聖女の首を拾ってしまった

オッコー勝森

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三章

ニアミスしてしまった

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 長い黒髪で、存在感の薄い、幽霊みたいな女。

「そいつがナンシー・レイチェルなのかな?」

 でこぼこ道でガタゴト揺れる、帰りのバスの中。窓から差し込む夕日にたそがれつつ、メロウに尋ねる。「うーん」と一分ほど悩んでから、言う。

「分かりませんねえ。最後に別れた時、というか裏切られた時、彼女の髪はあんまり長くありませんでした。伸ばしたのか、それともまったく無関係の別人なのか。もちろん、ただの使いっ走りって可能性も否定出来ません」
「六人に分身して色々調べてたじゃん。その時に見つけられなかったの?」
「存在感が希薄なんですよね? その女がナンシーと同一人物なのかどうかは知りませんけれども、確かにナンシーの影も薄かった記憶があります」
「え? マッドサイエンティストなのに?」
「はい。あらかじめエギューバ様から助けるべき人物と聞かされていなければ、毛ほどにも気にかけなかったでしょう。そういう陰キャならば、本気で気配を消されると、気づかない可能性がとても高いです。ほら、私って陽キャなので。陰キャは探せないんですよねー」

 どこかバカにした口調で言う。眉をしかめた。そういうのって陽キャじゃないと思う。周りを太陽のように照らすから「陽」キャなのだ。
 日陰をからかう行為自体が、太陽など及びもつかないような、地上をはうだけの小さな存在であるアカシである。

「ちょっと待って。ナンシーの使いっ走り・・・・・なら、必ずしも女ってわけじゃないんじゃない? なんでおかしな『女』って聞いたの?」
「おや。成子ちゃん、最近かなり鋭いですね。出会った頃はボケボケのカスカスでしたのに」「うーん。カスカスじゃあなかったと信じたい」
「いい質問ですよこれは。なぜ女性に絞ったかというと、ナンシーは極度の男嫌いだったからです。他の欠点は直せても、あれだけは絶対に直せない、そう断言してもいいぐらいです。なので、使いっ走りを雇うとしても男は百パーセントあり得ません。まあよく考えてみると、使いっ走りの女が仲介業者として、さらに男を雇うって可能性も否定出来ないんですけれどもね」
「そうだよね。あ。あと、親衛隊のおっちゃん、いつもスケッチブック持ってるって言ってた。ナンシーと絵って何かつながりがあるの?」
「ナンシーが絵を嗜んでいた記憶はありません。私に趣味を隠してたのでしょうか。あるいは、スケッチブックを計算用紙やアイデアメモ用紙として持ち歩いているという線もあります。マッドでもサイエンティストですから」
「腐ってもマグロだね」
「成子ちゃん。タイです」

 腐った魚は、食べてはいけない。
 バスから下りる。右手に服、左手にグルメ雑誌。ちょっと重い。ターミナルから五分も歩けば、定食屋「まだい」にたどり着く。寒さと厚着で動きにくい冬とはいえ、あまり疲れてはいなかった。
 メロウとの晩御飯当てゲームで、三位まで決められる候補を必死になって考えている最中。正面の出入り口で、ウロウロしているお姉さんがいる。

「あのぅ」

 ためらいなく話しかける。私とて陽キャじゃないけど、人見知りというわけでもない。七歳から接客業に勤しんできた経験は、ちゃんと自分のものにしているつもり。

「すみません。年末年始は休みなんですよ」

 お姉さんは、ビクッと肩を震わせた。こっちもびっくりしてしまう。見るからに慌てた様子で、「あ、あ、あ、あ、え」とキョドる。

「そ、そうなんですか?」「はい」
「…………っ」

 お姉さんの顔が真っ赤に染まった。夕日補正があったとしても、赤くなりすぎだと感じた。この人、あれだ。シャイってヤツだ。お客さんの中にも、まれにこういう人がいる。注文が聞き取れなくて、困ってしまうこともある。

「……しゅ」「しゅ?」
「しゅみませんでしたあっ! また来ます!」

 すごく申し訳なさそうに誤り、そして、ものすごいスピードで走り去ってしまう。思わず手を伸ばした。なんだったんだ。

「めっちゃ陰キャでしたね」「あんまり言いたくないけど、そうだね」
「とにかく儚そうというか。目の前にいたのに、輪郭がボケてたように感じるくらいでした」「さすがにそれ、目の病気なんじゃない?」
「今にも彼女の存在を忘れそうです。1、2の……ポカン! と」
「わざが四ワクうまったポ◯モン?」

 頭の病気は、わざわざ指摘するまでもない。
 家の裏口に向かおうとして、すぐ立ち止まる。振り返った。
 あの人、手に何か持ってなかった?
 今になってようやく気づいた。長い黒髪。幽霊みたいなフインキ。高山頂上の空気みたくうっすい存在感。
 腕に抱く板状のもの。
 あれって。ひょっとして、スケッチブックだったんじゃない?
 駆け出す。

「? 成子ちゃん?」

 最初の分かれ道までまっすぐに走る。両の小径をキョロキョロと見渡した。
 お姉さんの姿は、すでにどこにもなかった。
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