27 / 77
第5章 魔王の冠編
51話 運命は転がる
しおりを挟む4隻の船に大量の矢が降り注ぐ。
退魔の術が付加された矢の雨だ。敵船を囲いこむように狭めつつ、反撃の隙を与えず攻撃を続ける。海上には、矢が風を切る音と船に刺さる音が響いていた。
もし、逆の立場だったとすれば、この集中砲火はたまったものではない。この状況から逃げ出したくても、船の周囲は当たり前だが海に囲まれている。泳いで逃げようにもシェール島は陸地から遠く、最も近い陸地まで3日間休まず泳いでも辿り着かない。
それに、たとえ海に強い魔族がいたとしても結果は見えている。海へ飛び込んだところで、そこを狙い撃ちされてしまうだろう。
最後まで戦っても、地獄。そして、逃げ出しても地獄。
どちらへ転んでも、魔族の未来は終わりしかない。
「そうだ、もっと悲鳴を上げろ!」
ルークは、狂ったように矢を放ち続けた。何度も、何度も棒のように突っ立った魔族を狙う。
もっと、もっと、もっと悲鳴あげて、逃げ惑えばいい。死に物狂いで、反撃してくれば良い。むしろ、反撃してきたところを、返り討ちにして潰してやる。これは、お前達がやらかした罰だ。気高いセレスティーナと、幼いレベッカと、一途なクルミと、献身的なマリーを殺した報いだ。死をもって反省しろ、と叫びながら弓を引き絞る。
「反撃しろよ、なぁ、反撃してこい! お前達の希望を、全て残らず潰してやる!」
どっぷりと怒りに身を任せる。反撃しようと近づいてきたら、こちらから船に乗り込んでやる。そして、一体一体切り殺してやるのだ。早く近づいて来い、それとも矢で全滅してしまえ。
ルークは、中々反撃してこない魔族にいらだちを募らせる。しかし、ふと違和感を覚えた。魔族たちが反撃してこないのは、こちらの猛攻に為す術もないのかもしれない。四方を包囲され、抜け出す隙間もない。兵を養えるだけの食料もなく、じわりじわり弱っていくくらいなら、と襲い掛かってきたのだろう。ならば、もう少し反撃しても良いはずだ。なのに、反撃してこない。むしろ、シェール島へ逃げようとしているような気がする。
ルークは弓を射る手を止め、目を細めた。夜目が効かないので、船に乗っている魔族、1人ずつの顔は見えない。月灯りもない真夜中だからだろう。黒いシルエットだけが、ぼんやりと浮かび上がっている。
「……ラク姉、なんか変だ」
ルークは、ラクの方に視線を向ける。ルークよりも先に、ラクは既に異常に気付いていたのだろう。弓をおろし、船の桟から身を乗り出している。何かを思案するように眉間にしわを寄せていた。
「……ラク姉?」
「少し黙れ、気が乱れる」
ラクの真剣な声に、ルークは黙りこんだ。ラクはルークには目もくれず、腰のカバンに入っていた遠眼鏡を取り出している。どうやら、敵の様子を確認するらしい。
そして、ルーク自身も考えることにする。ルークは、この違和感の正体に考えを巡らせた。
まず、最初に思いついたのは、カルカタでの初戦だった。あの時も、こうして開戦直後は一方的に弄っていた。カルカタ城へ敗走する魔族たちを追いかけて、待ち伏せていた罠にかかってしまった。
今回も負けた振りをして、こちらを罠に誘い込もうとしているのだろうか。
「いや、違う」
ルークは、首を横に振った。
自分が戦っていた魔族たちは、少なくとも罠の存在を知らなかった。必死になって、死に物狂いで戦いを挑んできていた。眼下の船団からは、その必死さが伝わってこない。では、どうして魔族は必死になっていないのだろうか。このような絶望的な状況だというのに。ルークは低く唸った。
「あっ」
そうしているうちに、魔族たちは船頭の向きを変え始めた。どうやら、劣勢を悟ってシェール島へ逃げ帰るつもりらしい。ルークは首をかしげずにはいられなかった。圧勝した嬉しさよりも、釈然としない違和感だけが残る。もやもやっとしていると、隣に立っていたラクが金切り声を上げた。
「火矢に変えろ! あ奴らの船を燃やせ、今すぐにだ!!」
「燃やす!?」
姉が発した予想外の言葉に、ルークは眼を向いた。敵船へ乗り移ることが出来ない距離とはいえ、それでも矢が届く範囲内にいる。風向き1つ変われば、こちらへ火が向かってきかねない。だから、火矢は使用しなかった。それなのに、ラクは躊躇わず使えと言いだしたのだ。
「駄目だよ、ラク姉! 危ないって!」
ルークは、ラクの正気を疑った。
ルークが問い詰めてみたが、ラクは表情を変えなかった。むしろ、ますます険しい表情へと変わっていく。
「たわけが! よく視てみろ、あの船に乗っている魔族をな!」
ラクは、ルークの胸に遠眼鏡を押し付けてくる。乱暴に渡された遠眼鏡を受け取ると、魔族の船を覗き込む。そして、息をのんでしまった。
先程まで、魔族のシルエットだと思い込んで矢を射続けてきていた。しかし、そのシルエットの正体は藁で形作られた人形だったのだ。何十もの人形が、大きく手を広げて乗船している。人形の頭部に、胸部に、腹部に、いたるところに矢が深々と刺さっている。その近くで、数名の魔族が矢の雨を掻い潜りながら船を操っていた。
「そんな……こんなことって」
ルークの身体から、さぁっと血が引いた。
これでは、敵に矢をプレゼントしたようなものだ。もちろん、1度放った矢は基本的に使い物にならない。だけれども、状態が良ければ次もまた使うことが出来る。今までの憎しみを胸に放った矢が、敵を潤してしまう。へなへなっと、ルークは座り込んでしまった。
「しゃきっとしろ! ルーク、お前は指揮官だぞ?」
ラクに背中を叩かれ、ルークは飛び起きた。逃げ帰る船を火矢が追いかける。火矢を浴びて、1隻が轟と燃え上がった。しかし、残りの3隻は悔しいことに包囲を抜けて帰っていく。こちらは大量の矢を失い、あちらは大量の矢を戦利品として持ち帰る。一見すれば、勝ち戦だった。だけれども、これは明らかに負け戦だ。ルークは船の壁に拳を打ち付ける。じん、とした痛みが拳に奔った。
「……ラク姉、残りの矢は?」
「……口惜しいが、1人30本あれば良い方だな」
これは、矢を補給しにフェルトまで帰る必要がある。
矢を比較的消耗しなかった船を見張りに残し、戦えない船は一度帰らせよう。ルークはラクと明日からの行動を話し合った後、とぼとぼと自室へ戻った。
「また、負けだ」
自分は主人公のはずだ。
この世界の中心は、自分のはずだ。
だけれども、どうしてこうも負け続きなのだろうか。
最初は、そうでもなかった。
楽しく異世界を満喫し、退魔師として着実に上の地位を目指していたはずだ。それが、まるで坂道を転がり落ちるように、どんどん状況が酷くなっていく。自分は、何処で間違ってしまったのだろうか。ゲームのルーク・バルサックとの差異は、領民のために思って改革をしたことくらいだ。人のためを想ってしたことが、こんな悪運に繋がってしまうのだろうとは考えられない。となると、自分に原因があるわけだが、ルークは何が問題だったのか分からなかった。
「最悪だ、本当に」
せっかく異世界転生して、楽しい生活を送れると思ったのに。
ルークはため息をつくと、鍵を開けて、部屋へ転がり込んだとき、ふと先客がいることに気付いた。先程まで鍵は閉まっていたはずだ。合鍵なんて存在せず、この部屋の鍵を持っているのはルークだけなのだ。
「誰だ? ……魔族か?」
この騒ぎに乗じて、こっそりと魔族が乗り込んできた可能性も捨てられない。ルークは、警戒心を高めた。腰の剣に手を伸ばし、いつでも戦闘できる体制を整える。息をひそめ、相手の出方を待った。
すると、先客はおかしそうに笑い始めた。
『くっくっく……そんなに怖がらなくてもいいよ』
そこにいたのは、羽を生やした美男子だった。
魔族かと勘繰ったが、文献に乗っていた魔族の種類とは一致しない。だけれども、明らかに人間ではない以上、目の前の人物は魔族なのだろうと判断する。ルークは臨戦態勢を整えたまま、美男子と向き合った。
「誰だ?」
『僕は、死神さ』
そう名乗った美男子は、何かや古い巻物を掲げる。古びた巻物には、びっしりと細かい文字が書かれている。博物館に飾ってありそうな巻物を、ひらひらと死神は振っていた。死神は悪戯っぽく口角を上げながら、まったく笑っていない双眸が困惑するルークを捕らえていた。
『君の願いを叶えに来たんだ、ルーク・バルサック』
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】
異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。
『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。
しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。
そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる