Second Life

夜桜猫

文字の大きさ
上 下
1 / 4

プロローグ

しおりを挟む
 それは余りに突然な事で、すぐに状況を理解する事は出来なかった。

 意識はあるのに瞼がやたら重くて中々開かない。それでも必死に瞼を開ければ見知らぬ天井がそこにあった。
 驚いて飛び起きようした時、体の違和感に気が付く。
 どう説明したらいいのか自分でも良く分からないが身体がとにかく変だと感じた。
 これまで使っていたものとはまるで違うような感覚に戸惑う。

 感じる違和感がとにかく気持ち悪くて、なんとか身体を起こそうと手を動かした。
 布団から出た手が視界に入った瞬間ギョッとする。

 小さな手だった。
 どこからどう見ても子供の手。

 「ひッ」

 まるでホラー映画のようだと思わず引きつったような声が口から出たが、更に自分の出したであろう声にビクッと身体が跳ねる。
 
 (何だ!?今のは自分の声なのか!?)

 驚きの余り先程まで動かなかった身体が嘘のように動いて飛び起きた。
 自分の手を確認すれば間違いなく先程と同様の小さな手だった。

 「な、なんだぉこぇッ……こ、こえ!?……なんなんだぉ」


 口から出た言葉は舌足らずな上に成人した男の声とは思えない子供特融の高い声に余計に脳内はパニックを起こす。
 言いようのない不安感に襲われる。
 周囲を見れば見知らぬ豪華で広い部屋で、今自分がいるのは豪華なベッドの上だ。
 意味が分からなかった。
 何故?どうして?と同じ疑問がグルグルと頭の中を回る。
 
 このままでは駄目だと必死に気持ちを落ち着ける。
 何度も何度も深呼吸を繰り返す。
 静かな部屋に自分の深呼吸する音だけが響いた。
 暫くそれを繰り返すと漸く気持ちが落ち着いてくる。

 改めて状況を確認しようと周囲の様子を伺う。

 何度考えてもまったく見覚えのない部屋だった。
 まるで映画にでも出てきそうな天井の高い高級そうな部屋。
 そこにある家具の1つ1つがどれも高そうに見えた。
 とても自分が住んでいる築60年の家賃四万の1DKおんぼろアパートとは大違いの部屋。
 何故自分はこんな所にと疑問に思っていると室内に大きな姿鏡を見つけた。

 ベッドから降りて確認をと思ったが床に足がついて動き出そうとした次の瞬間、バランスを崩して倒れてしまう。
 まるで自分のモノではないような身体の感覚に不安感が蘇り、恐怖心から歯がカタカタと音を立てた。
 必死に考えないようにしながら身体を起こして鏡の前に立った。

 「は?………い……いみ……わかんない」

 鏡には薄い金色の髪をした赤目の少年の姿が写っていた。
 こちらを凝視している様は今の自分を映しているようだと思いそっと手を動かして口に当てれば鏡の中の子供も同じように動く。
 呼吸が乱れる。

 (何だこれ?何だコレ?何だよこれッ!?)


 思わず後退るとズキと頭が痛んだ。
 ズキズキと痛み頭を抱える。
 唐突に記憶が一気に蘇る。
 不快感と酷い頭痛を感じてその場に蹲り込み上げてくるものを我慢出来ずに思いっきり嘔吐する。
 一か月分の月収が一気に吹っ飛びそうな高級そうな絨毯の上に何度も嘔吐した。

 どれくらい時間が経過したが分からないが胃の中の物が無くなっても関係なく何度も吐き続け、漸く吐き気が落ち着くとぐったりとその場に横になる。

 俺、否、僕の名前はルディアルカ・バーンシュタイン。御年四才。

 昨晩、寝付けずに部屋を出て屋敷内を歩いていたらたまたま光が漏れている部屋を見付けた。中を覗きそこで見たのは言い争っていた両親の姿だった。そして、母親が言った言葉に衝撃を受けた。
 自分が両親の本当の子供ではなく【はぐれ精霊】によってすり替えられた他人の子だと言う事実を泣きながら忌々し気に叫んだ母親の言葉で知った衝撃はまだ四才の子供には大きかったようで素直に受け入れられるはずもなく号泣した挙句にその場から走って逃げたが前も見ずに無我夢中で走った結果、階段から転落した。

 それが今世での近々の記憶。
 それとは別の記憶も同時に思い出した。

 不快感と酷い頭痛は間違いなくその別の記憶が原因だろう。
 たった四才までの記憶の今世と違い、もう一つの別の記憶は38年分だ。
 脳内がショートしても可笑しくない。

 別の記憶、と言うか前世の記憶。
 普通のサラリーマン家庭に生まれた。
 口数は少ないが稀にまったく面白くない親父ギャクを言い周囲にうけないと不貞腐れるちょっぴりお茶目な父親とおっとりしているが怒ると恐ろしい程良い活舌で正論を淡々と言い論破してくる母親と腐女子でヲタクな腐れた姉の四人家族。
 大学を卒業後、就職難だと言われていたのに運良く即内定が決まった。
 それを機に家を出て1人暮らしを始めた。
 そこまでは順調だったのだが、入社した職場がまさかの超ハードワーク。
 ブラック企業さながらの勤務体制。
 大手大学病院の薬学部だからと安心したのが運の尽き。
 激務なせいで常に人材不足、新しい人材が来ても数週間で皆辞めていく。
 在籍する人間で回すしかない状況だった。

 サービス残業当たり前の職場に勤め続けた理由はただ1つ、高収入だったからだ。
 激務なだけあって給料は無茶苦茶良かった。
 まあそうでなければ現在在籍しているメンバーですら辞めていただろう。

 他の職を探す時間もない為に転職は何度もか考えたが結果、転職することなく過労死だ。

 「しゃいあく最悪だ」

 力の入らない身体で呆然と天井を見ながら溜息をつく。

 「よりにもよって………るでぃあるか……ハァ……」

 口からは何度も溜息が漏れる。もうどれ程の幸福が逃げていたか分からない。

 ルディアルカ・バーンシュタイン。それは前世で自分がドハマリしていた乙女ゲーム【ハートフルファンタジー】略して【フルハ】に出てくる悪役令息だ。

 【はぐれ妖精】によってすり替えられた被害の片割れであるヒロインであり聖女でもあるアイリスを酷く憎み、執拗に虐げで最終的には毒殺しようとした事が婚約者でありこの国の第二王子によって暴かれ断罪され最終的に斬首刑となる。

 どう言う訳か僕は【フルハ】の悪役令息に転生したらしい。
 
 どうせ転生するならモブで良かった。
 名も無いただのモブで良かったのにと心の中で愚痴る。

 腐れた姉の影響で幼い頃から乙女ゲームやらBLゲームが普通にある環境で育った。
 RPGゲームよりは乙女ゲームをプレイした時間の方が多いだろう。
 故に一押しのゲームが乙女ゲームになるのは自分にとっては自然な事だった。

 流石にそれが普通ではないことは早々に気づいて友人達や周囲には悟られぬようにしていたけど。

 ドハマリしていた。間違いなく人生で一番好きなゲームだと言える。
 だがしかしである。
 どんなに好きであったとしても、自分が登場人物になりたいとか、登場人物達と恋愛したいと思った事はただの一度も無い。
 最推しキャラはいる。いるがそれはあくまでゲームの中での話である。

 自分はノーマルで恋愛対象は女性だ。
 乙女ゲームを好んでプレイしていたとしても、それは少女漫画や少女小説を読む男達と同じだ。
 単純に物語として好きなだけ。

 どう言う意図があったのか未だに製作会社側の考えは分からないが、乙女ゲームなのに【フルハ】の世界では同性婚は多くはないがまったく無い訳ではないと言うBL要素が含まれた世界観だ。
 だからルディアルカは幼少期に第二王子と婚約し、ゲーム開始時に悪役令嬢ではなくルディアルカが第二王子の婚約者として登場するのだ。

 悪役令嬢がいるんだから悪役令息なんて必要ないだろうと今だからこそ余計に思う。

 前世は三十代後半で若くして過労死して、転生した今世は更に若く18歳にして死ぬ。しかも斬首刑だ。
 一体全体どんな悪行を犯せばこんな酷い運命を強いられると言うのだろうか。
 虚無感に襲われたその時、トントンっと室内にノックの音が響いた。
 突然のことに身体がビクッと飛び跳ね、慌てて身体を起こそうとするが再び身体に力が入らない。

 「失礼します………えッ!?きゃッ!ルディアルカ様ッ!?た、大変、大丈夫ですか!?」

 床に倒れて動けない僕を見てメイドが慌てて駆け寄ってくる。
 心配して声をかけてくれるメイドに高級な絨毯に嘔吐してしまった事を謝罪したいのにヒューヒューと呼吸音が口から洩れるだけで言葉処か上手く声にならなかった。
 メイドはそんな僕を見て慌てて抱えてベッドへと降ろすとすぐに人を呼んで来ると言い慌ただしく部屋から出て行った。

 暫くすると再びバタバタと騒がしい足音が複数聞こえてきた。
 屋敷内は基本走る事はマナー違反なのにと思っていると先程とは違い慌ただしくドアが開いた。

 「ルカッ!!!!大丈夫かい!?」

 メイドや執事そしてこの家の専属医と僕の部屋に駆け込んできたのは父親、否、父親だと思っていたが違った人、この国、イシュガレリア王国の四大公爵家が1つ、赤のバーンシュタイン公爵家現当主ロバート・バーンシュタインは取り乱し心配した様子でベッドにいる僕の元へと駆け寄ってきた。

 驚いた。

 ゲームでは既に諦めた様子のロバートだったが、幼少期はこんなに本気でルディアルカの事を心配していたのかと純粋に驚いた。
 幼少期に自身が家族と他人だと知り大荒れしたルディアルカは自分を不幸にした妖精と自分を愛してくれなかった家族の愛情を実子と言うだけで無条件に得るヒロインに強い憎悪を抱く。他者に対しても冷たく非道な人間へと成長する。
 てっきり親の愛を得られずに生きてきたのだと思っていたけれど違ったようだ。
 ロバートは誠実な人間だとゲームでの印象でそう感じたし、設定資料にもそう記載されていた筈だ。
 他人だったと言う事実が大きすぎてルディアルカは周りが見えなくなってたんだろう。だけど、それを責めるにはルディアルカとして転生してその記憶がある自分には出来なかった。
 
 「ルカッ」 
 「落ち着いて下さい旦那様」
 「しかしッ」
 「ジェームズ先生診察宜しくお願いします」
 「はいッ」

 ロバートを宥めながら執事は専属医であるジェームズに僕の診察を促すと、ジェームズはすぐに診察を開始する。
 触診して鞄から綺麗な透明のクリスタルを取り出すとそっと枕元に置く。
 クリスタルはゆっくりと淡い光を放ちその光が僕を包む、すると不思議と酷い悪心がゆっくりと落ち着いていくのが分かった。

 「良かった、これと言って深刻な状態ではないようです。打撲による発熱で少し身体が弱っているようですがクリスタルとこの薬を飲めばすぐに良くなりますよ」
 「本当ですか先生!?」
 「ええ」
 「良かったッ、本当に良かったッ」

 ジェームズの言葉に安堵したように息を付くとロバートは僕の頭をそっと優しく撫でてくれた。
 それからジェームズと執事とメイドが席を外しロバートと部屋に二人きりになる。
 気まずい雰囲気が漂っていたけどロバートが静かに口を開いた。

 「ルカ………私は君を我が子だと思ってるよ」
 「!?」
 「まだ四才の幼い君に話すには早いと思っていたけれど、聞かれてしまった以上は伝えておきたかったんだ」

 真剣な顔でハッキリとロバートはそう言った。
 血が繋がっていないと分かっていても我が子だと思ってくれているロバートのその言葉に胸を打たれたような気分になった。
 思い出されるのは物心付く頃からロバートだけはルディアルカの面倒を見てくれていたこと。
 公爵として多忙でありながらもメイド達に任せっきりな訳ではなく、ちゃんと時間を作っては会いに来て少しでも話をしてくれた。
 当時はそれが普通だと思っていた、だからこそその普通を与えてくれない母親に苛立ち癇癪を起していたけれど改めて思うと公爵夫人であるジュリア・バーンシュタインの反応が普通だ。
 ロバートが懐の広い優しい人なのだと分かる。

 当たり前ではなかった。誰もがルディアルカを他人として接するこの公爵家の中でとても貴重な唯一の救いだった。

 「……ごめ…………しゃい」
 「ルカ?」

 まだゲーム開始時よりも前の話で記憶にある中ではそれ程酷い事はしていないとは言え、我儘も癇癪で酷い言葉も口にしていた。
 こんなに良い人にと思うと身体が子供だからか精神まで引っ張られているようで感情が抑えられない。
 込み上げてくるものを我慢できずに涙がこぼれる。

 「いままで……ごめんしゃ……い」
 「ルカ!?な、何を謝っているんだいッ」
 「ほんもの……ちがうのに……」
 「ルカッ」

 僕の言葉にロバートは辛そうに顔を歪めると両手で僕の手を握りこむ。

 「ルカは私の子だッ。私が今日までずっと君を育てて来たんだッ。誰になんと言われようと君は私の子だよッ」

 そんな言葉を言って貰えるような良い子ではなかったのにハッキリとそう言われて余計に涙が出た。
 早くに記憶が戻って本当に良かったと心から思う。
 こんなに良い人にこれ以上の迷惑をかけずに済んで本当に良かった。

 何時か本物の子であるアイリスがココに戻ってきた時に失われる愛情だと分かっていても今だけは借りておきたい。
 最大限迷惑をかけないように気を付けて生きて行こう。

 剣や魔法があるファンタジー世界だけれど、心躍る冒険になんか興味はない。
 本編の話だって傍らで傍観するのは大歓迎だけど表立って関わっていきたいなんて絶対に思わない。

 僕は悪役令息になんかなりたくないしなるつもりもない。
 何の因果でココに僕が転生したのかわからないけれど、僕はそんな役全て捨てて兼ねてより好きだった製作まったりスローライフを送るんだ。

 製作をしながらお金を貯めて時折キャラクター達の近況を遠くから見てまったり過ごす、そんなセカンドライフを目指す!

 薬を飲み今日は早く休みなさいと外国俳優ばりの超美丈夫なロバートに額にキスをされて軽く悶絶しながらも僕は一人になった部屋の中のベッドの上で、目標を決めた。

 こうして僕の異世界転生セカンドライフがスタートしたのであった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

妹ばかり見ている婚約者はもういりません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:57,976pt お気に入り:6,222

才能だって、恋だって、自分が一番わからない

BL / 連載中 24h.ポイント:390pt お気に入り:13

明らかに不倫していますよね?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,337pt お気に入り:116

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,059pt お気に入り:3,914

今宵、鼠の姫は皇子に鳴かされる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:631pt お気に入り:10

処理中です...