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第4章 カルカタ防衛戦編
33話 肥えた豚
しおりを挟むカルカタの街は、非常に美しい城塞都市だ。
丘の上にたたずむ小さな城は、巨大な城壁に護られている。王都の城やデルフォイの神殿みたいな美しさはない。だけれども、石を積み上げた城壁は不思議な美しさを携えていた。そんな丘の裾野には一面のブドウ畑が広がっている。風が吹けば白い葉裏が光りながらうねり、その波が緑の中を渡っていく。遠くから見れば、ブドウ畑の海に浮かんでいるようにも見えるのだ。
……もっとも、現在の季節は冬。
緑の葉は枯れ落ちており、寂しげな細い枝だけが風にそよいでいた。遠目から見ても、どことなく寂しげな城塞都市にしか見えない。だが、夏を迎えれば、聞き及ぶよりも美しく見惚れてしまう城塞都市に変化するのだろう。リクは、そんなことを考えながら椅子に腰かけていた。
カルカタ城の会議室には、カルカタを統治する領主、クラウト・ザワーとその副官など「カルカタの首脳陣」と、第3軍ゴルトベルク師団のリク・バルサック少佐とその部下3人が集まっている。
「ごほん……それでは始めるか」
クラウト・ザワーは咳払いと共に話を始めた。
根っからの文官らしく、ヴルストと同じ狼系統の魔族にもかかわらず、非常に弱弱しい身体つきだった。それでも、会議場を良く通る声を出している。
「すでに聞いていると思うが、このカルカタに退魔師軍が押し寄せてきている。
その数は、およそ10万強。援軍に来られたバルサック少佐の軍勢4000を足しても、我らは2万に届くか届かないかだ」
「っく、何故……何故、ゴルトベルク中将はもっと援軍を寄越してくれなかったのだ!!」
クラウトの隣に座っていた男が、悔しげに嘆いた。
しかし、それは無理な話だ。ミューズ城こそ奪い返すことは出来たものの、優秀な兵を数多く失ってしまった。ゴルトベルクの影響力は魔王軍の中でも下火である。むしろ、4000も良く集めた方だと評価するべきである。
「口を慎め。ゴルトベルク中将は我らが上司なるぞ?」
「っく、分かりました……ザワー様」
男は口をつぐんだ。
男が何も言いださないのを見届けると、クラウトは再び口を開いた。
「兵力の差は圧倒的だ。ここで取れる方法は、籠城戦しかないだろう」
「籠城戦?」
リクは眉間に皺を寄せた。
「何か問題でもあるか、バルサック少佐?」
「じわりじわりと死んでいくつもり? 待ったって、これ以上援軍は来ないわよ」
リク達を送るので精一杯だったゴルトベルクが、これ以上兵を割けるとは思えない。
レーヴェンの傍に近づくため、一刻も早く出世したい。リクは、少しでも早く戦に勝利したかった。
「穴熊決め込んで、敵が引き下がるのを待つの?」
「食料の備蓄は十分だ。これだけあれば、あと5年は戦える」
クラウトの副官が資料を提示した。
領内からかき集めた食料の管理について記された書類だった。リクはそれを一瞥すると、鼻を鳴らした。
「……最初っから負け腰じゃない」
「これは必要な備えだ。一度、戦が始まれば少量の新規調達は難しいからな」
搬入路がしっかりしていたとしても、有事の際に食料は限られてしまう。
故に、少しでも備蓄しておく必要がある。リクもそれは理解していたが、どうもそれとは違う気がしていた。何も証拠のない直感に過ぎないが、クラウト側の人間の目に勝つ意気込みを感じられないのだ。何となくいなせば良い、籠城していれば帰ってくれるだろうと甘く考えているようにも思える。正面からそれを指摘してやろうか、とも考えたが、それはあまりにも短絡的だろう。リクは大きく深呼吸をした。
「籠城戦は最後の手段だと、私は学びました。……今はいかにして敵を削ぐか、ということを考えるべきなのでは?」
「無論、その通りだ。指摘されるまでもない。
して、貴官に何か案はあるのか? わずか2万の兵を使い捨てにせず、10万の大軍を倒す術を!」
「……まだ思案中です」
「ならば、あとは我らが策を練ろう。貴官らは下がって次の命を待つが良い」
しっしっと虫でも払うかのように、リク達を下がらせる。
退出させられたリクは、奥歯を噛みしめた。そんなリクの後ろで、付き従っていたヴルストとアスティも憤っていた。
「まったく、呼んでおいてお払い箱とはどういうことだよ!」
「本当でござる! あとで祖父上に文句の書状を送るでござる!!」
「少しうるさいわ、黙りなさい」
2人の罵りあいは、城の廊下に響き渡っていた。
誰かに2人の愚痴を聞きとがめられ、上官侮辱罪で戦場に立つこともなく処刑されたら意味がない。2人はしゅん、となった。が、それは一瞬だけだった。
「……籠城戦で勝った実績があるからって、偉そうにしやがって」
ヴルストは吐き捨てるように呟いた。リクは足を止めると、ヴルストを振り返った。
「それ、どういうこと?」
「なんだ? 嬢ちゃんはカルカタの昔話を知らねぇのか?……って、嬢ちゃんは人間だったっか」
すっかり忘れていた、とでも言いたげな表情を浮かべている。そんなヴルストを、リクは軽く睨んだ。
「魔族の中では有名な話なの?」
「まぁな。アスティも知ってんだろ?」
「知っているでござるよ。カルカタは数百年前、奪い返そうと退魔師が攻めてきたことがあったでござる」
昔話でも語るように、アスティは話し始めた。
「魔族は服従する人間には寛大でござるが、退魔師は服従した人間は裏切り者としてみなすでござる。だから、皆殺しにする勢いで攻めてきたのでござるよ。魔族側は3年間立てこもったでござる」
「3年も?」
記録として見れば、あっという間の時間だ。
しかし、体感するとなると結構長い。3年間、ずっと籠城という名の責め苦を受けていたのだ。井戸はあり、食料をある程度溜めこんでいたとしても、それでも日に日に戦いは厳しさを増しているはずだ。よく心折れることなく3年間も戦い抜いたな、とリクは感心してしまった。
「ああ。それでだな、3年も戦が続くとは思ってなかったもんで、食料もつきかけていたんだと。
そんな時、この街の領主は貴重な食料を一匹の豚に食わせたのさ」
「肥えさせて食べるため?」
リクが問うと、ヴルストとアスティは首を横に振った。
「違うでござるよ。その肥えさせた豚を、あろうことか城の外に放り出したでござる!」
残りわずかになった貴重な食料を与え、肥え太らせた豚は食べられることなく、城壁の外に放り出された。それを視た退魔師たちは、震えあがった。
「まだ、これほどまでに食料があるのかって驚いた退魔師連中は、すごすごと軍を引き上げたのさ。奴らも、軍を維持し続けるための士気と食料の不足に悩まされていたんだ」
「なるほどね」
リクは、ため息を吐いた。
その根競べで勝利した実績がある都市だからなのかもしれない。1度その方法で勝利したならば、籠城戦という安易な考えに飛びついてしまう。他の考えをろくに考えることなく、表立って戦うことを放棄しているのには理由があったのだ。
「馬鹿な連中。それじゃあ、私は年単位で帰れないじゃない」
籠城戦なんて、気の遠くなるような戦をするわけにはいかない。
だけれども、上層部は籠城戦をする気にあふれている。どうにかして敵が到着する前に、自軍を有利にする策を練る必要があった。
「すぐに作戦会議をするわ、私達だけでね」
なんとかしなければならない。
リクは唇をかみしめると、自室へ急ぐのだった。
※
「籠城戦、ですか?」
騎馬にまたがったマリーは、斜め前を走るルークに問い返した。
ルークは、何も躊躇うことなく力強く頷いた。
「カルカタの連中が取る手法は、絶対に籠城戦だ。
昔、クルミが話してくれた物語にカルカタ籠城戦の話があったんだ」
クルミの名前を出した瞬間、ルークは思わず涙ぐみそうになり、マリーは不機嫌そうに顔を歪める。だけれども、2人とも互いの表情を気にしない。ルークは、そのまま何事もなかったかのように話を続けた。
「だから、今回もそれを選ぶ。3年か4年か分からないけど持ちこたえて、肥えた豚を放り投げるつもりなんだろうね。
……もちろん、籠城戦なんてことに持ち込む前に倒すけど」
「しかし……意外と手ごわい城ですよ。先遣隊が確認してきたところ、落とすのは難しそうな城でしたし」
マリーが苦言を溢す。だけれども、ルークの表情は自信に満ち溢れていた。
今まで、セレスティーナやレベッカ達の死やシャルロッテの拒絶など、ゲーム通りに展開しなかったこともあった。今回も、クルミがいた方が楽に進む戦だ。だけれども、いないからといってカルカタを攻略できないわけでもない。クルミを攻略していなくても、あの城は落とせるストーリーになっているのだ。
首脳陣は誰も彼も籠城戦に固執している。痩せているくせに、太った豚のように馬鹿な領主。ルークは、現実が視えない彼らに負ける気なんてしなかった。
「大丈夫、マリー。作戦は立てているから。
ちゃんと、あの城から将を引きずり出す作戦をね」
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