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ラウンド
しおりを挟むボコボコに殴られた男が、血だらけの無残な姿で、暗い床に放置されている。
酔っ払って赤かった頬は、すでに青白くなっていた。
そのすぐ先で、うだつの上がらなさそうな風貌の男たちが、魔物の臓器を喰らう。
狂ったように、頬張り続ける。
◇◇◇
歓楽区画の宿部屋には、安っぽい魔法の光が、窓からなみなみと注がれる。ベッドの上は明るい。灯りを点ける必要がないくらいに。
天井のシミを数えつつ、裸のオレに甘える、同じく裸のアリに向けて、イタズラっぽいスマイルを送る。
「よく気絶しなかったな」「うっせえ! この鬼! 鬼サイズ!」
文句を言ってるようでも、ただの照れ隠しのようでもある。アリは上から降りて、横にひっついてきた。「腕枕して」とリクエストされたので、左腕を横に投げ出す。軽い頭がのしかかった。
「大丈夫か?」「遠慮なんかすんな。もっと楽にしててもいいぜ」
「頼もしいな。筋肉すげー。傷もすげーけど」
「戦場は楽じゃねえのさ。何度も触ってたが、気に入ったか?」
「ああ……」
サワサワと、胸の切り傷を撫でられる。くすぐったい。温かくも感じる。心臓が喜んでやがると、妙に冴えてる脳みそが自己分析した。
「生き残ってきたって感じが、めちゃめちゃかっこいい」
「そう言ってもらえるのは嬉しいが、残念なことにじき治る。すんげえつえー魔物が現れたり、また新しい戦争が起きたりすれば話は別だがな」
「……これからも、ラキは、命をチップに生きていくのか?」
ギュッと胴に抱きつかれ、密着された。
「そーだな。それしか能がねえしなあ」「そんなことねーよ」
「え?」「だって。さっきの。昼間のあれ」
言われて思い出しちまい、恥ずかしさで全身が熱くなった。
熱くなったオレに、さらに熱い言葉が降りかかる。
「心にグッと来た。赤の他人からも注目を集めてたじゃんか。打ったんだよ、人のココロを。ラキって、こんなヤベえこと出来る奴なんだって思った」
「ヤ、ヤベえって。あのさあ……」
思考が熱でグルグル回り、どこかで弾けて、グチャグチャになる。脳みそジュースを吸われたみたいに、もうなにも考えられねえ。
「あたし、ラキを好きになって良かったぜ」「あ、ああ。そうか……」
「ふふっ。照れやがって。舞い上がっちまいやがって」
「て、照れてねーし!」「にっしっし、ラキちゃんかわいーの」
ちゅっと、頬に軽くキスされた。
だからもう一ラウンドやった。
時間になる。宿泊するほどの金は、二人とも持ってなかった。宿から出た時、外はすっかり暗くなり、人通りも閑散としていた。夜は肌寒い。
くしゃみするアリの背中に、「オレん家来る?」と声を掛ける。
「姉ちゃんいるけど」「わりーな」「いーよ」
空は黒い。対照的に、魔灯の光はいつもより輝いて見える。闇と光の境界がはっきりとしている。それは、あまりに際立ち過ぎて、只人如きに出る幕などないと、神聖なる夜から深く拒絶されているように感じた。
なんだか安心してしまう。
光と闇の境目などに、駆り出されたくはない。そこは、魑魅魍魎の類が支配する場所だ。
オレにはここで、十分だ。
「このまま、一緒に住んでしまおうか」
無意識のうちに、オレはアリにそう言った。足を止める彼女と並ぶ。
「……ん。考えとく」
どんな表情をしていたのだろう。魔灯の光が強過ぎて、よく分からなかった。
オレは幸せだ。あえて遅く歩いた。たっぷりと時間をかけて、狭く汚い集合住宅にたどり着く。環境としちゃあ、もちろん、乞食たるアリの住処よりもマシなのだが。
「ホントごちゃごちゃしてんなー」「それな」
階段を上がり、自室の扉を開ける。
「ただいまー。ウルティア」
魔法で水を出し、二人で手を洗う。静かな空間に、ピチャピチャパチャパチャという音だけが響き渡る。水を散らせば静謐さが戻った。
耳を澄ませば虫の鳴き声。
「返事ねーな」
「寝てんのか? おかしくはないけど、姉ちゃんにしちゃ早いな」
時計などという上等な代物は持っていない。時間は肌感覚だ。
奥に進む。机の側で、姉が床に寝そべっていた。義手をつけたまま、布も被らずに。アリは姉の側に寄り、「ラキの姉ちゃん。風邪引いちまうぞ」とその体を揺する。
違和感を覚えた。姉は敏感だ。固い床で寝転がるのは不得手だし、跡になるからと寝る前にはいつも義手を外している。ついでに、寝付きがいいタイプでもない。なのに今の彼女の姿はまるで、座っている間に寝落ちしてしまったかのようだ。
「ま、そういうこともあるのかな。しゃあねえなー。えっと、義足を外して、っと。床よりはまだ柔らかいボロボロ布団、っと」
「ラキ」「なんだよ」
「熱すげーぞ」
言われてみれば、服は汗でグッチョリしていた。一方で、すでに発汗はほとんどしていないようだった。熱による脱水症状。
すぐさま看病体制へと移行する。布団に運び服を脱がせた。アリに濡らしたタオルを渡し、全身を拭かせる。また呪文ファルヘイルで氷を出して、頭を冷やす。
水を飲ませようとした。しかし姉は吐いてしまう。自分で飲めないのか。
「ウルティア、アークヒドロ」
気管に入らぬよう水を操り、胃まで届ける。
新しい服を着せた。天に祈る。やれるだけのことはした。
「医療魔法とか使えねーのか?」
「呪文は知ってるし発動も可能だが、実際に使うには高度な医療知識が必要なんだよ。オレには扱えねえ。オレみたいなガキが使いこなせたら、医療費ももう少し安くなってる」「なるほど、だから医者はぼったくるのか」
氷が融けてきた。替えてやる。
「しっかし、なんだってこんな急に。奇妙なクスリが流行ってるとは言ってたが、風邪も一緒に流行ってたりするのか?」
「いや、そういう噂は聞いてねえ」
アリは首を振る。
考えながら立ち上がる。姉の交友関係は広くない。雇ってくれる場所がないからだ。たまにしかなかった外出だったが、最近増えて来ていた。男でも出来たのだろう。彼氏からもらった新型の風邪かもしれない。
容態が心配だ。長い夜になりそうだった。棚の中から、気晴らし用のお菓子を取り出す。昼間、アリにあげたものだ。
「なあ、これ」
振り返って呼びかける。
「食うか――」
反応するアリ。同じタイミングで、姉の瞼が開いた。姉ちゃん、と笑って走り寄ろうとする。止まった。
左右違う動きで、彼女は眼をギョロつかせたから。
変だ。そう思った時には、姉はアリの足付け根に歯を突き立て、腱を骨ごと噛みちぎった。
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