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男装メガネっ子元帥、超女ったらし亡命者に逆尋問を受ける
……まったくそれらしく見えないという事実はおいといて
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聖ティセニア公国、北方面軍第五師団の長にして国境防衛の要衝たるノーラス城砦の司令官、ニコル・ディス・アーテュラス公国元帥。
それが、このメガネっ子の役職および姓名である。言葉にすれば簡単だが、ティセニア全土といえど二十人といない公国元帥の一人であり、騎士叙任とほぼ同時に元帥拝命という偉業を為し遂げた最強の軍人でもある。
……まったくそれらしく見えないという事実はおいといてだが。
「レゾンドさん、敵襲と言ったけど」
ニコルはホーラダイン中将ではなく、彼の副官であるレゾンド大尉に向かって尋ねた。
副官は直立不動で答える。
「そのようであります」
「ようであります、ということは、そうであります、でもないんですよね」
副官は、ぽかんと口を開けた。
ますますもって訳が分からない。なぜこんなに緊張感がないんだ。今にも頭を掻きむしって叫びだしたい気分でいっぱいである。
疑念の眼差しで説明を要求されたニコルは、仕方なく理由を述べた。
「うーん、《エフワズ》に反応がないんですけど」
この世界には、いくつかの稀少な宝石が存在する。
ルーン一文字を刻んだそれらの宝石は、古代より神々の知恵と力を体現するものとして伝えられ、それを行使する者に絶大な力を与えるとされていた。
だが、誰にでも使えるというものではない。実際にルーンを扱える者は限られていた。
ルーンを制御できるのは、ルーンに選ばれた者だけ。
そして、この第五師団に存在するルーンは、師団長であるニコルの所持する《先制のエフワズ》、《封殺のナウシズ》、そして参謀であるザフエルの《破壊のハガラズ》。この三つだけだった。
「エフワズに反応がないと言うことは」
ザフエルがおうむ返しにつぶやく。ニコルは脳天気なあくびをした。
「敵襲は受けないってことじゃないでしょうか」
《先制のエフワズ》は敵の害意を感知する。
どこから、どのように攻めてこようとも、相手の位置と方角、おおよその戦力を探知する。決して見逃すことはない。
「しかし近づくルーンの気配を感じます」
ザフエルは辛抱強く重ねて言った。
「何者かが」
「ほら、あれ。火じゃないですか」
ニコルは腰窓の敷居に手をつき、やや身を乗り出し加減にした。遠い北の空を指さす。暗黒に塗りつぶされた森の彼方に、薄い朱に染まった雲が見えた。
「空が赤いでしょ」
ザフエルは目をほそめた。状況を確認し、うなずく。
「確かに」
ニコルは側の台に置いてあった双眼鏡を取ってのぞいた。
「うーん」
「何か見えますか」
「いや何も見えないです」
「焦点が合ってないのでは」
「僕だって双眼鏡ぐらい使えます」
「ではメガネをおかけください」
「いちいちうるさいです。メガネぐらいちゃんと掛けてます」
ニコルはついに頭に来て文句を言った。だがザフエルは相変わらずの無表情である。ぴくりとも頬を動かしたりしない。
「誰かがゾディアック軍の陣に火を放ったとか、だと思うんですけど」
「誰がそのような真似を」
ザフエルはあからさまに咎める視線をニコルへと向ける。
ニコルは堂々とかぶりを振った。
「まさか。僕がそんな難しいことできるわけがないじゃないですか。むしろザフエルさんじゃないですか、そういう戦法。補給線分断とか兵糧奪還とかセコい手よく使ってるじゃないですか」
「誰がセコいんですか」
「僕のほかにはザフエルさんしかいません」
「レゾンドがいます」
「レゾンドさんがザフエルさんを差し置いて勝手にそんなことするわけないです」
「あ、あの」
おそるおそる副官が口を挟む。おそらく放っておいたらこの指揮官たちは延々子供じみた言い合いをし続けるに違いないと踏んだのだろう。してその予感は当たっていた。
「よろしい、その点はいずれ考慮することとして」
やや不興じみた口振りでザフエルは話を打ち切った。何をどう考慮する気なのかさっぱりわからない。だが、セコい手と言われたのにはどうやら少々傷ついたらしい。あるいは図星だったのかもしれない。
「とにかく防衛体制を整えなければなりません」
「承知しました」
ニコルは壁に掛けてあった自分の軍服を、するりとハンガーから下ろした。もの言いたげに振り返る。
「着替えますから、出てって下さい」
ザフエルの眼が砂のように光る。
「外で見張ってましょうか」
それが、このメガネっ子の役職および姓名である。言葉にすれば簡単だが、ティセニア全土といえど二十人といない公国元帥の一人であり、騎士叙任とほぼ同時に元帥拝命という偉業を為し遂げた最強の軍人でもある。
……まったくそれらしく見えないという事実はおいといてだが。
「レゾンドさん、敵襲と言ったけど」
ニコルはホーラダイン中将ではなく、彼の副官であるレゾンド大尉に向かって尋ねた。
副官は直立不動で答える。
「そのようであります」
「ようであります、ということは、そうであります、でもないんですよね」
副官は、ぽかんと口を開けた。
ますますもって訳が分からない。なぜこんなに緊張感がないんだ。今にも頭を掻きむしって叫びだしたい気分でいっぱいである。
疑念の眼差しで説明を要求されたニコルは、仕方なく理由を述べた。
「うーん、《エフワズ》に反応がないんですけど」
この世界には、いくつかの稀少な宝石が存在する。
ルーン一文字を刻んだそれらの宝石は、古代より神々の知恵と力を体現するものとして伝えられ、それを行使する者に絶大な力を与えるとされていた。
だが、誰にでも使えるというものではない。実際にルーンを扱える者は限られていた。
ルーンを制御できるのは、ルーンに選ばれた者だけ。
そして、この第五師団に存在するルーンは、師団長であるニコルの所持する《先制のエフワズ》、《封殺のナウシズ》、そして参謀であるザフエルの《破壊のハガラズ》。この三つだけだった。
「エフワズに反応がないと言うことは」
ザフエルがおうむ返しにつぶやく。ニコルは脳天気なあくびをした。
「敵襲は受けないってことじゃないでしょうか」
《先制のエフワズ》は敵の害意を感知する。
どこから、どのように攻めてこようとも、相手の位置と方角、おおよその戦力を探知する。決して見逃すことはない。
「しかし近づくルーンの気配を感じます」
ザフエルは辛抱強く重ねて言った。
「何者かが」
「ほら、あれ。火じゃないですか」
ニコルは腰窓の敷居に手をつき、やや身を乗り出し加減にした。遠い北の空を指さす。暗黒に塗りつぶされた森の彼方に、薄い朱に染まった雲が見えた。
「空が赤いでしょ」
ザフエルは目をほそめた。状況を確認し、うなずく。
「確かに」
ニコルは側の台に置いてあった双眼鏡を取ってのぞいた。
「うーん」
「何か見えますか」
「いや何も見えないです」
「焦点が合ってないのでは」
「僕だって双眼鏡ぐらい使えます」
「ではメガネをおかけください」
「いちいちうるさいです。メガネぐらいちゃんと掛けてます」
ニコルはついに頭に来て文句を言った。だがザフエルは相変わらずの無表情である。ぴくりとも頬を動かしたりしない。
「誰かがゾディアック軍の陣に火を放ったとか、だと思うんですけど」
「誰がそのような真似を」
ザフエルはあからさまに咎める視線をニコルへと向ける。
ニコルは堂々とかぶりを振った。
「まさか。僕がそんな難しいことできるわけがないじゃないですか。むしろザフエルさんじゃないですか、そういう戦法。補給線分断とか兵糧奪還とかセコい手よく使ってるじゃないですか」
「誰がセコいんですか」
「僕のほかにはザフエルさんしかいません」
「レゾンドがいます」
「レゾンドさんがザフエルさんを差し置いて勝手にそんなことするわけないです」
「あ、あの」
おそるおそる副官が口を挟む。おそらく放っておいたらこの指揮官たちは延々子供じみた言い合いをし続けるに違いないと踏んだのだろう。してその予感は当たっていた。
「よろしい、その点はいずれ考慮することとして」
やや不興じみた口振りでザフエルは話を打ち切った。何をどう考慮する気なのかさっぱりわからない。だが、セコい手と言われたのにはどうやら少々傷ついたらしい。あるいは図星だったのかもしれない。
「とにかく防衛体制を整えなければなりません」
「承知しました」
ニコルは壁に掛けてあった自分の軍服を、するりとハンガーから下ろした。もの言いたげに振り返る。
「着替えますから、出てって下さい」
ザフエルの眼が砂のように光る。
「外で見張ってましょうか」
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