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第8話 キアヌと弓の勇者
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「キアヌ様、何かが届きましたよ」
「え、何だろう……?」
アクエリアスのダンジョンに向けて出発しようとする俺たちの元に、宿屋の窓から羽の生えた箱がふわりと舞い込んできた。
箱には手紙が結びつけられていた。
俺たちはその手紙を3人で覗き込んだ。
それは、アーノルドからの手紙だった。
『親愛なる弟へ。
元気にしているか?お前は俺にとってこの世で一番可愛い存在だ。二番目はりんごだ。あの丸っこいフォルムがとても可愛い。
俺は、世界はりんごを中心に回っていると思っている。りんごは原初の人間が食したという逸話もあるし、万有引力もりんごがあるから見つかった。今、俺たちが享受している生活は、りんごがあるからこそ成り立っているのだ。りんご有り、ゆえに我有り。お前もりんごには、敬意を払え。
追伸。りんご帝国で作ったアップルパイをお前に贈る。みんなで食べてくれ。
アーノルド・オブシディアン』
「……。アーノルドのやつ、りんご愛が強すぎて、りんご教の教祖みたいになってるな」
「わーい、アップルパイだー」
「美味しそうですね」
「手紙の内容スルーかよ」
「え、手紙?ああ、兄さま、僕が一番可愛いって。嬉しいな」
「その割にりんごのことばっかり書いてあったけどな」
俺がそんなツッコミを入れていると。
「キアヌ!」
そう呼ぶ声がして、キアヌの魔法の杖からジェミニが現れた。
「あっ、ジェミニ。一緒にアップルパイ食べようよ」
「アップルパイ?」
「うん、兄さまがくれたんだ」
キアヌはジェミニにアップルパイをひとつ差し出した。
「いただきます」
ジェミニはキアヌからアップルパイを受け取ってパクリと口に入れた。
「ん……!美味しい……!ホクホクしたりんごの優しい甘みが口いっぱいに広がる……!」
アップルパイをモグモグと食べながら、ジェミニは切り出した。
「そうだ、キアヌ。現在、この近くに、女神サジタリアスに守護されし勇者、モストが来ている。気をつけろ」
「また見知らぬ勇者か……やれやれですね」
「あと、スアロもアクエリアスのダンジョンを目指しているらしい。どこかで出くわすかもしれない」
「スアロ……誰だっけ?」
全然ピンときていないキアヌに、俺はそっと囁く。
「炎の勇者だよ。体育会系のうるせーヤツ」
「あー、そうだった。だいぶ前にぶちのめした勇者だ」
「……アクエリアスのダンジョンは、人気のダンジョンなんだ。他にも目指している勇者がいるかもしれん」
「ダンジョンに、人気とかあるんだ……」
「また何かあったら伝える。頑張れよ」
ジェミニはそう言い残して姿を消した。
俺たちはアップルパイを食べ終わると、ダンジョンを目指して出発した。
気持ちの良い晴天だ。
港町はレンガ造りの住宅街が広がっていて、建物や木々の隙間から、青い海が見える。
俺たちはその海の方向へと歩いていく。
「海が見えてきましたね……!私、海に来るのは初めてです」
ヒューが嬉しそうに微笑んで言う。
「そっか。ヒューはたしか、エトワール地区の北生まれなんだっけ?」
「はい。王都周辺で育ったので、近くに海はありませんでした」
「僕は小さい頃に兄さまと一回だけ来たことがあるよ。砂のお城を作ったり、貝殻を拾い集めたりして……」
キアヌの話を遮るように、何かの影が一瞬頭上に見えた。
「キアヌ様!」
ヒューが咄嗟にキアヌを突き飛ばした。
「うっ……!」
ヒューがガクッとへたり込んだ。
「ヒュー!!」
俺は慌ててヒューのそばに寄った。
ヒューの背中に金色の光でできた矢が突き刺さって貫通していた。
「まずい、キアヌ!誰かに攻撃されてる!!」
「わかってる」
キアヌは矢が飛んできた後方をじっと見つめた。
ヒューの背中に刺さっていた矢がキラキラと光りながらスーッと消えていった。
「キアヌ様……ここは危険です……逃げてください……」
「僕はヒューを置いて逃げたりしないよ。……僕が今から敵を処す」
キアヌは小さな氷柱をいくつも手に持った。
そこに、ビュンッと家の屋根を飛び越え、弧を描いて光の矢が次々と飛んできた。
キアヌは氷柱を手裏剣のように光の矢めがけて投げつけた。
氷柱が当たり、矢はパーンとシャボン玉が割れるかのように弾けた。
屋根の上に、一人の少年が現れた。
目つきの悪いその少年は、蜂蜜色の髪をポニーテールにしていて、オレンジ色のケープを身にまとっていた。
「ちっ、命中してねえ……!」
少年は、オレンジ色の水晶がついた杖を前に突き出した。すると、杖が変形して、弓の形になった。
そこに、光の矢が何本も現れた。少年は弓を構え、矢をまとめて射った。
矢が屋根の上からキアヌの方に降り注ぐ。
キアヌは走ってその矢から逃げた。
「逃がさねえ……!」
すると、矢はぐいっと軌道を変えてキアヌを追いかけていく。狙いを定めた矢はスピードを上げてキアヌの胸めがけて刺さろうとする。
キアヌはすぐに飛び退いてその矢を避けた。
矢は地面にグサリと突き刺さった。
キアヌは軽く息を切らしながら、少年を見上げた。
「君は……勇者……?」
「ああ。オレはモスト。女神サジタリアスに選ばれた勇者だ。……この国の危険分子である魔眼の使い手は始末させてもらう」
「僕、別に、危険分子なんかじゃないよ」
「たしかに、ぱっと見、危険でも何でもなさそうな、ふぬけたツラをしているが、そういうフリをしているだけの可能性もある」
「え、僕ってふぬけたツラなの……?普通に傷つく……」
「食らえ……!!」
モストは再び弓を引いた。
光の矢がビュンビュン飛んでくる。
キアヌは曲がり角を曲がってモストの死角に入った。
「逃げても無駄だ。オレの矢は、ターゲットを視認し、追跡する……!」
モストは屋根の上から矢を放ち、矢を追いかけて屋根の上を駆け抜けた。
矢は屋根の上から下に弧を描いて降りていくと、軌道を変えてキアヌの追跡を始めた。
俺はキアヌの様子を見に、後を追いかけて角を曲がった。
キアヌは四角い氷のバリアを作って道の真ん中に立っていた。
なるほど、氷のバリアなら、光の矢を反射できるかもしれない。
俺は息を飲んで光の矢を見つめた。
矢が氷のバリアに当たると、矢はバチバチと明るい光をまとい、スピードを増した。
パーンッ!
と矢はバリアを一気に突き破り、氷は激しく割れた。
「キアヌ!!」
そこに、キアヌの姿はなかった。
「ひょっとして……これは……氷の鏡……?」
氷の鏡に、ダミーの自分を映し出していたのか……!
じゃあ、本物のキアヌは……。
俺が顔を上げると、キアヌはすでに氷の階段を作って屋根の上に上っていた。
キアヌは氷で拳に氷をまとわせ、モストの腹を殴りつけた。
「ぐっ……!!」
モストの身体が凍りながら、屋根の上から転がり落ちた。
モストがカチコチに凍ったのを確認すると、キアヌは急いでヒューの元へ駆け寄った。
「ヒュー、ごめん。僕を庇ったせいで……」
「キアヌ様……」
「傷の様子を見せて」
キアヌはヒューのローブをぺらっとめくって服の中を覗き込んだ。
そこに、モストが凍った身体を引きずってやってきた。
モストはキアヌの様子を見て顔を真っ赤にした。
「なっ、何、お前、スカートめくりしてるんだ……!」
「え、違うけど……」
「ふぬけたツラじゃなくて、むっつりスケベのツラだったのか、この変態野郎……!」
モストは逃げるようにその場から去って行った。
「なんか誤解されちゃった……まあ、いっか。……あれ、矢が刺さったはずなのに傷が無いね」
「たしかに、先程から、身体に力は入らないのですが、痛みはありません……」
「あれは女神が作った矢だから、人を傷つける能力はないのかもしれないな」
「でも、身体に力が入らないんじゃ、しばらく歩けないよね。少し休んでから行こうか」
「休むって言っても、この辺は住宅街だから、休憩所とか宿屋とかねーぞ?」
「そっか……。じゃあ、どうしよう……」
悩むキアヌを見兼ねて、俺は言った。
「しょうがねーなぁ。俺が、ヒューを乗せて港まで飛んで行ってやるよ」
俺がヒューを「よっこらしょ」とおんぶすると、突然身体が浮いたヒューはビクンッと跳ね上がった。
「あ、悪い。ヒューには俺が見えないんだった」
「ウィルがヒューのことおんぶしてってくれるって」
「そうなんですか……びっくりしました……ありがとうございます、ウィル様」
ヒューは恐る恐る俺の肩に腕を回して俺に身を委ねた。
見えないものに身を預けるのはきっと不安なはずだ。俺がちゃんとしなければ。俺は妙な責任を感じて、ヒューの身体をしっかりと支えた。
「よし、港に向かうぞ」
俺たちは海に向けてまた進み出した。
「え、何だろう……?」
アクエリアスのダンジョンに向けて出発しようとする俺たちの元に、宿屋の窓から羽の生えた箱がふわりと舞い込んできた。
箱には手紙が結びつけられていた。
俺たちはその手紙を3人で覗き込んだ。
それは、アーノルドからの手紙だった。
『親愛なる弟へ。
元気にしているか?お前は俺にとってこの世で一番可愛い存在だ。二番目はりんごだ。あの丸っこいフォルムがとても可愛い。
俺は、世界はりんごを中心に回っていると思っている。りんごは原初の人間が食したという逸話もあるし、万有引力もりんごがあるから見つかった。今、俺たちが享受している生活は、りんごがあるからこそ成り立っているのだ。りんご有り、ゆえに我有り。お前もりんごには、敬意を払え。
追伸。りんご帝国で作ったアップルパイをお前に贈る。みんなで食べてくれ。
アーノルド・オブシディアン』
「……。アーノルドのやつ、りんご愛が強すぎて、りんご教の教祖みたいになってるな」
「わーい、アップルパイだー」
「美味しそうですね」
「手紙の内容スルーかよ」
「え、手紙?ああ、兄さま、僕が一番可愛いって。嬉しいな」
「その割にりんごのことばっかり書いてあったけどな」
俺がそんなツッコミを入れていると。
「キアヌ!」
そう呼ぶ声がして、キアヌの魔法の杖からジェミニが現れた。
「あっ、ジェミニ。一緒にアップルパイ食べようよ」
「アップルパイ?」
「うん、兄さまがくれたんだ」
キアヌはジェミニにアップルパイをひとつ差し出した。
「いただきます」
ジェミニはキアヌからアップルパイを受け取ってパクリと口に入れた。
「ん……!美味しい……!ホクホクしたりんごの優しい甘みが口いっぱいに広がる……!」
アップルパイをモグモグと食べながら、ジェミニは切り出した。
「そうだ、キアヌ。現在、この近くに、女神サジタリアスに守護されし勇者、モストが来ている。気をつけろ」
「また見知らぬ勇者か……やれやれですね」
「あと、スアロもアクエリアスのダンジョンを目指しているらしい。どこかで出くわすかもしれない」
「スアロ……誰だっけ?」
全然ピンときていないキアヌに、俺はそっと囁く。
「炎の勇者だよ。体育会系のうるせーヤツ」
「あー、そうだった。だいぶ前にぶちのめした勇者だ」
「……アクエリアスのダンジョンは、人気のダンジョンなんだ。他にも目指している勇者がいるかもしれん」
「ダンジョンに、人気とかあるんだ……」
「また何かあったら伝える。頑張れよ」
ジェミニはそう言い残して姿を消した。
俺たちはアップルパイを食べ終わると、ダンジョンを目指して出発した。
気持ちの良い晴天だ。
港町はレンガ造りの住宅街が広がっていて、建物や木々の隙間から、青い海が見える。
俺たちはその海の方向へと歩いていく。
「海が見えてきましたね……!私、海に来るのは初めてです」
ヒューが嬉しそうに微笑んで言う。
「そっか。ヒューはたしか、エトワール地区の北生まれなんだっけ?」
「はい。王都周辺で育ったので、近くに海はありませんでした」
「僕は小さい頃に兄さまと一回だけ来たことがあるよ。砂のお城を作ったり、貝殻を拾い集めたりして……」
キアヌの話を遮るように、何かの影が一瞬頭上に見えた。
「キアヌ様!」
ヒューが咄嗟にキアヌを突き飛ばした。
「うっ……!」
ヒューがガクッとへたり込んだ。
「ヒュー!!」
俺は慌ててヒューのそばに寄った。
ヒューの背中に金色の光でできた矢が突き刺さって貫通していた。
「まずい、キアヌ!誰かに攻撃されてる!!」
「わかってる」
キアヌは矢が飛んできた後方をじっと見つめた。
ヒューの背中に刺さっていた矢がキラキラと光りながらスーッと消えていった。
「キアヌ様……ここは危険です……逃げてください……」
「僕はヒューを置いて逃げたりしないよ。……僕が今から敵を処す」
キアヌは小さな氷柱をいくつも手に持った。
そこに、ビュンッと家の屋根を飛び越え、弧を描いて光の矢が次々と飛んできた。
キアヌは氷柱を手裏剣のように光の矢めがけて投げつけた。
氷柱が当たり、矢はパーンとシャボン玉が割れるかのように弾けた。
屋根の上に、一人の少年が現れた。
目つきの悪いその少年は、蜂蜜色の髪をポニーテールにしていて、オレンジ色のケープを身にまとっていた。
「ちっ、命中してねえ……!」
少年は、オレンジ色の水晶がついた杖を前に突き出した。すると、杖が変形して、弓の形になった。
そこに、光の矢が何本も現れた。少年は弓を構え、矢をまとめて射った。
矢が屋根の上からキアヌの方に降り注ぐ。
キアヌは走ってその矢から逃げた。
「逃がさねえ……!」
すると、矢はぐいっと軌道を変えてキアヌを追いかけていく。狙いを定めた矢はスピードを上げてキアヌの胸めがけて刺さろうとする。
キアヌはすぐに飛び退いてその矢を避けた。
矢は地面にグサリと突き刺さった。
キアヌは軽く息を切らしながら、少年を見上げた。
「君は……勇者……?」
「ああ。オレはモスト。女神サジタリアスに選ばれた勇者だ。……この国の危険分子である魔眼の使い手は始末させてもらう」
「僕、別に、危険分子なんかじゃないよ」
「たしかに、ぱっと見、危険でも何でもなさそうな、ふぬけたツラをしているが、そういうフリをしているだけの可能性もある」
「え、僕ってふぬけたツラなの……?普通に傷つく……」
「食らえ……!!」
モストは再び弓を引いた。
光の矢がビュンビュン飛んでくる。
キアヌは曲がり角を曲がってモストの死角に入った。
「逃げても無駄だ。オレの矢は、ターゲットを視認し、追跡する……!」
モストは屋根の上から矢を放ち、矢を追いかけて屋根の上を駆け抜けた。
矢は屋根の上から下に弧を描いて降りていくと、軌道を変えてキアヌの追跡を始めた。
俺はキアヌの様子を見に、後を追いかけて角を曲がった。
キアヌは四角い氷のバリアを作って道の真ん中に立っていた。
なるほど、氷のバリアなら、光の矢を反射できるかもしれない。
俺は息を飲んで光の矢を見つめた。
矢が氷のバリアに当たると、矢はバチバチと明るい光をまとい、スピードを増した。
パーンッ!
と矢はバリアを一気に突き破り、氷は激しく割れた。
「キアヌ!!」
そこに、キアヌの姿はなかった。
「ひょっとして……これは……氷の鏡……?」
氷の鏡に、ダミーの自分を映し出していたのか……!
じゃあ、本物のキアヌは……。
俺が顔を上げると、キアヌはすでに氷の階段を作って屋根の上に上っていた。
キアヌは氷で拳に氷をまとわせ、モストの腹を殴りつけた。
「ぐっ……!!」
モストの身体が凍りながら、屋根の上から転がり落ちた。
モストがカチコチに凍ったのを確認すると、キアヌは急いでヒューの元へ駆け寄った。
「ヒュー、ごめん。僕を庇ったせいで……」
「キアヌ様……」
「傷の様子を見せて」
キアヌはヒューのローブをぺらっとめくって服の中を覗き込んだ。
そこに、モストが凍った身体を引きずってやってきた。
モストはキアヌの様子を見て顔を真っ赤にした。
「なっ、何、お前、スカートめくりしてるんだ……!」
「え、違うけど……」
「ふぬけたツラじゃなくて、むっつりスケベのツラだったのか、この変態野郎……!」
モストは逃げるようにその場から去って行った。
「なんか誤解されちゃった……まあ、いっか。……あれ、矢が刺さったはずなのに傷が無いね」
「たしかに、先程から、身体に力は入らないのですが、痛みはありません……」
「あれは女神が作った矢だから、人を傷つける能力はないのかもしれないな」
「でも、身体に力が入らないんじゃ、しばらく歩けないよね。少し休んでから行こうか」
「休むって言っても、この辺は住宅街だから、休憩所とか宿屋とかねーぞ?」
「そっか……。じゃあ、どうしよう……」
悩むキアヌを見兼ねて、俺は言った。
「しょうがねーなぁ。俺が、ヒューを乗せて港まで飛んで行ってやるよ」
俺がヒューを「よっこらしょ」とおんぶすると、突然身体が浮いたヒューはビクンッと跳ね上がった。
「あ、悪い。ヒューには俺が見えないんだった」
「ウィルがヒューのことおんぶしてってくれるって」
「そうなんですか……びっくりしました……ありがとうございます、ウィル様」
ヒューは恐る恐る俺の肩に腕を回して俺に身を委ねた。
見えないものに身を預けるのはきっと不安なはずだ。俺がちゃんとしなければ。俺は妙な責任を感じて、ヒューの身体をしっかりと支えた。
「よし、港に向かうぞ」
俺たちは海に向けてまた進み出した。
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