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呪いの微笑み
しおりを挟む「ギャあああああああああああああっ!??」
アリは痛みで泣き叫ぶ。姉は、彼女の肉をまだ喰らおうとした。
思わず足で蹴り飛ばす。姉の体は壁にめり込む。衝撃で、あちこちが折れ曲がっていた。常人なら死んでいるか、あるいはほとんど動けなくなるほどの衝撃だったはずだが、彼女は無理矢理に体を捩らせ、壁から抜けようとする。
「あっあああイタあああああっ」「アアアアアアアアアアアア」
「なんなんっ……なんなんだよ!?」「うあああああぎゃあああああああ」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「姉ちゃん! 正気に戻れ!」
ついに這い出てきた。ギュッと瞼を閉じる。「クソッ!」と吠えて、後ろ髪を引かれる思いでアリを抱え、窓から飛び降りた。
「ウェイウィンド!」
風の魔法で落下を調整し、大事なく着地する。
「おいアリ! 大丈夫かっ! しっかりしやがれ」
返事がない。気絶している。アキレス腱の辺りに、見て分かるほどの半孤が出来ていた。折れちまいそうだったから、すぐ側にあった荷車の取手部分を拝借し、添木代わりにする。脱いだ上着で固定した。
姉は追ってこない。力尽きたのか。
とにかく医者だ。医者に見せないと。金は借りるしかねえ。しかし傷は、完治するとはとても思えない深さだった。アリは二度と歩けないかもしれない。
唇を噛む。オレが足の代わりになる。出血多量で死ぬということはなかろうが、適切な処置とやらを施さねえと膿んだりなんだりして死んじまうってのは知ってる。病院へと急ぐ。
が、空から落ちてきた誰か、どう見ても姉ではない、に行手を阻まれた。焦りと怒りで血液が沸騰する。
「どけぇええっ!!」
渾身の蹴りを放つ。ぶっ飛ばせはしたが、どうも受け止められたらしい。仕留められていない。前方を睨みつける。
息を呑んだ。
オレが蹴り飛ばしたソイツは、形こそ人間に近かった。少なくとも二足歩行だ。が、ディテールが全然違う。筋肉は歪に膨れ上がり、肌は紫色、鋭い牙、背中に大きな黒い羽。生物として尋常じゃない。
内心冷や汗を垂らしつつも、どうにか尋ねる。
「な、なんだ? テメェ」「なんだとはツレねえなぁ、ラキ」
「テメェみたいな、『ナスの悪霊』の知り合いはいねーよオレには」
「ナスに見えるのか? この進化した肉体が? ナンセンスだなあ、おい」
「……ナスに失礼ってか?」
びっくりしちまったのを悟られぬよう、不敵に笑ってみせる。大丈夫、驚いただけ、気圧されちゃあいない。
「ホントに分からねえか?」「だから、あんたみてえな知り合いは……」
「昼間、無様にすっ転んだ俺によう」
目を見開いた。まさか。あり得ねえ。肺を下から圧迫されるような気色悪い感触に、吐きそうになる。
「手ぇ差し出してくれて、ありがとなあっ!」
確かに、面影がある。
とてつもない速さだった。屈んで避けるので精一杯。呻く。アリがいる、当たるわけにはいかない。判断ミスだったと言わざるを得ないが、病院の方角へと逃げる。
「お前、ちゃんと人間だったろうがあ!?」「過去の話だ」
かっこよくなっちまいやがって。普通の生物だったのが、突然、異形の化け物となる。まるで魔物化だ。が、人間のそれは聞いたことがない。
理屈はよく分からなかったけども、人が魔物化しないのにはちゃんと説明がつくらしい。昔、副団長が話してくれたのを聞いていた。
副団長の嘘つき。
「ヒャハハ! お前は人間にしちゃ強ぇが、それだけだ! 人間をやめた俺の方が強いぜえ! よくも今までコケにしてくれやがったな! ぶっ殺してやる!」
「人やめたなら野に生きやがれ!」
「カチンときたね。おメエらあぁっ!」
ヤクザの元下っ端が声を張り上げる。鼓膜が裂けそうだ。というか、「おメエら」って誰だ? 仲間がいるのか?
建物の陰という陰から、街の住民たちがニュッと現れた。無数の瞳が、魔灯の光を照らし返す。ギョロギョロと、左右で動きが異なっていた。
姉と同じく。
どいつもこいつも知った顔振れ。心が黒く塗り潰される。
「ラキを捕まえて、奴の女とともに俺に差し出せ」
意思をなくしたらしき町人たちが、ワラワラと追いかけてくる。ダメージに対してしぶとくなっているのはすでに知っている。逃げるしかない。彼らはそこかしこから湧き上がってくる。何度も掴まれそうになる。
逃げる。病院までたどり着いた。
医者も、狂った人形と化していた。
「ちくしょーっ!?」
どうして。
紫色の元下っ端は、いつの間にか五人になった。また、暗くて気付くのが遅れたのだが、人形たちの口元は血で汚れている。共食いでもしたのか。
はらわたが煮え繰り返る。
無意識の帰巣本能的な習性を利用されたのだろう。底辺層用集合住宅がゴチャゴチャ乱立する区画に戻ってきた。逃げ場のない角に追い詰められる。
ニヤニヤ笑う化け物どもへと憎悪滾らせ、尋ねかけた。
「街の人たちに……姉さんに、なにしやがったぁ!?」
「別に。なにもしていない」「……はあ?」
一人、一人と説明を引き継ぐ。
「彼らは、皮を取り入れただけ」「正確には、乾いた皮を砕いた粉だが」
「クスリとして売ったのさ。小遣い稼ぎに」
「でも買ったのはそいつら。自己責任だろーがよ」
「皮ってのは特別な魔物のものだ」
「俺たちは、その肉と肝を喰い、血を啜った」「すると進化した」
「上位者として、ヤク吸った馬鹿どもと繋がり、使役出来るようになった」
「…………は。そうかよ」
クスリなんか使う奴は、馬鹿だ。その通りだ。売る方が悪いとも言わねえ。
まともな奴らは、馬鹿に喰われちまったんだろうな。クスリなんざ使ったせいで、大切な友人、家族を喰うってバッドエンドを見るハメになった。
馬鹿過ぎる。だがよ。
「議論の余地なく。キサマらは天性のバカ野郎だろーが……っ!」
ボスの提案を聞かなくて良かった。身体能力強化。やるしかねえ。
アリを抱える腕は使えない。足だけだ。
「死ね」
心の中でアリに謝りつつ、制限速度を取っ払い、元下っ端の一人を蹴り飛ばした。鉄鎧熊でも殺せる勢いで、腹の肉をかなり抉ってやった。
なのに。
「おいおい。嘘だろ?」
瞬く間に再生した。地竜種かよ。元下っ端のクソ野郎と共に、周囲ひしめく人形たちが一斉に襲いかかってくる。馬鹿に遠慮は無用だ。
殺して、殺して、殺しまくる。少なくとも一時間はそうしていた。ナスの化け物も、再生するなら、限界までぶっ壊してやりゃいいだけの話だ。
事実、二体ぶっ殺せた。
体を動かすと、たとえ殺戮行為であっても、ハイになれる。
けどまあ、オレだって人間だもの、体力には限界がある。
足はガクガク。魔力は尽きかけ。視界も霞んできた。アリの体温だけが心の支えだ。
「ハァ、ハァ……ギャーハッ、ハァ……」
「へっ。このガキ、まだ笑ってやがるぜ」
「やべえやべえとは思ってたけど、ガチでヤベーわこいつ」
「駆除対象だな」「はっ……どっちが、だよ」
巨躯の拳が降ってくる。フラつく足を上げて弾いた。勢いをいただく。
フワリと浮かんで、回転蹴りを叩き込む。うなじの骨を粉砕してやる。
しまった。軽率な選択を呪うが、もう遅かった。
浮いちまった。
回避出来ない。お仲間の攻撃をモロに喰らう。背後の建物を貫き、さらに奥にある集合住宅の壁で止まった。血反吐をぶち撒ける。
アリだけはどうにか守った。
体は痺れて、動かない。見据えた先に、初めに遭遇した元下っ端がいる。先のひしゃげた木の棒を振りかぶっていた。奴の瞳が赤く澱むは、積もりつもった恨みつらみが噴き出しているから。
ここまでの反感を買ってたなんて、まったく気づかなかった。オレが立っていたのは、ヒビの入った薄氷の上だったのだ。ようやく悟った。
バカはオレだ。
一縷の望みをかけて、アリを突き飛ばそうとする。頼むから。起きて、泥の中を這いずり回ってでも生きてくれ。
生きてくれれば、それだけでいい。たとえオレを忘れても。
「アリ――」
果たして彼女は、目を覚ました。いや、ひょっとすると、とっくの昔に起きていたのかもしれなかった。それは一瞬の出来事だった。
突き飛ばそうとする直前、オレの腕に逆らって、生きてる方の足で軽やかに躍り出る。アリは綺麗に笑ってた。
オレに一生付き纏う、呪いの微笑みだ。
小さく脆い少女の体は、ぐちゃりと潰れる。いくつかの破片に分かれて。
アリの狙い通り、棒の軌道は逸れた。スレスレを通り過ぎ、太ももの横に突き刺さる。
血塗れの頬に、彼女の血がかかった。
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