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ステージ3 フェンリル編

第56話 地獄の釜攻め

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「ニーダ様ー起きてますかー?」
「ばかッ起きちゃうでしょう!? 起こすのは部屋に入ってから優しく起こすのよ……」


 うう、扉の奥から奴らの声が聞こえてくる。何とかニーダが追い払ってくれないだろうか。


「ふふ、わらわはもう起きとるぞ?」

「ニ、ニーダ様ぁあ!」


 ニーダの声が聞こえてメイド達が一斉に部屋になだれ込んでくる。魔力で感知した感じだと8人もいやがる……これ本当に僕がいるってバレないよな!?

 群れの中から一人がニーダに近づいてくる。恐らくコイツがいつも攻撃してくる奴だ。


「ニーダ様……今日もお綺麗です……! あの、どうして今日は早起きなさったのでしょうか……?」

「ふふ……わらわの手を握ってどうしたのだ? 嫌なことでもあったか?」

「それは……あの男が、どうしても不快で……」


 こいつ、不快だったら2度もぶん殴って気絶させていいのかよ。やっぱり良い奴なんかじゃねえよ、この人は……。


「もう少し可愛がってあげようしゃないか。あの子はまだ子供だ、毛嫌いする必要はないさ」

「ですが……」


 ですがじゃねえよ! というか早く出ていってくれ、もうニーダは起きてんだろ!?


「心配しなくていいさ。彼は優しいし、何より君達に危害を加えるような人間じゃない。それは分かるだろう?」

「あの子は……危険です、魔力量だって初日と比較すると明らかに数敗にまで膨らんでいるじゃないですか……! あの子を庇ったせいで運営からも追われている……このままだとあなた達二人は死んでしまいますよ!?」

「運営には元々嫌われていたから気にしてはおらん。むしろ、皆にまで迷惑をかけてしまったことを後悔しているくらいだ。本当に申し訳ない」

「い、いえっ頭を下げる必要はございません……! ニーダ様……」


 く、外が騒がしい……てか布団の中暑すぎる。ニーダには動くなと脅されてはいるがこのままじゃ熱中症になっちゃう……。
 駄目だ、息苦しいけど耐えるしかない。丸まった姿勢から崩したら周りにもバレる。

 僕は化石だ、僕は化石だ、僕はアンモナイトなんだ……。


「──あの、お着替えはなさらないんでしょうか? いつもは私方でやらせていただいているので、つい気になって」


 僕を2度痛めつけたメイドとは別のメイドの声がする。

 その言葉に対してニーダは足を布団の中で動かし、体勢を変えて多少身体を起こした。


「今日は自分で着替えるよ。任務を終えた直後だし新鮮な体験をしたくなってね」


 よし、いいぞ……ん? この感触は……足? 目線だけを上にチラッと動かすと、ニーダの左足が僕の顔の真ん前まで伸ばされていた。
 いや足を動かされたら気付かれちゃうかもだよ……? やめてよ……?


「じゃあせめてその素敵なお肌だけ触らせてください……」

「い、いいけど……今じゃなきゃ駄目かしら……?」


 メイドの誰かが息を荒げながらベッドの端っこに乗っかってニーダに近付いている。
 おかげで僕の数センチ近くが踏みつぶされあと一歩進んできたら僕は踏まれて間違えなく一瞬でバレるだろう。

 はっ、もしかしてそれを予期して僕に左足を伸ばしたのか……? ニーダから見て僕は右下にいる。ニーダの足を掴んで自然な感じで真下に移れば上手く行くってことなのか!?

 現に僕はこれ以上外側に進む訳にも行かないしそれ以外無理だ、この足はさながら地獄に垂らされた蜘蛛の糸だ……!

 そして僕はニーダの足をそっと掴んだ。


「触りたいのなら、わらわの手を触って……? ほら、いいわよ」

「私達はいつもみたいにニーダ様の豊満な体をベタベタ触りたいです……!」

「本当君達は変わらないわね……」


 いや、あの。その豊満な体のせいで僕の首が締められてる~!? 無理矢理、真下に持ってくるとはいえ綺麗に首絞めてますよニーダ……さん!?


「えへえへ……柔らかい」


 マシュマロでも人の血管を止められるんだぞ……! 汗を混ざってマジで意識飛びそう……ああ、股だ。
 やっと、ニーダの真下まで逃げられたんだ。


「ニーダ様……」
「はぁ……はぁ……」
「わ、私だって……!」

「ふふ満足かな……? あ、足には乗っからないでね、まだ疲れてるから」


 大きなベッドの上に合計10人は乗っかっているのだろうか、バネが重さで沈み軋む音が聞こえる。
 さっきまで僕が隠れていた空間も当然彼女達の群れに押しつぶされている。

 僕の剣は若干ニーダの身体からはみ出ていてちょっと危険だけど今は耐えるしかないんだ……たとえ、真上で事をおっぱじめていようがな……。


「そういえば……天汰はどこで発見したんだい? 詳しく教えてくれるかな?」

「えーと……サーカスの会場から気配がしたので追っかけてそこの楽屋に入ったらヘラル様とイコ様が倒れていたんです」

「それで?」

「そっちにも驚いたんですけど、もう一つ驚いたのはその時にあの男……天汰とそこにいた知らない女がこちらに拳を向けていたので、裏切ったと思って勢いで膝蹴りをしてしまいました……」


 ……なんか分からないけど、ここ落ち着くな……死ぬほど暑いけど、首を絞める力もかなり弱まったし二度寝出来そうだ。'それでも僕は奴らが出て行くまではずっとその場から動かず耐え抜いていた。


「……出ていったわよ」

「ふぅ、ありがとうニーダ」


 騒がしい声はもう聞こえなくなり、この部屋に残ったのは僕とニーダの2人きりに戻っていた。
 急いで僕はこの蒸し暑い布団の中から這い出て涼しい空気を吸い直す。


「はーっ、苦しかった……」

「嬉しくないの? ふふ」

「何が!? マジで間一髪、足が無かったら僕は今頃、うっ」

「あら、残念。今からわらわは着替える予定なんだが、天汰はどうするんだい?」

「いや、もう出ていきますよ。準備出来たらまた会いましょう。今日はサーカス団の所に行きますからね」


 メイド達が出ていってからもう何分か過ぎている。外の様子を見ながらゆっくりとドアを開け、誰も居ないのを確認してからすぐ飛び出て行った。


 暫くして僕はヘラル達が先に着いているであろう作戦室の前に辿り着いた。飛空艇は広い、しかし魔力で気を探れるようになった僕からしたら容易に迷わず誰にも会わずにここまではやって来れる。


「失礼しまーす」

「遅えよ、アナウンスから20分過ぎてんぞ? ニーダはどうした」


 お出迎えしたのはシェンだ。他にもヘラルとイコさんが仲良く話している姿が見える。
 当然、ニーダがここにいる訳がない。


「ニーダは支度に時間がかかるって言ってましたよ」

「天汰、ニーダはどうだった? ……デカかった?」

「ヘラルさん!? デデデカカッタって何がですか!? 私と比べたらたしかに全部デカいですけども!? あ、あれ何言ってるんだ私……」


 イコさんがかつてないほど慌てている。何にそこまで慌てる要素があったのか、イコさんは自分の胸に手を置いて小さくため息を吐いている。
 シェンは特にそれに触れる訳でもなく他の事について話したがっていた。


「その何とかサーカス団の所まで今日は行くんだろ? 明日、日付が変わったすぐにここを出て行く予定だから急げよ」

「え、シェンは行かないの?」

「オレはここに残るから、ニーダ連れて4人で行ってこい。オレだって忙しいんだよ」


 そうか……誰か一人は強い人がいないと危険なのか。それもしょうがない。
 ニーダが来たら四人で向かうしかないか。


「──待たせたわね。準備はできたわよ」


 数十分ぶりに会うニーダは多少メイクをしていてさっきよりも綺麗になった気もする。


「じゃ、天汰。降りよっか」
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