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いい話
しおりを挟む大通り外れの小径を歩いてすぐ、ヤクザの根城、賭場にたどり着く。いつもなら、野生動物や魔物の死体を携え一段飛ばしで通る階段を、ヤクザ下っ端の二人とゆっくり降りていく。
「いい話ってのは、例のクスリっすか?」
小ぢんまりとしたヤクザたちの背中に、質問を投げかけた。最近ここらで、安いがおかしなクスリが流行ってる。アリの注意を受けてのカマ掛けだ。
「オレ、クスリにゃあなるべく関わりたくねえって言いませんでしたっけ? 『荷物』の運び屋とか魔物の配達員以上にグレーな仕事は御免被るっすよ」
「だいぶ違った話さ」「まんまヤクって感じじゃあねえよ?」
歯切れの悪い、きな臭い言い方だった。足を止める。
「一部は関係あるってことか? 信用出来ねえぜ。てめえらみたいな酔っ払いが、境界線を正しく引けるわけねえよな? ガタガタだ。鍛えられた戦馬でも転ぶ」
「あ? 生意気な口聞いてんじゃねえぞガキが」「殺すぞ?」
睨まれた。睨み返す。
「ガキだよオレぁ。違いねえ。だが、お前らぐらいなら一秒ありゃ殺せる餓鬼だ。埃っぽいこの街で、呼吸するよりもずっと楽にな」
ちょっと凄んでやる。すると、小者の一人が段差ですっ転び、尻餅をついた。
鼻で笑いつつ、手を取って助け起こしてやる。我ながら、屈辱的な仕打ちだと思った。
「あんたらのボスには感謝してる。手数料はぼったくられるが、ガキのオレには望むべくもねえ商いをさせてくれる。払うべき敬意があんだよ。でもあんたらは、どうでもいい。死んだってな。無心で殺せる」
「……大事な商売先を失うことになる」
「死体を魔物に食わせりゃ証拠隠滅完了よお。それに、てめえらがぶっ殺されたくらいで、あの人がオレほど便利なコマを手放すと思うか?」
「……ちっ。ボスがお待ちだ。早くしやがれ」
逃げるように進む下っ端どもを、悠々と追いかける。朝は最悪の気分だったのに、今はすこぶる調子がいい。イタくて恥ずかしい公開告白をしちまったにもかかわらず。意味分かんねえ。
ボスの机は、賭場地下空間の一際奥まった場所にある。愛用の葉巻は、彼の口に咥えられていなかった。珍しい。その代わり、琥珀色の酒が入ったグラスが机上に置かれている。
酔っているようだった。これもまた珍しい。下っ端の俗物どもと違って、ボスは昼間から飲酒するのを好まない。仕事に支障が出ると。ヤクザの感性がまともなわけないが、そこらへんは真面目な人だ。
オレの姿を目に入れた途端、両の肘を机に乗せて、前のめりになる。
「ずいぶんドラマチックな告白をしたらしいな」「耳がはえーっすね」
「アリという少女に、俺たちは関わらないと約束しよう」
「あんたのそういうとこは信頼してます。女だとか孤児だとか乞食だとかで見下したりしねえ。惚れ惚れするくらい潔癖に。まあケチっすけど」
「ははっ、ぬかしおる。俺の親父は、見下し犯そうとした女のガキに殺された。因果応報は絶対の法則じゃあないが、恨まれれば死ぬ確率が上がる」
「なるほど。タメになります。毎晩ヒヤヒヤしちまいそうな教訓っすね。寝首をかかれぬよう気をつけてくださいね。オレは我慢しますから。で、『いい話』ってのはなんすか?」
「ああ、えっと」
首を小刻みに振るわせる。躊躇うような反応だった。舌の回りが悪い。
「それなんだが」「おいボス。昨日ハナシ付けたでしょうが」
「分かってる。お前の口は酒臭くて敵わん、喋るな。……なあ、ラキ」
「はい」
「お前は強い。俺たちにはもったいねえくらいな。ガキなら最強クラスだし、大人であっても、お前に勝てる奴なんざほとんどいねえと思う。だが……しかし、人類トップクラスと並び立つには、まだ、大きな壁を越える必要があると見ている」「そうっすね」
傭兵団の団長、つまりオレの師匠にゃあ、逆立ちしても勝てんだろう。
「そこで、だ」
ボスは淡々と続ける。あまり気乗りしていない様子だった。
「その壁を楽に乗り越えられるかもしれねえ力、試してみねえか?」
「へえ。確かにいい話っすね。ホントにあるなら」
眉を顰める。
「そういう話は、眉唾か、あるいは大きなリスクがあると相場が決まってる」
「ああ。その通りだ。ハイリターンだが、ハイリスク」
「なあボス。危険については秘密にするって」
「黙れっ! 娘が死んだばかりで錯乱してた俺にそう言うよう誘導したのは、テメーらだろうが!」
ボスは鬼気迫る勢いで叫んだ。縮こまる下っ端ども。
「知ってんだよ……、テメーらがラキ嫌いなのはよ」
グラスの酒をベロリと舐めた。こりゃあ泥酔してやがる。
「だが俺は嫌いじゃねえんだ、ラキ。むしろ、好きな方だ。だから正直に話すとだな。奇妙な魔物を仕入れたのよ……アクトスカベンジャーって言ってな」
「聞いたことないっすね。オレがあんたに気に入られてるって話も含めて」
「うい。皮を乾かして粉にすれば、脳細胞を代償にハイになれる……。そいつの肝を生で喰らえば、強くなれる。理性の有無は保証されん。なあラキ。食べたいか?」「ふうむ」
答えは決まっているが、あえて考えるフリをした。
茶番に付き合うのも悪くねえ。指を立てる。
「来週、アイアンバードが南下の最中にここを通る。再来週にはサニーフォックスの季節が始まる。オレが腹を下してるヒマなんてありますか?」
「……! ねえな!」
嬉しそうに指を鳴らして、グラスの酒を飲み干す。「近くに来てくれ」と頼まれたから、言われた通りにしてやった。酒臭いが、高いヤツなのかあまり不快にならない。
「娘が死んじまった。俺は孤独だ」「部下の前っすよ」
「そうだった……ラキ。お前が、俺の息子だったらなあ……」
「…………オレが息子を務めても、演技にしかなんねえっすよ」
「そうだな」
グラスを机上に置いて、ボスは諦めたように笑う。
「ありがとう。俺もそう思ったところだ」
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