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「幻演じて真と成す」
しおりを挟む足元の深い亀裂が、オレの魂まで侵す。闇より黒い絶望が漏れる。
人生の何もかもが終わったように感じられた。出会った時からの思い出が、脳裏にけたたましく響く。傭兵団が解散し、オレのゆりかごだった戦場を離れ、この街にやってきてからの退屈な日々に、華と彩りをくれたのは彼女だった。
一番大きな肉塊が、膝の上に倒れ込んでくる。
「う、嗚呼」
戦うこと以外を褒められたのは、いつ以来だったろう。
誰かからオレ自身を好きになってもらえたのは、いつ以来だったろう。
慟哭を上げる。
死力を尽くして立ち上がり、元下っ端から木の棒を奪い取った。渾身の力でぶん回す。腕で受けるも耐えきれず、うつ伏せに倒れた敵へと、やたらめったら我武者羅に打ち下ろす。命乞いなど聞かない。
背中に衝撃と激痛が走った。化け物のお仲間にぶつかられたようだ。踏ん張り、逆に弾き飛ばす。アリを殺しやがった元下っ端の鳩尾に爪を突き立て、持ち上げて、待機していた三人目にぶん投げた。
仇の肉がひしゃげる音は、脳のイカれ具合を加速させる。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「半端ねえっ。こいつマジで半端ねえって!」
「……神ってのがいるとしたら、不公平だよなぁ」
「これで人類最強格じゃねえってのは、信じたくねえ話だぜ……っ!?」
殴る。他二人の連携を勘で躱し、片方の腹に肘を、もう片方の股間に膝を当てた。相応に痛がる。魔物化しても、人間だった頃の弱点は継いでいるようだ。
「死ね、死ね、死ね。死ね、死ね。死――」
唐突に魔力が切れた。いや、すでにほとんど使い果たしていたのは、もう分かっていたことだった。
無い袖は振れない。筋肉がガクンと止まる。膝を屈しそうになるも、どうにか堪えた。気概は衰えていないのに、体が応えてくれねえ。
限界を超えた先の限界だった。
悔しい。畜生が。こんな奴らに負けちまうなんて。
オレは、もっと。
「ようやっとか」「クソがっ、手こずらせやがって」
「最初っから足手まといがいなければ……ちっ」
「なあ。俺たちやべえんじゃねーか? ラキ一人でこのザマだぞ」
「討伐隊が出されたら」「やめろやっ。考えたくもねえよ」
今頃冷静になり、リアルの恐怖に怯え出す元下っ端ども。溜飲が下がる。そうだ、テメエら如き、オレの団長なら歯牙にもかけねえ。
ああいう人たちの手をなるべく汚させぬよう。首でも洗っとくんだな。
「なんだよその目は」
一人が難癖をつけてくる。胸ぐらを掴まれた。足の裏が地より離れる。
「バカにしてんじゃねえぞっ!!」
バカだとは思っているが、バカにしていたわけじゃない。
憐んでいただけだ。こいつらに訪れるだろう、死んで地獄に落ちるよりも苦しく痛ましい結末を。
舌を出す。
「はっはぁ。ブァ~アァカ!」
怒りの臨界点を越してしまったらしい。瓦礫とガラクタまみれの地面に、叩きつけられそうになる。防御も出来やしねえ。年貢の納め時が来た。
オレの短い人生は、脳みそ撒き散らしてパアだ。
お似合いの最期と言える。だから瞼を閉じない。
自分の死に様くらい、責任持って見届けてやる…………。
「……え?」
その、あり得ない、ふざけているとしか言えない、バカみたいな展開に、オレは口を半開きにして、惚けることしか出来なかった。
理解が追いつかない。聡明な副団長からも、聞いたことのない現象だった。
逆さで止まっている。景色が、元下っ端どもが、オレが、全部が。
ありとあらゆる自然の法則を無視して、カチンコチンに固まってやがる。
「なんじゃ、こりゃあ」
走馬灯ってワケでもねえ。遠くの輪郭が歪んでいる。凍ってるのか。
頭が地面に向かってるのに、高い宿のベッドに身を預けているような心地良さだ。
「は」
キョロキョロと辺りを眺める。
「はは」
笑ってみた。そして目前の、掌サイズの存在へと呼びかける。
「妖精……?」
オレと姉の住んでいた部屋に、いつの間にか居着いていた妖精。
「ラキくん。キミは面白い」
彼、または彼女は静かに口を開いた。男とも女ともつかないが、聞くだけで心が洗われ、さらにじんわりと温まるような、広く豊かな声音。
「だから。君の人生を掛けた本番を、最後まで見せてくれ」
そう言って、妖精はオレの右目に宿った。
何事もなかったかの如く、世界は進む。魔力が少し回復していた。叩き付けられる直前に、身体強化の応用で衝撃耐性を高める。
横に転がり追撃を避けた。まともに応対し続けても、やはり勝ち目がないどころか、逃亡すら難しいだろう。
しかし。
奥底で眠り、成長するにつれてゆっくり開花していくはずだったナニカが目覚め、急速に浮上してくる。妖精の願いに応じて。生まれた時から使っていたと錯覚するほどに、その力はオレに馴染んでいた。
発動条件は、真実との距離をゼロにするくらい、命を架けて演じること。
脳汁と苦悩だけで自分に酔いたまえ。その場限りの世界観を賭けて、人を酔わせたまえ。
演技とは、役者と観客の昇華である。
「よお団長。偶然。久しぶりだなあ」
オレは虚空に話しかけた。が、オレの脳みそには団長が実在した。虚実の境目にある空色の空間に、彼はいた。
そう。団長はいた。片手剣を引っ提げやってきた。
「なに?」
元下っ端どもが振り返る。彼らは観客だ。故に、役者の真実に飲み込まれてしまった。彼らにとっても団長はいる。
窮地に陥ったオレを助けに来た。
『なんだあラキ。情けねえツラ晒しやがって』
「へへ。もう限界なんだわ。代わってくれよ」
『ったく。しゃあねえな』
彼は構える。
『今度の酒代、ラキ持ちな』
一瞬で、元下っ端の化け物たちは、再生不能なまでに切り刻まれた。
観客がいなくなり、役者が現実を生きる一個人に戻った途端、団長の姿は消える。演技の見せる幻。泡沫の夢である。しかし引きずり込みさえすれば、ほんの一時だけであっても、かけがえのない「リアル」になる。
固有魔法「演幻成真」。
「はっ。アリの思し召しだわこりゃ」
極限の疲労によって、オレの意識は途絶えた。
陽の光を感じて、目が覚める。朧げながら人の上半身が見えた。頭に柔らかい感触がある。アリ、じゃねえ。彼女はオレを守って死んだ。
徐々に容貌がはっきりする。青色の髪の美女。覚えがある。
告白劇の後、オレを褒め、しかも最初に拍手もしてくれた人だ。
「おはよう。君」「……はい?」
「映画やドラマ、演劇が、どこで完成するか分かる?」
「観客と作品の間に生まれた、冷たく冴えわたる、透き通るような空色の空間」
すんなりと答えられた。馬鹿馬鹿しいと一蹴して良さそうな返事を、満足げに頷く青髪の美女。瞳の奥に、ギラリとした意志を感じる。
「君はぜひ、俳優になりましょう!」
すごい勢いだった。
オレを飼ってたヤクザは滅びた。どうせ当てもない。姉もアリもいない。
一人で、自由だ。
演技には興味もある。コクリと頷いた。
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