食感のりんご。ジューシーなりんご。ゴロッとした大きいりんご。素朴で優しい味のりんご。アップルティーやジャムも美味しい。今度お前にも食べさせてやりたい。
追伸。お前のことが心配なので、ヒューを同行させることにした。仲良くしてくれ。
アーノルド・オブシディアン』
「いや、何の手紙だよ、これ!ほぼりんごのことしか書いてねえじゃねーか!」
「何、ウィル、兄さまの手紙に文句あるの」
「素晴らしいお手紙でしたね……!」
「そうか?」
「さすが魔王様……とても美しい文字です」
「着眼点そこかよ」
キアヌもヒューも、アーノルドをちょっと贔屓しすぎじゃねーか?
俺が呆れながらキアヌとヒューを見ていると。
「貴方たち、魔王と繋がりがあるのですか?いけませんね」
俺たちの頭上から声がした。
木から飛び降りてきた青年は、黄緑色の石がついた杖を持っていた。
クリーム色のロングヘアに、異国情緒のある褐色の肌、頭には花輪をつけている。中性的なルックスだ。
「えっと……誰ですか?」
キアヌが尋ねると、青年はふっと微笑を浮かべた。
「私ですか?私はリンデール。女神ヴァルゴに守護されし勇者です」
「そうなんですか。僕はキアヌって言います」
「知っていますよ、キアヌさん。魔眼を持つ男の子がジェミニに選ばれたというのは、勇者たちの間では有名な話ですから」
「えー、僕、有名人なの?困るなぁ」
「勇者の使命は、魔王の討伐です。魔王と繋がりのある貴方を、放っておくわけにはいきません」
リンデールはそう言って、杖を振るった。
いばらの蔓のようなものが杖から放たれる。
キアヌは素早くその蔓をかわした。
「なるほど……なかなか素早い。面白いですね」
リンデールは不気味な微笑をたたえたまま、再び杖を振るう。
すると、ピンク色の花吹雪が勢いよく吹きつけた。
視界が遮られる。
その間に、またいばらの蔓がシュルシュルと花吹雪の隙間を縫って伸びてきた。
キアヌがいばらに手足をとられた。
いばらがキアヌの身体にぐるりと巻きつき、締めつける。
ビリッ。
と、音がした。
「あ」
キアヌが手に持っていた、アーノルドの手紙が、破れていた。
「兄さまの手紙が……破れてる……」
キアヌは殺気のこもった目でリンデールを睨みつけた。
「許さない。僕は今から貴様を処す」
リンデールは表情を変えることなく杖をキアヌに向けた。
「望むところです」
キアヌはいばらの棘が刺さるのもお構いなしで蔓を引きちぎり、杖を振り下ろした。
氷柱が地面から次々と飛び出す。
リンデールは植物の蔓を伸ばすと、それを林の木に引っ掛け、ターザンのようにふわっと舞い上がり、氷柱を避けた。
リンデールが杖を振ると、色とりどりの花々がキアヌの頭上にばさっと降ってきた。
花の強い香りが辺りを包み込んだ。
香りが強すぎて、なんだかクラクラする。
さらにリンデールは続けて杖を振った。
キアヌは咄嗟に氷のバリアを張って防御した。
すると、その氷の上に、緑色の苔がぶわっと広がっていく。
キアヌはもう一度杖を振った。
氷が地面に走っていく。
だが、リンデールは木の上だ。
すると。
氷は木の根元から蝕むように上に向かって一気に広がっていった。
リンデールが植物の蔓を使って別の木に飛び移るが、その木にもキアヌの氷が走っていく。辺り一帯の木が凍り、冷気が充満していく。
キアヌの周りの美しい花々が、寒さに負けたように萎れていく。
リンデールはハッとして呟いた。
「私の花魔法が……使えなくなってきている……」
そうか。
リンデールは花を操る魔法使い。
しかし、冬に花は咲かない。
キアヌの氷魔法は、使い方次第で、リンデールに魔法を使えなくさせることができるのだ。
リンデールのいる木の枝に氷が伝わっていった。
彼は次の木に飛び移ろうとするが、もう植物の蔓が出せなくなっていた。
氷がリンデールの足を捕らえた。
「捕まえた」
キアヌが杖を振るうと、氷柱が発射され、リンデールのいる木の枝にグサッと突き刺さった。
バキッと木の枝が折れて、リンデールは木から転落した。リンデールがすぐに杖を振ると、さっきの花吹雪がリンデールの下に集まって、ファサッと彼を受け止めた。
キアヌはリンデールに杖を突きつけた。
リンデールは「ふふっ」と笑った。
「私の負けです」
「僕の手紙、破れちゃったんですけど」
キアヌがジトッとした目でリンデールを見つめる。リンデールは少し目を丸くしてキアヌを見つめ、ふと俯いた。
「……すみません」
「いいですよ」
許すの早っ。
「キアヌさんは……魔王とどういう関係なんですか?」
「双子の兄弟です」
「兄弟……」
「僕は、兄さまを勇者から守るために勇者になったんです。それで、魔法を使う人たちが差別されない国を作りたいっていう兄さまの理想を、この国を滅ぼさずに実現させたいんです」
「そんなの……そう簡単に上手くはいきませんよ」
「そうかもしれないけど……僕は諦めたくないんだ」
「そうですか……。まあ、少し安心しました。貴方が魔王と協力してこの国を滅ぼそうとしているわけじゃなくて」
「信じてくれるの?」
「はい。貴方、嘘が下手そうですから」
「そ、そうかな……」
「この道を通っているということは、ひょっとして、ライブラのダンジョンに向かっているのですか?」
「そうだけど……」
「気をつけてください。この先には、ライブラに守護されし勇者、エーデンがいます。彼はかなり難儀な男です」
「そうなんだ。でも、兄さまを倒すつもりなら、僕がぶちのめすよ」
「ふふっ。見かけによらず、気が強い子ですね。これ、お詫びの印として、貴方にあげます」
リンデールはキアヌに薬草を手渡した。
「これは、魔法使いが作っているもので、よく効くんです。さっきいばらの棘で少し怪我をしたでしょう?」
「うん……ありがとう」
「お気をつけて」
リンデールに見送られ、俺たちは再びライブラのダンジョンに向けて出発した。
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