聖女の首を拾ってしまった

オッコー勝森

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三章

ただのストーカーかとホッとしてしまった

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「これとかどうですか?」「これ可愛くないですか?」
「これ超えっちじゃないですか?」「布ちっさいですねっ」
「こりゃあ谷間に釘付けですねっ」「確実にポロリ狙いですね!」



 メロウの水着ショーが始まった。もはやストリップショーだ。どんどん過激になっていく。テロリズム並みに。不健全にも程があった。「そだね」「うん」「巨峰みたいでもぎたくなるね」とアイヅチを打っていく。

「『もぎたて』と『ちまみれ』でインを踏みたい」「踏めてませんが」

 今の私は、きっと死んだ魚のような目をしている。
 ペンギンのエサなう。と播磨くんのラインに送る。驚きのスタンプののち、「大丈夫?」と返ってくる。
 はあ。これ、ただのかまちょジャン。

「水着、成子ちゃんも着てみればどうですか?」
「うーん。暖房がきいてるとはいえ寒いしなぁ」
「小学校高学年女子のコーナーはあっちらへんですよ」「しばくよ」

 しばいた。
 試着のために散々店員さんを振り回しておいて、結局、メロウは何も買わなかった。メーワクな客だ。水着の布にこびりついた小さな細胞から小さなメロウが生まれたりしないよう祈る。
 手の紙袋をのぞき込む。私は服を買っていた。冬物五着。「まだい」が人気店となった今、手伝いのお給料として、中二にしてはかなりのおこづかいをもらっており、このくらいなら、まあ問題なく買えるのだ。
 貯金いっぱい。いつでも播磨くんに貢げるぞ。

「いいから黙って私に投資してください」「なんで?」
「インヴェストオオオオオォォォッッッ!!」「にゅおっ!?」

 突然そんな感じの叫びを上げ、まるでブーメランの如く、空のハンガーを巧みに投げるメロウ。へんな声出しちゃったじゃん。そしてそのハンガー、どっから盗んできた。
 私の髪をかすめつつ、宙で大きなカーブを描き、カドになってる場所に入る。

「「ぎゃっ」」「きゃっ」

 男二人と女一人の声が聞こえた。お母さんゆずりの地獄耳で判別。メロウはカドに向かって、ズカズカと歩いていく。
 腕を組む。おっぱいが強調された。大変腹だたしい。

「コソコソと鬱陶しいです! マッドサイエンティストの手下め! 死刑になる準備は出来ていますかあっ!? あぁんっ!?」
「ちょっとメロウ。恥ずかしいからやめて。あんたは存在自体が恥ずかしいんだから。……あれ? 佐伯さん?」
「成子ちゃん!」

 なあんだ。ただのストーカーか。ホッとする。
 マッドサイエンティストの手下と聞いて、少し身構えちゃった。
 男性二人は、うだつの上がらない感じのおっちゃんだった。ともに眼鏡をしていて、顔も仕草も似ていた。てっきり双子なのかと思ったけど、兄弟でもなんでもない赤の他人らしい。ひょっとすると、生物でこの前習った「シューレンシンカ」ってヤツなのかもしれない。
 親衛隊の三人を引き連れ、フードコートに向かう。サー◯ィワンのツインアイス(カップ)をおごらせた。喜んで払ってくれた。
 冬だけど。むしろ冬だからこそアイスがおいしい。パクパク食べる。沐美とともに。メロウはおごってもらえなかった。食べながら話しかける。

「十二月三十日だよ? みそかですよ? そんな日に私みたいな小娘のストーキングなんて、なんというか、ヒマなんですねえ」
「ヒマじゃないよ実は。でも成子ちゃんの観察は何よりも優先されるから」
「仕事よりも!」「家族よりも!」
「いや。それは仕事と家族を優先して欲しいんですけども」

 無駄な罪悪感を覚えちゃうよ。そこまでされて平然としていられるほど、私の自己コウテイ感は高くないからね? 定食屋の後継者など、この細っこい肩に乗っかるくらいには軽い称号だし。

「大丈夫だよう成子ちゃん。ドンと構えてくれればサ」
「え? え? いいのかなぁ」「いいんだよ」
「そうそう。我らがアイドルなんだから」
「あ、アイドル……ふへ」

 口元がほころぶ。ていよく丸め込まれてしまった。これはさすがにチョロすぎと自覚する。「チョロ。成子ちゃんチョッロ」と横のメロウから言われた。
 他人から言われると腹たつ。

「ところで、成子ちゃん親衛隊の皆さん。成子ちゃんのストーキングを徹底して行うべく、普段から定食屋『まだい』を中心として、あちこちにメンバーを配置なさってると。成子ちゃんのお母さまからそう伺ったのですが」

 メロウが机に体を乗り出した。ボインとおっぱいが強調される。
 まぢ腹たつ。しぼめカス。クチビルをチューチュー吸った。シワシワになる。

「まあ、そうだけど。人海戦術取ってるけど」
「なんだよあんた。最近いつも成子ちゃんの側にいて」
「羨まけしからん。ホームステイ中のキリシタン留学生か?」
「キリシタンなどと! あのような邪教徒どもと一緒にしないでくださいな」

 どの口が言ってるのか。実際にいくつも口がありそうなのが怖い。

「私は。唯一神エギューバを奉ずる、再生の聖女メロウです。あなたたちとは格の違う存在なのですよ。崇めなさい。ひれ伏しなさい」

 偉そうに胸を張るメロウ。頬をつき、アイスのスプーンをかじりつつ、白けた視線を送る。へえ。メロウの神ってエギューバって名前なんだ。すごい邪神っぽいね。
 親衛隊の三人も、困惑したように耳打ちし合う。「『えぎゅーば』ってどこの神様だ?」「聞いたことないな」「インドのマイナー神かな?」などと聞こえてきた。
 面と向かって「それ邪神じゃね?」と言わないのは、さすが大人だと素直に尊敬する。
 スプーンでメロウを指した。

「最近家に住み着いた、自称聖女のゴキブリです」
「「「あー」」」
「なぜ納得するのですか!? どう見ても、少なくとも人じゃないですかっ!」

 ガクゼンとするメロウ。胸のすく思いがした。水着ショーと巨乳を見せつけられ、マイナスへと振り切ってた心に平穏が戻ってくる。

「むがが。そこな男二人! どうして私の聖女チャームに屈しないのです!?」
「え?」「だって」
「「成子ちゃんの方が可愛いから」」

 メロウの表情が絶望に染まる。格下と思ってた奴に敗北した序盤のザコみたい。なんだよその顔。大変良い。もっとだ。もっと絶望に染まれ。
 気持ち良すぎて、勝ち誇った笑みを浮かべる。今日の勝者は私だ。
 燃え尽き真っ白になるメロウの肩を、沐美がツンツンつついた。「はっ」と復活する。居住まいを正し、真剣そうな口調で言う。

「話を戻しましょう。定食屋付近に張り込んでる間、おかしな女を見かけませんでした?」
「おかしな女?」「我らは全員おかしいぞ」
「でも。女と限定すると、一番おかしいのは佐伯さんだ」
「こら」

 おかしな女が、男二人を睨みつける。ヒジョーシキな自覚はあるようで安心した。私も播磨くんをストーキングしてる時、その行為のヤバさはちゃんと分かってたもん。

「あ、そういえば」

 男のうち一人が、何か気づいたようにつぶやく。

「スケッチブックを持った幽霊みたいな女を、ここ十日ほどよく見かける気がする。長い黒髪。存在感が著しく希薄で。おかしいというか、なんか怪しい女だ」
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