コンビニコンビの祭終迷宮《エクスダンジョン》

ながやん

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第22話「未来への遺産を思い出に」

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 空中に浮かぶヨシュアは、そのままこぶしを押し込み……不意に開く。
 そうして、受け止めていたルシフェルの手を握った。
 そのまま、重力へ身を委ねて落下しつつ、彼を引き抜く。
 崩壊を始めたサタンの中からは、まばゆい光と共にいにしえの王が現れた。
 振り向くルシフェルは、驚愕きょうがくに目を見開く。

「君は……ソロモン王! どうして……まさか、僕の霊格マハトマを使ってヨシュアが?」
「の、ようだね。久しぶりだ、ルシフェル。で……六つの大罪、ルシフェルを守護する悪魔達よ。汝等なんじらの役目は終わった。再び此方こなた彼方かなたを繋げて眠れ」

 ルシフェルの羽撃はばたきは弱々しかったが、ヨシュアと共になんとか着地する。
 見上げれば、金色に輝く杖を持ったソロモン王が浮かんでいた。彼がそっと杖を掲げると、サタンを構成していた五匹の悪魔が紐解ひもとかれてゆく。
 あっという間に、分裂した五つの光が大地へかえっていった。
 その姿が見えなくなってから、ソロモン王も降りてくる。

「やれやれ、召喚するのは得意なんだけどね。まさか、私を召喚する者が現れるとは……これだから、人間は面白い」

 どこにでもいそうな、やや頼りなくて細身の男だ。服装こそ立派だが、七十二柱ななじゅうにちゅうの魔神を従える王には見えない。だが、セーレはすぐにその場でひざまずいて頭を垂れた。

「お久しゅうございます、ソロモン王。こちらの世界への帰還、このセーレも嬉しく思います」
「ん、まあ……そういうのはやめよう、セーレ。君ががらにもないことをしてると、私も調子が狂ってしまう」
「ほいきた! じゃー、やめまっす! どもどもー、お疲れちゃん!」

 あっさりいつものセーレに戻った。
 あのうやうやしさは演技だったようだ。
 ヨシュアはすぐに、ルシフェルの手を引きソロモン王へと歩く。戸惑とまどい萎縮__いしゅく__#しながらも、黙ってルシフェルはついてきた。
 彼もまた、ヨシュアがこの地に呼出した者。
 そして、彼は命の恩人でもあるのだ。

「ヨシュア、僕は」
「黙ってろ、ルシフェル。今、お前にこたえを教えてやるからよ」
「答、とは」
「正解って意味じゃないぞ? そこから先はお前が選べ。考えろ」

 誰もが見守る中、ヨシュアはソロモン王の前に立った。
 すでに戦いは終わり、仲間達も安堵の笑みを浮かべている。
 酷く狼狽うろたえるルシフェルだけが、場違いを感じているのか震えている。そこにもう、憤怒ふんぬの化身サタンへ身をやつした堕天使だてんしの姿はなかった。
 気弱で怯えた青年の手を握ったまま、ヨシュアはソロモン王に問いかける。

「ソロモン王、教えてくれ。あんたは何故なぜ、この世界を……ソロモニアを創った時に、一緒に魔法を残したんだ?」

 ソロモニアの魔法文明は今、繁栄を続けている。その栄華は、終わりを知らぬかのように広がっていた。それは全て、ソロモンが残した偉大なるシステムのおかげだ。
 魔法とはすなわち、呪文や術式を通して古き神々から力を借りること。
 そして、異世界へ去った神々とソロモニアを繋げるシステムは、ルシフェル達六つの大罪と呼ばれる悪魔の力で維持されてきたのだ。
 ふむ、とうなってソロモン王は言葉を選ぶ。

「答えよう、ヨシュア……我が召喚主よ。知っての通り、私は人間のエデンからの解放のため、天界と戦った。君達がしゅと呼ぶ神とね。だが、戦争とは相手を絶滅させることが目的じゃない。だから、主が人間に自由を与えた時、私達はほこを収めた」
「それは知ってる。でも、こいつは、ルシフェルはそうじゃなかった」
「そうだね。私も少し困ったけど、彼を説得できなかった。友として不甲斐ふがいない」

 ソロモン王の視線から逃げるように、ルシフェルはうつむいてしまった。
 そんな彼を見るソロモン王は、優しげにまなじりを下げる。

「ルシフェル、君は神の愛を強請ねだり、その深さや広さを計ろうとした。神の愛を疑いながら、実は一番信じたかったんだよね?」
「ソロモン王、それは……僕は」
「いいさ。僕達も急いでた、出来上がったソロモニアを早く人間達に渡したかった。だから、性急に君を封印し、魔法文明のいしずえとしてしずめたことを後悔しているよ」

 ヨシュアはルシフェルの手を引っ張る。
 それは、ソロモン王が手を差し出したのと同時だった。

「友よ、再会を嬉しく思う。私はそう思うけど、君はどうだい?」
「ソロモン王、僕も……嬉しいよ。でも、取り返しのつかないことをしてしまった。それに」
「それに? そうだね、君はまだ納得していないようだ。さて、どうする? ヨシュア」

 ルシフェルと握手を交わすソロモン王が、にこやかに微笑ほほえむ。
 ヨシュアは既に、彼にかける言葉を選び終えていた。

「さっきリョウカも言ってたろ? ルシフェル……愛ってさ、俺は、その……友情とか兄妹愛きょうだいあいしか知らないしけど、物への愛着なんかはわかる。愛はいろいろあるけど、基本的に全部一緒だ」
「そう、なのかい?」
「そうさ、ルシフェル。リョウカが言う通り、愛って多分さ……。おっ、おお、俺は与えたことないけどな! でも、大切に想う奴がいて、そいつの店につどった仲間達も大事だ」
「……与えることで、得られる」

 レギンレイヴがいつものジト目で「くっさー」と茶々を入れてくるが、それで周囲は笑ってなごむ。もう、世界の危機は去った。そして、未来永劫その危険を取り払わなければならない。
 排除するのではなく、予防……寂しさをこじらせれば、人は容易たやすく闇にちる。
 それは多分、天使でも同じで、だからルシフェルは堕天使となったのだ。
 目からうろこが落ちたように、ルシフェルはソロモン王とつないだ手を見詰めていた。
 すぐにリョウカが、ヨシュアの言葉に続く。

「ねえ、ルシフェル。あなたがそれでもまだ戦いを望むなら、わたし達は何度でも応じるよ? でもね、それを目的にしてほしくないし、手段は沢山あるんだから」
「主の愛を、確かめる方法が?」
「そう。この世界はね、コンビニみたいなもの……って言ったてもわかるかな? んと、あらゆる可能性に満ちて、なんにでも手を伸ばせる。遅過ぎるってこともないし、心がせいてはやる時は、それはゴーサインなんだから。いつでも、なんでも、始められるよ?」

 そう言うと、リョウカはじっとヨシュアを見詰めた。
 ヨシュアもまた、彼女の視線に視線を重ねる。
 ほおが熱くて、鼓動も呼吸も不思議と制御不能になった。
 だが、少し寂しげに笑って、リョウカは大きくうなずく。

「じゃあ、わたしから最後に……その、主の愛ってのを見せてあげるね。多分、大丈夫……人の自由を許し、人の世界を見守ってるから、だから人間でしかないわたし達を呼んだんだと思う。トモキ君は立派に勇者をやり遂げたし、今はわたしもみんなに誇れる」

 不意にリョウカが手を差し出してきた。
 うながされるまま、ヨシュアは握手に応じる。
 こういう時は、キスとかじゃないのか……でも、別れのキスなら永遠にいらない。そう思って初めて、さよならの瞬間がきたのだとヨシュアは察した。
 その時にはもう、握られた手がグイと引っ張られる。
 そのままヨシュアは、強く強くリョウカに抱き締められた。

「ヨシ君、わたし……帰るね? 突然でごめん、でも……わたしも、与えることで得たくなる。望んで求め、欲しちゃうから」
「リョウカ、それって」
「いーのっ、秘密! じゃあね、ヨシ君。みんなも! ありがとうっ!」

 はじかれるようにヨシュアから離れたリョウカは、一同から離れる。
 彼女が小さく叫ぶと、金色の光が天から注いだ。
 地の底に満ちる、それはようやく存在をしめした唯一神の慈愛だ。

「神様、わたし帰ります! わたしの世界へ! だから、もし神様に人間を愛する気持ちがあるなら、わたしを送ってください。もう、ソロモニアの危機は去ったから」

 光の柱が広がり、その中にリョウカが吸い込まれてゆく。
 呆気あっけにとられるルシフェルは、自分が見たかった神の愛を感じただろうか? だが、ヨシュアは胸の疼痛とうつう真逆まぎゃくのことを思う。やはり、主はこの世界の人間に干渉しないのだ。ヨシュアの心の痛みを、癒やしてはくれない。
 リョウカのよろいが脱げ、腰の剣が凍った大地に落ちた。
 生まれたままの姿が、光と混ざり合って溶け消える。

「ヨシ君、ブレイブマートを……もしよかったら、あのコンビニをお願い」
「わかった! けどな、リョウカ! 俺は」
「みんなも、ありがとうっ! ソロモン王も、神様も! ……わたし、帰るよ。神様の愛どころか、神様そのものさえ信じなくなってる、それでも信じたいって思ってる世界に」

 リョウカは、異世界トウキョウへと帰っていった。
 眩い光が収束して消えると、そこには彼女の着衣だけが残る。
 異界より召喚された勇者は、ソロモニアを救って去った。
 そして、ソロモン王もまたそっとルシフェルの手を離す。

「では友よ、君はどうする? ルシフェル、一緒に来るかい?」
「僕は……」
「ふふ、答は決まっているようだね。では、またしばしの別れだ。セーレ、君は……ああ、うん。帰ってこなくていい。他の魔神達もそう言うだろうしね」

 そして、ソロモン王は最後に一同を見渡し、頭上を仰ぎ見た。

「君達が祭終迷宮エクスダンジョンと名付けた、このディープアビスは……私から人間への贈り物でもある。人間達は絶えず進化し、文明を発展させ、恐るべき困難に満ちたこの魔宮を踏破とうはしてゆくだろう。ゆっくりと、階層の一つ一つを自力で切り抜けてね」

 ソロモンは語った。
 本来の道程を辿り、一つ一つ階段を降りて最下層に……この最終階層『全理全忘ノ氷獄ゼンリゼンボウノヒョウゴク』にいつか到達するだろう。その時、魔法は役割を終えて、古き時代の遺物として消えるのだ。

「そこのお嬢さんが使う錬金術……その先にある力を、という。この場所に到達した未来の人類は、自らの知恵と力で科学を武器に、魔法の秘密を解き明かすだろう。その時……私はルシフェルを解き放とうと思ったんだ。その頃には頭も冷えてるだろうしね」

 さてと、ソロモン王は手の指輪を一つ外した。そして、それをヨシュアへと渡してくる。呆然ぼうぜんとしていたヨシュアは、彼が握らせるままに感謝の印を受け取った。
 そして、ルシフェルもまた決断した。
 ソロモン王が光となって去る中、世界は再び未来へ向けて動き出す。その最初の一歩、明日を共有する仲間達との日々が、ヨシュアに戻ってきた。そこにはもういない少女への、焦げ付くような憧憬どうけいだけが鮮明になっていくのだった。
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