星屑ロボット

ながやん

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第5話「頼れる後輩は最新鋭」

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 オービタルリングの巨大構造物ストラクチャーが走る空が、夕焼けであけに染まる。
 帰宅のバスに乗ったヴィル・アセンダントは、空いてる座席に座るなり携帯電話を取り出す。百年以上前に生まれたスマートフォン型の携帯電話は、今の時代でも必需品だ。ただ、画面へのタッチは既に必要なくなっている。
 というか、液晶画面自体がない。
 指紋を認証するパネルに触れるだけで、ヴィルの視界に情報が浮かんだ。
 網膜投影型の携帯電話は、インプラントでもなんでもない。要するに、網膜が脳へと送っている電気信号に介入、情報をパルス化して発信しているのだ。決定やスクロールも念じるだけで済む。

「ええと……やっぱりネットで検索しても出てこない。おかしいなあ」

 ヴィルは最古参の検索エンジンでネットに接続し、世界の全てと繋がる。だが、そこに求めていた情報はなかった。
 そうこうしている内に、アナウンスが響いて混雑したバスが発車しようとする。
 その時、あられもない声が外から響き渡った。

「ストーップ! 待つッスよ、そこのバス! ストッププリーズ、ラヴィンユー! ああ待って行かないで、頼むッスよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 小さな女の子の絶叫だ。
 そして、ヴィルには聞き覚えのある声。
 ドアが再度開くと、通勤カバンに不似合いな矮躯わいくが、全速力で駆け込んでくる。しかし、息が切れた様子もない。
 彼女は周囲の客にヘラリと笑って頭を下げまくった。
 そして、ヴィルを見つけて手を振ってくる。
 名は、リウス。どう見ても女児そのものの小学生サイズだが、ヴィルの会社での同僚である。そして、この時代では一番一般的な第四世代型のロボットだ。

「あっ、先輩っ! ヴィル先輩! 奇遇ッスね、今あがりッスか!?」
「やあ、リウス。お疲れ様」
「どもども、どーもどーもー! 先輩もお疲れ様ッス!」

 混雑の中、走り出したバスの中でリウスが近付いてくる。彼女はなめらかな所作しょさで片手のてのひらを立て、拝み倒すように周囲にペコペコと頭を下げながらやってきた。腰が低いのは見た目だけじゃなく、本当に気安くて人懐ひとなつっこい娘である。
 だが、
 その全身はメカニカルな特殊合金製で、家のティアとはまるで違う。人工皮膚で全身をくまなく覆った、人間の全ての機能を持つ第三世代型とは別物なのだ。勿論、服など着ることはない。スカートのパーツや幼児体型に不釣合いな胸部パーツの豊満さで、リウスが女性型だと誰もが知る。しかし表情パターンの少ない顔で、まるでプラモかフィギュアのようなものなのだ。
 勿論、ヴィルにとってリウスはかわいい後輩で、トラブルメーカーだが大事な人材だが。

「リウス、座って」
「いやいや、先輩! 自分、ロボッスから! マシンだから、ダラッター! って感じスから」
「他に席もないし、女の子だしね」
「あへへ、じゃあまあ……一つ厄介になるッス」

 入れ替わってリウスを座らせ、ヴィルは吊革つりかわを握る。
 見下ろすリウスは、顔まで特殊樹脂とくしゅじゅしで、青を基調とした全体のボディカラーをそのまま反映している。ゆるい笑みを浮かべているが、彼女の表情パターンは十種類程度だ。
 ヴィルが携帯電話をしまうと、すかさずリウスが食いついてくる。

「あれ? 先輩、調べ物ッスか? なんスか、仕事なんスか? それとも……グフフ」
「正解、プライベートだよ。第三世代型のロボットについて調べてるんだ。こう、彼女たちの動力ケーブルをね……もっと長い規格のものはないのかなって」
「あー……そう言えば先輩、小耳に挟んだッスよ? あのー、あんまし言いたくないんスけど、そのぉ」

 言い難そうにリウスは口ごもる。
 だが、意を決して上を向くと、彼女は珍しく真剣な表情をした。これは仕事中でも滅多に見られない、彼女が最も使う機会の少ないパターンである。

「先輩、社史編纂室しゃしへんさんしつのオリオさんに会ってるスよね、時々」
「ん? ああ。いい人だよ、時々昼ごはんを一緒に食べる。そうだ、彼はあの部屋で仕事と生活に不自由しない長さのケーブルだな。彼に聞いてみればいいのか」
「あーのー、先輩ー? ……オリオさんにはあんまし関わらない方いいッスよ」
「どして? 彼が第三世代型のロボットだからかい?」
「んにゃ、そーゆーの自分はないスけど。ただ……まあ、なんというか……その、先輩はそういう破廉恥はれんちな人間じゃないスから。あの部屋に訪れる重役たちは、その――」

 なんでもハキハキ喋る、時々本音も本心も喋り過ぎるのがリオスという娘だ。だが、彼女は珍しく歯切れが悪い。
 そして、不思議に思いつつ鈍いのがヴィルだった。

「第四世代型の君から見ると、第三世代型のオリオさんは……なにかこう、あるのかい?」
「世代の話じゃないんスよ。自分たち一般的なロボット、第四世代型から見ても前の世代……第三世代型は大先輩、今でも同じロボット同士で関係は良好ッス。それに、オリオさんが知的で分別のある方、とても好人物なのも知ってるッスよ」
「そっか。まあ、忠告ありがと。よくわからないけど、心には留めておくよ。それより、やっぱりわだかまりってないんだね。ロボット同士だからかい?」
「自分たち第四世代型は、前の世代のあおりでまあ……見るからにロボめかしい、ロボット然とした見た目と機能ッス。飲食も不可能だし、エモーショナルAIこそそのままスけど」

 そう、リウスもそうだが、第四世代型のロボットは広く普及し、今の時代でロボットと言えば彼女たちのことだ。その体型や容姿は様々だが、人間のシルエットである以外は機械そのものである。
 リウスたちが人類のパートナーとして、ロボットの地位を再確立したのも随分昔だ。

「まあ、第三世代型の皆さんは大先輩ッス! ……今の不遇な暮らしも、ちょっと胸が痛むッスよ。ただ、ロボットに望まれるのは人型ひとがたで、人そのものじゃないってことスね」
「ん、そうなのかもね。でも、彼女たちにも幸せになる権利はある筈なんだ。それは、生み出した人間の義務とも思えないかい? 神様だって、人間の幸せのために祈りの対象になってるんだから」
「神様は見守るだけでなにもしないスけどね。でもまー、そゆ先輩……自分、好きッス! 愛してるッス! ……なんちゃって。で、? 誰スか、コレなんスか!?」

 下世話な笑みでニマニマしながら、リオスは小指を立てた。
 それでヴィルは、かいつまんでティアとの同居生活が始まったことを告げる。因みにリオスは何度も自宅に遊びに来てるので、妹のリーラとは顔見知りだ。

「ほーほー、メイドロボット。それも第三世代型の。それでスかあ」
「うん。少し不便だから、もっと長い動力ケーブルが欲しいんだ。その……ちょ、ちょっと色々あってね」
「ふーむ、なるほど……ベッドがある先輩の部屋までケーブルが届かないんスね、って痛っ、痛いス! チョップしないで先輩、ポスポス叩かないで! 自分バカになっちゃうス」
「はは、こいつめ。んー? 誰がいつも書類の手伝いしてると思ってるんだい? ふふ」
「うう、反論できないス……あ、でも先輩。ケーブルなら探すだけ無駄ッスよ」
「え、そうなの?」
「あの動力ケーブル、完全に国際機関の単一仕様なんス。個人に売ったりしてくれないし、長さには段階があって決まってるんスよ。自由に長さを調節できたら、罰にならないと思ってんじゃないスかね、人間は」

 言い得て妙な話だが、現実がヴィルの胸に突き刺さる。
 ティアはどういう訳か、巨大なコンテナの動力部を持ってて、庭に鎮座するそれが彼女の心臓だ。そして、そこから伸びるケーブルの範囲内にしか移動できない。郵便受けやキッチン、バスルームには行けるが、自宅の奥側、トイレや物置ものおきには近付けないのだ。
 そのことを話すと、リオスは腕組みウンウン頷いた。

「実際、第三世代型の稼働に必要なエネルギーって結構デカいスからねえ。それを心臓にあたる動力炉でまかなってたから、マジで凄いッス。元になった人間の人体構造そのものが凄いんスけど」
「そういえばオリオさんも、本社ビルから直接エネルギーを……そういうことなのかい?」
「大変なんスよ、擬似的とはいえ人間を完全再現して生きてるんスから。生きてたんスからねえ。あ、どれ……自分、超興味湧いてきたッス」

 膝の上の鞄を開いて、リウスはガサゴソと手を突っ込んだ。そして、今時ちょっと見ない紙の手帳と携帯電話を取り出す。その携帯電話も、ストレートタイプのプッシュボタンが並んでいるやつだ。リウスは以外にも懐古趣味だ。
 彼女は今日の予定を確認してから、メールを送る。
 すぐに返信があって、大昔のロボットアニメの主題歌が鳴った。

「うし、んじゃまーそういうことスから」
「ど、どういうことなんだい?」
「今、リーラちゃんにメールしたッス! 遊びに来てもいいって言ってたッス~」
「そっか……って、ええ!? 僕の家!? 今から!?」
「途中でなんかお土産買ってかなきゃいけないスね。あ、運転手さーんっ、次降りるッス! おりゃああっ、スイッチ、オーンッ!」

 ピンポーン、とバスの中にチャイムが鳴る。
 ヴィルの住む家は郊外で、バスで片道三十分だ。緑地化が推奨された地域で、付近にはコンビニすらない住宅街である。必定、買い物が必要な時はかなり手前で一度降りなければいけない。
 急にイキイキとしだしたリウスは、バスが停まると立ち上がった。

「よーし、リーラちゃんにケーキを買ってくッス! 先輩も食べるスよね!」
「……君は食べないけどね。あと、えっと……多分、ティアも」
「えー、なんでスか? 有線動力でも飲食は可能スけどねえ」
「ま、まあ、特殊な事情があって」
「あと、まあ……蛇の道は蛇ッスよ、先輩。ケーブルを延長したいなら、そのティアさんか……ちょっと自分はオススメしないッスけど、オリオさんに訊くといいスよ」

 そう言って、ヴィルの手を握ってリウスは歩き出す。
 二人はそろって下車し、夕暮れで賑わうスーパーマーケットへと向かった。リウスは時々遊びに来てくれて、リーラとも仲良しだが……常に突然言い出すところがあった。この奇妙なアンティーク好きのクラシカルな女性型ロボットが、ヴィルは嫌いではない。仕事だって頑張ってるし、いい同僚で友人だと思っていた。
 こうして二人は、アレコレと買い物をして残りの帰路きろを歩き出す。
 ロボットと人間が並んで歩く家路いえじは、この時代では普通で、そして当然の光景だった。
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