バルサック戦記 -片翼のリクと白銀のルーク-(旧題:片翼のリク  ‐退魔師の一族だけど、魔王軍に就職しました‐)

寺町朱穂

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第4章 カルカタ防衛戦編

38話 深夜の謀反

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 予想以上に、くだらない欠席理由だった。
 リクはアスティの部屋から出ると、大きくため息を吐いた。
 今日、珍しくアスティが修練を欠席していた。アスティは、部下の中でも群を抜いた真面目な分類に入る。太陽が昇る前から修練場に入り、剣や槍を振るっているのだ。しかし、今日に限ってアスティは姿を見せなかったのだ。

 別に、リク自身はアスティが来ても来なくても興味はない。しかし、彼女はリクの部下であり、ゴルトベルクから預かっている。もしかしたら高熱で倒れてしまい、自室から出られないのかもしれない。それを放置したということになると、リクの立場が悪くなり、ひいてはその醜聞がレーヴェンにまで及びかねない。だからリクは修練を早めに切り上げると、アスティに与えられた部屋を訪ねたのだった。


 結果、取り越し苦労に終わってしまったが。

「よっ、嬢ちゃん」

 リクが角を曲がると、ヴルストが壁に寄りかかっていた。恐らく、リクが戻ってくるのを待っていたのだろう。リクが軽く手を上げて挨拶をしながら通り過ぎると、横に並んで歩き始めた。

「それで、あの子が休んだ原因なんだったんだよ? 病気か?」
「……自主謹慎よ」

 リクは肩を落とした。
 心配して尋ねてみて、どこか損したような気分になる。アスティは、病気で苦しんでいるわけではなかった。身体は健康そのものなのだろう。椅子に腰かけ、軍略の本を読みふけっていた。

「はぁ? 謹慎?」

 ヴルストは、驚いたように声を上げる。リクは、声を潜めて言葉を続けた。

「そっ。今回の戦の責任は、自分にあるって思っているみたい」

 アスティ曰く「今回、カルカタ平野に軍を出兵させる原因を作ったのは、明らかに自分の言動である」「つまり、責任は自分にある」「だから、しかるべき時まで謹慎する」ということだったのだ。
 無論、アスティに責任の一端があることは事実だろう。しかし、アスティは意見を述べたまでに過ぎない。それをろくに審議することなく、鵜呑みにしたクラウトに責任がある。

「謹慎するよりも、力を磨きなさいって言ってきたんだけど、せめて3日は謹慎するといって聞かないのよ。なんでも、ゴルトベルク家の家訓に『悪いことは認め、謹慎するべし』とかあるみたい」
「真面目っていうか、なんていうか……」

 ヴルストは、呆れたような表情を浮かべていた。リクも、今の彼と似たような表情を浮かべている気がする。

「家訓を護るよりも、もっと大事なものがあるのに」

 リクは家訓というより、家柄というしがらみが嫌いだ。家の誇りとやらのせいでリクは捨てられて、苦しい思いをする羽目になっている。レーヴェンと出会えた、という面だけを見れば良いことだったのかもしれない。しかし、やはり10年経過してもバルサックを敵視している自分がいた。
 10年前のあの日……最愛の父に裏切られ、波に飲み込まれ、浜に打ち付けられた時の記憶は、薄らと靄がかかっている。詳しく思い出せないけれども、燃え盛るような恨みや憎しみを抱いていたような気がした。その想いは、今でもリクの奥底にくすぶっている。バルサックという柵は、10年経過した今でもリクを縛りつけた。恐らく、このまま一生囚われて生きていくのだろう。

 それを考えると、なんだか気分が重くなってきた。

「さあな」 

 ヴルストの返答は、非常に素っ気なかった。胸ポケットから葉巻を取り出し、吸い始める。リクは煙草の臭いが嫌いだった。臭いも嫌いだが、吐き出される灰も煙たくて、咳が抑えられなくなる。リクが文句を言おうと口を開いた、その時だった。

「ん?」

 ふと背後から怪しげな視線を感じた。
 リクが振り返ると、そこには3人の兵士がいた。3人とも人間のような姿だったが、魔王軍の兵装備を纏っているので魔族なのだろう。そこは気にならないのだが、3人がリクを見てくる視線が気になった。それは、日頃から慣れている疎む視線とは少し違う。疎みや蔑みよりも、驚きの色が強く滲み出ている。

「どうした、嬢ちゃん?」

 リクが視ていると、3人は隠れるように姿を消した。見覚えのない顔だったので、リクの部下ではなく、カルカタ兵なのだろう。しかし、それにしても何かが引っかかる。

「さっき、そこの角を曲がった3人組を見た?」
「ん? あぁ、さっき睨んでた奴らだろ?……どうせ、嬢ちゃんが人間なのに手柄を立てたことを僻んでるんじゃねぇか?」
「そう、だといいんだけど」

 少し、敏感になっているのかもしれない。リクはそう思い込むと、疑念を振り払うのだった。







 事件が起きたのは、その日の夜中だ。
 月が天上に差し掛かった時、豚小屋から鋭い叫び声が上がったのだ。

「謀反だぞ!!」
「裏切り者だ!!」
「火事だ!! 燃やされるぞ!」

 その言葉が空を貫くとともに、火の手があがったのだ。豚小屋に敷かれた藁が急激に燃え上がり、夜空を煌々と照らす。見張りの兵たちも、突然の火と謀反の声に慌てふためいていた。

「うるさいわね、本当に」

 リクは鎧をまとうと、部屋を出た。ちょうど曲がり角の向こうから、ヴルストとロップが数人の部下を引き連れて駆け寄ってくるところだった。

「し、少佐! 一大事ですよ!!」
「なんでも、謀反人が現れたらしいぜ」
「慌てると、奴らの思う壺よ」

 リクは、どこか慌てている2人に檄を飛ばす。こういう時こそ、冷静に対処しなければならないのだ。リクは、深く息を吐く。そして、叫び声が上がる方向を見た。冬で空気が乾燥している時期だということもあるのだろう。急ごしらえの豚小屋は、音を立てながら燃えていた。

「ヴルスト少尉、兵を率いて騒ぎを鎮めなさい。たぶん、3人くらいが混乱させるためにやっているだろうから。無暗に騒ぐ者は、切り捨てなさい」
「了解っと」

 ヴルストは、軽く頭を下げるとすぐに急行した。あっという間に、ヴルストは風のようにいなくなった。

「それにしても、どうして3人くらいだって分かったんですか?」

 ロップが不思議そうに尋ねてきた。リクは、炎を眺めながら淡々と答える。

「最初、叫んでる声の主は3人くらいだったからよ」
「えっ、寝てなかったんですか?」
「眠る気にもなれなかったし、修行する気にもなれなかったから。それよりも、どうやって侵入したと思う?」

 リクは火を眺めながら、ロップに問いかけた。ロップは、眉をひそめ懸命に考え込む。唸るような声を1,2度上げてから、ロップは戸惑いがちに口を開いた。

「カルカタ城壁を登るのは……不可能です。無理やり登れる高さでもないですし、内通者が縄で引き上げたとしても、他の見張りが気付きます」
「それならば、門番が裏切っていた?」
「それはありません。門番は代々カルカタに仕える魔族がやっています」
「そうね。仮に裏切っていたとしても、時機タイミングを見計らうはずよ。少なくとも、今日は夜の見回りが厳しいわ」
「……ですね。宴席の後辺りに騒ぎを起こした方が、効果的だと思います」

 それならば、どうやって侵入したのか。
 そもそも、どうして「今」火を放ったのか。容易に侵入できるのであれば、もう少し気が緩んでから混乱を引き起こした方が良い。例えば、ロップが言った通り、宴席で酔っぱらっている隙をついて火を起こした方が、混乱がさらに広がるだろう。

「そもそも、どうして混乱を引き起こしたんでしょう? 
 だって、敵が2,3人なら混乱を起こしても、僕たちがすぐに鎮圧すれば意味がないですって」

 ロップが困ったように言葉を紡いだ。疑問はいくらでも沸いてくる。リクは、あごに軽く指を乗せて考え込んだ。火は勢いを増し、今や豚小屋どころか隣の羊小屋まで燃え移っていた。

「この混乱を起こすのは、今日でなくては意味がないってことかしら」
「内通者と外との連携が、上手く取れる環境にないってことですか?」
「そういうことよ。つまり、前もって『今日実行する』と決めてた」
「えっと……敵軍は、今日、この時間に火が上がることを知っている。こちらが多少でも混乱することを知っている、ということでしょうか」

 ロップの疑問に、リクは頷いた。

「そうね。……つまり、城外と示し合わせているってことよ」

 混乱に乗じて、攻めいることは戦の定石だ。大方、慌てている隙をついて門を内側から開き、敵軍を招き入れる算段だったのだろう。リクが考えをまとめた時、ヴルストが戻ってきた。

「嬢ちゃん。豚小屋に火をつけていた3人組を捕らえたぜ」
「やっぱり3人だったのね。どこにいるの?」
「今、広場に連行している。消火には少し時間がかかりそうだ。結構燃え移っているからな」
 
 ヴルストの案内の元、リクはロップと一緒に広場に向かった。そこには、3人の兵士が縄に巻かれていた。興味深いことに、夕方みかけた3人の兵士だった。どうやら、紛れ込んだバルサックの兵だったらしい。

「あの視線の意味は、そういうことね」

 リクは納得した。死んだと思っていたはずの落ちこぼれが、何故か魔王軍にいたのだ。驚かないわけがない。おそらく、トードと似たような心境だろう。こちらを睨んでくるバルサック兵を見て、リクは一瞬思案する。だけれども、悩んでいる時間はない。ハルバードを引き抜くと、有無言わさず3人の首をはねた。

「ちょ、嬢ちゃん!? 情報を搾り取らなくて良いのか!!?」
「その前に、また自爆されるかもしれないわ。爆弾を持っているか持っていないか、調べても良いけど……今は時間が惜しいから、こうするしかない」

 本当ならば、じっくり痛めつけたかった。
 皮を絞って、骨を砕いて、殺してくださいと嘆願するまで痛めつけてやりたかった。だけれども、時間がない。娯楽に耽る時間は、後でたっぷりとればよい。

「すぐに兵士を城門に集めなさい」
「は? なんでだよ、消火が先だろ?」

 この間にも、火は勢いよく燃え上っている。
 すぐに消化活動をしなければ、更に火が拡大する。風向きが変われば、市街地まで燃え移りかねない。しかし、リクは火を一瞥しただけだった。むしろ、このまま燃え広がった方が効果的だろう。リクは口端を持ち上げると、ヴルストに視線を戻した。


「逆に利用するのよ。この大きなのろしをね」


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