魔王の弟が勇者をぶちのめす話。

さうす

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第7話 キアヌと毒の勇者

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「ウィル。ウィル。起きて」
「あー……?キアヌ……?」

 少年の呼びかけに、俺は布団からもぞもぞと這い出て目を開けた。

「まだ夜じゃねーか……。どうしたんだよ」
「とりあえず服着て」

 キアヌは半裸で寝ていた俺に黒ずくめの服を投げつけた。

「僕、トイレに行きたくなっちゃった。ついてきて」

「はあ?お前、ガキかよ」

「だって、この宿屋、『出る』って噂じゃん」

「……ったく。悪魔が見えるくせに、お化けなんかにビビってんのか?しょうがねーなぁ」

 俺は黒ずくめのの服に袖を通しながら、ベッドから立ち上がった。

 隣のベッドでは、ヒューがすやすやと眠っている。
 キアヌは音を立てないように魔法の杖を手に取った。

「一応、杖持っていこう」

「お化けに魔法は効かねえと思うけどな……」

 俺たちは部屋を出てトイレへと向かった。
 真っ暗な廊下。軋む床。
 確かに不気味だ。

 トイレは廊下を真っ直ぐ進んだ先にある。

「よし、着いたぞ。さっさと行ってこい」
「僕の杖持ってて」
「はいはい」
「そこで待っててね」
「分かってるよ」

 俺がトイレの前でキアヌを待っていると。

「キアヌ!」

 そう呼ぶ声がして魔法の杖からジェミニが現れた。俺はビクッとして杖を落としそうになった。

「なんだよ、ジェミニ……びっくりさせんな」

「……キアヌは?」

「キアヌならトイレだ。なんだ、こんな遅い時間に……」

「すまん。忠告が遅れてしまったが、実は、この宿屋に、女神スコーピオに守護されし勇者、カンジャーが来ている」

「同じ宿屋に泊まってんのか……。ひょっとして、そいつもアクエリアスのダンジョンを目指してるのか?」

「そうかもしれん。だから、気をつけろ」

 アクエリアスのダンジョンは、アリアンロッド王国の離島にある。
 そこに行くには、船に乗っていかなければならず、船が出る港町にあるこの宿屋に寄るのは必然なのだ。

「ふぅ……スッキリした……」

 キアヌがようやくトイレから出てきた。ジェミニは「はぁ……」と溜め息を吐いた。

「キアヌ。呑気なことを言ってる場合じゃない。襲われるかもしれないんだぞ」

「襲われるって……お化けに?」

「お化けじゃない。勇者に、だ。全く。お前、悪魔が見えるくせに、お化けなんかに怯えているのか?」

「だって……悪魔は僕の言うこと何でも聞いてくれるけど、お化けって僕の言うこと聞いてくれなさそうだし……」

 キアヌがそんなことを言っていると。
 廊下の向こうの方から、ヒタ……ヒタ……と誰かが歩いてくるような音が聞こえた。
 いつの間にか、廊下の向こうは霧が立ち込めている。

「な、何かがいる!!」

と、叫んだのはキアヌではなく、ジェミニだった。

「お前も女神のくせにお化けが怖いのかよ」

「うるさい!!忠告も済んだし、じゃあな!!」

 ジェミニは逃げるように姿を消した。
 残された俺とキアヌは迫ってくる人影をじっと見つめた。

「キアヌ、これ、マジでお化けじゃねーか!?」

 俺は思わずキアヌにしがみついた。
 キアヌは平然と

「え?この宿屋に泊まってる人かもしれないよ」

と言う。

「お前、案外冷静だな!?」

 人影はゆっくりと迫ってくる。
 と、思いきや。
 そいつは突然猛スピードで走り出した。

「うおおおお!?こっちに来るーーー!!」
「ウィル、うるさい」

 お化けはこっちにやって来る……のではなく、急に曲がって俺たちの泊まっていた部屋の中に入っていった。

「まずい!ヒューがお化けに襲われちまうぞ!」

 俺が言うと、キアヌはお化けの後を追って部屋にダッシュで戻っていった。
 俺も慌てて後を追う。

 俺たちが部屋を覗くと、ヒューはお化け……ではなく、一人の男と向き合っていた。

「誰だお前……こっちは寝起きで機嫌が悪いんだ……血祭りに上げるぞ」

 ヒューは手から銀色の糸を出して身構えた。

「ぎゃはははは!!怖いなぁ!」

 男は紫色の長髪を後ろで三つ編みにした髪型で、目元は包帯で覆われていた。そして、その手には、勇者の証である魔法の杖が握られている。だが、こいつ、勇者っていうよりは、悪役寄りの見た目だ。
 お化けの正体は、この勇者だったようだ。

「オレはカンジャー!女神スコーピオに選ばれた勇者!よろしく!」

 カンジャーと名乗った男は、紫色の石がついた杖を振るった。
 すると、ピンク色の霧が杖からヒューに向けて噴射された。
 その霧がヒューにかかると、ヒューはガクッとその場に崩れ落ちた。

「なんだこれ……頭がクラクラする……」
「ぎゃはははは!!オレの魔法が効いてるみたいだね!」

 キアヌがすぐに杖をカンジャーに向けた。
 カンジャーはキアヌの殺気に反応してキアヌに杖を向け、大きく振るった。
 カンジャーの杖から水色の霧が噴射される。
 キアヌも杖から氷の剣を放って対抗する。
 カンジャーはそれをサッとかわした。
 水色の霧が部屋にぶわっと広がる。
 その霧がかかると、身体がビリッと痺れるような感覚がした。

「君の魔法は……毒霧……?」

 キアヌが長い魔法の杖で身体を支えながら尋ねる。

「正解!よく分かったね!オレはね、魔法で戦うのが、楽しくて楽しくてしょうがないんだ!今日はたっぷり付き合ってよ!」

「あいにくだけど、僕、眠いんだよね。また今度にしてくれる?」

 キアヌが杖を振るう。

「無理!」

 カンジャーも杖を振り下ろす。

 キアヌは氷の剣で斬りかかった。
 カンジャーの杖からキアヌめがけてピンク色の霧が放たれる。
 その霧はキアヌにかわされたが、じわっとヒューの方へと広がった。
 霧に触れたヒューは意識を失ってパタリと倒れた。

「あれ、気絶しちゃった!毒が効きすぎたかな?ごめんね!」

 カンジャーはさらに杖を振るった。
 水色の霧が部屋に放たれる。

 キアヌは杖をかざして氷でできた騎士の人形を召喚した。
 氷の騎士はカンジャーに氷の剣で斬りかかる。
 カンジャーがそれを避ける隙に、キアヌは部屋の窓をパーンと開け放った。
 そして、キアヌはバットを振る野球選手のように杖を振り、カンジャーの腹を殴りつけた。
 カンジャーの身体は吹っ飛ばされて、窓から外に転げ落ちた。
 キアヌも後を追って窓から外に飛び出す。
 俺は窓からそっとキアヌとカンジャーを見つめた。
 宿屋の外の庭で2人は向き合った。

「戦ってあげれば満足なんでしょ。やれやれですね」

「遊び相手になってくれるの?」

「うん。……徹底的にぶちのめしてあげるよ」

「ぎゃはははは!!そうこなくっちゃ!」

 カンジャーが杖を振ると、また水色の霧がもくもくと出てきた。
 キアヌは杖から氷柱を次々と放った。
 カンジャーは後ろに飛び退いてそれを避ける。
 水色の霧が触れたキアヌの腕はピクンと震えた。

 ピンクの霧は眠気、水色の霧は痺れってところか……。

 キアヌは震える手で杖を握りしめた。
 雪が吹き荒れ、氷の怪物が現れた。

「わお、何それ!すごい!」

「……僕が今から貴様を処す」

 氷の怪物は氷柱を次々と発射させる。
 カンジャーは人間離れした素早い動きでそれをかわしていく。
 キアヌは杖を振るって、地面をスケートリンクのように凍らせていった。そして、その上を滑っていき、カンジャーを氷の剣で斬りつけた。
 カンジャーの身体が一気に氷漬けにされていく。

「溶けろ!」

 カンジャーがそう叫んで、目を隠していた包帯を解いた。
 彼の目は、宝石のように美しい金色をしていた。
 カンジャーの身体を包んでいた氷が溶けてパシャリと水飛沫が散った。

「君の目……もしかして……」

「うん、君と同じ……いや、むしろ真逆かな!オレの目は、魔法を無効化することができる目なんだ!」

 カンジャーは無邪気な笑顔で言いながら、再び包帯を巻き始めた。

「魔法使いの魔王に対抗するにはピッタリだってことで、勇者に選ばれたんだけど、オレ、魔法で戦うの大好きだからさ!この目は自分がピンチの時以外は使うつもりないんだよね!」

「そうなんだ」

「いやぁ、オレにこの目を使わせるなんて、君には負けたよ!強いね!」

「そうかな……」

「また遊ぼうね、キアヌ!おやすみ!」

 カンジャーはそう言い残してその場から去っていった。

「キアヌ!」

 俺はキアヌのそばまで飛んで行った。
 キアヌは何か考え込んでいる様子だった。

「どうしたんだ?」

 俺が尋ねると、キアヌは我に返って俺を見た。

「いや……。彼がもし、ああいう性格じゃなかったら、僕は負けてたなって思って……。魔法を無効化されたら、僕はまだまだ弱い。ジェミニの力を借りなくても、ある程度戦えるようにならないと……」

「なるほど、確かにな」

 剣術とか格闘とか、魔法じゃなくても強くなる方法はいっぱいあるもんな。

「僕、もっと筋トレしようかな」
「……。」

 キアヌの一言を聞いて、俺は筋肉モリモリマッチョマンのキアヌを想像してしまった。

「嫌だな、俺、ボディビルダーみたいなキアヌは……」


 朝になって、起きてみると、珍しくキアヌが早く起きて、宿屋の外の庭でヒューと剣術の稽古をしていた。俺は窓からその様子を眺めていた。
 すると、隣にジェミニが不意に現れた。

「キアヌのやつ、ようやくやる気を出して鍛錬し始めたか」

「そうみたいだな」

「さすが、私が選んだ勇者だ」

 誇らしげなジェミニに、俺はふと問いかけた。

「なあ、ジェミニ……お前、なんでキアヌを勇者に選んだんだ?」

 ジェミニはパッと俺の方を見て、俺の目をじっと見つめた。

「私は、腐ったこの国を変えたいと思っている。魔法使いへの差別、格差社会、王室の醜い後継者争い……。魔王の弟で、悪魔を従えることができるキアヌなら、この国の現状をきっと変えてくれる。そう信じてるんだ」

 そう言うジェミニは、神聖な空気をまとい、美しい目をしていた。

「俺、今、初めてお前のこと女神らしいなって思ったよ」

「どういう意味だ貴様……」

 ジェミニが俺を睨みつける。俺はジェミニからそーっと目を逸らした。

「あっ、ウィル。起きたんだ」

 キアヌがこっちに駆け寄ってきた。

「おはよう。……ジェミニ、なんか怒ってる?」

「別に、なんでもない」

「それならいいんだけど……」

 キアヌは不思議そうにしながら、俺の方に目を向けた。

「そろそろ出発しようか。アクエリアスのダンジョンに向けて」
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