35 / 77
第6章 王都強襲編
58話 全ての始まりの男
しおりを挟む全ての始まりの男は、リクに向けて手を伸ばしていた。
「リク。本当に悪い子だ。せっかく命を拾ったのに、魔族と手を組むなんて……悪い子には、おしおきをしないとね」
ライモンの口から自分の名前が放たれた瞬間、リクの心臓がどくんっと高鳴った。狂ったように激しく鼓動を打ち始める。身体中が、ざわりと震えた。リクを構成する細胞の1つ1つが、目の前の男を殺せと叫んでいる。リクは、にたりと微笑んだ。
「いいえ」
殺せ。
切り殺せ、削ぎ殺せ、刺し殺せ、叩き殺せ、捩じり殺せ、踏み殺せ、捻り殺せ、絞め殺せ、弄り殺せ、炙り殺せ、圧し殺せ、殴り殺せ、噛み殺せ!!
いや、違う。殺す前に、三千世界の苦しみ全てを与え尽くす必要がある。
その身体に恐怖という恐怖を与えつくして、死という死を身体に滲みこませてやる。
リクは、身体全身の騒ぎに応じるように震えていた。見捨てられたあの日から、待ち望んでいた瞬間が訪れたのだ。これ程までに感極まる日が存在するだろうか。リクは、ぺろりと舌を舐めた。
「お仕置が必要なのは、貴方の方よ……お父様」
リクは、腰を落とした。
戦う準備は万全だ。今ならば、退魔師を100人でも200人でも切り殺せる。そんな解放感がリクを支配していた。
その一方、配下の魔族たちは、リクとは別の意味で震えていた。バルサックの頭首が、50を超える退魔師を率いて襲い掛かろうとしている。この戦いに勝てるなど、到底思えなかった。魔族の1人が、勇気を振り絞ると、リクの袖を引いた。
「大佐、大佐、あんな沢山の退魔師を相手にしてたら、命が幾つあっても足りませんよ!」
配下の魔族が、リクの耳元に囁きかけてくる。
その声で、わずかに冷静さが戻ってきた。冷水を浴びたように、すっと高ぶった感情が収まる。といっても、リクの中から殺意が消えたわけではない。殺意は鞘から抜かれたまま、逆に鋭く磨き上げられていた。じろり、と横目で配下の魔族を睨みつける。
「貴方たち……敵に背を向けて逃げるつもりなの?」
「逃げましょう、逃げるしかありませんって、大佐。王女を連れて、アドラー中将と合流する方が先決です」
「合流、ね」
リクは、ぼそりと呟いた。
この殺意に身を任せれば、この程度を相手にするなど造作もないことだ。
しかし、リクが今握りしめているのは戦い慣れた相棒ではなく、セレスティーナ・ビストールから拝借した銀の剣だった。剣でも戦うことはできるが、万全の体勢とは言い難い。ライモンが率いているのであれば、背後に控えている1人1人がミューズで剣を交えたトード・バルサック並みの実力の持ち主だろう。
ライモン・バルサックは、トードと比べ物にならないくらい強敵だ。
最後に剣を交えたのは、幼少期の模擬鍛錬だった。その時点で、巨大な樽を抱えることが出来ていたリクの怪力を抑え込んでいる。しかも、リクの記憶が正しければ指1本で、リクの手を押し返していた。
あの頃から月日が過ぎ、リクの力は確実に上がった。ライモンも年を取り、少し力が衰えたかもしれないが、楽観視することは出来ない。
少なくとも、リク1人では無謀だ。
もし隣にいるのがヴルスト、100歩譲ってアスティならば、戦いに勝つことが出来たかもしれない。だけれども、リクの後ろで震えているのは、魔族軍の中で優秀には違いないが、強さで選別したわけではない。あくまでも、人間社会に溶け込めそうな魔族であり、人間に近い風貌の魔族を連れてきていた。
純粋な戦闘技術で測れば、アスティの足元にも及ばない。
アスティにも勝てない連中が、トード並みの実力者と戦って勝てるとは思えなかった。
リクが思案していると、ライモンが動き出す。
「どうしたいんだい、リク? 戦わないのかな?」
しびれを切らしたのかもしれない。ライモンが、リクを挑発してきた。
「うるさいわね、そんなに戦いたいの?」
リクは、小さく舌打ちをした。リクは、ライモンが嫌いだ。嫌い、なんて簡単な言葉では語りつくせないくらい嫌いだ。
だけれども、それ以上にしなければならないことは、今も箱の中に閉じ込めている王女を無事に運び届けることだ。この仕事を成功すれば、試験を免除されて出世することが出来る。
ライモン・バルサックを殺すなど、くだらない私事に構っている余裕はない。
さっさと王女の入った箱を抱えて、外で待機しているであろうレーヴェンの元へ駆けこめばよい。
そう、リクはこのまま逃げ切れば勝ちなのだ。
自分ならば、王女を抱えて逃げ切ることが出来る。レーヴェンのもとに駆け戻れば、あとは魔都へ駆け戻ればよいだけだ。王都から魔都まで、かなりの距離が開いている。それまでには、ライモンの追手も撒くことが出来るだろう。
王女を連れて帰った功績により、自分は出世街道をまた一歩、進むことが出来るのだ。
「リクは怖いのかな?」
「怖い、この私が?」
しかし、リクは剣を一振りした。リクの戦おうとする意志を察したのか、先程の魔族が強く袖を引っ張ってくる。そして、先程よりも強い口調で抗議の意を示してきた。
「大佐、やめてください! 逃げましょう、逃げましょうって! 自分たちに勝ち目なんか!」
「ないわね。そうよ、勝ち目なんかないわ」
リクは迷うことなく言い放つと、魔族の手を振り払った。瞳に憎悪の炎を燃やしながら、ライモン・バルサックだけを睨みつける。
「あなたたちにはね!」
それだけ叫ぶと、リクは石畳を力いっぱい蹴った。
制止の声が聞こえた気がしたが、それに構っている暇はない。
「あなたたちは、王女を抱えて早く隊長たちと合流しなさい! 私は後から追いかける!」
「し、しかし!」
「早くしろ、この魔族共!」
私事よりも、仕事を優先する。
そのためには、足手まといな王女を抱えて逃げなくてはならない。必然的に、ライモンに背を向けることになってしまう。どうにかして足止めしなければならない以上、それ相応の実力者が残らなければならない。簡単に突破されてしまっては、足止めにはならないのだ。
そうなれば、トード並みの実力者と対等以上に戦える者を残すことになる。この場において、該当者は1人だけだ。
……リクしかいない。
残りの魔族は、王女を抱えて逃げるだけで精いっぱいだろう。とてもではないが、足止めには使えない。
ならば、リク自身がが剣を握ろう。足止めになることで、王女を無事送り届ける。自分は頃合いを見計らって、引き上げればよい。それが、もっとも良い選択に思えた。
「余裕なのも、今の内だ!!」
リクは叫びながら、ライモン・バルサックに剣を振りかざす。
もちろん、ライモンに剣は届かない。待ってましたと言わんばかりに、退魔師共がリクの前に躍り出てきた。ライモンの前に、退魔師の壁が出来る。
「さっさと死ね、この裏切り娘め!」
退魔師たちは雄叫びを上げながら、リクに剣を向けてくる。
リクは、そいつらを一瞥もしなかった。人の壁の隙間から覗くライモンだけを睨みつけたまま、剣を横に薙いだ。退魔師たちが握りしめた剣が弾かれ、腹を軽々と引き裂く音が聞こえる。それと同時に苦悶の声が聞こえるが、そんなもの気にする余裕などない。
「っく、この! 調子に乗ってるのも今だけだ!」
「さっさと殺せ、この赤い鬼子め!」
退魔師が叫ぶ声が、間近で聞こえてくる。あまりにも怒鳴り散らすものだから、リクの鼓膜が馬鹿になりそうだった。その怒鳴り声を境に、さらに攻撃が激しさを増した。捌ききれなかった剣が、リクの頬をかすめる。軽い痛みと共に、つぅっと一筋の血が垂れ始めた。
「っ」
どうやら、一般的な退魔師が好んで使う玩具のような剣ではなく、本当に職人が研いだ剣を使っているらしい。それだけで、リクは彼らが自分を本気で殺しにかかってきていることを再認識した。
「悪いけど、そう簡単に負けないわ」
リクは、目の前を塞ぐ剣の猛攻に飲みこまれそうになった。それでも剣を振り払い、邪魔な障害を切り裂いていく。むわりと、噴水広場には到底似つかわしくない血の臭いが霧散する。だけれども、これこそがリクの嗅ぎなれている臭いだ。むしろ、大好きな赤色に包まれたような気持ちになってくる。
この血の臭いが醸し出す興奮こそ、リクに力を与えてくれるような気がした。
思いっ切り臭いを吸い込むと、リクは銀の剣で邪魔者を一閃した。小さな悲鳴と共に、大きな壁が崩れ去る。壁の隙間が広がり、一筋のの道が出来た。その先には、余裕の笑みを浮かべたライモン・バルサックの姿があった。腰の剣すら握らず、なにかの余興を楽しむかのような表情を向けてきている。ただし、顔こそ笑っているけれども、その眼はリクと同じ憎悪の炎を燃やしていた。
「やっと来たね、リク。今度こそ、完璧に殺してあげるよ」
ライモンは、ゆっくりと剣の柄に手をかける。月の淡い光を浴びて、鞘から覗く刃は青白く輝いている。明らかに、玩具の剣とは雲泥の輝きだ。この剣で、確実にリクを殺しにかかってくるのだろう。
だから、再び互いの視線が交錯した時、リクは父に向けての言葉を送ることにした。
「こんにちは、やっと会えたわね……お父様」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる