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男装メガネっ子元帥、お楽しみの真っ最中を覗いてダメージを受ける

「あ、ザフエルさーん。こっちこっち。ねーねー、ほら見て」

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 厳重に施錠し、城砦内の牢獄塔が一室に閉じ込めておいたはずの男が、どこにもいない。

 軍令本部室を訪れたレゾンド大尉は、厳しい叱責を覚悟してか、蝋のように白い顔をしていた。師団参謀であるザフエル・フォン・ホーラダインに向かい、こわばった声で報告する。

「やっと動いたか」
 ザフエルは部下を咎めることなくうなずいた。淡々と命令を告ぐ。
「第一憲兵分隊に連絡せよ。目標には決して接触するな。それよりも、奴に通じる鼠を確実に燻り出せ。私は師団長へ報告に上がる。かかれ」
「はっ、ただちに」

 レゾンド大尉は直立不動の姿勢から敬礼した。返礼を待たず部屋から辞してゆく。

 ザフエル・フォン・ホーラダインは北側に面する窓辺に立ち、視線を落とした。眼下には、森を切り開いて作られた広大な練兵場が広がっている。その彼方に連なるは、果てしなく黒々と揺れる針葉樹の森。

「どうにか間に合ったな」
 黒い瞳に、総毛立つ気配がひそんだ。



「ふふふんふふん、ふん、ふふん♪」
 調子っぱずれの鼻歌が、食堂の裏庭から聞こえてくる。やたらと嬉しそうだ。

 鬱蒼とはびこる雑木林をかきわけて裏庭へゆくと、ぽかぽかと日当たりの良い小さな畑がある。
 おそらく、この城砦を取り巻く村々が飢饉に陥ったときに作られたのだろう。数年間、いや、もしかしたらもっと放置され続け、荒れ放題だった畑は今や――

 みずみずしく伸びた野菜でいっぱいになっていた。

 甘い香りをふんだんに振りまく赤。
 太陽の光をいっぱいに吸い込んだ緑。
 なめらかな肌にきらきらと水滴を弾かせる黄色。

 それらに混じって、なぜか紫とピンクのしましまだとか、にょろにょろ変な触手が不気味にうごめく実だとかが、はちきれんばかりに実って、そこかしこでたわわに揺れている。

「あ、ザフエルさーん。こっちこっち」
 畑の向こう側から、うきうきとした声が飛ぶ。

 呼び止められたザフエル・フォン・ホーラダインは、黙れと言わんばかりのするどい眼差しを畑へと走らせた。

「ねーねー、ほら見て。どうですザフエルさん。そろそろ収穫できそうだと思いませんか」
 麦わら帽子にぐりぐりメガネ。首にはタオル、手に軍手。子犬のアップリケ付きエプロンに、どこで仕入れたか黒ゴム長をびしっと決めて。

 おおよそ師団長らしからぬ装いのニコルが、つるもの野菜のカーテンをかき分けて現れた。腰に手を当て胸を張ったりして、よほど出来映えを誉めてもらいたいらしい。それはもうニッコニコのドヤ顔である。

 そうそう、もしかしたら言い忘れているかも知れないので補記しておくと。
 この人物。ニコル・ディス・アーテュラスは、聖ティセニア公国軍に十八人しかいない元帥杖の所持者であり、かつ、精鋭ぞろいとして勇名を馳せるノーラス駐留軍第五師団の(どう見てもそうは見えないという事実は横に置くとして)司令官なのであった。

 ちなみに第五師団が今までに築き上げてきた輝かしき栄光と武勲の大半は、参謀であるザフエル・フォン・ホーラダイン中将の輔弼あってこそ。であるからしてニコル自身は、師団の象徴として「すんごく頑張ってるいたいけな姿を兵士たちに見せる係」に終始する以外、ほとんど勝利には関与していない。

 そして、あともう一つ。誰にも知られてはならない、大変な秘密がニコルにはあるのだが……。

「何ですかこれは」
 ザフエルは仕方なく足を止めて無感動に応じる。
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