バルサック戦記 -片翼のリクと白銀のルーク-(旧題:片翼のリク  ‐退魔師の一族だけど、魔王軍に就職しました‐)

寺町朱穂

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第6章 王都強襲編

58話 全ての始まりの男

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 全ての始まりの男ライモン・バルサックは、リクに向けて手を伸ばしていた。

「リク。本当に悪い子だ。せっかく命を拾ったのに、魔族と手を組むなんて……悪い子には、おしおきをしないとね」
 
 ライモンの口から自分の名前が放たれた瞬間、リクの心臓がどくんっと高鳴った。狂ったように激しく鼓動を打ち始める。身体中が、ざわりと震えた。リクを構成する細胞の1つ1つが、目の前の男を殺せと叫んでいる。リクは、にたりと微笑んだ。

「いいえ」

 殺せ。
 切り殺せ、削ぎ殺せ、刺し殺せ、叩き殺せ、捩じり殺せ、踏み殺せ、捻り殺せ、絞め殺せ、弄り殺せ、炙り殺せ、圧し殺せ、殴り殺せ、噛み殺せ!!
 いや、違う。殺す前に、三千世界の苦しみ全てを与え尽くす必要がある。
 その身体に恐怖という恐怖を与えつくして、死という死を身体に滲みこませてやる。
 リクは、身体全身の騒ぎに応じるように震えていた。見捨てられたあの日から、待ち望んでいた瞬間が訪れたのだ。これ程までに感極まる日が存在するだろうか。リクは、ぺろりと舌を舐めた。

「お仕置が必要なのは、貴方の方よ……お父様・・・

 リクは、腰を落とした。
 戦う準備は万全だ。今ならば、退魔師を100人でも200人でも切り殺せる。そんな解放感がリクを支配していた。
 その一方、配下の魔族たちは、リクとは別の意味で震えていた。バルサックの頭首が、50を超える退魔師を率いて襲い掛かろうとしている。この戦いに勝てるなど、到底思えなかった。魔族の1人が、勇気を振り絞ると、リクの袖を引いた。

「大佐、大佐、あんな沢山の退魔師を相手にしてたら、命が幾つあっても足りませんよ!」

 配下の魔族が、リクの耳元に囁きかけてくる。
 その声で、わずかに冷静さが戻ってきた。冷水を浴びたように、すっと高ぶった感情が収まる。といっても、リクの中から殺意が消えたわけではない。殺意は鞘から抜かれたまま、逆に鋭く磨き上げられていた。じろり、と横目で配下の魔族を睨みつける。

「貴方たち……敵に背を向けて逃げるつもりなの?」
「逃げましょう、逃げるしかありませんって、大佐。王女を連れて、アドラー中将と合流する方が先決です」
「合流、ね」

 リクは、ぼそりと呟いた。

 この殺意に身を任せれば、この程度を相手にするなど造作もないことだ。
 しかし、リクが今握りしめているのは戦い慣れた相棒ハルバードではなく、セレスティーナ・ビストールから拝借した銀の剣だった。剣でも戦うことはできるが、万全の体勢とは言い難い。ライモンが率いているのであれば、背後に控えている1人1人がミューズで剣を交えたトード・バルサック並みの実力の持ち主だろう。

 ライモン・バルサックは、トードと比べ物にならないくらい強敵だ。
 最後に剣を交えたのは、幼少期の模擬鍛錬だった。その時点で、巨大な樽を抱えることが出来ていたリクの怪力を抑え込んでいる。しかも、リクの記憶が正しければ指1本で、リクの手を押し返していた。
 あの頃から月日が過ぎ、リクの力は確実に上がった。ライモンも年を取り、少し力が衰えたかもしれないが、楽観視することは出来ない。
 
 少なくとも、リク1人では無謀だ。
 もし隣にいるのがヴルスト、100歩譲ってアスティならば、戦いに勝つことが出来たかもしれない。だけれども、リクの後ろで震えているのは、魔族軍の中で優秀には違いないが、強さで選別したわけではない。あくまでも、人間社会に溶け込めそうな魔族であり、人間に近い風貌の魔族を連れてきていた。
 純粋な戦闘技術で測れば、アスティの足元にも及ばない。

 アスティにも勝てない連中が、トード並みの実力者と戦って勝てるとは思えなかった。
 リクが思案していると、ライモンが動き出す。
 
「どうしたいんだい、リク? 戦わないのかな?」 

 しびれを切らしたのかもしれない。ライモンが、リクを挑発してきた。

「うるさいわね、そんなに戦いたいの?」 

 リクは、小さく舌打ちをした。リクは、ライモンが嫌いだ。嫌い、なんて簡単な言葉では語りつくせないくらい嫌いだ。
 だけれども、それ以上にしなければならないことは、今も箱の中に閉じ込めている王女を無事に運び届けることだ。この仕事を成功すれば、試験を免除されて出世することが出来る。
 ライモン・バルサックを殺すなど、くだらない私事に構っている余裕はない。
 さっさと王女の入った箱を抱えて、外で待機しているであろうレーヴェンの元へ駆けこめばよい。

 そう、リクはこのまま逃げ切れば勝ちなのだ。
 自分ならば、王女を抱えて逃げ切ることが出来る。レーヴェンのもとに駆け戻れば、あとは魔都タイタスへ駆け戻ればよいだけだ。王都から魔都まで、かなりの距離が開いている。それまでには、ライモンの追手も撒くことが出来るだろう。
 王女を連れて帰った功績により、自分は出世街道をまた一歩、進むことが出来るのだ。

「リクは怖いのかな?」
「怖い、この私が?」
 
 しかし、リクは剣を一振りした。リクの戦おうとする意志を察したのか、先程の魔族が強く袖を引っ張ってくる。そして、先程よりも強い口調で抗議の意を示してきた。

「大佐、やめてください! 逃げましょう、逃げましょうって! 自分たちに勝ち目なんか!」
「ないわね。そうよ、勝ち目なんかないわ」

 リクは迷うことなく言い放つと、魔族の手を振り払った。瞳に憎悪の炎を燃やしながら、ライモン・バルサックだけを睨みつける。

「あなたたちにはね!」

 それだけ叫ぶと、リクは石畳を力いっぱい蹴った。
 制止の声が聞こえた気がしたが、それに構っている暇はない。

「あなたたちは、王女それを抱えて早く隊長たちと合流しなさい! 私は後から追いかける!」
「し、しかし!」
「早くしろ、この魔族のろま共!」

 私事よりも、仕事を優先する。
 そのためには、足手まといな王女を抱えて逃げなくてはならない。必然的に、ライモンに背を向けることになってしまう。どうにかして足止めしなければならない以上、それ相応の実力者が残らなければならない。簡単に突破されてしまっては、足止めにはならないのだ。
 そうなれば、トード並みの実力者と対等以上に戦える者を残すことになる。この場において、該当者は1人だけだ。

 ……リクしかいない。
 残りの魔族は、王女を抱えて逃げるだけで精いっぱいだろう。とてもではないが、足止めには使えない。

 ならば、リク自身がが剣を握ろう。足止めになることで、王女を無事送り届ける。自分は頃合いを見計らって、引き上げればよい。それが、もっとも良い選択に思えた。

「余裕なのも、今の内だ!!」
  
 リクは叫びながら、ライモン・バルサックに剣を振りかざす。
 もちろん、ライモンに剣は届かない。待ってましたと言わんばかりに、退魔師ざこ共がリクの前に躍り出てきた。ライモンの前に、退魔師ざこの壁が出来る。

「さっさと死ね、この裏切り娘め!」
 
 退魔師たちは雄叫びを上げながら、リクに剣を向けてくる。
 リクは、そいつらを一瞥もしなかった。人の壁の隙間から覗くライモンだけを睨みつけたまま、剣を横に薙いだ。退魔師たちが握りしめた剣が弾かれ、腹を軽々と引き裂く音が聞こえる。それと同時に苦悶の声が聞こえるが、そんなもの気にする余裕などない。

「っく、この! 調子に乗ってるのも今だけだ!」
「さっさと殺せ、この赤い鬼子め!」

 退魔師が叫ぶ声が、間近で聞こえてくる。あまりにも怒鳴り散らすものだから、リクの鼓膜が馬鹿になりそうだった。その怒鳴り声を境に、さらに攻撃が激しさを増した。捌ききれなかった剣が、リクの頬をかすめる。軽い痛みと共に、つぅっと一筋の血が垂れ始めた。
 
「っ」

 どうやら、一般的な退魔師が好んで使う玩具のような剣ではなく、本当に職人が研いだ剣を使っているらしい。それだけで、リクは彼らが自分を本気で殺しにかかってきていることを再認識した。

「悪いけど、そう簡単に負けないわ」

 リクは、目の前を塞ぐ剣の猛攻に飲みこまれそうになった。それでも剣を振り払い、邪魔な障害を切り裂いていく。むわりと、噴水広場には到底似つかわしくない血の臭いが霧散する。だけれども、これこそがリクの嗅ぎなれている臭いだ。むしろ、大好きな赤色に包まれたような気持ちになってくる。
 この血の臭いが醸し出す興奮こそ、リクに力を与えてくれるような気がした。

 思いっ切り臭いを吸い込むと、リクは銀の剣で邪魔者を一閃した。小さな悲鳴と共に、大きな壁が崩れ去る。壁の隙間が広がり、一筋のの道が出来た。その先には、余裕の笑みを浮かべたライモン・バルサックの姿があった。腰の剣すら握らず、なにかの余興を楽しむかのような表情を向けてきている。ただし、顔こそ笑っているけれども、その眼はリクと同じ憎悪の炎を燃やしていた。
 
「やっと来たね、リク。今度こそ、完璧に殺してあげるよ」

 ライモンは、ゆっくりと剣の柄に手をかける。月の淡い光を浴びて、鞘から覗く刃は青白く輝いている。明らかに、玩具の剣とは雲泥の輝きだ。この剣で、確実にリクを殺しにかかってくるのだろう。
 だから、再び互いの視線が交錯した時、リクは父に向けての言葉を送ることにした。

「こんにちは、やっと会えたわね……お父様・・・
 



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