コンビニコンビの祭終迷宮《エクスダンジョン》

ながやん

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第5話「うんうん、それも社会勉強だね!」

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 ヨシュアにとって激動の一日が、終わった。
 夕食時を過ぎて、ようやくブレイブマートの混雑が一段落したのである。この半日、ほぼ休まずブッ通しでの接客……初めての経験で、ヨシュアは無我夢中むがむちゅうだった。
 そして、祭終迷宮エクスダンジョンディープアビスに夜が訪れる。
 広がる森を闇が包んで、地下なのに空には星がまたたき始めた。

「疲れた、死ぬ……絶対に死ぬ。くっそお、なにが『』だチクショウ」

 ヨシュアは会計用のカウンターに突っ伏して、だらしなく伸びていた。
 ようやく店内からは客がいなくなり、昼の冒険を終えた者達は外でキャンプを設営したり、そのまま地上へと帰っていった。逆にこれから夜の冒険に赴__おもむ__#く者達は、我先にと第二階層『翠緑林ノ禁地スイリョクリンノキンチ』へ去ってゆく。
 改めてヨシュアは、静かになった一人だけの店内を見渡した。

「ようするにあれか、コンビニ……コンビニエンスストアってのは、二十四時間営業のよろず屋ってとこだな」

 よろず屋、ようするに何でも屋である。
 店内は乱雑だが、大まかに整理して商品が陳列されていた。飲み物各種と、その近くに食品系、薬品系。奥の奥まったスペースには日用品、そして武器や防具が並んでいる。
 冒険者の命とも言える新情報や地上の新聞なんかは、大掲示板の周囲にまとめられていた。
 あまりにもあつかう品が多くて、店全体が手狭てぜまに見える。

「俺、住み込みで働くのか……考えてみりゃ、家を出たのは初めてか」

 因みに部屋を出たのも半年ぶりくらいである。
 このブレイブマートは、一階が店舗、二階が居住区になっている。風呂やキッチンも全て二階だが、水回りの配管処理などはボロ小屋とは思えぬ程に凝っていた。
 今は女性陣の三人が、仲良く揃ってバスタイムである。
 そして、この小屋は例の奇妙な乗り物せんしゃに寄りかかる形で建てられていた。そして、色とりどりのケーブルのようなものが、乗り物側と小屋とをつなげている。リョウカの話では、ランプも蝋燭ろうそくもないのに明るいのは、電気を引いているからだそうだ。

「電気……いかずち稲妻いなずまたぐいとは別に、自然発生した訳でもない、電気……それをめておいて、使える? どういう魔法だ? だが、いにしえの魔神達が残した技術なら不可能じゃない」

 魔法とは、かつて世界を支配した神々……今は教会が悪魔と断じた異教の魔神が残した技である。魔神達が持つ生まれながらの能力、手足のように自在に火炎や凍気を操るすべを、呪文や術式によって構築し、実行する……魔神達から借り受ける。それが魔法だ。
 だが、例の乗り物は、セーレも知らない謎の物体でしかない。
 そんなことを考えていると、客が来た。
 リリン、と扉のベルが鳴って、長身の美丈夫ハンサムが入店してくる。

「やあ、ここがリョウカのコンビニとかいうお店だね? ふーん、ブレイブマートかあ」

 短く髪を切りそろえた、育ちの良さそうな少年だ。年の頃はおそらく、ヨシュアより二つか三つ程上だろうか? 中性的な雰囲気の漂う、ようするにイケメンである。
 背に巨大な剣を背負って、鎧も動きやすさと同時に防御力を重視したものだ。
 熟練冒険者の気配を発散しながら、珍しげに彼は店内を見回し近付いてくる。

「らっしゃっせー」
「実は、この大剣とは別に探索用のナイフが必要なんだけど、地下七階で折れてしまってね。新調したいんだけど、オススメとかあるかな?」
「武器でしたら奥の方に」
「ああ、武器って程のもんじゃないんだ。なたであり手斧ておのであり、時には食事にも使う。そんな感じの、頑丈で取り回しがいいやつが嬉しい」
「えっと、ちょっと待ってくれ」

 今日来たばかりで、店内もまだ詳しく見てはいない。ヨシュアはずっと、ごった返す中で客達の会計をしていたのだ。もっぱら商品に関しての話は、リョウカが片付けてくれていた。
 そのリョウカは今、労働の汗を流すべく風呂場にいる。
 やれやれとヨシュアがカウンターから這い出た、その時だった。

「ヨシ君っ、そういうナイフは武器とかの横、雑貨ざっかのとこにあるよっ!」

 ああ、助かった……そう思ってリョウカの声に振り向いた。
 そしてヨシュアは、あられもない姿の彼女を見て硬直してしまう。

「ちょ、おま……ばっ、馬鹿野郎!」

 野郎じゃないけど、女の子だけど。
 れた足跡を残して、リョウカは裸で店に飛び出てきた。身体にバスタオルを巻いているが、豊満な胸の果実が今にもこぼれそうである。
 彼女はサンダルを足に引っ掛けて、そのまま店の奥へと走った。
 客の美形剣士を待たせて、ヨシュアもあわててそのあとを追う。

「おいっ、リョウカ! なんて格好してんだ!」
「ご、ごめんっ! でもね、ヨシ君。コンビニは迅速さも大事だからっ! 欲しいと思った時、本当に欲しいものが手に入る……それが、わたしの目指すコンビニッ! ……わたしの知ってるコンビニ」

 迷わずリョウカは、たなの上へと手を伸ばす。
 少し背伸びして、全身を使って商品を取ろうとする。
 濡れた髪が揺れて、ふわりといい匂いがヨシュアの鼻孔びこうをかすめた。
 背格好は同じくらいか、少しだけリョウカの方が背が高いかもしれない。なにか手伝えることはないかと思っていると、近くに客が使うための小さな脚立きゃたつがあった。

「リョウカ、これを使えって! って、お、おい……ちょ、ちょっと待て!」
「んーっ! も、もうちょっとで、取れそう……わわっ!?」

 リョウカの指が商品の箱に引っかかった、その瞬間に彼女は足を滑らせた。
 慌ててヨシュアは、脚立を放り出すや駆け寄る。
 落下してくる箱をリョウカが受け止め、そのリョウカをヨシュアが抱き止める形になった。だが、日頃の運動不足もたたって、ヨシュアはそのまま倒れ込んでしまう。

「イチチ……すまん、リョウカ! 怪我は、な、い、か……って、あっ!」

 立ち上がろうとしたヨシュアの下から、リョウカが濡れた瞳で見上げてくる。
 そんな彼女をおおっていたバスタオルが、ひらひらとヨシュアの頭に落ちてきた。
 今、目の前にリョウカの裸体があった。上気した小麦色の肌が、僅かに朱に染まっている。そして、はっきりとわかる日焼けの跡は、胸周りと股間だけが白い。
 まるで、絵草紙まんがに出てくる踊り子の扇情的せんじょうてき薄布うすぬののようなラインだ。
 そして、春に溶け消える間際の淡雪あわゆきを思わせる白さである。
 くっきりと刻まれた日焼け跡が眩しくて、思わずヨシュアは見とれてしまった。

「……ヨシ君。ちょっとキミ、重いぞ?」
「あっ、ああ! ごめん! これ、タオルッ! 見てないから! なにも!」
「うう、恥ずかしいよぉ……でもっ、急がなきゃ。お客さん、待たせちゃ駄目だもん」

 リョウカは飛び起きると、再び身体にバスタオルを巻き付け走り出す。
 忙しいことで、その背中をヨシュアも追いかけた。
 リョウカが持っているのは、戦闘用に殺傷力を高めたナイフやダガー、ショートソード等ではない。もっと頑丈で、乱暴に扱っても壊れない耐久性重視のものである。冒険者のサバイバルには必需品だし、モンスターから貴重な素材を剥ぎ取る際にも重宝されることをヨシュアは思い出した。

「お待たせしましたっ! こちらの品が地上でも人気の……って、あれ? えっと……シオン? やだ、シオンだ! 久しぶりだあ」

 リョウカは、例の美形剣士に箱を差し出しつつ、目を丸くした。
 そして、彼のことをシオンと呼んだ。
 どうやら知り合いのようで、シオンも白い歯をこぼして笑う。

「相変わらずだね、リョウカ。猪突猛進ちょとつもうしん全力全開ぜんりょくぜんかい一意専心いちいせんしんだ。でも、その格好は酷いな。もっと恥じらって気にしなきゃ」
「ご、ごめん……つい。でもさ、わたしはシオンに見られたって別に構わないけど」
「オレだって君の裸は嬉しくないけどね。ほら、そこの彼が目のやり場に困ってる」

 ちらりとシオンは、ヨシュアを見て再度微笑ほほえんだ。
 どうやら二人は、顔見知りのようである。
 なんだろう、どことなく面白くない。
 よく『かわいい』と言われるヨシュアだからこそ、面白くないのだ。
 シオンはそんなヨシュアが見ても、確かにはっきりと『格好いい』からである。
 だが、そんなヨシュアのもやもやとした気持ちは、意外な真実で霧散した。

「シオンだって、恥じらいっていうか……そう、女子力! 女の子らしさがないもん!」
「リョウカ、それ言う? 一緒に冒険してた頃、オレの方が料理も洗濯も上手かったよね? ……男装してる方がね、冒険者としては都合がいいんだ」

 なんと、シオンは女だった。
 言われてみれば確かに、細面ほそおもての表情は女性的にも見える。
 同性同士だから、リョウカはあられもない姿を見られても恥ずかしくなかったのだ。
 そして、一段落のあとにさらなる謎がヨシュアに浮かぶ。
 一緒に冒険してた頃……やはりリョウカは、以前は冒険者だったのだ。今日の昼、このディープアビスの第一階層『白亜ノ方舟回廊ハクアノハコブネカイロウ』で、驚異的な戦闘力を見せた時に気付くべきだった。彼女は類稀たぐいまれなる剣術の妙技みょうぎを見せたばかりか、かたわらにヨシュアをかかえたまま、先程まで売られていた大量の商品を背負って全力疾走できたのである。
 ヨシュアが驚き、改めてリョウカを見る。
 濡れた髪をかきあげる彼女は、女性的な膨らみを優雅にかたどる曲線美の中で、無駄なく全身をしなやかに筋肉が覆っている。まるで、王宮の芸術家が削り出した大理石の彫刻みたいだ。
 そんなことを思っていると、シオンが済まなそうに表情をかげらせた。

「ゴメン、リョウカ……頼まれてた求人の話だけど、駄目だったよ。その、ええと、コンビニ? っていう仕事、商売が上手く認識されないんだ」
「そ、そう……そう、なんだ。あっ、でも気にしないで! シオンは悪くないよ、うん! むしろ、ありがとっ! 手間、かけさせちゃったよね」
「いや? それは全然……こうして客になれば、その便利さがわかるんだけどね。ナイフが折れたのは本当で、それに困ってた。でも、すぐこうして手に入る。助かるよ」

 渡された箱の中身を取り出し、シオンは笑った。少年のように瑞々みずみずしくて、とても無邪気な笑みだった。やや大振りなナイフを抜いてみて、ウンウンと彼女はうなずいてみせる。
 シオンの満足する笑顔に、不思議とヨシュアは気分が高揚した。
 自分の働く店で、客が喜んでくれる……奇妙な嬉しさに、変な笑みが止まらない。

「という訳で、ゴメンッ! ゴメンね、ヨシ君……ヨシ君? えと、なんか……気持ち、悪いよ? 変な笑い方。ふふ、でも……そうだね、なんだかおかしいよねっ!」

 リョウカも眩しい笑顔を咲かせてくれる。
 だが、その直後にヨシュアは地獄の底へと叩き落とされた。
 このコンビニに、。冒険者ギルドを通した求人もむなしく、一緒に働いてくれるい人間は一人もこないのだった。それを告げに、シオンは来たらしい。
 頭を下げつつ、合わせた手と手の向こうで舌を出すリョウカが、かわいいのにとても憎らしく思えるのだった。
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