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魔剣初代の章
魔剣の製造依頼
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「ふ~フフーん、んーんー♪」
降りしきる雨。
若干建て付けの悪い扉越しに聞こえて来る雨粒が地面を、水溜りを打つ音に耳を傾け、半ば無心でそれは鼻歌を歌っていた。
特に何かの詩をイメージした物では無かったが、リズミカルに。
跳ねるように部屋に木霊する。
暗い、暗い。その部屋は石造りの壁に囲まれた土蔵を思わせる空間だ。
閉ざされた木扉を除けば、天井部にある小窓くらいしかその部屋に明りを差し込む隙間は無いだろう。
そんな中。
『女鍛冶師』と何処の誰とも分からぬ間で囁かれ、通称となっている"彼女"は一輪の花を前に作業を続けていたのだ。
花弁は十二枚。
全体像は百合の花に近いが、何処かの世界における種と照らし合わせたならそれがどの花にも当てはまらぬ特殊な物であると分かるだろう。
何しろそれは花弁の先から付け根へ、そして茎とも根ともみえる全てにかけて余す所なく銀の輝きを有しているのだから。
宙に浮いた、白亜とも白銀とも微かに異なる色彩を帯びた花。
「忌々しい魔女め、近頃は雨が多い事。店の看板代わりに一本見栄えのする物を飾りたいが、さて──」
鼻歌に混じり独り言が吹いて消える。
直後、暗闇に閉ざされた中で火花を伴って閃光が瞬いた。
同時に鳴り響く金属音はけたたましくも耳の奥に残るような音色を持っている。
閃光は継続して瞬き、その度に暗闇に白衣揺らす黒い長髪の女の様相が浮かび上がった。
彼女が操るのは白衣の下から伸ばした金属質な触腕である。
目にも止まらぬ速度で瞬いている赤い火花は触腕の先端部で弾かれて散って、次第に銀の花弁は形を変えていく。溶け落ち行くそれは熱を当てられたバターの様に。
女鍛冶師が指を鳴らす。
暗闇に今度は青白い光が満ち溢れ、輪を描いて溶けた銀塊を囲む。
次いで計七本に及ぶ触腕を等間隔で銀塊にあてがった事で、今度は宙に縫い付けられる。
振動する空気。
人の目には視えぬ重圧が加わり、ゆっくりと──ドロドロとした見た目とは反対に──確かな硬度を保ったまま細く、薄く、鋭く『加工』されていくのだった。
「……こんなものか、嫌だねえ資材の無駄遣い──貴重なミスリルの浪費。こんな世界でも人様の目が第一とは」
「おーい、帰ったぜ師匠。アンタへの仕事持って来たぞー」
鍛冶。鋳造とは明らかに違う加工作業を終えた女"鍛冶"師は一振りの直剣を手に、どのような意匠の装飾を散りばめようかと思案を巡らせた矢先。
加工場の外から若い男の声が聴こえて来る。
おー、お疲れ様。と適当に労いながら彼女は木扉を開けて顔を出す。
「まっすぐ帰って来たかー、嬉しいぞ愛弟子が帰って来てくれて。
それで仕事の内容は? 簡潔に説明できなければこの出来立てのミスリル剣をケツに突っ込んでやろう」
「全然愛情を感じられねぇ。あー……そうだな、つってもアンタに仕事を頼もうなんて輩は決まってるだろ、魔剣の製作依頼だよ。
都の騎士様が使うそうでさ、一振り欲しいそうだ」
「都か。ウチの工房も有名になったものだね」
加工場を出た先にあるのは、彼女達が営む『アルケミーストア』なる武具鍛冶店の工房である。
平時ならば店の表で刀剣類に限らずボルト矢等を用いる弩や防具を並べている所なのだが、今日この日は生憎の雨天。工房の入口に雑多に商品は置かれていた。
女鍛冶師は笑う。
ゴチャゴチャとした入口で赤髪の青年がずぶ濡れになったまま立ち尽くしている姿がツボに入ったらしい。
まるで濡れたハリネズミだと彼女は言った。
「るっせ、都と此処の往復でコート失くしちまったんだよ。それで魔剣についてなんだが……」
「おや。希望があるんだ? 随分とまあ、何処で私の事を知ったんだか」
訝し気に小首を傾げ、白衣の袖から出した眼鏡を掛けながら女鍛冶師は鋭い眼を自身の弟子に向けた。
「……女の、心が宿った魔剣が欲しいって言われた」
「は?」
「俺もそう言ったら、逆におかしな顔をされたわ。都の騎士サマってのは何処も似た様なモノなのかねぇ」
タオルくれ、と。
赤い髪を後ろで一つ結びにした青年、鍛冶師見習いの彼は言った。
応じた女鍛冶師はおもむろに近場に在った物を放る。
金属粉塗れになった手拭いを投げ渡された弟子は顔をくしゃりと顰めてそれを水の張った洗い桶に投げ捨てるのだった。
外の雨音が風に吹かれ戸を打つのが聴こえて来る。
「……魔剣に人格を持たせるってわけ?」
ふむ。女鍛冶師はつい先ほど打ったばかりの装飾剣を手に小首を傾げた。
「それ見ろ、やはりミスリルの無駄になった」
「ん? まあいい。違うらしくてさ、心を宿して欲しいそうだ。
あちらさんが所望してるのは指向性じゃない、魔剣の体をした生物みたいなもんだと」
「そいつはまた分野の違う話だ。私は武器は作っても生み出すのは生物じゃない、その手のは伝説級の鍛冶師にでも頼めばいい物を」
くるくると、女鍛冶師は鋭い眼を瞬きさせながら脱いだ白衣を器用に回して適当な椅子へ掛ける。
その様子を見ながら青年はバツの悪そうに頭を掻いて。次いで首を振った。
「んじゃ、依頼不受理の旨を伝えておくぜ」
「誰が出来ないと言った」
女鍛冶師は腰部に装着していたウエストバック型の金属塊を机上へ置く。
ドッ、と重い音が踵を返した青年の足を止めるように響いた。
「この国の騎士には世話になっている面もある──名誉や看板など気にする訳じゃない、せっかくの御指名だからな。
その依頼を受けようじゃないか。一体どんな意図でその注文をしたのか知らないが、後悔はさせまいよ」
降りしきる雨。
若干建て付けの悪い扉越しに聞こえて来る雨粒が地面を、水溜りを打つ音に耳を傾け、半ば無心でそれは鼻歌を歌っていた。
特に何かの詩をイメージした物では無かったが、リズミカルに。
跳ねるように部屋に木霊する。
暗い、暗い。その部屋は石造りの壁に囲まれた土蔵を思わせる空間だ。
閉ざされた木扉を除けば、天井部にある小窓くらいしかその部屋に明りを差し込む隙間は無いだろう。
そんな中。
『女鍛冶師』と何処の誰とも分からぬ間で囁かれ、通称となっている"彼女"は一輪の花を前に作業を続けていたのだ。
花弁は十二枚。
全体像は百合の花に近いが、何処かの世界における種と照らし合わせたならそれがどの花にも当てはまらぬ特殊な物であると分かるだろう。
何しろそれは花弁の先から付け根へ、そして茎とも根ともみえる全てにかけて余す所なく銀の輝きを有しているのだから。
宙に浮いた、白亜とも白銀とも微かに異なる色彩を帯びた花。
「忌々しい魔女め、近頃は雨が多い事。店の看板代わりに一本見栄えのする物を飾りたいが、さて──」
鼻歌に混じり独り言が吹いて消える。
直後、暗闇に閉ざされた中で火花を伴って閃光が瞬いた。
同時に鳴り響く金属音はけたたましくも耳の奥に残るような音色を持っている。
閃光は継続して瞬き、その度に暗闇に白衣揺らす黒い長髪の女の様相が浮かび上がった。
彼女が操るのは白衣の下から伸ばした金属質な触腕である。
目にも止まらぬ速度で瞬いている赤い火花は触腕の先端部で弾かれて散って、次第に銀の花弁は形を変えていく。溶け落ち行くそれは熱を当てられたバターの様に。
女鍛冶師が指を鳴らす。
暗闇に今度は青白い光が満ち溢れ、輪を描いて溶けた銀塊を囲む。
次いで計七本に及ぶ触腕を等間隔で銀塊にあてがった事で、今度は宙に縫い付けられる。
振動する空気。
人の目には視えぬ重圧が加わり、ゆっくりと──ドロドロとした見た目とは反対に──確かな硬度を保ったまま細く、薄く、鋭く『加工』されていくのだった。
「……こんなものか、嫌だねえ資材の無駄遣い──貴重なミスリルの浪費。こんな世界でも人様の目が第一とは」
「おーい、帰ったぜ師匠。アンタへの仕事持って来たぞー」
鍛冶。鋳造とは明らかに違う加工作業を終えた女"鍛冶"師は一振りの直剣を手に、どのような意匠の装飾を散りばめようかと思案を巡らせた矢先。
加工場の外から若い男の声が聴こえて来る。
おー、お疲れ様。と適当に労いながら彼女は木扉を開けて顔を出す。
「まっすぐ帰って来たかー、嬉しいぞ愛弟子が帰って来てくれて。
それで仕事の内容は? 簡潔に説明できなければこの出来立てのミスリル剣をケツに突っ込んでやろう」
「全然愛情を感じられねぇ。あー……そうだな、つってもアンタに仕事を頼もうなんて輩は決まってるだろ、魔剣の製作依頼だよ。
都の騎士様が使うそうでさ、一振り欲しいそうだ」
「都か。ウチの工房も有名になったものだね」
加工場を出た先にあるのは、彼女達が営む『アルケミーストア』なる武具鍛冶店の工房である。
平時ならば店の表で刀剣類に限らずボルト矢等を用いる弩や防具を並べている所なのだが、今日この日は生憎の雨天。工房の入口に雑多に商品は置かれていた。
女鍛冶師は笑う。
ゴチャゴチャとした入口で赤髪の青年がずぶ濡れになったまま立ち尽くしている姿がツボに入ったらしい。
まるで濡れたハリネズミだと彼女は言った。
「るっせ、都と此処の往復でコート失くしちまったんだよ。それで魔剣についてなんだが……」
「おや。希望があるんだ? 随分とまあ、何処で私の事を知ったんだか」
訝し気に小首を傾げ、白衣の袖から出した眼鏡を掛けながら女鍛冶師は鋭い眼を自身の弟子に向けた。
「……女の、心が宿った魔剣が欲しいって言われた」
「は?」
「俺もそう言ったら、逆におかしな顔をされたわ。都の騎士サマってのは何処も似た様なモノなのかねぇ」
タオルくれ、と。
赤い髪を後ろで一つ結びにした青年、鍛冶師見習いの彼は言った。
応じた女鍛冶師はおもむろに近場に在った物を放る。
金属粉塗れになった手拭いを投げ渡された弟子は顔をくしゃりと顰めてそれを水の張った洗い桶に投げ捨てるのだった。
外の雨音が風に吹かれ戸を打つのが聴こえて来る。
「……魔剣に人格を持たせるってわけ?」
ふむ。女鍛冶師はつい先ほど打ったばかりの装飾剣を手に小首を傾げた。
「それ見ろ、やはりミスリルの無駄になった」
「ん? まあいい。違うらしくてさ、心を宿して欲しいそうだ。
あちらさんが所望してるのは指向性じゃない、魔剣の体をした生物みたいなもんだと」
「そいつはまた分野の違う話だ。私は武器は作っても生み出すのは生物じゃない、その手のは伝説級の鍛冶師にでも頼めばいい物を」
くるくると、女鍛冶師は鋭い眼を瞬きさせながら脱いだ白衣を器用に回して適当な椅子へ掛ける。
その様子を見ながら青年はバツの悪そうに頭を掻いて。次いで首を振った。
「んじゃ、依頼不受理の旨を伝えておくぜ」
「誰が出来ないと言った」
女鍛冶師は腰部に装着していたウエストバック型の金属塊を机上へ置く。
ドッ、と重い音が踵を返した青年の足を止めるように響いた。
「この国の騎士には世話になっている面もある──名誉や看板など気にする訳じゃない、せっかくの御指名だからな。
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