勇者「もうがんばりたくない」~ノベル連載版:過去に戻った勇者はもう悲劇を繰り返させないようです~ 

ちくわブレード

文字の大きさ
2 / 30
第一章

1.【こんなところでなにしてるの】●

しおりを挟む


 王国エストの城下町、首都は隣り合う都市と区画間における物流の関係から朝から忙しい音が多い。
 フェリシアはそんな街中を歩きながら、まるで白昼夢でも見ているかのような気味の悪さと居心地の悪さを感じていた。

(この光景を最後に見たのは何年前だったろう。僕が……勇者として旅立ってから、いつからこれを見れなくなってしまったんだ)

 フェリシアは魔王を討つ為、旅の幕間に一度だけ王都へと帰還した事を思い出す。
 当時の事をよく覚えていないのはそれだけ疲弊していたという事なのか、彼は冷たい視線と民衆の声を思い出そうとして止めた。
 他に思い出せない事が辛かった。
 それよりも、彼は今目の前の光景を見ていたかったのだ。

「今日は城で書記官試験があるらしいな」
「ほら坊主! 屋台を出すから手伝え!」
「うへぇ……」

「おかあさん、きょうはどこにいくのー?」
「今日はお父さんのお仕事を見に行くのよ」

「おーい、こっちを手伝ってくれー」
「ちょっと待ってろ、まだ積み荷を降ろしてないんだ」
「早くしてくれよー」

「今日も晴れそうねぇ」
「近頃は物騒だったが偶には良いニュースでも聞きたいものだ」
「本当に──」

 静かだ。
 人の心が穏やかで、日の下にいなくとも温かみが伝わってくる。
 フェリシアは首都エスト大通りメインストリートの中央に位置する噴水広場に来てから、ずっと放心した様に周囲の人々の様子を眺めていた。
 どこかの店が屋台を出そうと置いていた木箱に腰掛け、彼は目と耳を周囲に向ける。
 大勢の人々が行き交う中で聴こえてくる雑踏と、他愛ない会話。
 フェリシアが耳を路地の裏手に傾けても、朝方から昼食時に向けて料理の仕込みに精を出している店や小さな子供たちの遊ぶ声が聞こえるばかりで──いずれも不穏な喧噪は聞こえて来ない。

 平和だ、とても平穏で穏やかで、そこには救いがあった。
 ただ一点を除けば。

(どういう事だろう……これじゃ、まるで過去の世界に来たみたいだ)

 そう。
 懐かしくも思える光景の全ては本来ならば、フェリシアにとって過去の情景でしかなかった筈だ。
 だが身体のあらゆる感覚で触れる『世界』に偽りはない。幻惑の類ではなかった。

 フェリシアは──目を覚ましてからすぐにそこが過去の世界であると考えたのと同時に、自らの内に流れる力の奔流を感じ取った。
 それは本来なら二年後に授かるようになる筈だった勇者の能力だ。
 齢が十六になったばかりの頃の自分の中に、四年に及ぶ死闘と旅の果てに手にしていった力が在る。
 訳が分からなかった。

(……仮に、ここが過去の世界だとしても。
 僕は──どうしてここに? 思い出せない、確か僕は魔王を倒して……それから……それ、から……?)

 長い夢から覚めたフェリシアは、どこか不安定な自身の記憶を辿り始める。
 なんの魔術式も仕込まれていない綿の衣服。
 その下、胸元には最後の戦いで魔王から受けた傷があった筈。
 頬に触れる柔らかい自身の髪が懐かしい。
 フェリシアが胸元に触れても撫でても、そこに痛みはなく──あるのはまだ幼さの残る身体の未熟さだけだ。

 そこで、不意に彼は脳裏を魔王の言葉が過ぎる。
 今際に発した自分の声、その感覚と内容そのままにフェリシアは喉を揺らしてなぞるように声に出した。

「────願いを叶えて下さい……もうがんばりたくない……」

 思わずフェリシアが立ち上がる。
 行先なんて分からないのに自然と歩き出そうとして、しかし何処に行くのかと頭が遅れて来て途中足が止まる。
 勇者、フェリシアは魔王との戦いの後に起きた事を朧気ながら思い出した。

(……僕は何かに願いを告げた。これは僕の願い? 過去に戻る事が?)

 今起きている事はその結果なのだろうか。
 そこまで考えてから、フェリシアは自分が思い出した記憶に霞がかってる印象を覚えた。

(待て、僕は何にそれを願った)

 薄ら寒い物を感じた。
 この超常の現象は間違いなく魔法を超えた外法のいずれかだ。
 その正体を、死に際とはいえ勇者である自分が看破できない事などあるのか──想像も出来なかったのだ。
 過去に戻るような秘術があるなら、何故それを魔王は利用しなかったのか。
 そんな技があるのなら、フェリシアはとっくの昔に殺されていてもおかしくなかった筈なのだから。

 ……と、そこでフェリシアは思考を中断した。
 背後から駆けて来る足音に気づいた彼は身を躱そうとしたが、どうにも直前で足音の人物はつまずいてしまったらしい。
 背丈にしてフェリシアより頭一つ低い。
 彼はその人物を半ば受け止めるようにしてぶつかった。
 小さな衝撃。
 腕に引っ掛けるようにして抱き留めたことで硬い石畳に転ばずに済んだのは、茶髪を後ろで一束に結んだ少女だった。

「大丈夫かな」

「す、すいません! お怪我は?」

 怪我の心配をするより先に、同じ言葉を言われてしまったフェリシアが小さく笑う。

「平気だよ」

「そうですか、では私はこれで……! ごめんなさい急いでて!」

「うん、試験がんばってね」

「──はい!」

 突発的、短い会話。
 何でもない日常の風景でしかないそのやり取りの裏、フェリシアは内心穏やかではなかった。
 先の少女は見知った顔だったのだ。
 彼女はアイシャという──今日行われる王立図書館での書記官試験で合格するのだ。
 そしてその際に、落ちるのは自分だった。

 未来の書記官となるアイシャが雑踏の向こうへ消えるまで立ち尽くしていたフェリシアは、暫くしてから疲れ切った様子でまた木箱に座り込んだ。
 頭を過ぎるのは、応援の言葉をかけた際の少女の表情。

(……これが僕の願いなわけない、過去に戻ってもどうしようもないじゃないか。
 さっきの女の子は試験に合格する。だけど僕は違う──試験に落ちて母さんに幻滅され、それから数ヵ月何度も落ちた事を責められる。それが僕の過去なんだぞ?)

 少女──アイシャは、きっと先ほどの言葉も励みに変えて今日の試験を迎えるのだろう。
 そして彼女は自らの学んできた事を余す事無く発揮した。
 王国エストが定める宮廷書記官とは、将来は貴族の抱える『記者』や歴史書を作る学者にまで至る者を指す。
 アイシャは青年フェリシアのしてきた努力を上回るだけの資質があったのだ。
 少なくとも、それは才能に偏ったものではない。
 フェリシアの一言を正面から受け止めた彼女は紛れもなく、前に進むためにそれを糧とした。
 真っすぐに自分の未来と向き合うつもりでいる顔だった。
 着込んでいた装いも市井では珍しくもない服だったが、フェリシアと比べても僅かながら年季の入った衣装だった。
 これから向かう先は恵まれての壇上ではない、彼女が掴み取った未来だ。

 フェリシアは気落ちする一方──それが嬉しかった。





 ひとしきり落ち込んだり明るい気持ちになったり、ひとりで町並みを眺めている内に陽が沈み始めた頃。
 フェリシアはこれからどうしようかと思い立った。

 今さら試験を受けるつもりは無かった。
 仮にここで受けても、誰かの将来を犠牲に合格証を手にしたとしていずれは勇者となる身だったからだ。
 では、ならば。
 そうして考えるほどにフェリシアには分からなくなっていく事が増える。
 自分はこの過去の世界で何をすればいいのだろう? と。

「試験お疲れ様……って言いたかったのにな」

「──え?」

 気付かなかった。
 突然耳元で囁くように聞こえたその声に聞き覚えは無い、だが背後からかけられている言葉と声の向きは確実にフェリシアに向いているのが分かる。
 彼は振り向く。
 振り向きざまと入れ替わるようにして隣にふわりと歩み寄ってきたその人物は、くすくすと小さく笑っていた。

 知らない顔。
 だが、面を上げたフェリシアは目の前に立っている『少女』が勘違いや記憶違いで自分に話しかけたのではないと察した。
 その確信は──勇者として携わるセンスによるものだ。



「こんなところでなにしてるの、フェリシア」




 その勘を裏付けるかのように、少女はそう言ってフェリシアの隣に座った。


しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...