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第9話「死にゆく命が呼び出したもの」
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世界の平和と共に、ソロモニアの人々が手に入れたもの……それが、祭終迷宮ディープアビス。文字通り、底知れぬ奈落にも似た巨大な魔宮である。
その第一階層『白亜ノ方舟回廊』を貫く謎の縦坑を、ヨシュアは落ちていた。
彼は暗闇の中、必死で声を振り絞る。
「レギン! シレーヌを守れ、お前は飛べるだろ! まずシレーヌを!」
レギンレイヴは戦乙女、ワルキューレだ。世界中の戦場を巡って、勇者の魂を集めるのが仕事である。自称敏腕ワルキューレというからには、飛行能力くらいお手の物だ。
人間だって空を飛ぶ魔法を持っているが、それは全て高位存在から借り受けるだけ。
魔法とは、七十二柱の悪魔を始めとする、かつてこのソロモニアから去っていった力を拝借する技術なのだ。魔力を使い、呪文と術式でアクセスする……古き神々が当たり前のように使う異能の力を、こうして人間も行使することができるのである。
「ほいほい、って、重っ! ごめーん、ヨシっち。二人は無理」
「ちょっと! 誰が重いですって? あたしは重くないわよ! 薬剤とか道具が重いの!」
「……じゃ、それ捨てて。今すぐ。じゃないと、ヨシっちが」
「あーもぉ、背に腹は代えられないわねっ! あいつに死なれちゃ、目覚めが悪いったらありゃしない!」
二人の声が、あっという間に頭上に遠ざかった。
ヨシュアは落ち行く先を睨むが、暗黒の空間がどんどん彼を深みへと飲み込んでいった。
光すら差さぬ中へと、吸い込まれてゆく。
時間の感覚さえ麻痺するほどの、長い長い落下。
恐怖で震えが止まらなかったが、ヨシュアは思考をやめなかった。
「この縦坑、深い……まさか、第一階層のさらに下まで続いているのか!? いや、それよりっ」
既に、落下し始めてから数十秒。
その間、ヨシュアは重力に身を委ねるしかない。
得意の召喚術も、セーレやレギンレイヴといった霊格の持ち主が近くにいなければ使えない。新たに召喚する場合は、対象にもよるがそれなりの代償を払う必要があった。
そして、この状況下では召喚が間に合うかも疑問だった。
だが、そんな彼の絶望が唐突に終わる。
全身を衝撃が突き抜け、まるで意識がブツ切りにされたように飛び散った。
(な、なんだ……あ、底か……ここが、この迷宮の、底……なのか?)
今、ヨシュアは硬い床の上に自分を広げていた。
激痛が灼けるようで、それでいて身体は冷たく重くなってゆく。
溢れ出た血は、彼の体温を容赦なく奪っていった。
冷たい床は金属のような、不思議な感触だ。
真っ暗になる視界が、徐々に狭くぼやけてゆく。
「ちょ、ちょっと! ヨシュア、あんた!」
あとから降りてきたシレーヌが、半ばレギンレイヴを振り払うようにして近くに着地した。彼女のブーツが血に濡れる音が、歩み寄ってくれてるのに遠く感じる。
そして、レギンレイヴの声がさらなる危機を告げていた。
「ちょい待ち、シレぬん……ゲロマジヤバイ気配。敵がいるスよ」
シレーヌは、先程嫌だと言った呼び方に口を挟まなかった。
今のヨシュアでも、はっきりとわかる敵意が周囲に満ちていた。僅か半径10m四方程の空間で、闇の中に澱むなにかが潜んでいる。
だが、もうそれを確かめる術がヨシュアにはなかった。
召喚したまま帰れていないレギンレイヴも、自分と同じ魔力を持たぬ境遇のシレーヌも救ってやれない。
「んあー、嘘ぉん! シレっち、自分の後ろに下がるッス!」
「なっ、なによあれ……なんなのよ!」
「まあ、グレーターデーモンあたりじゃないスかね。昔、異教徒同士で互いに土着の土地神を悪魔に堕としまくって、まあ……大量生産されたタイプの悪魔ッスよ」
耳をつんざく絶叫がほとばしる。
風を感じて、ヨシュアは敵が背に翼を持っているのだと気付いた。古い文献にある、正しく悪魔そのものといった風体をしているのだろう。今の教会が悪魔と呼ぶものには、二種類ある。
一つは、いわゆる七十二柱の魔神と呼ばれるかつての神々……セーレ達だ。
そしてもう一つ、霊格の低い神々が異教徒によって貶められた、その成れの果てだ。
恐らくこの場の悪魔も、かつてはどこぞの土地の守り神だったかもしれない。
「あーもぉ、グングニルとかあれば楽なんスけどね……今回はたまたま、こっそり無断で拝借できなかったんスよ」
「く、来るわっ! 攻撃を……駄目っ、この狭さで爆発物は」
「そゆことスねえ。んじゃ、シレっちはヨシっちを頼むッス!」
ヨシュアは、自分の世界が終わりを迎えるのを感じていた。
死ぬ……本当に、命を落としてしまう。
魔力を持たなかったばかりに、家も継げず勇者と一緒に戦えなかった。そればかりか、妹にその役目を負わせてしまった挙げ句、なににもなれなかった。
なにも成し遂げぬまま、自分の人生が終わろうとしていた。
(あ、いや……一つだけ、やったな。なった、なったよ……コンビニ、ってので働いた。はは……この世界で最初の、コンビニの店員。だよな、リョウカ……なら、さ)
ふと、脳裏に一人の少女が浮かんだ。
爪と刃とがぶつかる音に、レギンレイヴの槍さばきが風を呼ぶ。
シレーヌが血に濡れ汚れながらも、針のついた小瓶のようなものを取り出していた。中には液体が入っており、どうやらそれは医療器具のようだ。教会の聖職者達が使う、癒やしの法術でももう、無理だとヨシュアはわかっていた。
ならば、失われつつある命を使うことに躊躇いはない。
零れ落ちる前に、自分の意志で命を賭けるのだ。
何故かリョウカが、頭の中でそう言った気がした。
「ちょ、ちょっとヨシュア!? あんた、なにを……う、動かないで! 血が、こんなに」
「下がって、ろ……ちょっと、よ……へへ」
震える手を持ち上げて、自らが振りまいた血へ指を滑らせる。
硬い床の上に、ヨシュアが描き始めたのは魔法陣だ。
大きさは丁度、自分が倒れているその周囲を囲むくらい。
正直、mm単位の精度が求められる魔法陣を、こんなに大雑把というのは経験がない。それでも、一縷の望みというものはヨシュアには召喚術しかない。そして今、再び自分の命を用いて召喚する……召喚されてくるなにかに、自分の命を握らせるのだ。
その気持ちを強く念じれば、真紅の魔法陣が輝き出す。
「来いよ……来い。誰でも、いいんだ……こいつらを、レギンとシレーヌを……俺の、命で、救ってくれえ!」
刹那、闇を切り裂く光芒が屹立した。
そして、光の柱がヨシュアを包む。
不意にふわりと、ヨシュアは抱きかかえられた。眠れる姫君を抱き上げ救う、まるで絵物語の英雄のようなその姿……酷く華奢で少女のようだが、確かに男だった。
背に黒い十二翼を広げて、現れしは静かに微笑む美少年。
頭に輪っかがあれば、正しく教会の教えにある御使い、天使のようだ。
その背の翼が黒くなければ、最も位の高い熾天使に見えただろう。
「ふむ、僕を呼び出したのは君かな。こっちの世界は久しぶりだけど……ああ、それよりまずは君の命だね、召喚主さん」
とても穏やかな声だ。
そして、彼はヨシュアを抱いたまま、その頬を濡らす血と涙とを舐めた。
不思議と痛みが引いてゆく中で、逆に意識が鮮明になってゆく。
召喚に応じて現れた少年は、命の代価を預けたヨシュアを認めたのだ。そして、再び彼に命を返してくれたのである。以前のセーレもそうだが、強力な霊格を召喚するためには、その決意と覚悟を見せる必要がある。
お前が自分を召喚主と認めてくれなければ死ぬ、そうやって生殺与奪の権利を与えるのだ。
「お前は……だ、誰だ? セーレ達じゃないな? 七十二柱の悪魔じゃ、ない」
「ん、そうだね。でも、僕は悪魔だよ……もう、闇に堕した悪魔。明けの明星と呼ばれたのも、今は昔かな」
「そ、それって」
「君の心、そして気持ち……とても甘露だった。仲間を救いたかったんだね? なら、いいよ。今一度、もう一度だけ、この力を人間の救済に使おう。っと、その前に」
ふと、少年は視線を外した。
それを目で追ったヨシュアは、思わず叫んでしまう。
「チィ! レギン! 無理するな! そいつはお前一人じゃ」
「うぃス! ちょっとばかし分が悪いスよ……けど、せめて二人は、ヨシっちとシレっちは!」
「柄じゃねえだろ! 待ってろ、今すぐ――」
「確かに自分、そゆキャラじゃないッスけど……でもっ、痴女ねーさんに、セーレねーさんに約束したスから! 守るって! ――ゲッボェ!?」
ちょっと女の子が口にしてはいけない悲鳴だった。
レギンレイヴが吹き飛ばされて、グレーターデーモンがこちらを見る。その真っ赤な瞳は、まるで地獄の業火のように爛々と輝いていた。
しかし、ヨシュアを抱いたままの少年は静かに鼻で笑う。
「ちょっと邪魔だね、君……僕は今、召喚主に報いると決めたんだ。……消えてくれないかな?」
彼は指一つ動かさず、ただ僅かに目元険しくグレーターデーモンを眇めた。
それだけで、ピタリと静止した巨体が震え出す。
「君の霊格を吹き飛ばす……恐らく、あらゆる世界線において向こう数百年は実体化できないだろうね。それじゃ、さよならだ」
突如、グレーターデーモンが絶叫を叫んだ。
それが断末魔……そのまま異形の悪魔が塩の塊になってボロボロと崩れ出す。
ヨシュアは改めて、自分が必死で召喚した存在に恐れおののいた。
以前召喚したセーレをも上回る、圧倒的な霊格……その名をやはり、今という時代は悪魔と呼んだ。しかも、悪魔の王と。
「よし、これでいいね。さて……ここは確か、ふむ。ソロモン王が一仕事終えたあとの世界か。じゃあ、僕はこれで。勇敢なる我が召喚主よ、僕に再びチャンスをくれてありがとう」
それだけ言い残すと、ヨシュアをそっと立たせて少年は飛び立った。
黒い羽根が舞い散る中で、その時突然……ゴゥン! と音がして、床が上へと動き始めた。だが、ゆっくり上昇する中でヨシュアは、呆然と漆黒の中に翼を見送るしかできなかった。
その第一階層『白亜ノ方舟回廊』を貫く謎の縦坑を、ヨシュアは落ちていた。
彼は暗闇の中、必死で声を振り絞る。
「レギン! シレーヌを守れ、お前は飛べるだろ! まずシレーヌを!」
レギンレイヴは戦乙女、ワルキューレだ。世界中の戦場を巡って、勇者の魂を集めるのが仕事である。自称敏腕ワルキューレというからには、飛行能力くらいお手の物だ。
人間だって空を飛ぶ魔法を持っているが、それは全て高位存在から借り受けるだけ。
魔法とは、七十二柱の悪魔を始めとする、かつてこのソロモニアから去っていった力を拝借する技術なのだ。魔力を使い、呪文と術式でアクセスする……古き神々が当たり前のように使う異能の力を、こうして人間も行使することができるのである。
「ほいほい、って、重っ! ごめーん、ヨシっち。二人は無理」
「ちょっと! 誰が重いですって? あたしは重くないわよ! 薬剤とか道具が重いの!」
「……じゃ、それ捨てて。今すぐ。じゃないと、ヨシっちが」
「あーもぉ、背に腹は代えられないわねっ! あいつに死なれちゃ、目覚めが悪いったらありゃしない!」
二人の声が、あっという間に頭上に遠ざかった。
ヨシュアは落ち行く先を睨むが、暗黒の空間がどんどん彼を深みへと飲み込んでいった。
光すら差さぬ中へと、吸い込まれてゆく。
時間の感覚さえ麻痺するほどの、長い長い落下。
恐怖で震えが止まらなかったが、ヨシュアは思考をやめなかった。
「この縦坑、深い……まさか、第一階層のさらに下まで続いているのか!? いや、それよりっ」
既に、落下し始めてから数十秒。
その間、ヨシュアは重力に身を委ねるしかない。
得意の召喚術も、セーレやレギンレイヴといった霊格の持ち主が近くにいなければ使えない。新たに召喚する場合は、対象にもよるがそれなりの代償を払う必要があった。
そして、この状況下では召喚が間に合うかも疑問だった。
だが、そんな彼の絶望が唐突に終わる。
全身を衝撃が突き抜け、まるで意識がブツ切りにされたように飛び散った。
(な、なんだ……あ、底か……ここが、この迷宮の、底……なのか?)
今、ヨシュアは硬い床の上に自分を広げていた。
激痛が灼けるようで、それでいて身体は冷たく重くなってゆく。
溢れ出た血は、彼の体温を容赦なく奪っていった。
冷たい床は金属のような、不思議な感触だ。
真っ暗になる視界が、徐々に狭くぼやけてゆく。
「ちょ、ちょっと! ヨシュア、あんた!」
あとから降りてきたシレーヌが、半ばレギンレイヴを振り払うようにして近くに着地した。彼女のブーツが血に濡れる音が、歩み寄ってくれてるのに遠く感じる。
そして、レギンレイヴの声がさらなる危機を告げていた。
「ちょい待ち、シレぬん……ゲロマジヤバイ気配。敵がいるスよ」
シレーヌは、先程嫌だと言った呼び方に口を挟まなかった。
今のヨシュアでも、はっきりとわかる敵意が周囲に満ちていた。僅か半径10m四方程の空間で、闇の中に澱むなにかが潜んでいる。
だが、もうそれを確かめる術がヨシュアにはなかった。
召喚したまま帰れていないレギンレイヴも、自分と同じ魔力を持たぬ境遇のシレーヌも救ってやれない。
「んあー、嘘ぉん! シレっち、自分の後ろに下がるッス!」
「なっ、なによあれ……なんなのよ!」
「まあ、グレーターデーモンあたりじゃないスかね。昔、異教徒同士で互いに土着の土地神を悪魔に堕としまくって、まあ……大量生産されたタイプの悪魔ッスよ」
耳をつんざく絶叫がほとばしる。
風を感じて、ヨシュアは敵が背に翼を持っているのだと気付いた。古い文献にある、正しく悪魔そのものといった風体をしているのだろう。今の教会が悪魔と呼ぶものには、二種類ある。
一つは、いわゆる七十二柱の魔神と呼ばれるかつての神々……セーレ達だ。
そしてもう一つ、霊格の低い神々が異教徒によって貶められた、その成れの果てだ。
恐らくこの場の悪魔も、かつてはどこぞの土地の守り神だったかもしれない。
「あーもぉ、グングニルとかあれば楽なんスけどね……今回はたまたま、こっそり無断で拝借できなかったんスよ」
「く、来るわっ! 攻撃を……駄目っ、この狭さで爆発物は」
「そゆことスねえ。んじゃ、シレっちはヨシっちを頼むッス!」
ヨシュアは、自分の世界が終わりを迎えるのを感じていた。
死ぬ……本当に、命を落としてしまう。
魔力を持たなかったばかりに、家も継げず勇者と一緒に戦えなかった。そればかりか、妹にその役目を負わせてしまった挙げ句、なににもなれなかった。
なにも成し遂げぬまま、自分の人生が終わろうとしていた。
(あ、いや……一つだけ、やったな。なった、なったよ……コンビニ、ってので働いた。はは……この世界で最初の、コンビニの店員。だよな、リョウカ……なら、さ)
ふと、脳裏に一人の少女が浮かんだ。
爪と刃とがぶつかる音に、レギンレイヴの槍さばきが風を呼ぶ。
シレーヌが血に濡れ汚れながらも、針のついた小瓶のようなものを取り出していた。中には液体が入っており、どうやらそれは医療器具のようだ。教会の聖職者達が使う、癒やしの法術でももう、無理だとヨシュアはわかっていた。
ならば、失われつつある命を使うことに躊躇いはない。
零れ落ちる前に、自分の意志で命を賭けるのだ。
何故かリョウカが、頭の中でそう言った気がした。
「ちょ、ちょっとヨシュア!? あんた、なにを……う、動かないで! 血が、こんなに」
「下がって、ろ……ちょっと、よ……へへ」
震える手を持ち上げて、自らが振りまいた血へ指を滑らせる。
硬い床の上に、ヨシュアが描き始めたのは魔法陣だ。
大きさは丁度、自分が倒れているその周囲を囲むくらい。
正直、mm単位の精度が求められる魔法陣を、こんなに大雑把というのは経験がない。それでも、一縷の望みというものはヨシュアには召喚術しかない。そして今、再び自分の命を用いて召喚する……召喚されてくるなにかに、自分の命を握らせるのだ。
その気持ちを強く念じれば、真紅の魔法陣が輝き出す。
「来いよ……来い。誰でも、いいんだ……こいつらを、レギンとシレーヌを……俺の、命で、救ってくれえ!」
刹那、闇を切り裂く光芒が屹立した。
そして、光の柱がヨシュアを包む。
不意にふわりと、ヨシュアは抱きかかえられた。眠れる姫君を抱き上げ救う、まるで絵物語の英雄のようなその姿……酷く華奢で少女のようだが、確かに男だった。
背に黒い十二翼を広げて、現れしは静かに微笑む美少年。
頭に輪っかがあれば、正しく教会の教えにある御使い、天使のようだ。
その背の翼が黒くなければ、最も位の高い熾天使に見えただろう。
「ふむ、僕を呼び出したのは君かな。こっちの世界は久しぶりだけど……ああ、それよりまずは君の命だね、召喚主さん」
とても穏やかな声だ。
そして、彼はヨシュアを抱いたまま、その頬を濡らす血と涙とを舐めた。
不思議と痛みが引いてゆく中で、逆に意識が鮮明になってゆく。
召喚に応じて現れた少年は、命の代価を預けたヨシュアを認めたのだ。そして、再び彼に命を返してくれたのである。以前のセーレもそうだが、強力な霊格を召喚するためには、その決意と覚悟を見せる必要がある。
お前が自分を召喚主と認めてくれなければ死ぬ、そうやって生殺与奪の権利を与えるのだ。
「お前は……だ、誰だ? セーレ達じゃないな? 七十二柱の悪魔じゃ、ない」
「ん、そうだね。でも、僕は悪魔だよ……もう、闇に堕した悪魔。明けの明星と呼ばれたのも、今は昔かな」
「そ、それって」
「君の心、そして気持ち……とても甘露だった。仲間を救いたかったんだね? なら、いいよ。今一度、もう一度だけ、この力を人間の救済に使おう。っと、その前に」
ふと、少年は視線を外した。
それを目で追ったヨシュアは、思わず叫んでしまう。
「チィ! レギン! 無理するな! そいつはお前一人じゃ」
「うぃス! ちょっとばかし分が悪いスよ……けど、せめて二人は、ヨシっちとシレっちは!」
「柄じゃねえだろ! 待ってろ、今すぐ――」
「確かに自分、そゆキャラじゃないッスけど……でもっ、痴女ねーさんに、セーレねーさんに約束したスから! 守るって! ――ゲッボェ!?」
ちょっと女の子が口にしてはいけない悲鳴だった。
レギンレイヴが吹き飛ばされて、グレーターデーモンがこちらを見る。その真っ赤な瞳は、まるで地獄の業火のように爛々と輝いていた。
しかし、ヨシュアを抱いたままの少年は静かに鼻で笑う。
「ちょっと邪魔だね、君……僕は今、召喚主に報いると決めたんだ。……消えてくれないかな?」
彼は指一つ動かさず、ただ僅かに目元険しくグレーターデーモンを眇めた。
それだけで、ピタリと静止した巨体が震え出す。
「君の霊格を吹き飛ばす……恐らく、あらゆる世界線において向こう数百年は実体化できないだろうね。それじゃ、さよならだ」
突如、グレーターデーモンが絶叫を叫んだ。
それが断末魔……そのまま異形の悪魔が塩の塊になってボロボロと崩れ出す。
ヨシュアは改めて、自分が必死で召喚した存在に恐れおののいた。
以前召喚したセーレをも上回る、圧倒的な霊格……その名をやはり、今という時代は悪魔と呼んだ。しかも、悪魔の王と。
「よし、これでいいね。さて……ここは確か、ふむ。ソロモン王が一仕事終えたあとの世界か。じゃあ、僕はこれで。勇敢なる我が召喚主よ、僕に再びチャンスをくれてありがとう」
それだけ言い残すと、ヨシュアをそっと立たせて少年は飛び立った。
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