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第6章 王都強襲編
56話 焼き豚と赤ずきん
しおりを挟む「えっ……それ、本気で言ってるの?」
ルークは、少女の問いに耳を疑った。
とてもではないが、正気の沙汰とは思えない願いだった。だけれども、赤い頭巾を被った少女の目に嘘偽りは感じられない。無邪気に微笑みを浮かべて、ルークを見上げている。
「はい。でも……やっぱり、駄目ですよね」
少女は、旗色が悪いことを悟ったのだろうか。困ったように眉をひそめると、ルークから顔をそむけた。頭巾の影で顔のほとんどが隠れてしまっているが、それでも少女が歯を食いしばっているのが見える。その口元は、酷く哀しそうに歪んでいるように見えた。
このままでは、この少女を泣かせてしまうかもしれない。ルークは、慌ててしまった。
「い、いや、そんなことないよ。でも、君ってさ、大胆って言うか、なんていうか……あー、ちょっと、えっと、ほら、あれを奢るよ。それで、ゆっくり話そう、うん!」
ルークは少女の腕を無理やり握った。そして、噴水の周りを囲む屋台に視線を走らせる。
王都の中心に位置する噴水広場は、ちょっとした憩いの場になっていた。噴水の周りには、簡易的な食べ物を販売する屋台とベンチが点在している。だけれども、この日に限って屋台は1つしか営業していない。しかも、よりにもよって焼き豚をパンに挟んだ簡易料理を販売している店だ。いままでは、美味しそうな肉の焼ける香りに感じていたが、とたんにカルカタでの記憶を想起させる。
ルークは、豚肉が好きだ。しかし、あまり良い思い出はない。
……しかし、一度奢ると言ってしまった。もう前言を撤回することは出来ない。それに、なんだか小腹も空いてきていた。少しでも気を抜くと、腹がなりそうだ。
ルークは内心溜息を吐きながら、屋台に駆け寄った。
「すみません。それ、2人分お願いします。あ、そっちの水も入った瓶は2つください」
注文すると、あっという間に料理が用意される。炭火であぶった豚肉を手際よくナイフで切り分け、ヘラで壺に入ったタレをつける。そして、そのまま野菜と一緒に柔らかそうな白いパンに挟んだ。
「はいよ」
そして瓶を2つ手に取ると、銅貨と引き換えに渡してくれた。ルークは近くのベンチに腰を下ろすと、瓶と焼き豚バーガーを少女に押し付けた。
「これの代金はいらないよ。僕の奢り」
少女は、何も言わなかった。
ありがとうとも、すみませんとも言わない。ただ、何かを思案するように焼き豚バーガーを見下ろしている。
「……焼き豚、ですね」
「うん。って、もしかして、豚苦手?」
「いいえ、不思議な縁もあるものだと感心していました」
少女は、くすりと笑った。何か面白い出来事でも思い出したのかもしれない。その横顔は酷く楽しそうで、いまにも鼻歌を謳いだしそうな雰囲気だった。先程までの暗い雰囲気も、凶悪な殺意も見当たらない。ルークは、ほんの少しだけ安心した。
「良かった。苦手だったら、どうしようかって思った」
ルークは肩をすくめると、バーガーに齧り付いた。
具材を挟んでいたパンは、ちょうど良いことに焼き立てだった。表面のかりっとした触感と、中のふんわりと甘い味を舌が捉える。しゃきっとしたレタスとよく似た野菜が、パンの甘みを引き立たせていた。
だが、何よりも美味しいのは焼き豚だ。
大きくて分厚い肉は、見た感じ硬そうだった。だけれども、意外にも簡単に噛み切ることが出来た。じゅわり、と一口で肉の旨味が口に広がっていく。とろとろの脂身とタレが絶妙に絡み合い、それがまたパンに良い具合に滲みこんでいる。
腹が空いていたという理由もあっただろう。予想以上に美味しくて、ルークは感嘆の声を漏らしてしまいそうになった。
「……それで、先程の頼みですが……聞いていただけますか?」
焼き豚バーガーの美味さに身悶えしていると、冷静な声をかけられた。ルークは、はっと我に返る。隣に座っていた少女は、まっすぐルークを見つめいた。
「あ、うん。えっと、確か……『カトリーヌ王女様に会うための手伝いをして欲しい』だっけ?」
「はい」
少女は、どこか恥ずかしそうに呟く。風で吹き消されてしまいそうなくらい、小さくて聞き取りにくい声だった。
「田舎の父が、カトリーヌ王女様に助けてもらったのです。せっかく王都に来たのですから、お礼を申し上げたくて……でも、無理ですよね、王城に忍び込むなんて……。ごめんなさい、こんなこと頼んでしまって」
少女はパンを包んでいた紙袋を、くしゃりと握りしめている。自分でも実現不可能なことだと、分かっているのだろう。少女は、やっぱり哀しげな色を浮かべていた。ルークは、少女から目をそむけた。まさか、自分の家に件の王女が滞在しているとは口が裂けても言えない。
「いや、別に嫌なんかじゃないよ」
少女のためを想うのであれば、自分の家に滞在していると言えばいい。
赤い頭巾を被った少女は、どこまでも純粋そうだった。圧倒されてしまいそうな殺気は、きっと慣れない都会に来て警戒していただけなのだろう。ルークはそう思い込み、「自分の屋敷に滞在している」と言おうとして、慌てて口を閉ざした。
カトリーヌ王女の訪問は、極秘扱いなのだ。万が一、誰かに聞かれたら困る。盗み聞きしていそうな怪しい人物はいないかと、ルークは周囲に視線を走らせた。
噴水広場は、どこまでも普段通りの活気に満ちている。小鳥にパンをあげる子供や、額を合わせて談笑する主婦たち。せっせと焼き豚バーガーを販売する店員に、そのバーガーを夢中になって喰らう若者たち。誰もが自分たちの世界に入っている。
……後ろのベンチに腰を掛けている少年も、本を片手に転寝していた。帽子を深く被っているせいで、確実に寝ているかどうかは分からない。静かな鼾を立てているので、たぶん聞かれる心配はない。
でも、万が一と言うことがある。ルークが躊躇っていると、少女は首をゆっくり横に振った。
「すみません、この頼みは忘れてください。……王城に忍び込むなんて、刺客かと思われてしまいます。私は……貴方に犯罪の片棒を担げ、と言っているのですから」
少女の大きな瞳が潤み始める。小刻みに肩が震え、今にも大粒の涙が零れ落ちそうだ。
女の子を泣かせてしまった。
か弱い女の子を、追い詰めてしまった。女の子を泣かせるなんて、自分は最低の男だ。ルークは、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。慌てて少女の手を握ると、少女と目を合わせる。
「大丈夫! 僕が、僕が何とかするから!」
ルークは泣きやんでくれ、と強く願いながら、少女の手を握りしめる。清純そうな見た目とは裏腹に、どことなく武骨な手をしていた。ルークは一瞬「おや?」と疑問を抱いたものの、その違和感など気にかけている暇などない。
「これは極秘なんだけど……王女様は僕の……し、知り合いの家にいるんだ。
すぐにでも、その知り合いに掛け合ってみるよ」
「それ、本当?」
「本当さ! カトリーヌ王女は優しいって聞くし、聞き入れてくれるはずだよ。 今日の夜、この場所に王女様を連れてきてあげる。約束するよ」
ルークは、勢い良く頷いた。すると、少女は期待に目を輝かせた。愉しげに口元を綻ばせながら、ルークの手を握り返してくる。主人公として数多くの女の子と接して来たけれども、こうして互いの息がかかりそうな距離で微笑みかけられると、どことなく顔に熱が集まってくる。
「信じて、いいんですか?」
「もちろんさ! あっ……そういえば、君の名前は? 僕は、ルークって言うんだ」
「アンナです。アンナ・スミス。よろしくお願いします、ルークさん」
アンナは、すんなりと名前を教えてくれた。ルークに向けられる瞳は、完全にルークを信じている。これで約束を破ったりなんかしたら、本当に泣きだしてしまうかもしれない。
「じゃあ、今日の夜に連れてくるから。待っててね、スミスさん!」
それだけ言うと、ルークはアンナに背を向けた。
早く帰って、カトリーヌと話をつけなければならない。カトリーヌは、民に対する慈愛で満ち溢れている。アンナが語っていた真摯な思いを伝えれば、きっと家を抜け出すことを了承してくれるはずだ。
「それにしても、ちょっと可愛かったな……もしかして、知る人ぞ知る隠しキャラだったりして」
ルークは、再び甘い夢を思い浮かべる。
こんな展開はゲームになかったし、1日くらい魔族を警戒しなくても大丈夫だろう。
そう思い込むと、足早に屋敷へ駆け戻るのだった。
※
赤い頭巾を被った少女は、ルークの背中が小さくなっていくのを見つめていた。
そして、その背中が人混みに消えてなくなると、疲れたように息を吐いた。手についたパンくずや汚れを落とすと、気怠そうに背もたれに身体を預ける。足を組みながら、少女は青い空を眩しそうに見上げた。
「……ロップ、今の話を聞いていたかしら?」
少女が淡々と呟けば、後ろのベンチに座っていた少年が口を開いた。
「はい、聞いていました。リク大佐」
「私は、アンナ。田舎から出稼ぎに来た小娘よ。名前を間違えないで」
リクは、自分のことを本名で呼んだロップを叱責した。
別に、偽名なんて何でもよかった。アンナ・スミスなんて、ありふれた名前だ。きっと、この噴水広場で「アンナさん」と大声で叫ば、1人、2人振り返ることだろう。名字のスミスでも、きっと同じことが言える。凡庸すぎて、つまらない名前だ。
でも、これといった特徴のない凡庸だからこそ、注目されることなく埋没出来る。
「すみません、つい……それにしても、あっさりと頼みが通りましたね。てっきり、断られるかと思いました」
「私もよ。でも、あれは女好きだから。私が女である以上、頼みを断れないわ」
ルークは、女好きだ。
リクが今まで剣を交えた女性は、そろいもそろって「ルークのために」と宣言する。バルサック傘下の退魔師から別の名門退魔師、はては裏切り者の魔族までもが「ルークのために」と剣を握るのだ。これは、洗脳もとい誑かしているとしか考えられない。
デルフォイで「見た目だけは良い」シャルロッテと2人っきりになろうとしたことからも、女好きの片鱗が見て取れる。
女好きである以上、邪険に扱うことはしないだろう。派手にぶつかれば、よほど急いでいない限り侘びくらいするはずだ。それを考えた上で、リクはルークとぶつかったのだった。
「でも、簡単だったわね。泣き真似しただけで落ちるなんて……」
涙を流しただけで、簡単に了承させることが出来た。ルークの前で泣くなんて恥辱の何物でもないが、この約束に漕ぎつけるのならば構わない。それに耐えて涙を流そう。
それにしても、予想以上にあっけないかった。リクは内心、あきれ返ってしまっていた。女の嘘も見破れぬ男が名門の跡取りとは、お腹を抱えて笑い出したくなる。
「……でも、本当に王女を連れてくるのでしょうか?」
「心配ないわ。もし約束を破られたら……最初の計画通りに進めばいいだけのこと」
今夜、ルークが連れてこなくても問題ない。連れてこなかったら、こちらから乗り込めばいいだけの話だ。
「ロップ、他の魔族たちと連絡とりなさい」
リクは立ち上がると、頭巾の縁を握りしめた。赤い頭巾のおかげで、目立つ髪の色を隠すことができる。髪の毛さえ隠してしまえば目立つこともない。リクは、にたりと口元を歪ませた。
「お姫様歓迎会の準備を、はじめるわよ」
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